されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
指先や爪先からの感覚が消え、心臓がなり叫び、関節の節々が肌を寄せ合う。
「ぃ……おい、起きろ!」
「……あら、沙希じゃない」
「修学旅行に来てまで朝から水風呂で寝るな」
「大浴場に水風呂が無かったから物足りなかったのよ」
「そりゃ、サウナ無いんだからわざわざ作らないでしょ」
朝早起きしてから、部屋の浴室で水を張って、いつものように水風呂に浸かっていた。……そしたら眠気がやって来て、沙希に起こされた。
……あ、着替えを持ってくるの忘れてた。
「ちょっ、裸で出るなよ!」
「着替えを忘れたのよ」
「脱いだパジャマ着直すかせめてタオルを巻け」
「いやよ、貧乏くさい」
体を拭いてから浴室を出て、荷物の中からとりあえず下着を取り出す。
「ナーちゃんなんで裸なの!?」
「見ての通りよ。……制服着るの面倒ね」
由比ヶ浜の言葉を適当に流して、擦れない為程度の意味しかない下着をつけて、制服は面倒だから代わりに楽なワンピースを着る。
三子が用意した私の荷物の中には、私が絶対に使わないであろう、名前も知らないけど肌や髪に塗る物達や、化粧品が色々入っていた。
「……ちょっと、髪乾かすから大人しくして。あと制服」
「ん、任せるわ。制服は面倒だから嫌」
「神かあんたは」
シャツに上着にリボンにスカートにって、数が多くて面倒なのよ。
「旅行にドレスコードなんて無粋よ」
「水風呂で寝落ちした奴が旅行を語るな」
女子達が鏡片手に化粧している中、私は沙希に髪を結われる。
「史上最恐のお化け屋敷……。胡散臭いわね」
「不可思議さんっ! 川崎さんっ! ここっ、入っていい?」
「え、ええ? ええ……」
戸塚が今までに見たことないくらいに目を輝かせていて、反面沙希は途轍もなく嫌そう。どうやらホラーが苦手らしい。
現実の恋愛のセオリーは知らないけれど、恋愛モノでお化け屋敷は定番イベント。とりあえず戸部にはお化け屋敷のことを伝える。
「沙希。苦手なら私と戸塚だけで行ってくるから、出口で待っていなさいな」
「え、あ、ああ。じゃあ、そうさせてもらうわ」
「ついでに三人分の飲み物を買っておいて頂戴。お釣りと物は沙希に任せるから」
沙希に千円札を一枚渡し、二人でお化け屋敷に入る。
古めかしい木造建築に、血糊やら井戸やら墓場やら、それらしいものを何でもかんでも詰め込んで、総合値的には最恐と言えなくもないようなお化け屋敷だった。
「……貞子と八尺様と唐傘お化けと宇宙人と吸血鬼と殺人鬼が一堂に会しそうなお化け屋敷ね」
「あはは、それホラーじゃなくてスマブラみたいにならない?」
「タイトルも倣うならそうね……『大怪戦オカルトファミリーズ』ってところかしら」
「怖くは、ないね。そういえば不可思議さんはホラー平気なの?」
「さてね」
怖いという感情が無い、というわけでは無いけれど、しかし私が何を怖がるのかって、自分だとわからない。命の危機とかだと、『怖い』よりも先に『嫌だ』っていうのが出て来て、怖がる前に解決を図ってしまうし。
「体質的にも家系的にも霊感はあるんでしょうけど、お化けを怖いと思ったことはないわね。感覚的には、ゴーストとかスペクターってより、モンスターの認識が近いんでしょうね」
「へー。霊感あるってことは、もしかして見えるの!?」
私見だけれども。霊感があるというのは、決して霊を見たり祓ったりできる異能ではない。見えるというよりは、感じられる。気配がするとか、状況が普通じゃないとか。
霊感があるからポルターガイスト現象によく合うのではなく、感覚が鋭いから気づくことができるだけ。あるいは、起きているように見えるだけ。
「どうかしらね。でも、幽霊にはぜひともいて欲しいわ。物語が死んで終わりなんて悲しいもの」
「意外とロマンチックなんだね」
