されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
「おい、■■■」
「……」
「聞いているのか、■■■」
「……」
「なぁ、……不可思議」
「何かしら、平塚先生」
「私にはやっと君がどんな人間なのか分かってきたぞ」
「不可思議可思議を知りたいのなら不可思議可思議の小説を読めばいいわ。私の全てがそこに書かれているの。……で、これから甲斐甲斐しくも嫌々、渋々と部活に向かおうとしている私様に何か用かしら」
「私様って、何様だよ……。やる気を阻害したようならすまなかったな。しかしまぁ、話をしてみたかったんだよ」
学校の廊下で平塚先生に呼び止められ、職員室前に設置されている、用途不明で座ると怒られる上等そうなベンチに座らされる。
「君は、雪ノ下雪乃をどう思う」
「私の利き手と目を陵辱する計画と手段を手に入れた変態」
「冗談なのは分かっているんだ。真面目に答えろ」
面白くすることこそ、私なりの真面目なのだけれど。ならば心を逆さまに。言葉を天邪鬼に。
「美麗に華麗に端麗な芸術品」
「ほう?」
心にもないことを言うと、平塚先生は眉をぴくりと動かす。
「周りの全てが美しくなければ気が済まず、どんな荒地にもレッドカーペットが敷かれていないと気が済まず、万物が芸術品の材料になると思い込んで屑鉄を見下す大理石」
あるいは、本心。あの飾りっ気のない、彫像にしたらつまらなそうな彼女のことを、私は案外高く評価しているらしい。
「そうか……。まぁ、君みたいな奴にはそう見えるのだろうな」
どんな奴よ。私は別に自分を屑鉄だとは欠片も思っていない。むしろオリハルコンだとすら思っている。私は私を自意識過剰に過剰評価している。
「非常に優秀な生徒ではあるんだが、……まぁ、君と似て持つ者の苦労があるんだよ」
「失礼ね。私は持つ者であっても苦労はしていないわ」
「失礼は君の方だ。敬語はどうした、敬語は」
「私が平塚先生に使う要素が見当たらないわね。歳と立場程度で上下関係を構成できると思っているのなら勘違いよ」
「貴様は今、全国の先生を敵に回したぞ」
「貴様って敬称だけどね」
「え、マジで……?」
「目上の人間に対して尊敬の意を込めて用いる呼び方よ」
石像のように固まった平塚先生を放置して、私は部室に向かった。昨日と同じ道を歩き、自販機で昨日は買えなかったコーラを買ってから部室に入る。
「……こんにちは。遅かったわね」
「『こんにちわ、じゃなくてこんにちはだよ』っていちいち正す心の狭い人類を滅ぼしていたのよ。日本語にはもう少し遊びが必要だわ」
「言葉に対して無頓着すぎるのも問題だわ」
「シミュレーションとシュミレーション程度の問題、問題視して指摘する人間の人格の方が問題だと、私は思うわ」
「些細な問題を駆逐してこそ、正しさは正しくいられるのよ」
「その結果生まれたのが『出る杭は打たれる』じゃあ、救われない話ね。救えないのかしら」
他愛も無い、無価値で大して面白くも無い会話をしていると、教室の扉にノックする音が教室中に響いた。
「どうぞ」
と、まるで面接官のように雪ノ下が言うと、ノックの主は扉を開けて入ってくる。
「し、失礼しまーす」
恐る恐る、といった風に入ってきたのは、スカートが短く、ボタンを三つほど開けたりと、校則に反逆しているような、不真面目そうな印象を受けないでも無い、『今時』と言う言葉の似合いそうな美少女だった。
「平塚先生に言われてきたんですけど……、な、なんでナーちゃんがここにいるの!?」
「クラスメイト? というかそんな呼び方されていたの?」
さて。そんな、本名由来っぽいあだ名で呼ばれた記憶は、全くもって無いのだけれど。
「知らないわ。そして私は不可思議可思議よ。呼ぶならそう呼びなさい」
「ごめんちょっと何言ってるかわかんない」
「言葉の通じない人間に言うことはないわ。死んで結構よ」
他人同士が険悪な雰囲気になっているのは苦手なのか、雪ノ下は椅子を取り出しながら、「2年F組の由比ヶ浜さんよね」と、確認するように尋ねた。
「あ、あたしのこと知ってるんだ」
あからさまに、表情が明るくなった。
まぁ、見知らぬ人間に名前を知られているのが嬉しいというか、誇らしいという感覚はわからないでも無い。私の場合はペンネームだけど。
