されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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もちろん一色いろはが生徒会長なのは間違っている。『首』

「……お姉ちゃん、ちょっと肉付きがよくなったよね」

 

「さぁ、運動量が増えたからかしら」

 

 修学旅行で離れた反動か、三子はよく引っ付いてくるようになった。

 今までは集中してもらいたいからと、小説を書いている時なんかはなるべく近づかないようにしていたのに、今日も私は三子の膝の上で小説を書いている。三度の食事もトイレもベッドも常に一緒で、しかし水風呂だけは止めた。

 

「まぁ、健康的だしいいんだけどさ」

 

 筋肉と脂肪が骨を覆い始めた腹筋辺りを、私とは比べ物にならないくらい大きい手が撫でる。

 

「……お姉ちゃん」

 

「なによ?」

 

「ずっと一緒だよ」

 

 頭頂部に鼻と唇をのせて、脇腹を撫でるように腕が這う。

 

「そうね」

 

 キーボードから手を離し、三子の手に私の手を重ねて返す。

 

 

 


 

 

 

 土日の四十八時間のうち、四十七時間くらいを三子と過ごした翌日の放課後。

 私は平塚先生に呼び出された。

 


 

『修学旅行を振り返って』 2年F組 不可思議可思議

 

 世は現代。人類が平然平凡と暮らしている裏では、あらゆる種が絶滅の危機に瀕していた。

 原因は別に地球温暖化や災害、戦争でも人口爆発でも自然破壊でもなく、巨大隕石でも勿論なく。適切な言葉がないけれど、それらしく言うなら『若者の恐怖心の移り変わり』と言ったところだ。

 

 世界各地に存在している、人の恐怖心を糧に生きている魑魅魍魎達は、『ホラー』という自分たちを遥かに凌駕する概念が生まれると同時に生き場を失っていった。

 

 そんな中、同類でも同胞でもない魑魅魍魎達を救うべく手を広げる魔王(救世主)がいた。

 名は無く、種族も無く、性別も無い。妖怪と悪魔のハーフであり、魑魅魍魎から弾かれて居場所も無い、無い無い尽くしの化け物は人間に紛れ、『お化け屋敷』を運営していた。

 

 当然のように、従業員は全員魑魅魍魎。

 ――装飾過多で草食系の吸血鬼

 ――男性恐怖症のサキュバス

 ――淫魔よりも肉食系の雪女

 ――カフェイン中毒の座敷童

 ――家族を失い転ばせるだけになった鎌鼬

 ――案内の為に生まれたはずが迷子中の八咫烏

 ――弟がクズ過ぎて家出中の苦労神、天照大神

 ――増殖した櫛名田比売の十三人目で呪いの神

 ――半妖半魔で妙にコネの広いお人好し

 

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「……なにをどう振り返ったらこうなるのか、十文字以内で説明しろ」

 

書きたくなったのよ(壱弐参肆伍陸漆捌玖)

 

「説明するな!!」

 

「理不じゃん!?」

 

 軽くではあったが、頭を殴られた。

 

「まったく。……いいかげん更生したかと思っていたが、やはり君は生涯不変を貫くのかね」

 

「貫いてこその座右の銘よ。たかが十五だか十六だかで折れるようじゃ、ただの中二病じゃない」

 

「やめろ。世の中の大人達がグッサリ来てるから」

 

「打たれて人は強くなるのよ」

 

「刺されても脆くなるだけだろう……。で、なんだこの愉快な小説の宣伝は」

 

「京都のお化け屋敷に入ったときに思いついたネタよ」

 

「君にはこれ以外に糧となるものはなかったのか?」

 

「何度も歩いた地元に得るものなんてこれでも多いくらいよ」

 

「級友との旅や保護者から離れることへの思いはないのか?」

 

「級友なんて沙希くらいでいつも通りだし、私の住んでる家は母親にとって別荘みたいなものだし、物理的な距離ならむしろ近いくらいね」

 

