されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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そんなに三浦優美子が女王様なのは間違っている。『文』

 冬休みというのも、正月シーズンを過ぎれば、あちこちが騒々しくなる。

 三子はようやっと受験勉強に身を入れ始めたし、沙希もうちに来て私の世話を片手間に、三子と共に勉強をしている。

 そして私も、SNSや動画配信サービスで紹介され、爆発的に読者の増えた代表作となりつつあるお化け屋敷が舞台の小説、『ファントムハウス』が佳境を迎えていて、日々常々展開の妄想と執筆を繰り返している。

 

 そんな日々を繰り返しているうちに、大した物語もなく、冬休みは終わりを告げた。

 

 


 

 

 冬休み明けの教室は、朝のショートホームルームが始まる前から『あけおめー』だの『ことよろー』だのと騒々しく、それは放課後になっても収まるところを知らない。

 長期休みで積もる話があるということ以外にも、もう一つ。朝配られた、進路希望調査票が一因だろう。

 今までにも何度か配られたもので、これが二年生最後のものらしく、これによって三年生の文理選択の最終決定がなされるらしい。

 

 とりあえずここを離れようと席を経つと、一際騒がしかった三浦、葉山の集団から由比ヶ浜が抜け出してこっちに来た。

 

「ナーちゃんもう部活?」

 

「ええ、そうね」

 

「じゃあ私も行こっと」

 

 どうやら一緒に来るらしく、急いで自分の机から荷物を回収して、走って戻ってきた。

 

「待てと一言言えば別に置いていったりしないわよ」

 

「言ったらナーちゃんはむしろ置いてくじゃん!」

 

「よく分かったわね」

 

 ぎゃあぎゃあと喚く由比ヶ浜を連れて、私は教室から出た。廊下も相応に騒々しいけれど、それでも教室ほどではない。

 

「ねぇナーちゃん、さっきの話、聞こえてた? ゆきのんと隼人くんがーってやつ」

 

「なんの話よ」

 

 三浦が何か叫んでいたのは聞こえたけれど、内容までは知らない。

 

「えっと、ほら、冬休みの時に一緒に出かけたときあったじゃん? その時のを誰かが見てたみたいで」

 

「ああ、そういうこと。……それなら女五人侍らせるクソ野郎になる可能性もあったわけね」

 

「五人?」

 

「私と貴女。あと雪ノ下家の親子三人」

 

「ゆきのんのママまで入れちゃうんだ!?」

 

「親子丼と姉妹丼を同時になんて、贅沢すぎるかしらね」

 

「……ナーちゃん、何言ってるの?」

 

「なんでもないわ」

 

 流石に説明するのが面倒、というか普通にしたくない。

 

「ハーレム疑惑はともかく、カップル疑惑にしたって不自然よね。あの雪ノ下が誰かと付き合うなんてあり得ないじゃない」

 

「すごいこと言ってる。すごい酷いこと言ってるよ、ナーちゃん」

 

「人類最後の雌が雪ノ下だったら、間違いなく人類は滅ぶと思うわ」

 

「ナーちゃん、それ絶対ゆきのんの前で言っちゃダメだかんね」

 

「言わないわよ」

 

 というか、最低限人類が再建するには二千人くらい必要だったんじゃないかしら。

 

 私と由比ヶ浜は部室の扉の前で一度頷き合ってから、扉を開けた。

 


 

 部室では既に暖房がつけられていて、沙希に無理やりつけられたマフラーを暑苦しく感じつつ席に座った。

 机には由比ヶ浜が用意したホールケーキが四等分に切り分けられ、雪ノ下が淹れた紅茶が四人分用意されたいる。

 

「お誕生日おめでとー!」

「改めて、おめでとう」

「おめでとうございますー」

 

 それぞれで祝いの言葉を言うと、雪ノ下は照れ臭そうに身を捩る。

 

「雪ノ下先輩って一月三日がお誕生日だったんですねー。ちなみに私は四月十六日ですよ、ナーちゃん先輩」

 

「聞いてない、というかなんでいるのよ」

 

 ケーキが四等分であり、紅茶が四人分。しかし奉仕部は三名。四人目というのは、生徒会長、一色だった。

 