「人類に興味のない私と違って、人類補完計画を目論むくらいだから、全人類とまでは行かずとも全校生徒くらいは把握してるんじゃないかしら」
「そんなことないわ。そしてそんな計画を目論んでもいないし、貴女のことなんて会うまで知らなかったもの。でも別に落ち込むことはないわ、貴女の小説家としての知名度にまだまだ広がる余地があったということだもの。むしろ喜びなさい」
「そうね、日本は広いもの。貴女が私の全てを知る日も近いわ」
犬も食わなさそうな会話を、しかし端から見ていた由比ヶ浜は「なんか、楽しそうな部活だね」なんて、キラキラ笑いながらしながら言い出した。
「それにしても、ナーちゃんよく喋るね! 教室じゃぜんぜん喋んないのに!」
「語らなくていいことは語らないのが省エネへの第一歩なのよ。分かったら声のトーンを落としなさい」
「え、何言ってるかよくわかんないんだけど」
「うるさいから声を小さくしなさいこの雌豚が、くらいに言わないと伝わらないのかしら。……失礼、豚なら日本語が通じなくても仕方ないわね。期待しすぎた私のミスよ、ごめんなさい。盛った雌豚のように騒いでも私は貴女に文句を言わないと誓うわ」
「誰が豚だし!!」
「貴女、流石に少し失礼よ……」
「少しって! 雪ノ下さんも失礼だよ!?」
なるほど。嫌に今時なJKと呼称される新人類かとも思ったけれど、存外詩的で面白い。ツッコミキャラというのは、何時の時代、どんな場所でも求められているのだから。
「で、ここに来てしまった以上、自分では自分を救えないと諦め、一度は超えたいと思った壁から逃げてきたのでしょう? ならつべこべ鳴かずに依頼の内容を言いなさいな。詩的に素敵に、めでたし、めでたしと吐かせてあげるわ」
「ナーちゃん、何言ってるの?」
「不可思議可思議と呼びなさい」
彼女、由比ヶ浜の依頼の内容というのは、迷惑をかけた人に手作りクッキーを渡したいけどうまくできないから手伝ってほしい、とのことだった。私たちは材料を各々でかき集め、エプロンと共に家庭科室へと集合した。
「言っておくけれど、私は味覚には自信がない。具体的にはおいしいのハードルが途方もなく低い上に、料理なんてろくにしたことがないから、技術やら味見やらでは役に立たないわよ」
「なら私の独壇場ということね。由比ヶ浜さん、私にまかせて頂戴」
「う、うん。……二人って、仲悪いの?」
「嫌いなだけよ、この小説家が」
「怖いだけよ、この変態が」
かくあれども。
とりあえず、レシピ通りに作らせてみようという流れになり、私は暇になった。その間は邪魔にならないところで小説を読んでいると、数十分後に、呼び戻され、目の前には黒いクッキーがあった。
「……ココアパウダーなんて買っていたかしら」
「どう見ても失敗じゃない。貴女の目は節穴なの?」
「料理は食べられなくなって初めて失敗というのよ」
一つ貰って食べてみる。
「……硬すぎる気はするけれど、十分においしいじゃない。渡す相手が年寄りでもない限りは平気だと思うけれど」
「え、ほんと!」
「そんなわけないでしょう。下手に下手な夢を見させないで。そして舌を医者に診てもらいなさい」
母親かよ。
「夢を語るのが小説家よ。食べないならもらっていいかしら」
「ど、どうぞ……」
由比ヶ浜は落ち込みながら、クッキーを皿ごと私に渡してきた。
「さて、どうすれば良くなるのか考えましょう」
雪ノ下は私がクッキーを食べるのを見ながら、考え始めた。
「別に、考えるまでもないでしょう。物事の上達の近道は反省と挑戦の繰り返しよ」
「まぁ、そうなのよね」
才能があろうとなかろうと、上達するにはやるしかない。やって失敗することはあっても、やらずに成功することはないのだから。
「やっぱりあたし、料理に向いてないのかな……。才能っていうの? そういうの、ないし」
「まずはその考えを改めなさい」
雪ノ下は手本として作りながら語る。
「自分に才能がないと言ったけれど、最低限の努力もしない人間に才能のある人間を羨む資格はないわ。成功できない人間は成功者の積み重ねた努力を想像できないから成功できないのよ」
彼女の言っていることは、間違いではない。でも間違っていないだけで、正答ではない。
