されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
冬休み。基本的にクリスマス前後から始まる長期休暇のことであり、学生時代という時代の空白期間。受験生は接着剤で固められたように机に張り付き、そうで無いものは暖房に溺れる。
私や三子の場合、母親の実家であり私たちの生まれ故郷である京都に帰るのが例年のこと。だけれど今年は、三子が受験生であることを理由に、千葉で冬休みを過ごすことにした。
今は年末年始に起こるあらゆる店の閉店に備えるため、スーパーへと買い物に行った帰り道。
備えるとはいっても、重たい物は通販で済ませたから、買ったのはもっぱら調味料。親戚が我が家に大量の餅を送ってくることも例年のことで、段ボールいっぱいの餅が届いた。冷凍庫にも収まりきらない餅を消費するためにも、あらゆる調味料が必要になる。
「ねぇ可思議ちゃん、これあたしいる?」
「当たり前じゃない」
スーパーに行くときは大概一人だけれど、今日は違う。元殺人鬼の料理人、海胆岬ほろりが、両手にレジ袋をぶら下げて私の隣を歩いている。
「私の味覚が適当なのは貴女も知っているでしょう。それに小説家の命である腕が傷んだら大変じゃない」
「……それで荷物持ちに京都在住のあたしを呼ぶのはどうかと思うよ?」
「無償で労働を押し付けても心の痛まない知り合いなんて貴女くらいよ、ほろり。それにどうせ暇でしょう?」
「名前で呼んでくれたのは嬉しいけど理由が嬉しくない! 殺人鬼使いが荒いよ可思議ちゃん! 警察でももうちょっと丁寧だったよ!?」
「……親しさ故の気楽さというものよ」
「それが嘘なのを見抜かれることもわかってて嘯く可思議たん超キュート」
「それが嘘なのは見れば分かるわ、ほろりちゃん」
「何その呼び方可愛い。これからもそう呼んで」
「嫌よ」
最終学歴小卒、生まれも育ちも京都で、関西からほとんど出たことのないほろりは、物珍しそうに周囲を見渡している。と、何かに気がつき、目つきを鋭くさせた。
「アッハッハー。……あたしのお友達を尾行とは、いい度胸してんじゃん? ぶっ殺すぞ」
ねっとりとした、ゆっくりとも滑らかとも言えない動きで後ろに振り向きながら、ほろりはさっき曲がった曲がり角の方向を睨みつけている。
「……やーやー、可思議ちゃん。久しぶり、文化祭の時以来だね」
遠目でも分かるくらいに冷や汗を流しながら出てきたのは、妙に馴れ馴れしい女性。不自然なほどに自然な苦笑いを浮かべている。
「そして着物の君は初めまして。可思議ちゃんの友達なんだー」
「……可思議ちゃん。幾ら私が恋しいっていっても、他の殺人鬼を友達にするのはどうかと思うよ?」
「あれ、なんか誤解されてる?」
「別に恋しく思ったことなんてないし、友人でもなんでもない、知らない人よ」
「それに忘れられてる!?」
小気味いいリアクションを見て、思い出した。あれだ。雪ノ下の姉の方。名前は……、そう。
「思い出したわ。確か、雪ノ下雪乃の姉の、
「そんな四色のカードゲームで最後の一枚を宣言する言葉みたいな名前じゃないよ! 随分頑張って間違えてくれたみたいだけど私の名前は陽乃!! 絶対覚えてたよね!?」
「……やっぱり可思議ちゃんの友達?」
「いくら貴女でも殺すわよ」
「そんなに嫌なの!? 私と友達になるのが! 友達を殺すことよりも!?」
「別にほろりも友達じゃないわよ」
「「そうなの!?」」
……多分。
経験則にしては経験が少なすぎるけれど、感覚的に、ほろりは友達ではない。沙希や留美とは別方向の縁に感じている。