「まぁまぁ、いいじゃないですかー。っていうか、しばらく見ないうちになんでそんな可愛くなっちゃってるんですか? モテたくないとか言ってぐちゃぐちゃに染めてたカッコいい先輩はどこに行っちゃったんですかー!」

 

「……面倒だし冬休みデビューってことでいいわ」

 

「あ、その顔知ってますよー。オタク男子が『こいつどんだけ説明しても空返事しかしないよなー、でもこいつかわいいしなー』って私に対して思ってる時の顔とそっくりです!」

 

 ……返事くらいちゃんとしてあげなさいよ。材木座が泣くから。

 

「あ、そういえば」

 

 と、一色は視線を私から雪ノ下へと移した。それに雪ノ下が首を傾げると、一色はあろうことか、私と由比ヶ浜が触れないようにしようと互いに了解し合ったことを平然と言ってのけた。

 

「雪ノ下先輩って葉山先輩と付き合ってたんですかー?」

 

「はい?」

 

 流石にわざとでしょうけれど。きっとここに来た目的の一つは件の噂の真意を確かめるため、というのがあったに違いない。性格的に。

 

「……一色さん」

 

 呼びかける雪ノ下の声は、暖かいはずの紅茶が凍りついたかと錯覚するほどに冷淡な声音をしていた。眼も口元も微笑んでいるのに、そこからは温かみなんて微塵もなく、行間では『この小娘、どう仕留めてくれようか』と語っていた。

 

「はっ、はいぃ!」

 

 怯えた草食動物のように飛び立ちながら返事をし、私を盾にするように背後に隠れた。

 

「そんなわけないでしょう」

 

「で、ですよねー! いやでもほら、そうだと分かってはいても、噂で聞いちゃったらもしかしてとも思っちゃうじゃないですかー!」

 

「噂?」

 

 噂そのものが初耳なのか、雪ノ下は不思議そうな顔をしながら私と由比ヶ浜の方向を交互に見た。

 

「冬休み中に会った日があったでしょう。そこを誰かが見て、勝手に勘違いされてそれが広まったのでしょうよ」

 

「つまり、下衆の勘繰りというやつね……」

 

 雪ノ下はうんざりした様子でため息を吐いた。

 

「まぁ、色恋沙汰なんて勘繰った方が面白いのでしょうね」

 

 葉山に好意を抱いていた一色が興味を持つのも、別に不思議なことでは全くない。

 

「まぁ、ただの噂ならいいんですけどぉ、葉山先輩って今までこういう噂なかったんですよ、不思議と。みんなの葉山隼人って感じで」

 

「まぁ、高嶺の花すぎて誰とも釣り合わなかったんでしょうね」

 

「はい、多分そんな感じです。でも、雪ノ下先輩なら釣り合っちゃったんです。それでですね、葉山先輩にちょっかいかけようとするのが増えちゃってるんですよぉ」

 

「ちょっかい、ねぇ。要はきっかけを与えてしまったってことね『いるの? いないなら私立候補しちゃおっかなー』、みたいな」

 

「さすがナーちゃん先輩、話が早いです。告ったりとか、そこまで行かなくても確認だけしてアピール、みたいな」

 

「確認ってどういうことかしら」

 

「それでアピールになるの?」

 

 一色の話に、雪ノ下と由比ヶ浜が全く同じタイミングで、全く同じ角度に首を傾げた。

 

「えっと、……それじゃあナーちゃん先輩、どうぞ」

 

「言い出したんだから貴女がやりなさいよ……」

 

「まぁまぁ、いいじゃないですかぁ。せっかく可愛くなったんですから、使いこなさないと」

 

「まったく。染めるなら黒にするべきだったかしらね」

 

 まぁ、できないことはない。冬休みの間、沙希を相手に散々やってきたことだから、これくらいなら余裕。

 

 なるべく可愛らしく、あざとく、しかし如何わしくならないように声音を調整して……。

 私は席を立ち、雪ノ下の腿に両手を乗せて、中腰の姿勢で上目遣いで顔を近づける。

 

「……お姉ちゃん、恋人ができたって、ほんと?」

 

 全力でロリっぽく、さながらアニメのヒロインのように演じた。

 効果覿面のようで、雪ノ下は頬を薄らとだけど赤くしながら、顔を背けた。

 

