されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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たぶん海老名姫菜が美少女なのは間違っている。『頭』

 修学旅行当日。

 私たちは新幹線に乗り込んでいた。……別に侵略とかそういう意味ではなく、乗車という意味だ。

 

「公共の椅子って、どこもかしこも大きいから腰が痛くなるのよね……」

 

「なにその、うっかり聞き逃したら勘違いしそうになる言い回し」

 

「あはは、まぁ体格はしょうがないよね……。僕は温泉で男湯に入って通報されたことあるよ」

 

「あんた達も苦労してんのね」

 

「沙希はないのかしら? 微妙に笑えないけどいっそ笑い話にしてしまいたい勘違いされエピソード」

 

「タイトルが長い。それに私は別に……、あ、妹と一緒に出かけるとよく親子に間違われるかな。……っと、ほら、こっちきて」

 

 沙希が窓側に座ったかと思ったら、腕を引っ張られて、そのまま膝の上に乗せられた。

 

「三子ほどじゃないにしても、幾らかマシでしょ」

 

「あはは、そうしてると姉妹みたいだね」

 

 確かにマシだけど、別に楽だから三子に乗せられてるわけではない。あれは抱き枕かぬいぐるみにするのと同じように、愛情ではなく愛着で近くに置いているだけ。

 

「そういえば沙希の妹とは会ったことないわね。今度うちに連れてきなさいな」

 

「いいけど、……手ぇ出したら殺す」

 

「人をロリコンみたいに……。普通に会ってみたいだけよ。クラスメイトでも半ばどころでなく妹扱いできる沙希の、マジの妹を」

 

「あんたが特殊すぎるだけだから。あとマジじゃない妹ってなんだよ」

 

「そうね……、義妹?」

 

 


 

 

 

 暫く適当に雑談していると、新幹線は京都に到着、クラスごとでの観光が開始した。

 神社仏閣の類を転々と巡り、集合写真を取ったりお参りしてみたりお土産見たり、結構バラバラに見て回っている。

 

「ナーちゃん、あんまり楽しくなさそうだね。また乗り物酔い?」

 

「いや、普通に退屈なのよ」

 

 自販機でコーラを買ってからベンチで休んでいると、由比ヶ浜が話しかけてきた。

 

「なんで? 初めてくるところだし、意外と面白いところもいっぱいあるよ?」

 

「京都は母親の地元なのよ。ここだって家族で何回も来たことがあるし、親戚にあちこち連れ回されたから、私にしてもほとんど地元みたいなものよ」

 

「うわぁ……」

 

「地元民は地元の観光地に行かないっていうけど、千葉に住んでた私には新鮮だと思われたんでしょうね。……その頃には冷めてたから、最初っから楽しめてもいなかったけど」

 

「うわぁ、うわぁ……」

 

「その態度がさらに何かに火をつけて、観光地だけじゃなくてあちこちの料亭やらにも連れまわされたわ。……味の違いが分かるほど私の舌は達者じゃないのに」

 

「もうやめてナーちゃん! 親戚の人たちが居た堪れないから!」

 

「はいはい。……ところで、依頼の方は順調なのかしら」

 

 

 現状、私は大勢の中に入って行きにくいし、完全に裏方に回っている。裏方と言っても、できることなんて偶にメールでアドバイスする程度だけど。

 

 由比ヶ浜は、気まずそうに目を逸らす。

 

「まぁ、その……。ごめん、今んとこ『いい人』止まり」

 

「そうでしょうね。見てれば分かるわ」

 

 戸部自身、私たちがなにもせずとも、ちょいちょい海老名に近寄って二人で何かしている。けれど、どう見てもただ仲のいい友達同士にしか見えない。――友達同士で一生が終わるようにしか見えない。

 

「……腐女子の恋愛感情って、どんな構造なのかしらね」

 

「ナーちゃんでもわかんないの?」

 

