されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
葉山の進路を知る手法の一手目として、私はとりあえず直接聞いてみることにした。今ならまだ、サッカー部が終わるまでいくらか時間があるし、待ち伏せをするのに十分すぎる。
それにしても、真冬の夕方というのは冷える。おかげで買ってから暫く経っているコーラがまだ冷たい。
「見てるこっちが寒いんだけど!」
「貴女は防寒という概念まで喪失したのかしら?」
「……なんでついてきてるのよ」
どうやら三浦も帰ったらしく、部活の鍵ももう閉めてきたのだとか。
「別に私一人で十分、というか邪魔だから帰りなさいな」
「でも、任せっきりっていうのもなんか……」
由比ヶ浜は言葉をつまらせ、雪ノ下に同意を得るようにチラリと見る。雪ノ下もうなづいたけれど。
「周りに知られたく無いことを話させるのだから、聞き手は少ない方がいいに決まっているでしょう」
というか、このタイミングで雪ノ下と葉山を近づけることが下策極まりない。というか、葉山の近くに身内以外の女子が近寄ることそのものが危うい。……私もその一人ではあるけれど。
「……まぁ、それもそうね」
「んー、あたしが聞ければそれが良かったんだけどね」
「別に、喧嘩しにいくわけじゃ無いのだから心配は不要よ」
「そこが一番不安なのだけれど、私たちにはどうしようもないし、任せるしか無いわ」
「うん……。ごめんね、ナーちゃん」
由比ヶ浜も踏ん切りが付いたようで、リュックを背負い直した。
「ほな、また明日」
正門へ向かって歩いていく二人に手を振って、サッカー部の方へと視線を戻す。やっと終わったようで、グラウンドから部室の方へと向かって行っている。
太陽がすっかり沈み、夕方ではなく夜と呼ぶべき時間帯になって、ようやっと私は、ユニフォームではなく制服姿の葉山と校門近くで対面した。
「俺の進路? 誰かに頼まれたのかな?」
「まぁ、そんなところよ。貴方の大事なお友達の一人にね」
「……奉仕部、奉仕活動か。相変わらず似合わないな」
「あら、私は小説家に次ぐ天職だと思っているのだけれど。……こんな時間まで私を待たせたのだから、送って行きなさいな」
「君が勝手に待っていたんだろう……」
私の言葉に、葉山は盛大な溜め息とともに頷いた。
「なぁ、俺からも頼んでいいかな」
「それで教えてもらえるのなら、ある程度の依頼は請け負うわ」
何も、無条件で聞き出せるとは最初から思っていない。多少強引でも、思惑から逸らしてでも、話の通じるステージまで引き摺り下ろす。
葉山は苦笑いを浮かべながら言った。
「やめてくれないか、そういう煩わしいの」
「人生なんて一生煩わしいものよ。そしてその煩わしさを解消までは行かずとも軽減くらいはしてあげるのが私達。噂の根絶でも実現でも、あるいは誰かへの告白の協力でも、なんでも協力するわよ」
二歩歩く程度の短い時間だけ葉山は悩んだ。けれど、すぐに首を横に振った。
「いや、そういうのは自分でなんとかするよ」
静かに、けれど響く声だった。
「……なんて、相反することを言われたら今度はどうするんだい?」
「その時は勝手に動くまでよ。詩的に素敵に、そして過激に。貴方が私達をどれだけ煩わしく思ったところで、依頼人が望むうちは止まらない」
「そうか……。それは、まいったな」
「なら諦めなさいな。それが解決への近道よ」
「またそれか……」
この私のスタンスは、スポーツと関わりが深ければ深いほどなかなかに理解されない。葉山とて、それは例外では無い。
「聞いておきたいんだが、君はどっちなんだい?」
「私は文系よ。小説家だし、平塚先生がいるから」
「そうか。なら俺は理系にしよう。君のことは嫌いだからな」
聞けた。聞けてしまった。しかも結構悲惨な理由での選択をされてしまった。
しかし、それでも依頼そのものは完了。
「なら聞くけれど、なぜ
問うと、葉山は驚いた表情を浮かべた。
「……君は心を読む超能力でも持っているのかい?」
「似たようなものよ。私に嘘は通じない。私の会話は常に自問自答なのよ」
