されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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たまにはバレンタインデーが甘味なのは間違っている。『竹』

 怒涛の相談が舞い込んだ日から数日が経ち、イベント当日。

 会場として使うことになった、クリスマス合同イベントぶりのコミュニティセンターではがやがやと、あちこちで若い声が響いていた。葉山一味に沙希、他にも総武校の顔見知りが何人かいてそこまでは想定内。けれど想定外な集団もいて……。

 

「やぁ、いろはちゃん。いやー、よかったよ。やっぱり前回のイベントが評判良くてね。今後も一緒に緊密なパートナーシップを築いてアライランス活動を継続していきたいと思っていたところに今回のオファーだったからね」

 

「ですねー。お疲れ様ですー」

 

 長々と語ったのに一色が一切触れずに流したのは、意識高い系でおなじみ、海浜総合高校の生徒会長、玉縄だった。

 いや、まぁ、来ることは知ってはいたのだけれど。合同にすることで予算を引っ張ってくると言う名目は一色から聞かされたし、メールでのやりとりには私も参加していた。

 

「こういう機会ってビジネスチャンスでもあるよね。クラウドファンディングとかで資金集めて展開していくスキームもありかもしれない」

「それ、アグリーだね」

「インセンティブを還元していくメソッドを構築できればアーリーアダプターに刺さるかもしれない」

「アメリカではフリーマーケットのときに子供がレモネードを売って経済感覚を養っていくんだけど、それにニアリーかな」

「そうだね、それも一つのケーススタディだね」

 

 ……けれど。

 けれど、相変わらず、何を言っているのかはさっぱり分からない。クリスマスの時に一度は勉強したものの、二ヶ月弱という時間はそんな不要な知識を忘却するのに十分すぎる時間だった。

 

「……他校を財布にするにしても、別の学校にするべきだったかしらね。言葉が通じないんじゃ面倒だわ」

 

 私の言葉なんて全く聞かれていなかったと思うけれど、何かを言われたのに勘付いたようで。

 

「き、君たちもいたのか……」

 

「あー、言ってませんでしたっけ? ……ちょっと、先輩?」

 

 言ってない。雪ノ下や私が当日に参加するという話は、私が意図的に省略していた。

 

「一色さんと不可思議さんの組み合わせって、時々凶悪なのよね」

 

「人聞きが悪いわね。組み合わせではなく共犯よ」

 

「もっと悪くなってない!?」

 

 雪ノ下の言葉を訂正して由比ヶ浜にツッコミをもらったりしていると、ガララッっと音を立てて扉が開いた。

 

「ひゃっはろー!」

 

「ちゃっおー、可思議ちゃーん!」

 

 高校生ばかりのこの空間に、異形が二人。一人はヒールを鳴らし、一人は仕事以外では絶対に履かない下駄を鳴らす。

 

「姉さん……。と、誰?」

 

 雪ノ下は姉の存在に思わず顔を顰めたものの、もう一人、青い着物に青の三角巾をつけた金髪には首を傾げた。

 

「というわけで、特別講師のはるさん先輩とほろりちゃん先生でーす!」

 

「はーい、はるさん先輩でーす!」

 

 一色が甘ったるい声で言うと、それに乗っかるように雪ノ下姉が冗談めかして返す。

 

「あーあーあーあー、可思議ちゃんったら。京都からここまで何時間掛かったと思ってるのかなぁ?」

 

 甘口な二人とは対照的に、ほろりは怒気の滲んだ、拗ねるような声で私を責め立てる。

 

「いいじゃない。どうせ暇でしょう?」

 

「うちは正月でも年中無休だっつの」

 

「じゃあ出張ってことにしなさいな。料理するのは同じなんだから、問題はないでしょう?」

 

「問題しかないよ。問題でしかないよ! 可思議ちゃんじゃなかったらぶん殴ってたよっ! このっ!」

 

 ほろりは髪だけでなく脳味噌までかき回すかのように私の頭を掴み、グリグリと強引に揺らす。あっ、首が、首がガチャってっ!

 

「ちょ、はなっ、離しなさいっ!」

 

「どうせなら東京辺りを観光したいんだよね〜?」

 

「わかったからっ、いくらでも付き合うから離しなさいっ」

 

「じゃ、明日デートね。今日は可思議ちゃんちに泊まるから」

 

 急に手離されて地を踏み損ねた私は倒れそうになって、雪ノ下に支えられた。

 

「……彼女、一体何者?」

 

「きょ……、京都の料理人よ。……私が知る限り、最高の料理人……」

 

 私が息絶えながらに言った直後に、ほろりはウィンクとピースをしながらに名乗った。

 

「あたしは海胆岬(うにみさき)ほろり。可思議ちゃんがまだ七子ちゃんだった頃の友達で、料理店『蛍』の店長だよ」

 

