されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
家に帰ってから私がしたことといえば、一貫してハグだった。
諦めたとはいえ、生き恥にして生ける恥だったことに違いなく、私は三子に抱きついてわんわんと泣き喚いた。子供のように、姉としてのアレコレも全て投げ捨てて。――諦めて。
「みこぉ……」
「はいはい。……夜ご飯、作る暇ないしなんか頼むけど、お姉ちゃん何がいい?」
三子は体格以上の包容力で私を抱き抱えて、いつもとは逆向きに、向かい合う姿勢で膝に乗せながらソファに座った。
「……ドーナツとコーヒー」
「それオヤツじゃ……。まぁいいけどさ。ミスドってウーバーあったかな……」
「……なかったら私が買ってくるわ。一人で夜道歩きたい」
「お姉ちゃん、前に似たようなこと言って私が捜索願いまで出す羽目になったのを忘れたの? ……一人になっちゃダメだからね」
「……お姉ちゃんにも一人になりたい時はあるのよ」
「自分より大きい妹に泣きついて泣きじゃくる人なんてお姉ちゃんじゃないよ。お姉ちゃんの方がよっぽど妹だよ」
三子は片手間にスマホでミスタードーナツの宅配を頼んでから、背骨が軋むほどに両手で抱きしめた。
「……ねぇお姉ちゃん、一回だけでいいから、私のこと『お姉ちゃん』って呼んでみて?」
「いやよ。これ以上私に妹キャライメージが付いたら大変じゃない。最近じゃそういうのを解釈違いって言うらしいわよ」
「お願い。私もお姉ちゃんって呼ぶから」
「複雑な家庭環境になってるじゃない」
あとそれじゃあ何も変わっていない。趣味じゃないけど『お姉様』くらいは言ってみなさいな。
「『家庭環境なんて家庭な時点で複雑なものよ。むしろ両親が離れて単純になったわね』って、お母さんと会えなくて泣いてた私を慰めてくれたのお姉ちゃんでしょ」
「私が小学生の頃のことじゃない。今聞くと意味不明だし、それで慰められてる貴女はなんなのよ」
「慰められてるっていうのが嬉しかったんだよ」
「……そうね。三子、ありがとう」
「どういたしまして。お礼ならお姉ちゃんって呼んでくれればいいよ」
「それは嫌」
翌日放課後。昨日とは別の意味で入りづらい部室へと、私はやって来ていた。ここにくる前に平塚先生に用があったのだけれど、出張だかなんだかで不在なため会うことは叶わなかった。
催促して送らせた材木座の新しい小説を読み進めていると、雪ノ下の方から声をかけてきた。
「そ、その、今日のことだけれど、場所と時間を教えておいてもらえるかしら」
「場所は覚えていないし、時間なんていつもバラバラだったわ。……それよりも、ビジネス用語や意識高い系という存在について、ネットで前知識をつけておいて頂戴」
「よくそれで今までやってこれたわね……。ビジネス用語というと、……アウトソーシングがどうとか、アライアンスがなんとかって、ああいうのかしら」
「合同先の高校ではそういうのを乱用して会議ごっこをするのが流行ってるみたいなのよ。……正直、中二病全開モードの材木座以上に話が通じないわ」
「……それ、日本人なの?」
「これ言うとほぼ全員が同じようなことを言うわね。……まぁ、使えずとも意味さえ分かっていれば問題は無いけれど」
「いえ、前にテレビの特集で見かけただけで、付け焼き刃にもなっていないのだけど……」
「なら知識という名の耐性だけでも焼き付けなさいな。……貴女の性格だと、最悪の場合胃に穴が開くどころか胃が消滅するわよ」
「私の胃はそんなに貧弱じゃ無いわ」
「……そっちの自信なのね」
この後、由比ヶ浜と一色が部室に集まってから、現地へと向かった。
「状況があまり良く無いそうね」
「そうなんですよぉ。先輩でもまだ過激さが足りないって言うかぁ、パワー不足って言うかぁ」
場所を知らない雪ノ下と由比ヶ浜を先導するように一色が前を歩き、私は逸れないように手を繋ぐ。……繋がれた手に、注目が集まっている気がする。