「まったく……。私にこんなことさせるのなんて可思議ちゃんくらいだよ?」
「私と同等の存在なんていないのだから、私が複数存在しないのは当然のことよ」
ほろりが警戒をいくらか解くと、雪ノ下姉も表情に余裕を見せ出した。
「そんなことよりも、何か用かしら?」
「いや、全然? 家柄的に年末年始は忙しくってさ。今は気晴らしに散歩中」
聞くに、私が着物の女性と歩いているのが目について、暇つぶしに尾行してみたらしい。
「あたしは
「私は雪ノ下陽乃。ここらで謎のお姉さんをしているよ」
一触即発って感じに、口元を三日月のように歪めながら二人は睨み合う。
そしてその光景に、あちこちから視線が向けられている。……そりゃ、目立つわよね。
ほろりや私みたいな染められた髪は千葉じゃ目立つし、着物なんてさらに目立つ。そして雪ノ下姉も十二分に美人。そんなのが固まって何かしていたら、そりゃ目立つ。
「馬鹿なことしてないで、帰るわよ。貴女にはうちでお汁粉を作る使命があるんだから」
「無いよ? いや、別にいいけどさ。……じゃ、いつかの来店をお待ちしていますよ、
「君たち、どうしても陽乃お姉さんの名前を覚えたく無いみたいだね。……じゃあ、またね。とろりちゃんにカジキちゃん」
互いに間違いを正すことなく、私たちはすれ違い別れた。
「そういえば三子ちゃんって、噂の受験生ってやつなんだよね」
「噂でもなんでもなく事実そうよ。模試の結果は問題なかったみたいだけれど、それでも毎日勉強しているわ」
「大変そうだねー。あたしなんてもう何年勉強してないんだかって感じだよ」
「少年院でも勉強くらいするでしょう」
「しなかったよ。『こんな奴に勉強を教えるくらいなら死んだほうがマシ』、だったかな。そんな感じのことを言われちゃって、というかされちゃってね」
「世も末ね」
「あたしみたいなのがいても回ってるんだから、むしろ末長いよ」
「というか末広いわよね、世界って。多様化にもほどがあるわ」
「それで死んじゃ世話ないっていうか、世話出来ないけどね」
家に帰ってきてすぐ、ほろりはお汁粉を作って颯爽と帰っていった。あれで常連客が結構いるらしく、何日も店を閉められないのだとか。
十二月三十一日、大晦日と呼ばれる日。大掃除やら何やら済ませた三子は、ついに重い腰を上げた。
「お姉ちゃん。……髪、染め直すから色選んで」
「……嫌よ」
髪を乱雑に染めて、もう二年が経っている。中学三年生の時に受験対策で染めたけれど、そういえばこの時期だった。
丸二年という日数は、私の頭頂を黒くするのに十分で、確かに見苦しく見える。
去年も同じような状況になり、その時は逃げ切ったけれど、今年は捕まり、身ぐるみを剥がされ、椅子にロープで縛り付けられた。
「黒、茶色、金色。どれでもいいよ? 余ったのは私が使うから」
「……なら全部使うわ」
縞模様が揺らいでグラデーションになりそうだけど、どれか一色になるよりはずっとマシね。
「じゃあ金色ね。私もいきなり金髪にするのはなんかあれだし」
話が通じてない!
というか……。
「ねぇ、待って。三子、貴女も染めるの? 本当に?」
「え、うん。流石に受験が終わってからだけど」
「勿体ないからやめなさい」
「お姉ちゃんにだけは言われたくないよ」
三子の黒髪が癖なく美しい黒色でストレートなように、私も元は似たような髪質だった。それが染めたり、ケアの一切をしなくなってからいつの間にか性根のように曲がりくねった癖っ毛になっている。
「ほら、せっかく可愛いんだからお洒落しよ?」
怖い怖い怖い!
