されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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たまにはバレンタインデーが甘味なのは間違っている。『松』

 二月に入ってしばらくのこと。

 順調に春に近づいているはずなのに、むしろ冬以上に冷え込み、最近は玄関が冷蔵庫代わりになっている。

 今日も放課後になれば、私は自販機に寄り、ジンジャーエールを買ってから部室に向かう。

 

「ナーちゃん!」

 

「……何よ」

 

 落下の衝撃で吹き出さないよう慎重に蓋を開けようとしていたら、背後から由比ヶ浜の叫びが響いた。

 

「なんで先に行っちゃうの!? 待っててって言ったじゃん! ……言ったよね?」

 

 実は言われている。最近部室にくると、雪ノ下だけでなく一色までもが先に来ていて、最後にくるのが自分であることを密かに気にしだしたらしい。

 

「私は天邪鬼なのよ。待てと言われて待つ訳がないじゃない」

 

「訳がないの!?」

 

「皆無よ」

 

 うあーんと叫びながら追ってくる由比ヶ浜を放っておいて、私は一口ジンジャーエールを呷る。炭酸と生姜の甘味と辛味とが、冷えて乾燥した喉を刺激する。

 

 案の定、私と由比ヶ浜が部室に着く頃には一色が来ていた。

 

「先輩、おっそーい!」

 

「はいはい」

 

 一色は冷えた手で、私をカイロかゆたんぽのような扱い方で、あちこちを抱きしめたり撫でくりまわす。

 

「鬱陶しいから撫でるなら頭か肩にしなさいな」

 

 体型が小柄だからか知らないけれど、私の体温は一年通して平均より高い。軽く調べたところ、犬猫やネズミみたいな小型の生き物は体温が高いらしい。

 

「ところで先輩、甘いものって好きですか?」

 

「葉山なら相当不味く無い限り喜ぶと思うわよ」

 

「じゃあナーちゃん先輩は?」

 

「そうね。……まぁ嫌いじゃないわね」

 

「不可思議さんの場合、不味い判定が小さ過ぎる上に食への関心が薄いのよね。由比ヶ浜さんのクッキーを完食できるくらいに」

 

「先輩、それは一回ちゃんとした病院行きましょ? 私もついて行ってあげますから」

 

「ゆきのんもいろはちゃんも酷くない!?」

 

 ……物を美味しく食べられるならいいじゃない。

 とは言ったものの(言っていないけれど)、どうやら世間一般では由比ヶ浜のクッキーは不味いらしい。

 

「でも、それじゃあちょっと困りましたねー」

 

「何がよ」

 

「甘さをどれぐらいにするか悩んでたんですよー。人によって好き嫌いがあるじゃないですかー」

 

 甘さを……?

 あ。

 

「なるほど、バレンタインのチョコのことね」

 

「え、ナーちゃん先輩今気付いたんですか?」

 

「忘れてたのよ」

 

 基本的に女から男に渡すイベントであり、私が誰かに贈るなんてまず無かったから忘れていた。

 

「というか一色さん、自分で作るつもりなの?」

 

「だって、相手はお菓子作りとか分かんない男子ですよ? だから手作りチョロいです。低コストで大量生産、あとは仕上げの時に一手間加えて、個々にカスタマイズ。これで男子受け余裕です」

 

「一応、私は女子なのだけどね」

 

「ナーちゃん先輩は確かに可愛いけどそういうんじゃないんで。女子の領域とは別世界っていうか、別次元の人なんで」

 

「……いろはちゃんって、なんだかんだナーちゃんのこと大好きだよね」

 

 由比ヶ浜の言葉に、私も雪ノ下も何も言わずに頷いた。

 

「ま、まぁ……。それで、ナーちゃん先輩。甘いものだとどういうものが好きですか?」

 

「甘いもの、ねぇ……。最近食べたものだと、メロンパンとチョココロネかしら」

 

「ナーちゃん先輩、それはお菓子じゃなくてお昼ご飯です」

 

「菓子パンなんだから似たようなものじゃない」

 

「不可思議さん、それは違うと思うわ」

 

「ナーちゃん、今度一緒にスイパラ行こ?」

 

 遺憾である。いや、別に怒ったりしてる訳じゃないけれど、ここまで言われることなのかしら。

 呆れと心配の視線を無視してジンジャーエールを飲んでいると、部室の扉がノックされた。

 

 

 軽やかにノックされた扉を見ることしばし。やがて壁の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。

 

「別に、あーしここに頼まなくても……」

 

「いいじゃんいいじゃん。ていうか私も得意じゃないし」

 

 聞こえてくる二つの声は、そのどちらも聞き覚えのあるものだった。

 ノックまでされて帰られるのもなんか鬱陶しいし、私の方から扉を開けることにした。

 

「……聞こえてるわよ。ノックまでしたんだから入りなさいな」

 