誰かが逸れることもなく、無事にコミュニティセンターへと到着した。
「……とりあえず、覚悟はしておきなさいな」
主に雪ノ下へ忠告しながら、私が扉を開けた。
「やぁ。そちらは初めてみるニューフェイスだね、よろしく」
海浜の生徒会長が、新顔二人を見て言うと、二人は揃って微妙な表情を浮かべた。
「それじゃあ、会議を始めようか」
――数時間後。
会議が終わると、二人は逃げ出すようにエントランスに駆け込んだ。私も一色と共に二人のところに向かった。
「……正直、予想以上だったわ。不可思議さんの言っていたことの意味が分かった」
「だね〜。外国人の話を聞いてるみたいだった。……それで、どうしよっか」
雪ノ下は頭を抱えていて、由比ヶ浜も困った笑みを浮かべている。
「……二人を巻き込んでおいてあれだけれど、さっぱりよ。うちでクリスマスといえば夕食が重たくなる日でしか無いし、どんなものがクリスマスらしいかってそもそも謎なのよね。……聖書の音読会とかでいいんじゃ無いかしらね、もう」
「いや先輩、クリスマス過ぎません? ここ日本ですよ?」
「じゃあ般若心経とか古事記でもいいけれど」
「どんだけ音読会やりたいんですか」
「やりたく無いことを無理やりやらせるから面白いんじゃない。クリスマスの予定を食いつぶした高校生の客前でやることが面白くもなければ感動もない黙々とした音読会。きっと楽しいわ」
当然だけれど、却下された。
翌日。
私たち四人は面倒臭くなって平塚先生に相談することになり、職員室に来た。
「とりあえず、歯ぁ噛み締めなさい」
「せめて食いしばらせろ!?」
「ナーちゃん!?」
平塚先生と顔を合わせてやったことは、頭突き。大した筋力もないしダメージなんてないだろうけど、しないわけにはいかなかった。やっておかなきゃ、互いに気が済まなかった。
「いっつー……。やってくれるな、不可思議」
「ナーちゃんどうして!?」
「いや、構わないよ由比ヶ浜。私が不可思議にやったことの報いだ。甘んじて受け入れる」
私を一度あそこまで追い込んだのは、全面的に平塚先生だ。
車で聞いてた時は納得させられた、というか言いくるめられていたけど、思い返せば文脈が滅茶苦茶だった。
どこから企んでいたかなんて知らないけど、平塚先生は多少強引にでも私を追い込み、誰かしらに助けを乞わせようとしていた。
「では、相談とやらを聞こうか」
一応の責任者である一色から、今出ている企画案や懸念事項である予算の問題について話す。
私からも補足しつつ話し終えると、平塚先生はわざとらしいため息を一つ吐いた。
「で、まずは予算というわけか」
「他にも色々あるけど、何をするにもまずそこね」
「そういうことなら、これをやろう」
平塚先生が引き出しから取り出したものは、見たところ四枚のチケットだった。
「どうしたのよ、これ。安くないでしょう」
「嗚呼、結婚式の二次会で当ててな……。くれてやるから、これで少し勉強してきたまえ」
差し出されたチケットを、私は思わず受け取ってしまった。けれど別に、嬉しくもなんともない。
「……ディスティニーランド、ねぇ。一回だけ行ったことあるけど、ここイベントが無くても混むじゃない」
「そうね、私もあまり……」
雪ノ下もあまり乗り気でないらしい。
「君たちはクリスマスのなんたるかを分かっていない。あそこのクリスマスは凄いし、参考になるだろう」
色々渋ったのに、部活の冬合宿だの取材だのと色々こじつけられて、翌日の土曜日に行くことになってしまった。
で、まぁ翌朝。駅までは三子に案内してもらいながら(受験生に何させてるんだろう……)、舞浜駅に集合した。
「先輩っ、やればできるじゃないですか!!」
「鬱陶しいから離れなさいな」
部活で夢の国に行くと伝えたら、家を出る前に三子と沙希による可愛がりが発動。たまにされる、髪を整える程度で十分だったのに、蒼さんが好きそうなフワフワモコモコした動きにくい格好に着替えさせられた。あとは髪の色を全部金髪に染めたら、完全にどこかのアニメのヒロイン。