 ……そこまでの仲じゃなかったはず。

 幼少の頃、毎年京都に連れていかれて、あちこち連れ回されているうちに、ほろりの店(当時はほろりの両親の店)に行き着き、当時は私の一個下で私より小さかった一人娘のほろりが私に懐いて……。

 なんやかんやで中学で殺人事件を起こし、ほろりは少年院。元々年に数日しか会っていなかったし、疎遠になって当然だった。むしろ修学旅行で顔を合わせようと思い立った気まぐれがなければ、今日も顔を合わせることはきっとなかった。

 

「アッハッハー。それにしても可思議ちゃん、こんなに友達居たのなら紹介してよね? お姉ちゃん寂しいゾ?」

 

「大切な友達が仮に私にいたとして、そうだったら貴女のことは死んでも紹介なんてしないわよ。あと貴女、私より年下じゃない」

 

「アッハッハッハッハッ! 細かいことは言いっこ無しよん? ――あー、チョコだっけ? オーキードーキー、ちょろいちょろい。胎児のシチューをよりも楽な料理よ」

 

 ……胎児のシチュー? 何よ、そのホラーゲームでありそうな料理名。

 

「まぁ、ぞれじゃあさっさと始めよっか。空腹は殺人鬼の始まりだよ」

 

 沙希の妹を除けば、一色と同い年で最年少のほろりが先導し、料理教室は始まった。

 

 


 

 

 この時期は大抵のスーパーで買える、菓子作り用の分厚いチョコレートを包丁で切るのだけれど、速攻でほろりに腕を掴まれた。

 

「待たれよ、可思議ちゃん。そのまま包丁下ろしたら何が起こると思う?」

 

「チョコが切れるに決まっているじゃない」

 

 今はまな板にチョコの塊を乗せ、とりあえず真っ二つに切ろうとしているところ。

 

「うん、それが出来るのはあたしみたいな馬鹿力のある馬鹿だけだから。知ってる? チョコって硬いんだよ? 潔く端から薄く切りなさい」

 

「……包丁を熱せば切れるかしら」

 

「それ氷を切るときのやつね、なんでそういう知識だけあるの。あとチョコでそれやっちゃ駄目。包丁が焼き鈍されて刃が駄目になって切れなくなる」

 

 焼き鈍す、というのがどういうことなのかいまいちピンとこないけれど、切れなくなるのは問題ね。

 

 と、だから端を五ミリ厚程度に切ろうとしたら、包丁は刺さってピクリとも動かなくなった。

 

「……切れないわ」

 

「んっん〜、ちょっと貸してみそ?」

 

 ほろりは言いながら包丁の柄を握り、チョコごと数センチ持ち上げ、まな板に叩きつけた。和太鼓を叩いたような音とともにチョコは切れる。

 

「可思議ちゃんって、基本弱っちいんだけどねぇ」

 

 そのまま、まるでバターを切るように(実際に切ったことなんてないけれど)、等間隔にほろりはチョコを切っていく。

 

「腕力とか握力もそうだけど、そうじゃなくってさぁ。度胸っていうの? それか勇気かな」

 

「何が言いたいのかしら?」

 

 ほろりはまるでドミノのようになったチョコを、微塵切りし始めた。

 

「……アッハー。あたしが見るに、クリスマス前後くらいに何かあったのかな? 年末に会った時は今日よりもなんか難しそうにしてたし、まぁ幾らかマシになったみたいだけど、なんて言うのかな……」

 

 言葉にしにくいようで、悩みながら、生クリームのパックを鍋の上で包丁を突き刺し、中身を鍋に入れる。

 

「んー……、幼くなった、でいいのかな。小説家じゃないあたしにはこれ以上の表現はできないけれど、でも可思議ちゃん、――まるで七子ちゃんみたいだもん」

 

 


 

 

 私には『エンパス体質』という、簡潔に言えば並外れた共感力を持つという体質があり、そのエンパス体質の中でも私は共感力が高い。それ故に、周囲の人間の感情が我ごとのように分かる。共感できてしまう。周囲が怒れば私も怒り、周囲が悲しめば私も悲しい。

 

 対してほろりは、そういう特異な体質ではないけれど(恐らく)、けれどほろりは異様に目が良い(むしろ、本人的には最悪と言って良いほどに悪質)。『目は口ほどに物を言う』、とは言うけれど、ほろりの前ではむしろ『顔が何よりも物語る』と言うべきで、思考を満遍なく見抜く。

 その精度は私の共感を遥かに上回り、しかし似通ってもいて、その人間の弱い部分や悍ましい部分、辛い部分ばかりが表立って見えてしまう。

 結果ほろりは同級生の黒く如何わしい恋心という名の下心に絶望と怒りを覚えて殺人を犯すことにもなった。

 