 ……そういえば、海胆岬ほろりとの再会なんかもあったわね。殺人鬼の話題だし、書いて困るのは平塚先生の方だけど。

 

「まぁ、いい。小説の出来次第である程度評価に補正をかけるさ」

 

「不平等が過ぎる気がするけど」

 

「世の中は不平等なものさ。……ほら、これをくれてやるから部活に向かいたまえ」

 

 平塚先生は私に三本のMAXコーヒーなる、黄色い缶コーヒーを渡して職員室から送り出した。

 

 


 

 

 遅れて部室に来たため、当然ながら二人は先にいた。

 

「……来たのね。今日は来ないと思っていたわ」

 

「職員室でナンパにあってたのよ。これ、平塚先生から」

 

 二人にMAXコーヒーを渡してから、私はノートパソコンを開き、例のお化け屋敷小説を書く。

 

「な、ナーちゃんは相変わらずなんだね……」

 

「小説を書くのが好きというのはあるけれど、それ以上に稼げるときに稼いでおきたいもの。三子を路頭に迷わせるわけにはいかないわ」

 

 修学旅行以来、二人は私に対して気まずいらしい。私からそんなことを思うことはないけれど、怒りやら罪悪やら、色々入り混じって強引に薄めたような感情が伝わってくる。

 

 ちょうどコーヒーを飲み切ったくらいのタイミングで、扉がノックされた。

 

「邪魔するぞー。少し頼みたいことがあるんだ」

 

 入ってきたのは、平塚先生だった。

 

「用事なら職員室で聞いたわよ」

 

「悪いな、不可思議。だが私のことではないのだよ。……入って来ていいぞー」

 

「ちょっと、相談したいことがあって……」

 

 呼ばれて入って来たのは、確かゼンマイ仕掛けみたいな名前の生徒会長。

 

「城廻先輩?」

 

 そう、それ。雪ノ下が意外そうな表情で言った。

 

 すぐに続いて、もう一人女子が入って来た。

 ゆるふわ系、とでもいうのだろうか。いかにも軽そうで、男性から好かれそうな、由比ヶ浜に近い属性の外見をした女子だった。

 

「ああっ、いろはちゃん!」

 

「結衣先輩! こんにちわー!」

 

 私から見れば同類の二人は、どうやら親しいらしい。

 

 今回の依頼主は彼女達、主に一色いろはのことだった。

 

 

 なんでも、一色は生徒会長選挙の候補者だけれど、決して生徒会長になりたいから協力してくれ、では無く。むしろ、落選したいらしい。しかし立候補が一色だけで、それも難関。

 おまけに自分で立候補したのでは無く、他人が勝手に名前を使って立候補させたのだとか。

 

「無論、しでかした生徒はこちらで指導する」

 

「なら立候補もなかったことにできるでしょう? 本人の希望も合わされば、不可能じゃないはず」

 

「それができればわざわざここまで連れてこないさ」

 

 そりゃ、そうよね。

 

「なら、私が職員室なり生徒会室なりに乗り込んで、全員説得しようかしら?」

 

「……なにこのちっちゃい先輩、超頼もしい……」

 

「相変わらずの過激派ね、不可思議さん……」

 

 依頼主達からは私の意見は好評らしいが、平塚先生がNOを出す。

 

「やめろ。最悪、君が退学にもなりかねるぞ」

 

「その時は警察沙汰にでもするわ」

 

「私までクビになるじゃないか!」

 

「その時は私が養うわ」

 

「……君、私のことが好き過ぎるだろう……」

 

 平塚先生は呆れたようにため息を吐いた。

 

 

「不可思議さんの案が全てダメなら、やっぱり信任投票での落選しかないわね」

 

「でもー、信任投票で落選って、めちゃくちゃ格好悪いじゃないですか〜」

 

「イレギュラーな事態だし、注目は集まると思うけどね」

 

「絶対問題児だと思われてるじゃないですかぁ!」

 