ツボに刺さったのか、一色があちこち触ってきて鬱陶しい。
「あれ、
「風呂上がりの私を見てるでしょうに。顔はかわいいのよ、私」
……というか、なんでいるのかしら。
三浦の他に、葉山、海老名、戸部がいた。
誰が何を思ってこんな、奉仕部対陽キャの戦争みたいな組み合わせにしたの。
問いただしてみれば、というか問わずともほとんど分かっていたけれど、呼んだのは由比ヶ浜らしい。
「だ、だってもともと遊ぶ予定だったし……。そ、それに、いろはちゃんの味方だけをするってわけにもいかないじゃん! 私も板挟みで大変なんだよー!」
「これから人間の缶詰になりに行くっていうのに、なんでもうサンドイッチになってるのよ。……というか一色貴女、葉山に惚れてたのね」
セットでの光景を見たことがなかったから想像もしてこなかったけれど、一色はサッカー部のマネージャーなのよね。そういえば。忘れてたけど。
「……先輩、これからナーちゃん先輩って呼ばれたくなかったら口を謹んでくださいね」
「別にいいわよ、それくらい」
先々日に『独力独走の格好いい私』を諦めたのだから、外聞を気にする理由も特にない。……というか由比ヶ浜を諦めた時点であまり気にしてはいなかった。
「まさか言いふらす気ですか!? ナーちゃん先輩!!」
「はいはい。……年下女子を先輩呼ばわりする痛い女に思われたくないなら口を閉ざすことを薦めるわ」
多分、構図的にはそんな感じになっているはず。そこそこ視線が集まってきてるし。
入場待ちの列に並び、エントランスゲートでチケットをパスに変えて中に入る。
広場のようなところで、右手をつなぐ形で掴まれた。
「ナーちゃん、逸れちゃだめだよ」
子供扱いだった。それも由比ヶ浜に。
……まぁ、方向音痴だし放置されたら確実に逸れるから助かるのだけれど。
「……片時も離さないわ」
「大胆な告白!?」
「切実な懇願」
なんかもう、一個諦めただけで色々とダメになってる。枝一本折れるだけで桜が弱るみたいに、あるいはガラスに傷がつくとそこで割れるように、私は弱体化している。平塚先生は繊細と評したけれどまんまその通りだ。今の私は、欠けたガラス細工のように脆い。
クリスマスが近い、というかここではもうクリスマスなのかもしれないけれど、とにかく、赤と黄色と緑の装飾が目立つ。
あちこちにいる人間臭い動物のキャラクターたちも装飾が施されていて、子供からは大人気。
「先輩たちも写真撮りますよー!」
「はーい!」
由比ヶ浜に引っ張られるように、私もツリーの前で何人かと写真を撮った。外見が可愛くさせられてしまっているわけだし、可愛げのあるポーズをしてみたり。
「ナーちゃんって、可愛げがないだけで可愛くもできるんだね……」
「そうね。髪も染め直したらいいじゃない」
由比ヶ浜が取材用に持ってきたカメラの画面を見ながら言うと、雪ノ下も覗き込んだ。
「そんなことしたら誰だかわからなくなるじゃない。私と気づかれずに惚れられでもしたら面倒よ」
「かわいい自覚のある美少女って、なんか最強って感じだね……」
写真を撮った後は、アトラクションを一通り巡るらしい。
けれど、一つ目のスペースなんとかってアトラクションを降りたところで既に限界を迎えていた。
「重力が、重いわ……」
重力を感じさせないほどに振り回すアトラクションで、私ほどでなくとも皆足元がふらついている。
それに、ここら一帯は人が多い上に、アトラクションも多い。ただでさえ周囲を無差別に共感してしまう私の体質とは、頗る相性が悪かった。
「ちょっと、……あんた大丈夫?」
「ええ……、悪いわね」
壁に手をついていると、三浦に背中をさすられる。
周囲にいるだけの人間と、触れている人間とじゃ伝わってくる情報量も違う。――無数の乗り物酔いの積み重ねと圧迫感が、一人の女子に駆逐されていく。
「……もう、平気よ。歩ける」
「水、いる?」
「貰うわ……」
幾らか楽になってから差し出されたペットボトルを受け取る。むせ返りそうな食道に温い水を流し込み、泡立った胃を鎮める。沸騰しそうなほどに熱い脳が幾らか冷める。
