されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
「本当に、大丈夫なのかしら」
「ナーちゃん、勝算はあるの?」
夜、完全に日が落ちた時間帯。ライトアップされた嵐山で、私達奉仕部や、戸部の友人達は、海老名に告白する戸部から離れた位置で見守っていた。
「黙って見ていなさいな。心配不要、確実に私が想定した終わり方で依頼は終了するわ」
海老名が来る時間まで、残り一分もない。
「正直、彼の告白が成功する想像があまり出来ないのだけれど」
「そんな分かりきっていること、いちいち口にしなくて良いのよ。……正直、今日は喋りすぎて眠いし、殴られて頭も痛い」
これが終わったら速攻で旅館に戻って、水浴びだけしてさっさと寝よう。
予定の時間ジャストで、海老名は現れた。
「……あの」
「……うん」
戸部の告白は、互いに緊張感のある二文字から始まった。
「俺さ、……その、俺、海老名さんのこと好きなんだ! 付き合ってください!!」
戸部の告白を受けて、海老名は無機質な笑みを薄く浮かべる。
「……ごめんなさい。今は、誰とも、誰に告白されようとも、付き合う気はないの。でも今、ね。今。――いつか今とは違う時に、それでも私が好きだっていうのなら、その時はその時だよ」
戸部にメールで伝えたことは、葉山に言ったことと概ね同じこと。
『人は自分のことが好きな人を好きになりやすいものよ。振られようが振られまいが、告白した後の方が好感度は上がりやすい。
傷心はしても消沈は絶対にしてはいけない。今付き合うことが出来なかったとしても、未来まで諦める必要はないのよ』
すぐ後に『振られる前提!? 振られないアドバイスはねーの!?』という返信が来たけれど、そんなの目の前で切腹の覚悟を見せて自分を人質にするくらいしか思いつかない。そう送ったら返信が来なくなった。
海老名が背を見せて去っていくのを、戸部は呆然と、無気力に見ていた。けれど、その心は折れていない。告白そのものが、恋仲への第一歩なのだから。こんな中途半端なところで折れたら、フライドチキンどころかサラダチキンになってしまう。……そっちの方が女子受けしそうね。
海老名の断り文句は、私が伝えたものだった。
――いつか今とは違う時に、それでも私が好きだっていうのなら、その時はその時だよ。
ただ振るだけじゃ、人間関係が歪むに決まっている。だからちゃんと、本心でなくとも、未来に可能性を与えなければいけない。そう、伝えた。
「……どういうことか、説明しなさい。あれが貴女の想定した終わりだっていうの?」
「そうね。予想外の展開は何一つとして無かったわ」
「ナーちゃんは、分かってたの?」
旅館への帰り道。由比ヶ浜と雪の下が私に尋ねる。
「……やらずに後悔するよりもやって後悔した方がいい。そんなのは失敗をした後悔を知らない人間の戯言よ。やらずに後悔した方がいいに決まっている」
「それこそ戯言よ。失敗を恐れて何もしないんじゃ、成長できないし、何も変われないじゃない」
「でも、やらずに後悔しないのと、やって後悔しないのなら、断然後者を選ぶべきなのよ。私はそうなるように口八丁で唆しただけ。……疲れたからこれ以上語らせないでちょうだい」
旅館に着くと平塚先生に出迎えられ、私は水だけ浴びて即就寝した。
後日談。それと、ネタバラシとか諸々。
まず先に語っておくべきは、やっぱり戸部達のことだろう。しばらくは海老名も心配そうにしていたけれど、戸部の恋心を知った男子達の友情はむしろ深まったと言って良い。決して敵対しているわけではないけれど、海老名が敵の位置についたわけだ。
女子の方、海老名の周りはあまり変わりはなくいつも通りだった。そりゃ多少、戸部を揶揄ったりはしているけれど、互いに冗談だと分かり合える範疇。
京都から帰ってきて、振替休日をしっかりと消費した翌日の放課後。平塚先生ではなく、海老名に呼び出された。
場所は、もう何回か来ている、特別棟の屋上。
「あら、待たせたみたいね」
「ハロハロー。そうでもないよー」
既に海老名は来ていて、下の風景を見ていた。
「お礼、言いそびれてたなって思って」
「別に。携帯電話を使うのはまだ全然慣れないけれど、大した労力でもなかったわ。それにお礼を言われるようなことはしていない」
「ううん、してくれた」
海老名は首を横に振りながら振り向いた。
「全部君達に任せようとした私に、人任せにしてないで自分でやりなさいって、叱ってくれた」
「言っていないわ、そんなこと」
「行間もちゃんと読めるのよ。……今のために未来を妥協する。……うん、最善手だったと思うよ。戸部っちにとっても、私にとっても。ダメージは最低限ですんだ」