「優秀であれ無能であれ、目立つ人間なんて総じて問題児よ」

 

「あのごめんなさい私問題児と思われながらも優秀だと思われるほどにはハイスペックじゃないですお願いですから悪の道に誘わないでくださいごめんなさい」

 

 悪の道って……。しかしこの早口。この後輩、存外に面白いわね。

 

「じゃあいっそのこと、何もかもをボイコットするとかどうかしら。演説やらなにやら、生徒会長になってしまっても仕事を全てすっぽかして仕舞えば問題はないはずよ」

 

「無いわけないのはわかりますよそれぇ!」

 

「責任は立候補させた馬鹿に取らせるわ。平塚先生、何か問題があるかしら?」

 

「問題しかないぞ。問題児どころじゃなくなる問題が生まれてる」

 

「そういけずなこと言わんとってな、せんせぇ。うち、これでも気張りはったんよ?」

 

「「「なんで京都弁??」」」

 

「別人かと思うからやめろ」

 

「難儀やなぁ」

 

 この後しばらく話し合いがされたものの、どれもこれも却下されて案は一つも立たなかった。依頼人二人をおいて平塚先生は行ってしまったし、私も小説の執筆を再開する。

 

「あのー、ナーちゃん先輩って京都の人だったりするんですか?」

 

「生まれと母親の地元がそうってだけよ。京都弁は後から覚えたの。あとその呼び方はやめなさい、私の名前は不可思議可思議よ」

 

「え、でも結衣先輩は『ナーちゃん』って……」

 

「訂正しても直せない馬鹿だから諦めただけよ」

 

「ひどい言われようだ!?」

 

「えっと、じゃあ可思議先輩で」

 

 この後輩は見た目が馬鹿っぽいだけで馬鹿ではないらしい。

 

 


 

 

 翌日。改めて、一色と奉仕部の話し合いが行われた。

 

「とりあえずやっぱり、いろはちゃん以外の候補を誰か立てて、決選投票で穏便に負けるっていうのが、やっぱり一番いいと思うんだけど」

 

「そうですねぇ。あ、でも、すごい人に負ける方が、私的にはいい感じでーす」

 

「こちらが立てる候補者の公約と演説の内容は、考えておいたから」

 

「……そんなやり方だと完全な傀儡候補になるわね。組織の長の質が悪いと、被害の規模は組織どころじゃ済まなくなる。文化祭の時に経験したことでしょう」

 

「だから、それがちゃんとできる人を探せばいいだけで……」

 

「私が葉山を選び、葉山がアレを選んだ結果があの惨状だった。……貴女達に、葉山でも失敗したことを間違いなく成功出来るというの?」

 

 雪ノ下は、鋭い目で私を見ながら言う。

 

「何もしないよりマシ」

 

「何もしない方がマシ」

 

 妥協と諦め。やることなんていつも通りが一番良いに決まっている。

 

「二人って、仲悪いんですかぁ?」

 

「うーん、悪いのは仲っていうより、相性かな」

 

「方向性の違いよ」

 

「人間性の違いね」

 

「……つまり、性格の違い?」

 

 

 属性の違い、というのが明確に適切。

 

 

「私がいても話にならなさそうだし、もう帰るわ」

 

「待ちなさい!」

 

「文句はお金を払ってから言いなさい」

 

「え、ちょっと、先輩!?」

 

「依頼を放棄するわけじゃないから安心しなさいな」

 


 

 

 部室を出ると、そこには平塚先生がいた。

 

「生涯不変を謳っていても、不老というわけではないのだな」

 

「……どうだかね」

 

 様子を見に来たのか、ただの暇つぶしか。部室と廊下を隔てる壁に背を預けていた。

 

「ひとつ聞きたいのだけれど」

 

「なんだ?」

 

「一色の立候補を取り消せない理由は何なの」

 

「そ、それはだな……」

 

 平塚先生は言い淀む。

 

「他人に勝手に立候補させられ、本人はその状況を拒絶している。それなのに拒否権もない。――これは歴とした虐めであり、犯罪よ」

 