 頼み事に勇気がいることは私も重々知っている。直前まで自力での解決策を探しまわりたくなる気持ちも。

 

「は、はろはろ〜、不可思議さん。ちょっといい?」

 

「ダメだったら扉に鍵をかけてたわ。入りなさい」

 

「あれ、姫菜じゃん? 入って入ってー」

 

 やってきたのは、海老名と三浦だった。特に三浦は半年前なんかは顔を合わせれば険悪になっていたほどなのに、よくもまぁ来れるものね。素直に尊敬するし、引き摺ってくれる友人がいるのは普通に羨ましいとも思う。

 

「何か、御用かしら」

 

 対面に座った雪ノ下が声をかけると、三浦は言いづらそうに口をもごつかせながら、一色をちらりと見る。

 

「……その子、なんでいんの」

 

「うーん、私的にはそれ私のセリフじゃないですかねー、……みたいなっ」

 


 

 とりあえず険悪な二人を置いておいて海老名に聞いてみると、三浦は何やら手作りチョコを作り、葉山に渡したいらしい。

 けれど、由比ヶ浜が言うには、葉山はそもそもチョコを受け取らないのだとか。「揉めるからに決まっているじゃない」とは、雪ノ下談。

 

「作る作らない以前の問題じゃない。諦めて市販品を家に郵送するんじゃダメなのかしら?」

 

 冗談で言ってみただけだけれど、ダメらしい。この手のイベントに消極的な雪ノ下にまで却下されてしまった。

 

 三浦と一色が第二ラウンドを始めようとしたところで、私は扉の方で一つ気がついた。私が気づいたことに向こうも気づいたらしく逃げ出したけれど、すかさず私は携帯電話で電話を掛けた。細やかながらの着信音が廊下から聞こえてくる。

 

『……もしもし』

 

「お姉ちゃん……、助けて……」

 

 なるべく声をか細くなるようにして呼びかけたら、力強く地面を踏み締める足音と共に通話は切れた。

 そして十秒としないうちに、窓ガラスが割れるんじゃないかと思うくらいの轟音が扉から響いた。

 

「可思議!!」

 

「……私が言うのもあれだけど、チョロすぎるでしょう。とりあえず座りなさいな」

 

「アンタほんともう、ほんとアンタ……」

 

 全速力で走ったらしい沙希は、たかが高校で私が窮地に追い込まれることなんてそうそう無いという考えが湧かなかったのか、本気で心配したらしい。

 

「お、サキサキじゃーん。はろはろー」

 

「サキサキ言うな……」

 

 つっけんどんなセリフだけれど、今はその言葉に一切の覇気が見られない。

 明らかに落ち込んでいる沙希を慰めるように、由比ヶ浜が椅子を勧めながら話しかける。

 

「沙希が来るって珍しい、っていうか初めてだね」

 

 由比ヶ浜はいつの機会かに沙希と仲良くなったらしく、名前で呼んでいる。嫉妬を抱くどころか、あの沙希に私以外に名前で呼ぶ人間がいることには感動すら覚えた。

 

「それで、何か御用かしら」

 

 雪ノ下は紙コップに紅茶を淹れて出しつつ尋ねた。

 

「あの、えっと……」

 

「っつーか、あーしの話まだ終わって無いんですけど」

 

「は? あんたお茶飲んでるだけじゃん」

 

 沙希が言い澱んでいると、三浦が不機嫌そうに睨み、恨み言をぼやき、沙希も睨み返す。

 

「前に言わなかったかしら? ここで攻撃の色を出すのなら、綺麗な顔面を踏み潰して追い出すわよ」

 

 私が言ってすぐ、二人は表向き怒りを内に収めた。内心は一触即発なままだけれど。

 

「まぁまぁ。とりあえず、話してみそ?」

 

 この場で一番中立な海老名が代表して、沙希に話すよう促す。

 

「あー……、その、チョコのことなんだけど」

 

 言った途端、三浦がふっと、標的を見つけたような笑みを浮かべた。

 

「何? あんたも誰かにあげんの? ウケる」

 

「あ?」

 

「は?」

 

 すぐさま、さっき内に秘めたはずなのに、ガンをくれあう。

 

「沙希。喧嘩をするなら外でしなさいな」

 

「外でならいいんだ!?」

 

 ここで暴れられると、紅茶やら私の荷物やらがあって危ないからそう言っただけなのだけれど、由比ヶ浜はツッコミを入れた。

 

「ナーちゃん先輩の知り合いって、変な人ばっかりですね」

 

「は?」

「あ?」

 

 ふと口から出たのか、一色はそんなことを言い出して二人から睨まれた。

 

「一色。あなたもその一人なのよ。それより、チョコがどうしたのよ。彼氏でもできたの? おめでとう」

 

「んな訳ないの分かってて言ってんでしょ。そういうんじゃなくて、妹が作ってみたいって言い出して。なんか、小さい子でも作れるやつってない?」

 