 恋をしてるか否か程度は見ていればわかるけれど、好きというのは一口に言っても色々ある。三子が私に向けるような愛着、留美が私に向ける敬愛、沙希が私に向ける友愛、葉山が周囲に向ける他愛。

 

「さて、どうかしらね。人の考え方や考えてることが分かったところで、その程度じゃその人を分かったとは言えないのよ」

 

「じゃあ、あとなにを知ればいいの?」

 

「なにも知らなければいいのよ。他人なんて知らない方がよっぽど愛しやすい。知れば知るほど、弱みに付け込んでるだけなんじゃないかと思えて愛せなくなる。……頭の弱い馬鹿の方がよっぽど恋愛経験が豊富なのは、きっとそんな理由なのよ」

 

「……そっか」

 

 それでも尚知りたくて、全てを知っても、嘘、偽り、躊躇い一切なしに愛したいなら、盲目に愛するしかない。

 

 

 


 

 

 旅館で夕食を終え、あとは数時間待って入浴して寝るだけだったのだけれど。

 

 ホテルのロビーで、室内なのにサングラスをかけたり、妙にコソコソしてたりと怪しい格好をした平塚先生と出逢ってしまった。

 

「……あ」

 

 他人の振りをすればいいものを、しかし平塚先生はそういうことがとてつもなく下手くそだった。

 

「ハァ。……せっかくだし、ちょっと付き合いなさいな」

 

「今からどこかへ出かける気なのか?」

 

「昔からの知り合いに会いに行くだけよ。夜じゃないと開いてないし」

 

「飲み屋か何かか?」

 

「まぁ、酒はあるでしょうけどね」

 

 

 私達二人で外に出て、一分としないうちにタクシーを捕まえた。

 

「どーも、おこしやす」

 

「それ、タクシーでも言うのだな……」

 

 タクシー運転手のおそらく観光客向けの挨拶に、平塚先生は思わずツッコミを入れていた。

 

「三年坂の近くまでお願いするわ」

 

「こないな時間に、観光かいな?」

 

「知り合いを訪ねに行くだけよ。別に観光でもないわね」

 

 

 

 旅館から三年坂までは、そこそこ時間がかかるらしい。

 

 

 

「というか、京都に知り合いがいるとはな」

 

「地元みたいなものなのよ。生まれだけなら京都だし、どっかには親戚もいるし」

 

「その割に、京都弁じゃないよな」

 

「……いけずなこと言わはるなぁ」

 

「ああ、なるほど。大体分かった。君、面白いくらいに京都弁が似合わないな」

 

「なしてそないなこと言いはるん? かなんなぁ」

 

「悪かったからやめてくれ」

 

「……うち、せんせのこと好っきやわぁ」

 

「やめろ。……不覚にもキュンときた」

 

「クククッ。ほんま、かいらしなぁ」

 

 京都弁を多少話せはするけれど、これは京都生まれとかよりも小説家としてのスキルという側面の方が強い。訛りさえ掴んでしまえば、話せないこともない。

 

「まさか、そっちが素だったりしないよな?」

 

「そんなわけないでしょう。可愛げがありすぎて私には似合わないわ。……でも案外効いているみたいだし、たまに使ってみるのも良いかもしれないわね」

 

「全員が混乱すると思うぞ」

 

「でもうちの口調、雪ノ下と被ってはるんよねぇ」

 

「気に入ったのか?」

 

「まぁ、そうね。今のは演技臭くなったけど、日常会話レベルでも扱えるわ」

 


 

 

 数十分後に、三年坂近くのコンビニでタクシーを降りた。

 

「教え子にタクシー代を奢らせるのは、教師としてというか社会人として色々不味いんだが……」

 

「収入の量が違うし、十二分に収入を得ているという意味じゃ私も社会人みたいなものよ。むしろ社会の爪弾き者だけど、まぁ別に気にしなくて良いわ」

 

 湯水のようにとまでは言わないけれど、お金は使わないとただの数列でしかない。

 