「……助かったけれど、急なキャラ変更は混乱を招くからやめておきなさいな」
「は? 何意味わかんないこと言ってんの?」
良かった。ちゃんと古風なギャル、三浦だった。いきなりいい奴になられても反応に困る。
「パンさん、ねぇ……。小説か何かで読んだ記憶があるけれど、ディスティニーのキャラだったのね」
パンさんのバンブーファイトなるアトラクションの近くのお土産屋で、古い思い出に嵌るピースを見つけたような気分にさせられた。
妙に渋く、凶悪そうな見た目のパンダのぬいぐるみ達がジッと私を見てくる、というか睨み付けられる感覚。
「それって、原作の翻訳版かしら?」
「さぁ。読んだのが昔すぎて、内容も覚えていないわ」
アトラクションを降りてから向かってきた雪ノ下が、大量のパンさんのぬいぐるみを両腕に抱えながら話しかけてきた。
「というか、そんなに買って帰り平気なの?」
「……今から選ぶところなのよ」
絶対後先考えずに全部買う気だった。
「はぁ……。送料がかかるけど郵送できるわよ」
「よく知っているわね。意外だわ」
「別に。前に一回来たことがあるだけよ。……三子はぬいぐるみとかあんま興味ないし、買うならお菓子かしら」
パンさんの顔が描かれたクッキーや、パンさん型チョコ、他にも箱や缶をパンさん仕様にしただけに見えるお菓子が大量にあった。
……選ぶの面倒ね。
「これ、全部郵送でお願いするわ」
「は、はぁ……」
疲れてきて選ぶのが面倒になった私の選択は、全て買ってしまうというものだった。学生が出すには大きすぎる出費だけれど、もうなんか色々疲れた。
夜風が吹き始めた頃。アトラクションは一通り巡って、最後はパレード。途中から私の保護者を交代した雪ノ下が見たこともないほどはしゃいでいる様子を見ていたら、誰かに左腕を掴まれた。
「え」
力がいつもよりずっと強いけど、掴んだのが一色だったことに気がつくのにそう時間はかからなかった。
「ちょ、ちょっと、痛い」
周囲の騒がしさのおかげか、私の声は一色に届かない。ただ何かから逃げるように、パレードに集る人混みから離れていく。
「いった……。あー、なんなのよ……」
「……すいません、先輩」
エントランスゲートの手前でやっと、一色は足を止めて口を開いた。
「どうしたっていうの。振られたって言われても、今の私は慰められるほど強くないわよ」
「……なんでわかるんですか。もしかして、見てましたか」
「そんな悪趣味なことするわけないでしょう」
ただ弱っている分だけ、人の弱みに共感しやすくなってる。……気がする。
「葉山にその気が無いくらい、見ればわかることじゃない」
「いや、普通わかりませんって……」
先日私が三子にしたように、一色は私に抱きついてきた。
「しょうがないじゃないですか。盛り上がったっていうか、当てられたっていうか……」
「当てられた?」
抱きつかれたまま哀しまれると、その感情や思いが肌を通して濃密に伝わってくる。こっちまで泣きそうになってくるし、情なんて大してないはずなのに頭を撫でてやるくらいはしたくなる。
「……先輩のせいです。先輩が悪いんです」
「……はいはい」
一色の言わんとすることは言われずとも分かる。
私が奉仕部に依頼しにいった時の一部始終を、一色は聞いてしまっている。当てられたというのは、もっと具体的にいえば勇気づけられたということに他ならない。
私の心にメスを入れる行為に、悪い影響を受けてしまった。
「振られる程度で失恋とは言わない。人は自分を好いている人を好きになる。――とは言うけれど、って感じね」
「先輩はなんでもわかっちゃうんですね……」
「分かりたくなんてないわよ。失恋なんて私のいないところでして欲しかったわ」
共感してしまうから。栓の壊れた私に涙を止める方法なんて、枯れる以外に無いんだから。
「えっ、なんで先輩が泣くんですか……」
「放っといて頂戴」
一言メールで伝えて、私たちは帰った。