「小説家なんて大概そうだと思うわ。現実が辛いからせめて小説でくらい、って意識が無意識に、あるいは意識的に働くのよ。……だからこそ、現実よりも辛い物語を人は評価したがる。絶望を見れば現実がまだ幾らか楽に見えるから」
だからこそ私は、ハッピーエンドもバッドエンドも好まない。あんなのただの打ち切りの言い訳。
死ねば物語は終わるし、死んでも終わらないなら物語は永遠に終わらないべきなのだ。
「そろそろ出口ね。期待もしていなかったから期待外れではないけれど、拍子抜けね」
「僕は楽しかったよ?」
「お化け達も楽しまれたら恐怖でしょうね。……京都を舞台に書く小説はそんな感じにしようかしら」
人間を脅かすことで生命維持している妖怪達は、昨今の人間達のホラー耐性によって絶滅の危機に。そんな状況を打開すべく立ち上がったのが、京都で人間に紛れてお化け屋敷を運営している、半妖反魔の怪物。
西洋と東洋の両方に通ずる伝手を通じて、危機に陥っている古参の妖怪達をお化け屋敷にスカウトして……みたいな。
「なんか、不可思議さんも楽しそうだね」
「否定はしないわ」
三人分のファンタオレンジを購入して待っていた沙希と合流して、徒歩で巡れる範囲内を適当に観光した。
まだまだ班行動時間はあるけれど、ここで私一旦二人と別れる。奉仕部の活動とだけ伝え、平塚先生にも一応連絡した。
そして私がタクシーでやって来たのは、雪ノ下と由比ヶ浜が合流地点に指定した嵐山。
モーゼの十戒のように竹林を二つに分けて出来た道は、無数の竹が太陽の光を軽減、分散させていて、昼間でも十分に使える環境ができていた。足元には灯籠が等間隔に並んでいて、きっと夜にはライトアップされる。
「ナーちゃん、どうどうっ! 告られるならここが良いと思わない?」
「ロケーションとしてかなり良いと思うのだけど、どうかしら」
二人には、海老名からの依頼の詳細を伝えていない。せいぜいが、『最近人間関係が変わってきちゃってるから、壊れる前になんとかして欲しい』くらいのもの。その理由には色々とあるけれど、一番の理由は、説明が面倒だから。世の中には知らなくて良いことは多いし、知らない方が幸せに成れることも多い。
そして、依頼人達にはもう手を打ってある。戸部には一通のメールを、海老名には電話を一本。タクシーでの移動中の片手間で終わるのなら、それで良い。
「まぁ、そうね。……ここで振られないシチュエーションってあんまり想像できないけど」
私の思っていることは、常人には多分理解されない。だってこれは、作る側の視界の話だから。
「どういうことかしら?」
「私が小説でここを使うなら、失恋シーンに使うって話よ」
「漫画と現実の区別をつけなさい。……これはあなたのセリフだったはずよ」
「そうね。だから異論はないのよ」
これ以上ここにいても仕方ないし、私は次の工程に移行する。工程というか、まぁ、あるかもしれない障害の排除だ。
その障害というのが、葉山隼人。戸部の依頼に同行しておきながら、その行動は行動担当の由比ヶ浜が気がつかない程度に非協力的だった。
「やぁ、不可思議さん」
「話を聞かせてもらいに来たわ。そして聞いてもらいにきた」
地名なんていちいち覚えていないけれど、人気のない河川敷へと呼び出された。間を開けてベンチに座る。
「無駄な問答は切り捨てるわ。――葉山、貴方はこの依頼、どう終わるのを望んでいるのかしら」
「ふっ、……言わずとも、君には分かっているのだろう」
「一人で解決できるからといって、推理を語らない名探偵はいないわ。私は語り手だけど」
葉山は語る。
「俺は、今が気に入ってるんだよ。戸部も姫菜も、みんなでいる時間も、結構好きなんだ。だから……」
「一度破綻した人間関係を持続させることほど無意義なことはない。だったら破綻する前に何か手を打つ。その理屈は私にも理解できるわ。……でも、あなたのしている行動は博愛主義者のそれよ」
