されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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まさかクリスマスが地獄なのは間違っている。『剰』

 休み明け、月曜日の放課後。

 生徒会と私達奉仕部は、今日の会合での会議の前に、会議をすることになった。というかすることにした。会議のための会議を。

 

「えっと、これ集められた理由ってなんですかね?」

 

 生徒会から、一色が私に尋ねる。

 

「方針の確認と今後について、よ。現状の案は不可能。実現できても一部分で、看板のわりにしょぼい結果に終わる。――そうならないためにどうするか、という会議よ」

 

「はぁ、分かりませんけど」

 

 一色はまるで条件反射のように答えた。というか、返した。

 

「問題は言うまでも無いだろうけれど、あのごっこ遊びにしても悍しい会議にあるわ。意見を纏めるだけ纏めて、その実誰も決定は下さない。――決定権を持つ者がいないし、決定そのものを許さない。だからこそ、このような馴れ合いも遠慮もいらない、否定もするし切り捨てもする、そういう会議が必要だと思ったのよ」

 

 長いセリフを言い終えて、一度深呼吸。弱体化している私には、喋るだけでも心に負担がかかるらしい。

 

「えっと、どうですかね?」

 

「俺は、波風立てない方がいいと思う。このタイミングで対案出すのはちょっと難しいし、俺たちもそれに反対しなかった」

 

 一色に尋ねられた副会長は、眉を顰めながら、否定的なことを言った。否定的というより、保守的。

 

「ですよねー。……でも、やります」

 

 苦笑いしながら続ける。

 

「私的に、しょぼいのは嫌かなって」

 

 それでこそ、私が共犯を選んだ生徒会長。保守派を駆逐し、言われた通りになれない天邪鬼。

 


 

 衝突、否定、切り捨て。なんでもありの話し合いは、しかし摩擦の存在しなかったあのサバトよりも悍しい会議より、ずっとスムーズに進み。

 こちらから提案するものは、小学生や保育園の子供が主演の演劇になった。

 

「小道具は保育園から借りられるでしょうけど、問題は練習時間ね……」

 

「セリフ覚えるの大変そう……」

 

 提案が決まれば、細かい場所の詰め。雪ノ下はやはり練習時間に目を向けた。

 

「舞台の役者と声優を別で用意すればいいわ。脚本も私が書くし、簡単で且つ楽しめる演劇を用意できるわ」

 

「そんなものが短時間で作れるの?」

 

 雪ノ下は煽りなどではなく、純粋な疑問として聞いてきた。

 

「簡単に作れないと簡単で無くなるじゃない。生涯不変の小説家は休業中だけれど、――美術的な女子高生、七五三(しめ)七子は不可思議可思議の四割増しで素敵に過激よ」

 

「……先輩、死者は出さないでくださいよ」

 

 


 

 

 定刻通りに始まった会議は、だんだんと熱気が冷めていった。

 

「うん、考え方としてはアリだと思うんだけど、二校合同でやることに意義があると思うんだよね。別々にやるとシナジー効果が薄れると思うし、ダブルリスクなんじゃ無いかな」

 

「そうかもですけどー、でも私的にはけっこうこっちやりたいなーって思うんですよねー。どっちも見れるとか超お得じゃ無いですかぁ?」

 

 生徒会長同士のやりとりは、もう何度も繰り返されている。

 

 会議が始まってから海浜の生徒会長が提案してきたのは、追加予算のシェアだった。そこに一色の「私、ちょっと思ったんですけどー」という言葉から、演劇の案をプレゼンした。

 しかし敵も然るもの、現状プランの幕間に演劇を組み込む折衷案を繰り出してきた。無論、予算的に現状プランが不可能なことに変わりはない。一色はそれを理由に、現状プランを削減しての二部構成を提案している。

 ここまでは、事前に想定済な光景だった。しかし、この問答が何度も繰り返されると話は別。今回サポート役に徹するつもりだった奉仕部一同は見ているだけでもストレスが溜まっている。

 

「……ねぇ、ナーちゃん。これってなんで揉めてるの?」

 

「そうねぇ。……、マラソン大会で最下位二人が『一緒にゴールしようね』って約束していたところを、一人が近道、抜け駆けしようとして、もちろん誘ったけれど、でももう一人は真面目で喧嘩になっているってところかしらね。――さて、どっちが悪いでしょう」

 

「ズルしようとしてる方じゃないの?」

 

「いいえ、由比ヶ浜さん。ふかし……、七五三さんの言い方だと、『どっちも悪い』が正解よ」

 

 由比ヶ浜の答えを、雪ノ下が訂正した。

 

「その通り。何をしようと最下位なんだから、どっちも成績は悪い。だったら少しでも早くゴールしたほうが良いじゃない。時は金なりよ」

 

 海浜の生徒会長が気にしているのもそういうところで、二部構成にしてしまうと、片方の失敗は片方だけのものになり、単純計算で責任が二倍になる。それを恐れている。

 