 まぁ、分かってて言ってるのはそうなのだけれど。そんな暇も見合う相手もいないのは私が誰よりも知っている。

 

「小さい子でも、ね」

 

 雪ノ下は復唱し、ふむと頷く。

 

「でも貴女、料理得意じゃないのよ」

 

 我が家の台所は基本的に三子の領域だけれど、三子も受験勉強があるため沙希が手伝うことも多い。

 

「お菓子と料理じゃ全然違うんだってば」

 

「ああ、そういえば三子もそんなことを言ってたわね」

 

 なんだったかしら。料理に必要なのはあるもので完成させるアドリブ力で、お菓子作りに必要なのは材料を揃える気兼ねと、レシピに従う根気と、一切間違えない慎重さ。って、そんな感じのことを三子が言ってた気がする。

 


 

 結局、こちらが依頼の数と依頼人の癖の強さに圧倒され、すぐにはうまく話がまとまらなかった。

 

 依頼人たちを帰した後、再度話し合う。

 

「とりあえずチョコ菓子が作れて、葉山にも渡せばいいのよね」

 

 葉山が受け取らない理由は、人間関係を歪めない為。想像することしかできないけれど、きっとそこには女子同士の苛烈な争いがあるのでしょう。

 

「それができれば苦労はしませんよー」

 

「苦労しているから成功しないのよ。もっと楽な方法を考えなさいな」

 

「ナーちゃん、そんなのあるの?」

 

 由比ヶ浜が持ち込んで来たお菓子を摘みながら聞いてくる。

 

「そうね……。チョコを渡すのは、言ってしまえば告白みたいなものなんだし、それが理由で渡す方も受け取る方も躊躇する。本質的に葉山が受け取らないのはそういうことなのでしょう?」

 

 三人は一様に頷く。

 

「だったら、その山を乗り越えるんじゃなくて、回り道してしまえばいい。恋仲へは遠回りになっても、チョコは渡せるし立ち止まったままよりは進展する。よく言うでしょう――急がば回れ」

 

「告白にならない渡し方って、例えば……『義理ですけど、どうぞ』、みたいな感じですか? あんま意味ないと思いますけど」

 

「もっとバレンタインから遠ざけなさいな。そうね……、『部活への差し入れでーす、先輩もどうぞー』とか、どうかしら」

 

「……ナーちゃん先輩の私の声真似のクオリティの高さに驚いてます。なんですかそのあざといセリフ。私だってまだ言ってませんよ」

 

 一色を意識したわけではないけれど、確かに似ていた気がする。

 

「それだと三浦さんは渡せないけれど、要するに、食べて当然の環境を作ってしまえばいいのよね? それも野次馬のいない場所で」

 

「まぁ、そうなるわね。料理教室で試食を頼むとか、そういうのが現実的なところかしら。――逆に振り切って自宅に連れ込んで食べさせると言うのもあるけれど」

 

「ナーちゃん、優美子にそんなことできるわけないじゃん、あれで乙女なんだから」

 

「由比ヶ浜さん、何気に酷いわね……」

 

「でもいいですね、料理教室。それでいきましょう。依頼の人たち纏めてイベント的なのを開いて雪ノ下先輩が教えるって感じでどうですか?」

 

 一色は方向性さえ決まってしまえば動くことに躊躇いはない。それこそ、これで雪ノ下が了承してしまえば企画が始まる。

 

「え、ええ……。それは構わないけれど」

 

 困惑まじりに雪ノ下が頷くと、一色は携帯電話を取り出した。

 

「あ、副会長? 企画書の提出を命じまーす。お料理教室イベントー! みたいなの。……は? いや、だからとりまハコ押さえて告知打つのだけやってもらってー、で」

 

 電話越しに、相手の困ったような声が漏れ出ているけれど、一色は舌打ち混じりの低い声で指示を出し始める。

 

 あ、そうだ。

 

「一色、生徒会での打ち合わせに私も一枚噛ませなさいな」

 

「え、いいですけど、何かしたいんですか? ある程度融通は効きますけど」

 

「まぁ、話してたら私も作りたくなったのよ。あと都合のいい人材を思い出したわ」

 

 決まってしまえば、私も向こうに電話を掛けた。

 

「もしもし、私よ。今から一週間程度予定を空けてこっちに来なさい。報酬は美少女のスマイルでいいわよね」

 

 返事が聞こえぬ内に、私は通話を切った。切るのに手間取って泣き言が聞こえた気がするけれど、聞こえなかった。

 

「はい。はーい。はーい、よろしくでーす」

 

 一色の方も、泣き言を無視して電話を切って席を立った。

 

「それじゃ、行きましょっか。ナーちゃん先輩」

 

「ええ」

 

 私と一色は部室を後にし、生徒会室へと向かった。

 

 

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