「なら良いんじゃないのか? 博愛って確か、全てを平等に愛するって意味だろう? 俺にそんなつもりはそんなつもりもないけれど」
「すべてを平等に愛するなんて、そんなの愛していないのと同じよ。愛っていうのは差別そのものだもの。博愛なんて矛盾と同義よ」
「矛盾していることの何が悪い」
「悪いかなんて本人達の都合だし、どうでも良いわ。私が聞きたいのは、貴方が戸部をどう思っているのかよ」
「……姫菜に布教でもされたのかい?」
「その時は宗教戦争が始まるわね。百合と薔薇は暗黙的に不可侵だもの。……真面目に答えなさい」
空気が一度緩んだ。
「何度か、諦めるように言ったよ。今の姫菜が心を開くとは思えないから」
「でしょうね。アレはそういう人間で、そう簡単に開ける人間は限られる」
「……だが、先のことはわからない。だから戸部には、結論を急いで欲しく無かったんだ」
勝手な言い分でしかない。博愛ですらないし、他愛でもない。完全なる自愛だ。
「……恋は盲目とは確かに言うけれど、周りすら盲目にさせるのかしらね」
「どういう意味だ」
「あなた達全員、……今なら戸部以外、勘違いしているわ」
「勘違い?」
葉山は力なく言葉を返してきた。
「振られる程度で失恋とは言わないのよ。一度でも疑問に思ったことがないのかしら? 恋愛の難易度に対して人類の夫婦の多さ」
「言われてみれば、確かに気になるな。その答えも知っているのかい?」
「模範解答が一つじゃないけれど、そのうちの一つ。――人間っていうのは基本的に、自分のことが好きな人間を好きになるのよ。振られたとしても、人間関係さえ消滅しなければむしろ可能性が高まる」
「……人間関係が消滅しなければ、か。それができれば苦労はしないさ」
「苦労なんてする必要はないのよ。解決への近道は妥協と諦め、苦悩と工夫は成功への遠回り。何か難しいことなんて必要なくて、ただ正直に教えてあげれば良いのよ」
私はベンチから立ち、その場を離れた。
日が落ち始め、旅館へと向かう道中。私はコンビニに寄った。
店内を適当に見て回って、地域限定のジュースでもないかと探し、結局なくてカルピスソーダを手にとった時。後ろから声を掛けられた。
「あ、
「……七五三と書いて、しめ、と読むのよ。そして私のことは不可思議可思議と呼びなさい」
金髪縦ロール、いつか私にビンタをして、その仕返しに蹴り倒した女子だった。
「……あんさぁ、あんたら一体何してるわけ? あんま海老名にちょっかい出すのやめてくれる?」
「さてね。結果を見据えるなら、大したことはしていないわ」
「ならやめてくれる、そういうの迷惑なんだけど」
「私は何もしていないわ。貴女が何か困るのなら、それは貴女の自己責任でしかない」
「はあ? 何意味わかんないこと言ってんの」
「わかる必要はないわ。世の中、知らない方が気楽なこともあるもの」
「……そういうはぐらかしって、一番腹が立つのよ」
……流石に、ここで喧嘩はできないわね。平塚先生にも迷惑がかかるし。
「じゃあ、ヒントだけ。私達奉仕部への依頼人は、件の二人、海老名と戸部よ。あ、あと一応葉山もか。……私としても最小限の被害で収めるつもりだから、余計な手出しはしないでくれると全員助かるわ」
結露で濡れてきたカルピスソーダをレジに持って行って支払い、私は真っ直ぐ旅館に戻った。
「おい、不可思議。単独行動は確かに許したが、私服での行動は許していないぞ」
「そない、いけずなこと言わんとって。うち、怖いわぁ」
旅館で偶然にも平塚先生に出会し、朝は見つからなかったワンピース姿が見つかった。咄嗟に京都弁が出たけれど、平塚先生の右拳は音を立てて握られる。
「言い残すことはあるか?」
「待って、待ってぇな。これも奉仕部の活動に必要やったんよ。やからほんに、かんにんしたってや」
「……正直、違反行為云々よりも君の京都弁の方に殺意が湧いてくるよ」
「難儀やわぁ」
殴られた。