「ここからだと……、こっちね」

 

「方向音痴じゃなかったのか?」

 

「この辺はそう複雑に入り組んでいないし、方向さえわかればそう迷いはしないわ」

 

「まぁ、ここまで来てしまった以上は任せるが」

 

 最後にあったのは中学一年生か、中学二年生か。何年かぶりに近くまで来たけれど……。

 

「……やっぱり人間、変わらないものね」

 

「何の話だ?」

 

「これから会う奴の話よ。薄れてるけど、色そのものは変わっていない」

 

 まだ会ってもいないのに伝わってくる、通夜のように辛気臭く、墓場のように気味悪く、死人が住み着きそうな雰囲気というか、気配というか。

 


 

 三年坂から少し外れた位置で長年営業されている、小さな料理店、店名を『蛍』、私が会いに来たのはそこの一人娘。

 

 前に来たときは京都にあっても違和感の無い、和風な建物だったけれど、今は全く違うものになっていた。

 言うなれば、ファンタジーの酒場に、中途半端に現代日本の要素を落とし込んだようなお店。

 

「色んな意味で雰囲気あるところだな……」

 

「別に老舗の高級料亭とかじゃないわよ」

 

「じゃあ何の店なんだ?」

 

「料理専門店」

 

 木の板から削り出したような扉を開けようとしたら、自動で開いたからそのまま入る。

 

「いらっしゃいませ、ようこそ料理店『蛍』へ。……って、およ、ナナ、……じゃなくて可思議ちゃんだっけ? 久しぶりだねぇ。もしかしてそっちのお姉さんは彼女?」

 

 店内には人を喰ったような笑みを浮かべる人間一人。青い着物の上から藍色のエプロンを掛け、金髪ポニーテールの頭には青色の三角巾。

 

「友達とか親戚とか選択肢は色々あるでしょうに。高校の先生よ、平塚先生」

 

「へー」

 

 私が会いに来た彼女は、興味深そうに平塚先生の顔を見る。

 

「え、なに、可思議ちゃん高校行ってるの? 大丈夫? 事件とか起きてない?」

 

「一緒にしないで。……紹介するわ。この店の店員で昔馴染み、海胆岬(うにみさき)ほろり。殺人鬼だから気をつけなさい」

 

「やだなー。殺人鬼はもう引退したよ? 今は料理人一筋。アッハッハー、『筋』って文字は人によって全く違う意味になるから楽しいよね。料理人なら食材の難点、小説家なら文脈のあらまし、極道なら粛清の肯定、ロリコンなら女児の股間部」

 

 平塚先生は、彼女の言葉に固まった。さすがに非現実的というか非人道的すぎるし、私が補足説明する。

 

「大人なら法で殺されるレベルの罪を重ね、しかし子供だから家族諸共法で守られた殺人犯。少年院を出たと聞いて、そのうち会うつもりではいたのよ」

 

「そーそー、少年院。いやはや懐かしいねぇ、追い出されたし嫌な思い出しかないけど」

 

「……追い出された?」

 

「扱いきれないとか、置いとくだけで害悪とか、偉そうな大人に散々言われたんだよねぇ。言われただけまだマシだけど」

 

 彼女の殺人には色々と事情があったけれど、嬉々として殺していたのは真実。料理人として血肉を食らっていたのも、反省の色が全く見えないのも現実。

 

「……不可思議。よく会おうと思えたな」

 

「別に普通よ。どんな殺人犯も誰かの子供で、誰かのクラスメイト。縁があればまた会おうと思えるくらいの縁ではあるのよ。遺憾ながらもね」

 

「……君がそう言うのなら、済んでしまったことならあまりとやかく言う気はないが、それでもたまに心配になるよ」

 

 別に友人というわけではない。もちろん家族でも恋人でもない。……ただ、縁があっただけ。

 

「あー! あー!! あー!!! 暗い話は後だよアトアト!  注文を聞こうか、お客様」

 