「なら、俺が言おうとしていることもわかっているんじゃないのかい?」
「言おうとしていることは分かっても、言うことは言わせるまで分からないもの。こと将来に限っては、自分の口で言ったことは高確率で実現するのよ」
私の『生涯不変』という座右の銘にしたって、言い出してから明らかに私の肉体の変化は微小に収まっている。身長や体重、体型なんて特に。
「……進級や進学程度で人間関係はリセットされない。そして出来ない。俺達の互いに向け合ってる嫌悪だってそうさ。……それに、それしか選びようが無いものを選んだとして、それを選択とは言わないだろ?」
「それを言うのなら、そもそも人生に選択肢なんて無いのだけれどね。何を選んだところで結果が変わらないのなら、そんなのはただの文脈の違いよ」
「ふっ、そうかもしれないな。……頼むから、言いふらさないでくれよ。煩わしいのは御免だ」
「言われなくても分かっているわ。私のクラスが騒がしくなるのは私も御免だもの。……こっちからも頼みがあるわ」
「分かった、任せてくれ」
葉山の歩幅に合わせたため、下校は十分と満たなかった。
翌日。私は何の気の迷いか、何人かに進路を聞いて回った。
一人目は、別件でも用事があった材木座。書面上で伝えにくい小説の感想を話すついでで進路について聞いてみた。
「我なら理系だぞ」
予想外。仮にも小説家を志すのなら文系を選ぶものだと思っていた。
「文系っぽい知識は趣味の範疇で勝手に入ってくるのでな。問題は興味のない分野よ。これは必要にならぬ限り、身につかぬ」
ああ、なるほど。
一理ある、どころではなく、私も経験はある。
私の場合、小説で登場した意味のわからない言葉を調べていくうちに色々と知識が身についてしまったところがあるけれど、その情報収集に学校の授業が使えるのならそれに越したことは無いのだから。
「それなら教えておくけれど、あまり難しすぎる言葉を乱用するのは要注意よ。読者の知識は中学生程度を想定して書かないと、専門書と同じく近寄りがたい小説になってしまうわ」
「ま、まぁ、我別に理系が得意というわけでもないのだけどな」
「せいぜい頑張りなさいな。私は文系でのんびり遊んでいるから、そのうちに追いついて見せなさいな。結構期待してるのよ」
二人目は、戸部。海老名との現状を一方的に聞かされた仕返しも兼ねて、進路を尋ねた。
「一応理系にしようと思ってんだけど。でも、大岡も大和も文系っつーしさー」
「ま、存分に悩みなさいな。ちなみに海老名は文系よ」
「なんで悩みの種を増やすんすかぁ……」
「即断即決できる男はモテるわよ。それが必ずしも正しいとは限らないし、慎重でいた方が安全ではあるけれど」
「悩むことすらさせてもらえねぇ!?」
三人目は戸塚。昼休みに外の自販機でファンタグレープを買いに行ったら、テニス部の練習中だったらしく声をかけられた。
「戸塚、あなたは文系と理系、どっちを選んだのかしら?」
「あはは、珍しいね。不可思議さんの方から聞いてくるって、もしかして初めてじゃない?」
「そうかしら」
「うん。いつもは我が道を行くって感じで、周りのことなんてあんまり気にしてない感じだもん」
まぁ、確かに。仮に私以外全員が理系に行くと言われても、あるいは文系に行くと言われても、私は進路を変えたりはきっとしない。
「不可思議さんは? やっぱり文系?」
「その通りよ。進学も就職もしないから、楽な方がいいもの」
戸塚は昼食に食べていた弁当箱に箸を置いて、少し悩んだ後決した。
「じゃあ、ぼくも文系にしよっかな」
「まぁ、私からそんな『もっと考えた方がいい』とか言う気はないけれど、何かしたいことはないのかしら?」
「ううん、別に考えてないってわけじゃないよ。ぼくが受けようとしてるとこって、文系科目でも受けられるから」
「へぇ、そうなの」
興味もなかったから知らなかった。でも大学でも文系、理系ってあるわけだし、そりゃ分けた方がいい、……のかしら。
「所沢の人間科学かスポーツ科学にしようかなって」
「……素人の私にはアニメのマッドサイエンティストになるための進路にしか聞こえないわね。何よ、人間科学って。サイボーグ?」