私を椅子ごと持ち上げて、浴室へと三子は向かい……。
「――っていうことがあったのよ」
「三子ちゃんも大変だね……」
根から先までシャンパンゴールドに染められ、どういう原理なのか癖っ毛まで鳴りを潜めた私の髪に触れながら由比ヶ浜はぼやいた。
今日は一月二日。なんでも、雪ノ下が明日誕生日らしく、プレゼントを買おうとショッピングモールに呼び出された。
「でもナーちゃん、今の方が可愛いよ?」
「だから嫌なのよ」
周囲から好奇の目を向けられるのはこうなる前でも同じだったけれど、そこに下心が加わると話は全く別物になる。自分への下心までも共感してしまう私にとって、混雑している場は心底居心地悪い。
「それに三子が染めるって言うじゃない! この世の終わりよ!」
「どうどう、落ち着いて。ナーちゃんが染めても可愛いんだから、三子ちゃんだってきっと可愛いよ!」
「そんなこと言われなくともわかっているわ」
そうでは無く。
三子は美しい黒髪だからこそ、外向けの深窓の令嬢のような外見で男を避けている節があるけれど、染めてしまえばそれは失われる。ただ可愛い長身の女の子じゃ、言い寄ってくる男が湧いてくるに違いない。
「……三子は誰にも穢させないわ」
「ナーちゃんにとって三子ちゃんってなんなの?」
生活必需人。あるいは、私の人生。
話もそこそこに、幾つか店を巡る。
由比ヶ浜のお眼鏡にかかったのは、雪ノ下とは対極に位置していそうなファンシーグッズの店。そこの、猫の手をモチーフとしたミトンだった。
「ゆきのん猫好きだし、これどうかな」
「まぁ、それなら既に持ってるみたいな事故は無さそうだしいいんじゃないかしら。……キャラ的に外で付けるかどうかはともかく」
「……き、きっと大丈夫!」
「……あれで純粋な善意にはとことん弱いし、逆に夏でもつけて何か痛い目を見そうな気もするわね」
「そのゆきのんちょっと見たいかも」
決定したらしく、レジに持っていった。
「ナーちゃんはどうするの?」
プレゼント用にラッピングされ、紙袋に入れられたものを受け取った由比ヶ浜は尋ねる。
「そうねぇ……。選ぶのも面倒だし現金じゃダメかしら」
「いいわけないでしょ。三子ちゃんにはどうしてるの?」
「三子相手なら簡単なのよ。一日三子の言うことならなんでもするっていう、いわゆる『プレゼントは私』ってやつね。年々遠慮するようになって葛藤してるのがまた可愛いのよ」
そういう時には髪を染め直せとか言わないあたりが、もうね。
「それ、誕生日プレゼントじゃ無くて母の日の恩返しじゃない?」
……言われてみたらそうかもしれない。母親に感謝の念なんて感じたこともないからイメージだけど。
「じゃあ、ナーちゃんの誕生日は三子ちゃんどうしてるの?」
「一日中抱きついてくるわ。本人曰く、誕生日はその人が生まれてきたことを家族が喜ぶための日、らしいのよ。何かを渡す日では無く、感謝と愛を伝える日だって」
「全然参考にならないね……」
「私が三子の真似を雪ノ下にしたところで、困惑させるだけよ。……やっぱり現金じゃダメかしら」
「ダメ」
「洗剤の詰め合わせ」
「なんでいけると思ったの?」
「五枚刃の髭剃り」
「……ナーちゃん、ゆきのんをなんだと思ってるの? あ、しかも地味に高い」
「三子が無駄毛の処理には五枚刃の髭剃りが最適だって力説してたのよ。……妹が髭剃りを持っている光景は、姉として複雑だったわ」
「へ、へ〜……。いや、でもダメでしょ」
……誕生日プレゼントを選ぶシーンも渡すシーンも何回か書いているはずなのに、いい案が全く思い浮かばないわね。
「とりあえず重たいものは持ちたくないし……。無難に文房具かしらね」
「あー、いいんじゃない?」
文房具屋でも悩んだ末に、私が愛用している万年筆と同じ海外ブランドのボールペンを送ることにした。万年筆はインクやらメンテやらで、実用性よりも趣味性が高いし、贈り物として妥当だと思う。ラッピングだけでなく、名前の刻印をいれるサービスまでしてもらってしまった。
「ありゃ、可思議ちゃんだー!」
「……誰よ」
「また忘れられてる!?」
店を出て、帰る前にどこかカフェにでも寄ろうと話していたところに名指しで呼び止められた。二人組で、なんと葉山と雪ノ下姉。
「陽乃さんと、隼人くんじゃん」
「……どういう組み合わせよ。魔王と勇者?」
「あっははは……」
誘われるがままに、私と由比ヶ浜は二人と共にカフェへと入りテーブルを囲った。というか配置的に、挟んだ?