「あの、ちょっと良いかな」

 

 会長同士の冷たい言い争いが続く中、水を刺したのはこちらの生徒会副会長。

 

「二部構成に反対な理由って、何?」

 

 波風立てないほうがいい、なんて言っていたとは思えない、鋭い言葉の槍だった。

 

「反対ってわけじゃなくてさ。ビジョンを共有すればもっと一体感を出せると思うんだ。イメージ戦略の点で考えても、合同イベントの大枠は外さないほうが良いんじゃないかな」

 

 思わぬ反論に、少し考えてから続ける。

 

「これはフラッシュアイデアなんだけど、二つのプログラムを作るのであれば、二つの高校を混ぜて二グループ作るとか、そういうソリュージョンもあるんじゃないかな……」

 

「でもそれって間に合わなくないですかねー。こっちはもう準備できてるんですけどー」

 

 一色が加勢する。もちろん準備なんてほとんどできていない。できていることといえば、心の準備くらいだ。脚本は現在進行形で書き上げている。

 

「時間の問題なら、今から新しい企画を走らせるより、元の一つに絞ってみんなで協力したほうが効率上がるし、コストパフォーマンスいいと思うんだよね、費用対効果的に」

 

 敵は旗色が悪いと判断したのか、向こうも一人加勢してきた。

 そしてまた、議論は逆戻り。繰り返される。

 

 いい加減、結論を出さないときりがなくなる。下手をすれば、本当に私の手で、口で、イベントそのものを消滅させる方向に動かなければ無くなる。

 

「合同でやる必要って、どこにあるのかしら」

 

「もちろん」

 

 自信満々に答えられた。

 

「合同でやることで、グループシナジーを産んで、大きなイベントを」

 

「シナジーなんて言ってる場合じゃないでしょう。大きなイベントをしたいのなら、今必要なのは協力ではなく強力。合同で十段階の十を出すか、二部構成にして六を二つ出すか。その程度の計算もできないのなら、この会議にも意味はないわね」

 

「コンセンサスは取れてたし、グランドデザインの共有はできてたわけで……」

 

 取れていたかもしれない。できていたかもしれない。

 でもそれは、もう決まったことだからと、意を唱えるものは異端者であると暗に脅迫したことで得られただけだ。

 

「……そんなもの、ただの思い上がりよ。人は自分の間違いを簡単には認められない。自分の失敗を誤魔化したかったのでしょう? そのために策を弄し、そんなことのために言葉を弄んだ。失敗を誰かのせいにできたら楽だものねぇ。――何かを求めるなら、ある程度の損失をしなさい。リスクを覚悟できないのなら、何かを望むことをやめなさい」

 

 ――見苦しい。

 私は『独力独走の格好いい私』を諦めた。損失した。だったらそっちも、諦めなさい。

 

 しかし私に向けられるのは、鳥肌が立つほどに冷たく、心臓に突き刺さるように鋭い視線。

 

「そういうことじゃなくてさー、コミュニケーション不足なだけだと思うんだよねー」

「一度クールダウンの期間を置くとかして、もう一度落ち着いて話し合いを重ねてさ……」

 

 海浜から飛来してくる言葉は、冷たくも甘ったるい。否定はせずに丸め込み、引きずり込もうとしてくる。

 

 いつの間にかキーボードを叩く手が止まっている。呼吸が浅くなり、思考が回らなくなってきた。敵意に晒され、敵意を持たされ、まるで殺人鬼に殺人を強要されるような、それこそ敵役に引きずり込まれるような、そんな恐怖が私のひび割れた心に流れ込んできた。

 しかし、鶴の一声がそれを防いだ。

 

「ごっこ遊びがしたければ他所でやってもらえるかしら」

 

 雪ノ下は動きの止まった私の手に手を重ねて、決して大きくはないけれどよく通る声で言った。

 

 意図したわけではないだろうけれど、ただの慰めか労いなのだろうけれど、私には十分な触れ合いだった。敵に持たされた私たちへの敵意を塗り潰すように、雪ノ下が抱いている敵への敵意が私に流れ混んでくる。

 

「さっきから随分と中身のないことばかり言っているけれど、覚えたての言葉を使ってするお仕事ごっこがそんなに楽しい?」

 

 雪ノ下雪乃に対して、口を開くものはいない。

 

「曖昧な言葉で話した気になって、わかった気になって、何一つ行動に移さない。そんなの前に進むわけがないわ……。何も生み出さない。何も得られない。何も与えない。――ただの自己満足」

 

 ふと見上げて顔を見れば、雪ノ下は俯いている。けれど、私が見ているのに気がつくと、顔を上げて凛とした顔で、強い眼差しで前を見据えた。

 

「これ以上、私たちの時間を奪わないでもらえるかしら」

 

 静寂が部屋を満たした。誰も彼も、雪ノ下の迫力に呆気にとられて言葉を失っている。言葉の戦争に、空白地帯が生まれた。

 空白地帯。――つまり攻め入る隙であり、攻めてしまえば攻戦一方となれる。

 