「……否定はできんよ。私はそう思っているし、相応の罪悪感と反省もある」

 

 あくまでも言いたくないというのなら、推測するまで。

 

「推測その一。一色以外に他の立候補者がいないから――否。優秀な生徒を教師が説得すれば幾らでもやりようはある。

 

「推測その二。一色が万人よりも優秀だから――否。彼女は有能ではあるけれど優秀ではないし何より従順ではない。トラブルメーカーの気質が十二分にある。

 

「推測その三。一色が嫌われ者だから――否。女子受けは悪いけれど男子受けはある程度いい。人柱にするには不十分。

 

「推測その四。一色が気に入らないから――保留。それくらい大雑把な理由なら悪ノリする共犯者は多い。けど否定派もいるはず。

 

「推測その五。一色の相手が面倒くさいから――可能性あり。公立高校なんて時給五百円以下のブラック企業。一生徒を犠牲に楽できるのなら切り捨てる選択肢は十分にあり得る。

 

 

 

「はぁ……。さて、どうかしら?」

 

「まったく……。君は恐ろしいくらい賢いな。そして聡い」

 

「で、どの程度正解なのかしら」

 

「ノーコメント、と言いたいところだが無駄なのだろうな。……ここでは大体合っていると言っておこう。コーヒーでいいかね?」

 

 平塚先生は自販機でブラックの缶コーヒーを買い、私に尋ねる。

 

「外ではなるべくコーヒーや紅茶を飲まないようにしているのよ。覚えておきなさいな」

 

「君はつくづくキャラと設定が噛み合わないな。……じゃあペプシにするか」

 

「はいはい」

 

「家まで送ろう。校内で話すべきではない話だ」

 

 


 

 

 特別棟を出て、正門から郊外に出ると平塚先生は話し始めた。

 

「先に言っておくが、私は全面的に一色と奉仕部の味方のつもりだ」

 

「さて、どうかしらね」

 

「まぁ、口ではなんとでも言えるからな。……立候補者の話が公になるまで、一色は全くそのことを知らなかったらしい」

 

「塵も積もれば山となる。群衆は時に恐ろしいものね」

 

「全くだ。……担任を経由し、職員室に一色の意思が伝えられた。そこで職員室は二つに分かれた」

 

「ざっくり、一色の味方か敵か、みたいな感じかしら。……違うのね」

 

「ああ、そうだ。一色の意思を無視して生徒会長にしてしまおうって連中と、一色を説得し納得させて生徒会長にしてしまおうという連中だった。私はそのどちらも反対だったんだが、一人になった一職員に発言力は無い」

 

「そしてハブられたから奉仕部に来た」

 

「君や雪ノ下にコミュニケーションを説いておきながら、恥ずかしい話だ」

 

「そんなことないわ、ヒーローはいつだって孤独だもの。……ほんま、かっこええよ。……一色にとっても味方がいないのと一人居るのとじゃ違うはずだもの」

 

「そう言ってもらえると助かるが、しかし京都弁を混えるな」

 

「捻くれ者は本気と本音を冗談めかすのが基本作法なのよ。……それを思い出したのも京都でのことだったけどね」

 

「つまり本気なのか!?」

 

「冗談に決まっているじゃない」

 

「どっちがだ? ……はぁ、暖簾に釘を刺された気分だ」

 

「効き目があったようで何より。でもその言い回しは読み慣れていないと理解されずに白けるから気をつけなさいな」

 

「痛ましいくらい至れり尽くせりだな……」

 

 

 

 ――閑話休題。

 

 

「で、結局私はどの程度ならしてもいいのかしら?」

 

「どういう意味だね?」

 

「職員室に乗り込んで全員説得するのはアウト。警察沙汰にするのもアウト。なら私はどこまでやりすぎてもいいのかしらね?」

 

「そうだな――」

 


 

 ――私のすべきことは、決まった。

 


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