「……い、いないわ。だからその、離れてもらえるかしら」

 

 ……チャンス。

 

「ほんと? ほんとにほんと?」

 

 今度は両腕を首元に回し、そらした方向に体ごと移動して顔を突き合わせる。

 

「あの、ちょっと……」

 

「お姉ちゃん?」

 

 この手が沙希には十全に効いた。別に何か役に立つかと言われたら大したことにはならないけれど、遊びでするにはなかなかの愉悦を味わえる。罪の味は蜜の味。

 

「降参よ。分かったから、お願いだから離れて頂戴」

 

「……仕方ないわね。もう一押しで落とせると思ったのだけれど」

 

 腕を離すと、雪ノ下は安堵の息を漏らした。

 

「って、言い方の問題じゃん!」

 

「予想以上でした……。ナーちゃん先輩が本気で取りにきたら、私でも勝ち目ないかもですねー」

 

 私が席に戻っている間に、由比ヶ浜はツッコミ、一色は慄く。

 

「き、気分を切り替えましょう」

 

 雪ノ下はうろたえながら、型の古いノートパソコンを取り出した。それは平塚先生がどこからかもらってきた、奉仕部用のパソコン。

 奉仕部の新年最初の仕事は、メールの確認。

 久しく放置されていた「千葉県横断お悩み相談メール」を読むべく、雪ノ下はパソコンを起動させた。

 

「あ、メール来てるね」

 

「ええ。三浦さんから、かしらね」

 

 〈yumiko☆からの相談〉

 みんなは文系と理系、どうやって選んでんの?

 

「ふーん、進路ってやつですか。実際どっちがいいんです?」

 

 ケーキを食べながら、一色はあろうことか私に聞いてきた。

 確かに、高校生なら誰しも気になることではある。それこそ、『こんな勉強なんの役に立つんだ』の、一つの集大成でもあるのだから。

 

「大学受験までなら、文系の方が楽らしいわ。就職は理系の方が楽らしいけれど、私は行く気ないし詳しくは知らないわ」

 

「え、先輩まさかの就職ですか?」

 

「私は小説家よ。いつまでも学生ではいられないのよ」

 

 ぶっちゃけ面倒なだけだけれど。

 

「じゃあ先輩は文系ですねー」

 

「まぁ、そうね。私相手なら教師も強く出れないでしょうし」

 

「最悪の理由ね……」

 

 あと、平塚先生は現国教師。授業担当、あわよくば担任になるかもしれないという下心もあったりなかったり。

 

 と、その時。見計らったようなタイミングで、ノックもなく威勢よく扉が開いた。

 

「……今いい? チョット話あんだけど」

 

 やってきたのは、件のメールの送り主、三浦だった。

 

「じゃ、じゃあ進路相談会の件、よろしくお願いしますねー」

 

 あからさまに不機嫌そうな三浦に怯えた様子で、一色は部室から退散して行く。

 

「聞いてないわよ。詳細をメールで送りなさい」

 

「はいはーい!」

 

 三浦が開けっぱなしにしていた扉を閉めて、一色は去って行った。

 

「んで、話って?」

 

 この場で一番近しい由比ヶ浜が座るよう勧めながら聞いた。

 

「……アンタ、隼人となんかあんの?」

 

 しかし、向けられる視線の先は由比ヶ浜ではなく雪ノ下。

 

「別に何もないけれど。昔からの知り合いというだけよ」

 

「ほんとに?」

 

 ここに来た理由の一つは、噂の真相を確かめることらしい。三浦には似合わない心配そうな、不安そうな声音で雪ノ下に確かめる。

 

「そういうの、昔から迷惑だったわ」

 

 一色が尋ねた時と同じく、あからさまに雪ノ下の態度は冷淡になっていく。

 

「ハァ? 何その言い方、マジムカつくんだけど。あーし、アンタのそういうとこ、ほんっときら」

 

「優美子!」

 

 冷淡、冷静、冷血な雪ノ下と対極的に、三浦は熱烈、熱狂、熱血に怒り始めようとして、とっさに由比ヶ浜が大声を出して嗜めた。

 

「その話ならもう説明したじゃん。ほんと偶然会って、それだけだって」

 