「あー、なるほど。雪乃ちゃんもう誕生日だもんね」
「私たちのことなんでなんでもいいのよ。それよりそっちの、冗談みたいな組み合わせは一体なんなのかしら?」
魔王と勇者というか、理系と文系というか、相容れないはずの二つが横並びになっている光景は異質に写る。
「あー……、私たちは新年の食事会」
「昔から、両親同士が親しくしてるんだよ。俺たちはそれに付き合わされているだけさ」
雪ノ下姉妹の両親と、葉山の両親。良い家柄同士が親しくするのはわかるけれど、その子供達まで家柄に似合う優秀な人間だらけというのは、不思議な話。まぁ、人間の性能には才能の他に環境による部分もあるのだから、不思議ではあっても不自然ではないか。
「……両親、ねぇ」
子供三人、どれか一人でも十全に優等な人間を育てたような傑物というのは、どんな人間なのか。
「親なら今は別の挨拶回りに行ってるよー。私たちはそれ待ち」
「それは残念ね」
全く全く。どんな愉快な人間なのか気になったのだけれど。
「あ、そうだ」
雪ノ下姉は何か思いついたように、スマホで電話をかけ始めた。静かな店内にコールが漏れ出ているうちに、やがて繋がった。
『もしもし……』
「あ、雪乃ちゃーん? お姉ちゃんですよー。今から出てこれる?」
相手は雪ノ下だった。葉山も由比ヶ浜も思わず苦笑いする。けれど、もう何度もしているやりとりなのか、動じず、揶揄うような口調で続ける。
「あれー? 切っちゃって良いのかなー?」
『……何?』
雪ノ下姉は、ニヤリと笑いながら私にアイコンタクトを送る。――了解。
「実はね、今、可思議ちゃんと一緒にいるんだよー!」
『またくだらない嘘を……。良い加減に』
「はい、可思議ちゃん」
「任せなさいな」
受け取り、さながら人質の首にナイフを突きつけるような心情のもと電話を代わる。
「
『誰よ』
ふざけたらプツリと切られた。
「かけ直して頂戴」
「はいはーい」
雪ノ下姉に掛け直させると、今度はコールがなる前に繋がった。
『……もしもし』
「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操りし者!」
切られた。
「ん」
「はいはい」
再度かけ直す。
『……もしもし』
「詩的に素敵に不敵に無敵な生涯不変の小説家、不可思議可思議よ」
……切られた。
もう一度掛け直させようとしたら、今度は逆に掛かってきた。
「もしもし。美術的な女子高生、七五三七子よ。いきなり切るなんて失礼ね」
『失礼はこっちのセリフ過ぎるのだけど。……で、どうして貴女がそこにいるの』
「買い物中にエンカウントしたのよ。負けイベント以外じゃ魔王からは逃げられないの」
『……もういいわ。すぐ行くから、姉さんに代わって』
「ええ」
言われるがままに私は電話を返し、疲労の滲んだため息を吐き出す。
電話というのは、どうしても慣れない。話している相手が目の前にいないという状況を脳が受け入れず、ついつい話している相手を目が勝手に探してしまう。
「我こそは怪異の王! 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードじゃ!」
切れた。あと多分、流石にキレた。
電話をかけてから三十分も経つと、雪ノ下は姿を現した。
「雪乃ちゃんおっそーい!」
「いきなり呼び出しておいて、よくもまぁ抜け抜けと……。由比ヶ浜さんも来てたのね」
姉を一睨みしたあと、私と由比ヶ浜の顔を見て驚いた表情を浮かべて言った。
「あ、うん。ナーちゃんと買い物に来てたら、なんか捕まっちゃって」
「そう。……それはそうと不可思議さん、その髪は何よ。顔が整っているのは知っていたけれど、随分と可愛らしくなったじゃない」
「三子にしてやられたのよ。まぁ座りなさいな」
由比ヶ浜の方に詰め、一人分座れるスペースを確保すると、雪ノ下はそこに収まった。