……実のところ、あんなのは最善手ではない。なぜなら、戸部の振られたくないという依頼をほとんど無視してしまっているから。
今回一番ダメージを受けたのは当然戸部であり、自業自得にダメージを受けるべき海老名は軽傷も軽傷。未来次第じゃ無傷で終わる。
もっと最善の手はあったのだ。もっと諦めさせるべき場所が別にあった。もっと妥協させるべき場所があった。
「だから、今回はありがとう。優しいけど厳しい不可思議さん」
「別に。私は諦めさせただけよ」
「それをさせてくれたのが、不可思議さんだけなんだよ。……私、不可思議さんとならうまく付き合えるかもね」
「そういうことは平塚先生くらい格好良くなってから言いなさいな」
「……うん、普通に無理ゲーすぎる。性格どころか種族から違うし、それに私、腐ってるから」
「そう。せいぜい、肥料にならないようにだけ気をつけなさいな」
階段を降り、そのまま部室へと入った。
「あ、ナーちゃん」
「あら、やっと来たのね」
「最後の事後処理をしてきたのよ」
「なら、やっと説明してもらえるのね」
私は席につき、ノートパソコンを開く。
「……面倒ね。とりあえず、どこまで分かっているのかしら?」
一から全てを語るのは、流石に面倒臭すぎる。執筆と同時並行で話せるくらい、気軽に手軽に軽々しく。
「海老名さんに付き合う気が全くなかったことと、戸部君が告白する時にはある程度下向きの覚悟を決めていたのはなんとなしに理解したわ。……そこで、貴女は何をしたの?」
表立ったことはしていない。今回そういうことは、全て由比ヶ浜に任せることになっていた。
「まず、海老名の正確な依頼はそもそも『戸部に告白させないこと』で、戸部の依頼は『海老名に振られないこと』だった。前者は私の意向で、ある程度隠させてもらったわ」
「それはどうしてかしら。教えてもらえれば協力もできたはずよ」
全く、この優等生は。本人の望んだところに限って、勘が働かなくて面倒くさい。
「この二つの依頼が矛盾していて、そして依頼主達に互いのことを察せられるのが人間関係の致命傷になりうるからよ。それこそ、最悪の形で依頼は解消された」
「でも結局、二つの依頼は失敗に終わっているじゃない」
「解決の近道は妥協と諦めよ。今回、依頼主二人には無自覚ながらに依頼のハードルを下げてもらった。妥協してもらった」
戸部の振られたくないという依頼は、恋愛を進展させて欲しいという依頼に。
海老名の告白されたくないという依頼は、振っても人間関係に響かないようにするという依頼に。
「……ねぇ、ナーちゃん。戸部っちの時にその、ああいう条件を付けたのもそういうことなの?」
「そんなわけないでしょう。私が楽をしたかっただけよ」
その一
最終的に振られたとしても基本的に依頼人の責任である。その後の人間関係については関知しない。
その二
告白する前に、完全に脈なしだと判明した場合、潔く諦めること。例として、本人が「今誰かと付き合う気はない」なんて言ってるような場合や、他に付き合っている者がいた場合。
その三
期限は修学旅行終了までとする。それ以降はまた別途ご依頼を。
その四
奉仕部、依頼人の全員に諦める権利がある。決して何かを強制してはいけない。
「条件その二については、だからまぁ歪めた形になるのよねぇ」
おおよその説明を終えた。
質疑応答を挟みながらの戦々恐々な説明会だった。
「……あたし、今までナーちゃんのこと誤解してた。優しい子なんだと思ってた」
由比ヶ浜は冷め切った紅茶の残ったカップを見つめながら言った。
「人への印象が『優しい』って出てくるのは、アイドルに対して可愛いとしか思えないのと同じくらい無意味なことよ」
「うん。……ナーちゃんはね、忘れちゃったか、知らないんだよ。努力とか挑戦とか協力とか、わかんないけど色々。だから、臆病になっちゃったんだと思う」
「さてね、それで解決するなら喜んで使うわよ」
私は知っている。
努力なんてどれだけしても強者に踏み潰されることを。
挑戦なんてどれだけしても障害に見下されることを。
協力なんてどれだけしても一人は一人だということを。
「七つの大罪は全て、罪であると同時に生物の生存に必要な欲求が連ねられている。けれど同時に、七つ全てが殺人へと直結する。誰もが思っているより、ずっとすぐ近くで。――だからこその大罪。……何かを求めるというのは押し並べて、誰かを殺すということなのよ。協力も共犯も、私は御免よ」
臆病、その通り。
傷つく痛みを知っているから、傷つける痛みを知っているから、私は何よりも私が大切。
そもそも、終わった話なのだから。
誰も苦しんでいないならそれでめでたし、めでたしで締めるべきなのだ。それこそちょっかいをかけて、誰かが辛い思いをしたら、誰よりも私が辛い。
だから強制的に締めるべく。
――めでたし、めでたし。