「それは天才の理屈よ。理想と言うべきかしらね。才能のある人間ほど努力をせずに成功するから、努力が無駄になることを知らずに成功するから、努力というものを過大評価する。努力のできる人間を過大評価する。そして努力しても失敗する人間にはこう言うのよ。――なんで努力しないのだろう――今、現に彼女が失敗する理由に努力不足以外出せていないじゃない」
「なら、貴女には努力以外の解決策があると言うの? それこそ怠惰な愚か者の理想よ」
「答えを他人に求めることこそ怠惰だと、私は思うのだけどね。――ねぇ。渡す相手って男子かしら?」
「え? えっと、まぁそうだけど」
「そう。なら私のできるアドバイスは、――苦悩と工夫は成功への遠回り。妥協と諦めこそ解決の近道、よ」
その男子がどんなやつかなんて知らないけど、作るべきは『おいしいクッキー』であるべきなのだけれど、でもそれが出来ないのなら『手作りクッキー』あたりに妥協すればいい。どうせ既製品には敵わないのだから。
私は席を立ち、家庭科室の扉に手を掛ける。
「どこに行くのかしら?」
「これ以上は居ても居なくても同じだから、帰るのよ。私の生活は常に時は金なり――時間の浪費はお金の浪費と同義なの。これ以上文句があるならお金を払いなさい。一文字一円で耳を傾けてあげるわ」
後日談。というよりも、依頼の顛末。
雪ノ下から聞いたところ、由比ヶ浜はあれから何度か繰り返し、なんとか食べられる程度のものが作れるようになってからは家でやるといい、その日は帰ったらしい。
今日はその翌日。
「昨日貴女が語ったこと、間違いだとは思えなかったけれど、納得は全く出来ていない。私は、自分を高められるなら限界まで挑戦するべきだと思うの。それが最終的には由比ヶ浜さんのためになるから」
「時は金なり、よ。彼女の作るクッキーが及第点のクッキーであろうと、合格点のクッキーであろうと、頂点のクッキーであろうと、贈られた側からすればそれはクッキーでしかない。同じ結果が得られるのなら、努力は最小限の方が良いに決まっているのよ」
「それじゃあ自分を高められないし、由比ヶ浜さんのためにもならないわ」
「極論、宝くじで百億円稼ごうと、汗水垂らして働いて百億円稼ごうと同じことよ。宝くじだって頑張れば当たるのだから。時間の浪費を減らした分、他のことの努力に時間を当てれば良いのよ」
「理想論ね」
「だから、極論よ。人生なんて生きてるだけで努力の集合体みたいなものなんだから、逆説的に努力なんて存在しない。人間のステータスは全て才能と環境と運で構成されているのよ」
話しつつも、数日分の遅れを取り戻すためにノートパソコンを部室に持ち込んで小説を書いていると、今日も由比ヶ浜が出没した。
「やっはろー!」
「……何か」
「あれ、……もしかして私、あんまり歓迎されてない?」
由比ヶ浜は確かに騒がしい存在ではあるけれど、会話の偏差値が20くらい下がるから、私的には招き猫と同じくらいにはありがたい存在なのだけれど。でも雪ノ下はそうでもないらしい。
「もしかして雪ノ下さんって、私のこと嫌い?」
「別に嫌いじゃないわ。……ちょっと苦手かしら」
「それ女子言葉じゃ同じことだからね!?」
「……ねぇ。歓迎はするけれど、うるさいから声を小さくしなさいこの雌豚が。BGMに鳴き声はただの騒音よ」
「誰が豚だし!!」
「だから、うるさい」
これならイヤホンでも持ってくるんだった。
「それで、一体なんの用かしら」
雪ノ下が尋ねると、私たち二人に、由比ヶ浜はクッキーを手渡す。袋越しでも、昨日見たものより遥かに上達しているように見える。
「昨日のお礼ってゆーの? いやー、やってみると楽しいよねー。今度お弁当とか作っちゃおっかなー。あ、でさ、ゆきのん。部室でお昼一緒に食べよーよ。ナーちゃんも!」
「不可思議可思議よ。覚えやすい名前なんだから、いい加減覚えなさい」
「えー? でもナーちゃんはナーちゃんじゃん?」
「そんなに親しい仲でもないでしょう。親しくない仲にこそ礼儀は大事なのよ。それこそ、お金よりもね」
まぁ何はともあれ、依頼は解決ということで良いのでしょうね。雪ノ下はともかく、由比ヶ浜は十分に満足のいく結果が得られたようだし。
だからまぁ、これ以上無粋な蛇足は入れずに締めましょう。めでたし、めでたし。