「ほらこれ、貴女への誕生日プレゼントってやつよ」
隣に座った雪ノ下に、ラッピングされた箱の入ったレジ袋ごと手渡すと、恐る恐る彼女は受け取った。
「あ……、ありがとう、でいいのかしら」
「別に礼を言われたくて用意したわけじゃないし、要らなかったら捨てても構わないわ」
「いえ、大切にさせてもらうわ」
「そう」
由比ヶ浜もプレゼントを渡したりなんかして、他愛もない話をしばらくしていると、着物姿の婦人がこちらへと真っ直ぐ歩いてくるのに私は気がついた。
空間の異物。異質にして異界。人の身でありながら人の心を持たず、人の心を持っておきながら人の身体を持たない、そんな怪物のように、私の目は認識した。
一言に着物とは言っても、趣味で着ているほろりとは違い、なんというか外向けに着ている。優雅だとか、美麗だとか、そういう雰囲気。
「陽乃」
婦人は、雪ノ下姉の名を呼んだ。
顔つきをよく見れば、雪ノ下姉妹に似通った顔つきをしている。
「あ、お話はもういいの?」
やはり、この姉妹の母親らしい。
「ええ。このあと食事に行くから呼びに来たの。隼人くん、お待たせしちゃってごめんなさいね」
「いえ、お気になさらず。みんなのおかげで退屈しませんでしたから」
葉山が気さくに答えて、視線を私たちに向ける。よっぽど雪ノ下妹の存在が意外だったのか、弾むような声で「まぁ!」と声を漏らし、柔和な笑顔を浮かべる。
「雪乃、来てくれたのね。良かった……」
「母さん……」
妹の方が母親似なのか、並べてみれば瓜二つにも見える。それでも、見なければそう思えないのは、それこそ雰囲気やオーラみたいなものの違い。迫力や覇気と言い換えてもいい。あるいは威厳とでも呼ぶべきものの格が違う。
それこそ、弱体化していたクリスマスの頃の私が遭遇したら、足音だけで成仏していたかもしれないほどに。
「陽乃、そちらはお友達?」
私と由比ヶ浜が姉の方の友人だと思ったのか、そっちに尋ねた。
「雪乃ちゃんのね」
「あら、ごめんなさい。隼人くんぐらいしか雪乃の同級生を知らないものだから。これからも仲良くしてあげてくださいね」
心にも思っていないことを言える人間というのは結構いるものだけれど、心にも思えないことを思いながら言える人間というのは、それはそれは気持ちが悪い。勇者が殺意を叫ぶように、魔王が平和を詠うように、釣り合わない。
「はい!」
由比ヶ浜の元気の良い返事を聞いて、雪ノ下母は軽く頭を下げる。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「はーい」
呼びかけられて雪ノ下姉と葉山は席を立ったけれど、妹の方は動かない。それを見て、母親は穏やかな声で「雪乃、貴女もくるわよね?」と、尋ねた。そこには額面通りの意味では無く、暗に「来なさい」と言っているように聞こえた。
「私は……」
「貴女のお誕生日祝いでもあるのよ」
ほとんど強制の命令であるにもかかわらず、威圧的では無く、むしろ慈しみすら感じる声音。
「……」
雪ノ下は縋るような目で私の方を見てくる。……けれど、私にはどうしようもない。
あの異物は、異界の住人は、私とは次元が一つ違う。蒼さんと同格と言っていい。話が通じても理屈が通じる相手ではないし、今は手も足も口も出せる状況ではない。
「雪乃ちゃん、ダメだよ」
姉は見かねて、見咎めた。獰猛な笑みを浮かべての厳しい口調に、私まで肩が跳ねた。
「そうだ、よかったら二人も一緒に、……どうかしら?」
「……悪いけれど、私もそう暇ではないの。遠慮させてもらうわ」
これ以上はまだ全盛でない私ではきっと耐えられない。どうしようもない、戦略的、というか戦力的撤退だった。
終わりなくともそれでよし。しかしそこには終わりなし。
だから、『めでたし、めでたし』とは綴らない。