「私たち総武高校に、わざわざペースを落として足並み揃えて並び立つ気兼ねは皆無よ。貴方達の時間に追われ予算に追い込まれた滑稽な出し物を踏み台に、私たちは私たちでやる。――せいぜい焦って、私たちと相乗効果を生み出せるくらいの苦悩と工夫をしなさいな」

 

 ――有無を言わせず、会議は終了した。

 

 


 

 

 会議が終われば、失われていた騒がしさはすぐに帰ってくる。総武高校も結論が出たおかげで本格的に動き出すことができる。机の上には本や資料が並んでいる。

 

 ……それを横目に、私と雪ノ下は一色に怒られていた。二歩ほど離れた位置から、由比ヶ浜が見守っている。

 

「なんで二人ともああいうこと言っちゃいますかねー、雰囲気最悪ですよー。このイベントなくなっちゃうかと思いましたよー!」

 

 一色は移動式の黒板をバンバンと叩く。

 

「それならそれでいいじゃない。どちらにしても、今日で決まらなければ私は職員室を相手に中止へ追い込む気だったわ」

 

「私は間違ったことを言ったつもりはないけれど」

 

「正論かもしれないですけど、もっと空気を読むっていうか、いろいろあるじゃないですかぁ」

 

「彼女に空気を読むことを期待するだけ無駄よ。部室だろうといつだろうと文字列しか目が無いのだから」

 

「失礼ね。私ほどの読書家は文脈と行間だけでなく作者の心情まで読み取るわ。そして今怒られているのは私と貴女」

 

「一色さんは今、正論だと認めたじゃない。だったら怒られる謂われは無いわ」

 

「正論が正解とは限らないということをここで助言するわ。正しさとは常に他人を切り刻むことで意義を得るのよ」

 

 言い返していると、一色の黒板を叩く手に力が入り、大きな音を立てる。

 

「あーのー! 私の話聞いてますかぁ? 二人のそういうところを言ってるんですよー」

 

「ま、まぁまぁ、丸く収まったんだからいいじゃん?」

 

 由比ヶ浜がとりなすと、一色も深いため息を吐きながら引き下がった。拗ねている様子の一色を由比ヶ浜はさらにフォローする。

 

「イベントも無くならなかったんだし、良かったじゃん、ね?」

 

「はぁ。まぁ、それはそれでって感じですけど……。それに、まぁ、……すっきりしましたし」

 

「貴女も加わればもっと楽しかったわ」

 

「ナーちゃんは反省しようよ……」

 


 

 

 後日談。――あと私の仕返し。

 

 クリスマス合同イベント当日は現場に居られなかったから、聞いた話だけれど、無事に終了したらしい。演劇の主役に留美を勝手に抜擢したときには軽い喧嘩になったりはしたけれど、海浜総合高校と大きな問題が発生したりとかは特になかった。

 

 そして今。

 

「何か弁明をしなさいな、平塚先生」

 

 呼び出されたのではなく、自発的に、私は職員室で平塚先生に対面していた。

 

「まず弁明があるかどうかを聞きたまえ……」

 

 タバコに火をつけながら、平塚先生は続けて言う。

 

「して、弁明か。……君を構成し直し更生させる。それが君を奉仕部に入部させた理由であることは、入部初日に話しているだろう? 今回でなくとも、更生の予兆が見えなければいつかのタイミングで私は似たようなことをしたさ」

 

「私は頼んでいないわ」

 

「私も頼まれた覚えがないな」

 

 似せるように返し、平塚先生は続ける。

 

「私は君を気に入っているが、それ以上に、それだからこそ、心配なんだよ。何もせず卒業させたら、自分の力だけじゃどうしようもなくなったら、君はあっさりと死んでしまいそうだ」

 

 私は一人では生きていけない。そんなことは言われずとも分かっている。三子がいなければ私はきっと孤独死してしまう。――誰かに助けられることもなく。助けを求めることもなく。

 

「極論してしまえば、私のエゴだよ。気に入った人間には死んでほしくない。優秀な人間には優秀な人生を歩んでもらいたい。大人としての基礎理念だ」

 

 私は子供。生涯不変を謳った時から、私は成長をしていない。精神的にも、肉体的にも。

 

「……まぁ、言わんとすることは理解したわ。私のことを思ってのことだっていうのは分かってはいたし。――でも、やっぱりエゴよ。……平塚先生のこと、少しだけ嫌いになったわ」

 

「教え子に嫌われるのは教師の仕事のようなものだ。少しくらい望むところさ」

 

 ……あーあ。

 

 あーあ。あーあ。あーあ。

 

「……平塚先生のそういうところ、好きよ」

 

「……冗談か?」

 

「超マジよ。――生涯不変の小説家、不可思議可思議はつまらないウソは言わないのよ」

 

 

 休業していた不可思議可思議は無事、活動を再開した。

 

 めでたし、めでたし。

 

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