「うーん、仮面ライダーを作ったりはしてないと思うけど、……中の人くらいにはなれるかも?」
「よく知らない世界だけど、まぁ怪我には気をつけなさいな」
「うん。不可思議さんもね」
四人目は、沙希。毎年この時期恒例のイベントである、マラソン大会。……の、開始直後に歩いてたら沙希に捕まった。
「あんた走れよ!」
「嫌よ、疲れるじゃない」
「神かあんたは!」
手慣れた動きで沙希は私を抱き抱え、ペースを落とさずにそのまま走る。
「そういえば聞きたかったのだけれど、貴女は進路どうするのよ? 金銭面の問題はだいぶ解決したと思うのだけど」
「それ今じゃなきゃだめ!? 結構きついんだけど!」
「別に降ろして構わないわ。私はリタイアするから」
この後も沙希は十分程度走り続けたけれど、流石に限界を迎え、私を降ろした。
「……国公立文系、だと思うよ」
「あら、うちに就職してくれてもいいのよ。正社員ならボーナスも弾むわ」
「……その話、今じゃなきゃ駄目?」
「そんなことないわ。またあとで」
「ん」
沙希は私を置いて、前方の集団を追いかけて駆け出した。
最後に、雪ノ下。先に下ろされた地点で座っていたら、最後尾を歩き、逸れたものを回収する係の教師に棄権させられた私は、保健室で雪ノ下と遭遇した。
「あら、不可思議さん。……もしかして貴女も棄権させられたのかしら」
「そんなところよ。一歩も走ってなんかいないからなんともないのだけどね」
「何をしているのよ……」
呆れの目を無視して、私は待合用のベンチに腰掛ける。
「そういえば、貴女はどっちに進むのかしら?」
「私は国際教養科だから、文理選択はないのだけど。というか、あなたがそう言うことを聞いてくるなんて意外だわ」
「流れ的に聞いておきたかったのよ。興味はないけれど、知らないと具合が悪いしね」
雪ノ下は言いづらそうに、咳払いをしてから答えた。
「……一応、文系ということにはなっているわ」
「そう」
「ええ。だから、一応みんな一緒ね」
「私は進学する気ないけれど、まぁそうね」
放課後。
マラソン大会の打ち上げに三浦が向かう道中で、相談の報告をすべく道中を共にした。
「そっか……。隼人、文系行くんだ」
「ええ。けれど分かったからといって、後悔したくなければ、誰にも言いふらさないことを勧めるわ」
煩わしいことを嫌った葉山の意思も汲むべく、雪ノ下との噂を私が居ないうちに解消してくれた礼も兼ねて、釘はしっかりと差し込んでおく。
「葉山はみんなから好かれているけれど、みんなから好かれたがっているわけではない。ただなるべく多くの希望に応えようとしているだけで、大多数は煩わしい存在に他ならない。――貴女はまだその大多数にならずに済んでいるのだから、下手なことはよしなさいな」
「
気まずそうに髪を弄りながら、口を尖らせながら小さな声で三浦は言う。
「……でもその、ありがと」
「別に、大したことじゃなかったわ。……こっちこそ悪かったわね。いつか、蹴り倒しちゃって」
「……別に。これでチャラで別にいいし」
「そう。ならもう用はないし、私は帰るわ」
「あんたも来ればいいじゃん、打ち上げ」
「嫌よ、面倒くさい。何が悲しくて外でまでクラスの奴と顔を合わせなきゃいけないのよ」
「……あんた、せっかく可愛くなったんだから友達作りなよ」
「気遣いはありがたいけれど、別に誰かのために私は可愛いわけではないの。可愛くなった程度で出来る友達なんて御免よ」
「……意味わかんない」
「お互い様よ。――ほな、さようなら」
きっと、私と三浦は相容れない。水と油とか、火と油とかじゃなくて。性質の違いじゃなくて、それはきっと世界の違い。生きる世界観の違い。
日の光を浴びて生きる人間と、画面の光を浴びて生きた人間じゃ見える世界が違うし、百人に口を開いてきた人間と一億人に口を開いてきた人間じゃ言葉の意味が違ってくる。
メートルねじとインチねじどころではなく、それこそ文系と理系の違いだ。
それでも、私も葉山も三浦も由比ヶ浜も戸塚も沙希も、一応雪ノ下も、文系という世界に結束されるのだから、現実は小説よりも奇なり。
めでたし、めでたし。