 悶えるように頭を押さえて喚いたかと思ったら、私達をカウンター席に押し込んで尋ねた。

 

「そういえば他の店員はどうしたのかしら。母親が店長をしていたはずでしょう」

 

「んー? あー、あたしが捕まったときに色々知っちゃってねぇ、娘が人でなし過ぎて引き籠っちゃった。だからあたしが店長。店員は逃亡。お店も改装したんだよー。じゃ、まいどありー」

 

「いや、注文がまだなんだが……」

 

「注文の少ない料理店なのよー」

 

 雑な接客文句で挨拶しながら、注文を聞かずに厨房へと消えていった。

 

「そもそもここ、何の料理の店なんだ? 和食とか洋食にはあまり見えないんだが」

 

 いっそマンガ肉でも出てきそうですらある。

 

「さぁ、前に来た時とは色々変わっているし」

 

 ……その前に来たときだって、何の店なのかわからなかったけれど。

 

「貴女、教え子が殺人犯になった経験はあるかしら」

 

「あるわけがなかろう。予備軍がいたら、殴ってでも矯正していたさ」

 

「そう。……でも、きっと予備軍なんていないのよ。海胆岬ほろりは生粋の料理人で、血統書つきの料理人で、約束された料理人だった。それでもなる時はなってしまう」

 

 

 どんな世界でも、『俺はどこにでもいる普通の高校生』なんて存在はいない。代わりの人間はいてもどこにでもいる人間なんていないし、目立たない人間はいても普通の人間なんていない。

 人生が変わる瞬間なんてないし、人生を損することなんてないし、人生はゲームではない。

 人生は時間であり道だ。一直線に駆け抜けても風景は変わるし、立ち止まっても季節は巡る。下り坂があれば登り坂もある。誰かの道と重なることもあれば並ぶこともあれば離れることもある。

 

 ともあれども。かくあれども。

 

 ただの知り合いが殺人鬼になってそれから料理人になる人生があるし、ただの中学生が高校生になっても小説家を続ける人生もある。

 

「だがそれは、君が殺人を許容できる理由にはならないぞ」

 

「許容も妥協も諦めもしてないわ。強いて言うなら、同情、というか同感ね。それとも共感かしら」

 

「……君が殺人を犯すと言うのなら、殴ってでも止めるから安心したまえ」

 

「私は小説家よ」

 

 

 二十分程度経つと、二人分の料理が出された。平塚先生は塩と油の塊のようなラーメン、私はミルクレープ。

 相も変わらず、何屋かわからない。確か前に来た時はハンバーグだったし、三子にはクッキーの盛り合わせが出された。

 

「別に私に話があってきたわけでもないんでしょ? ならさっさと食べて帰りなね。空腹と夜更かしは殺人鬼の始まりだよ」

 

「京はいつからスラム街になりはったん?」

 

「……可思議ちゃん、相変わらず京都弁似合わないね」

 

 


 

 

 帰りもタクシーを捕まえた。

 

「奢らせてしまってすまんな」

 

「良いのよ、私が連れてきたんだから。それに、休業してまで京都に来た甲斐もあった」

 

「それ、平気なのか?」

 

「読者さん達には、京都が舞台の小説を書く取材も兼ねてって説明をしているから、大したダメージでもないわ。それでも収益は減るでしょうけど。……それより、美味しかったでしょう?」

 

「ああっ! 最高に美味かった。値段と場所がネックだが、近場だったら常連間違いなしだ。……しかし、もしや彼女は」

 

 ――君と同じ体質なのではないか。

 

「違うわよ。あれは見る目があり過ぎるだけ。――目の前の人間の思考と自分の思考の違いを見続け、見せつけられ続け、彼女はあらゆる他人に殺意と憎悪を抱いた」

 


 

 旅館に戻ってからは、沙希に捕まり、熱湯の風呂へと放り込まれたりして就寝した。

 

 

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