 ほろりの前で顔を晒すということは、心や脳を切り開くと同義。

 

 


 

 

 私はほろりの言葉に従いながら、生クリームとチョコレートを鍋で煮込みながら混ぜ、バッド? というらしい、金属のお盆のようなものに溶けたチョコを移して冷蔵庫に入れた。三十分程度待つらしく、私はほろりの膝の上に乗せられてしばらく休憩となった。

 

「捕まる前までは、と言うか久しぶりに会うまでは、七子ちゃんのことを本当にお姉ちゃんみたいに思ってたんだよ。幾らちっちゃくても、大人びて見えてさ。……修学旅行だっけ? 先生連れて店に来た時はびっくりした。『七子ではなく不可思議可思議と呼んで』ってメールで言われたからそうするつもりだったのに、七子ちゃんまんまなんだもん。――そして今はそれよりも、ずっとちっちゃい」

 

 ほろりが言うには、私は生涯不変どころか、若返っているように、幼くなっているように見えるらしい。

 

 そう、なのかもしれない。

 

 七子の名は、私にしてみれば過去のものだと、思っていた。――そして私は、あの地獄のようなクリスマス前に、名乗っている。

 

『簡単に作れないと簡単で無くなるじゃない。生涯不変の小説家は休業中だけれど、――美術的な女子高生、七五三七子は不可思議可思議の四割増しで素敵に過激よ』

 

 記憶を遡っていると、ほろりがゴツンと顎を私の頭に乗せて静かに笑う。

 

「アッハッハァ。……ねぇ、可思議ちゃん。誰か同い年か年下相手に『お姉ちゃん』とか、そんなことを言ったこと、無い?」

 

「……心当たりがあり過ぎるわね」

 

 沙希相手に揶揄い混じりにそんな呼び方をしたり、一度だけ雪ノ下相手にも、それこそ冗談だけどそんな呼び方をした。……三子にそう呼ぶように強請られたこともあったわね。

 

「可思議ちゃんって昔から嘘が下手だよねぇ。偽れないって言うのかな。無意識に、無自覚に、その人達を自分よりも年上に見てたんだよ」

 

 ほろりから呆れの感情が流れ込んできて、私まで私に呆れてきた。

 

「そう……、かも、しれないわね」

 

「ほら、そういうところ。幼くなってるし、何より弱い。あたしの知ってる七子ちゃんは、周りにどれだけ共感しても流されたりはしなかった。怒りも悲しみも全部飲み込んで糧にするような人だった。――どれだけ怒っても恨まない、どれだけ悲しくても泣かない、強くてかっこいいお姉ちゃんだった」

 

「……私は昔から泣き虫だったわ」

 

 なんというか、苦し紛れな言い訳みたいに震えた声が私の口から出た。

 

「そんな七子ちゃんをあたしは知らない。見たことがない。……きっと、見えないところで泣いてたんだろうけど。でもね、可思議ちゃん。涙を見られたくないって思える人は強い人だけなんだよ。七子ちゃんは人前で泣くような人じゃなかった」

 

「……そう、だったかしらね」

 

 ほろりから流れてくる感情は、呆れでも悲しみでもなく、心配。それと不安。一心不乱に私の身を案じていた。

 

「ねぇ、何があったの? 可思議ちゃんを追い詰めた何かって、何?」

 

 ……なんなんでしょうね。

 タイミングはわかる。クリスマス前。

 始まりは一色が持ち込んだ依頼と、クリスマス合同イベント。きっかけは、車の中での平塚先生との会話。

 終わりは、依頼の解決。

 

 けれど終わってからも、私の弱体化は続いている。小説が無事書けるようになったりと、改善はしている、……はず。

 

 いや、追い詰めたのが何かなんて分かり切っている。

 

「結局、私なんでしょうね」

 

 願い。転じて、(まじな)い。座右の銘やモットーというものには、そういうところがある。

 

『生涯不変』

 

 言霊とでも言うのか、いつか私も言ったことだけど、将来に対して、口に出して言ったことは実現する可能性が増幅する。

 生涯不変を、だから私は実現してしまっていたわけで。

 成長も老化も退化も劣化も修復もしていなかった私は、子供のまま高校生になった私には、針の穴を通すために自分を切り刻みまくった私には、あの地獄のようなクリスマスが耐えられなかった。

 

「まぁ、そのうちある程度は戻ると思うけどねぇ。戻るって言うか、治るって言うか、塞がるって言うか。――ねぇ、あたしに出来ることって、無い?」

 

「とりあえず、美味しいお菓子でも食べたいわね。作ってくれない?」

 

「うん、まいどあり」

 

 殺しと料理にしか能のない料理人にしてもらうことなんて、それくらいしかなかった。

 

 ほろりは私を膝から下ろし、チョコを切り刻み始めた。

 

 

 

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