「……それだけだったら隼人、あんなに気にしない。なんかあんじゃないの? 別に今のことじゃなくて、昔にとか」

 

 まぁ、あるのでしょうけれど。ただの顔見知りという関係だとは、詳しく知らない由比ヶ浜や私でもなんとなしにわかっている。

 しかし雪ノ下がそれを語る理由は、ない。

 

「何かがあったとして、それを全て語って、それで何か変わる? 貴女は、周りは、それを信じる? ……結局、意味が無いことなのよ」

 

 仮に、雪ノ下が全校放送で事実を語ったところで、状況は何も変わらない。ただ反感を買い、怒りを買い、楽しみを奪われた全校生徒が雪ノ下に矛先を向けるだけ。何も語らず、静まるのが最善策に決まっている。

 

「っ、アンタのそういうとこっ! ほんっと!」

 

 勢いよく立ち上がり、力強く拳を握ったのを見て、私も動いた。

 記憶を衝撃で消し飛ばすように、私は足を踏み下ろした。私がやっていたのは短い期間だったとはいえ、卓球部仕込みの足踏みはただ大きい音で対戦相手のリズムを崩壊させる。テニスには無い、場外からの合法的攻撃手段。

 

「「「っ!?」」」

 

 床と靴裏で起きた破裂音に三人とも肩をびくつかせて、私の方に顔を向けた。

 

「その噂の件に関しては、雪ノ下には一切も非は無いわ。それ以上攻撃の色を出すのなら、今度こそその綺麗な顔面を踏みつぶすわよ」

 

「な、ナーちゃんも優美子も落ち着いてって、ね?」

 

「私は感化されただけよ。落ち着かせるなら雪ノ下になさい」

 

 複数人の怒りというのは、混ざれば混ざるほど厄介で面倒くさい。当人たちが勝手に発散してくれる分には構わないのだけれど、それには痛みが生じる。痛み分けなんて糞食らえ。

 

「不可思議さん、私は落ち着いているわ。私は近しい人が理解しているなら、それだけで構わないから」

 

「私を近しい認定している時点で正気じゃ無いわね。今すぐ紅茶を飲み干して外で頭冷やしてきなさい」

 

 私と雪ノ下はそんな関係じゃ無いのだから。そんな友達とか仲間みたいな温かみのある関係じゃあなくって、もっと綱渡りで直角な、衝突事故のような関係であるべきなんだから。

 

「私はすこぶる冷静よ。仮に敵対関係であっても、それが遠距離である必要は皆無なのだから」

 

「敵だと思っているのなら近づかないで欲しいものだけれどね」

 

「敵だとも思っていないから安心なさい」

 

 私と雪ノ下のやりとりをから目を逸らすように、三浦は涙の滲んだ目を伏せながら、か細い声で言った。

 

「……そんなの当たり前だし、だからなんじゃん……」

 

「え?」

 

 由比ヶ浜が聞き返すと、三浦はギリッっと歯軋りを慣らしながら顔を上げる。

 

「……近しい人ってやつ。……それになりたいから知りたいんじゃん」

 

 三浦が知りたいというのは、噂の真相よりも、雪ノ下と葉山の関係よりも。そんな過去のことよりも、先のこと。葉山の進路に関することだった。――もう一年間、同じクラスでいるために。

 

「だったら簡単よ。知ればいい。世の中には知らない方がいいことしかないけれど、知ろうと思って知れないことは無いのだから。――けれどそれは知らない方が良いこと。それでも知りたいのかしら?」

 

 知の無いものは感情で人を愛する。知の有るものは理屈で人を愛する。

 知の無いものは理屈で人を愛せない。知のあるものは感情で人を愛せない。

 

 誰かを愛したいのなら、相手のことなんて知らない方が幸せに決まっている。

 

「知りたい。……それでも知りたい。……それしか無いから」

 

「なら、知らせてあげるわ。――知ってしまう絶望を。知ってしまった後悔を」

 

 今なら、まだ間に合う。

 

「不可思議さん、……貴女、何をする気なの」

 

「まぁ、任せておきなさいな。ハッピーエンドもバッドエンドも嫌いだけど、どちらか選ぶなら私はハッピーエンドの方がまだ好きなのよ」

 

 王子と姫が必ずしも結ばれるとは、限らない。

 

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