されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
テーマ『野生動物の生態』2年F組 不可思議 可思議
野生動物とは、野生動物であり、だから野生動物なのである。野生動物は野生動物の野生動物が野生動物として野生動物と共に野生を生きる動物で、つまり、だからこそ野生動物であり、しかし動物なのである。
結論、小説を読む能のない野生動物に論じる価値なし。
「……なんだ、この怪文書は」
「平塚先生は現国の教師でしょう。幾ら私とお喋りしたいからといって、他の教師から仕事を奪い取ったのなら軽蔑するわ」
放課後。部室に向かう前に、私は平塚先生に呼び出されて、職員室で提出したはずの生物のレポートを突き出されていた。
「仕事を奪ったのではなく、面倒を押しつけられたんだ。現国教師としてではなく、生活指導として。……で、これのどこが野生動物の生態だ?」
「何もかもが野生動物の生態でしょう。体育会系の人間なんて野生動物と大体一緒よ」
「理屈とは言わんからせめて屁理屈を捏ねてくれ。時々私と君は別の言語で話しているんじゃないかと錯覚したくなる」
「したくなるだけならなら是非ともやめて欲しいわね。私の小説が読めなくなるわよ」
「君の小説に関しては私も高く評価している。他校の学生のものであれば授業の教材に使いたいと思うくらいにはな」
「へぇ、読んでくれたのなら、お礼は言っておくわ。ありがとう」
「現国の提出物のありとあらゆるで宣伝されれば、流石に気にもなるさ。それに、意外かもしれんが私は君を気に入っている。社会的に破滅的な問題児ではあるが、しかし話していて面白い」
別に意外でもなく、知っている。そういう体質に生まれてきた私には、平塚先生の私に対する感情なんて自分の感情以上に分かりやすい。
「話は以上だ。今日も部活に励みたまえ」
私は追い出されるように職員室を出て、真っ直ぐに部室へと向かった。
悪しき風習の一つに、覗きというイベントが存在する。基本的には男子が女子風呂を覗こうとして、桃源郷ではなく痛い目を見るまでがセットの、ライトノベルではよくよく登場するシチュエーションであり、稀に男女が入れ替わることもあるが、その場合は成功する確率も共に反転する。
そんな光景を、まさか執筆以外で目撃することになるとは思いもしていなかった。
雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣が、部室をこっそりと覗いていた。
「……何をしているのかしら」
「「っ!?」」
こちらも黙って見ていては、それこそ怪しく見られる気がして声をかけたら、大層驚かれた。
「いきなり声を掛けないでもらえるかしら」
「無視して帰るという選択肢もあったのよ。声をかけてあげたのだからむしろ感謝しなさい。……で、だから何をしていたのよ」
何かよからぬ企みをしていたわけではなく、部室に何かがあるらしい。無防備に入るには行かない、警戒心を抱かせる何かが。
「部室に、不審人物がいるの」
「だったら警察か平塚先生を呼びなさいよ」
「貴女、平塚先生をなんだと思っているの」
「少年漫画オタク」
二人を退けて、私は部室に入る。
そこには暑苦しい黒縁のメガネをかけ、コートを羽織った、中年サラリーマンのような後ろ姿の男がいた。
「クククッ、まさかこんなところで出会うとはな。不可思議可思議!」
「誰かと思ったら、材木座じゃない。外見は怪しいし気色悪いけど悪人じゃないわよ」
まぁ、つまりは知り合いである。別に親しいつもりはないけれど、同じ穴の狢というか、同じ畑の住人というか。
「……貴女の知り合いなの?」
「一年生の時同じクラスだったのよ。材木座義輝、将来の夢はラノベ作家。名前はかっこいいしキャラも濃い、そして何より私の小説の愛読者。覚えない理由がないわ」
「つまり貴女の希少な友人というわけね。彼の相手は貴女に任せるわ」
まぁ、別に構わないけれど。
「で、なんの用かしら。一言でも無駄口を叩けば、一文字につき一本、何かを引き抜くわ。歯でも舌でも体毛でも内臓でも、容赦躊躇い一切無し」
愛すべき読者ではあるけれど、こいつの中二病はオープン過ぎてウザい。密かに自己賛歌しているだけならつまらないけれど、剣豪将軍を自称して騒ぎ歩かれてもだ。
「では単刀直入に言おう。自作のライトノベルをとある新人賞に応募しようと思うのだが、友達がいなくて感想が聞けぬ。読んでくれ」
材木座はそう言いながら、人数分の小説の原稿を手渡す。紙の厚さもあるのだろうけど、それにしても随分な文量を書き込んだものね。私なら十話か二十話くらいに分けて連日更新していると思う。
「ネットに投稿すれば良いじゃない。私は広告料のためにホームページから作っているけど、感想が聞きたいだけなら投稿サイトにあげればそれなりの感想はもらえると思うわよ。書籍化の可能性も少なからずあるし」
「それは無理だ、あやつらは容赦がないからな。酷評されたら多分死ぬぞ、我」
「そんなことはないわよ。サイトにもよるけど、読者だってそう暇じゃないし、つまらなかったら何も言わず離れていくのよ。――それよりも、酷評されかねないものを、人様に見せられないようなものを、この私に読ませるというの? そっちの方が腹立つわね」
長らく小説を投稿しては人から評価を受けている私だけれど、酷評された経験はあまりない。されたところで私に言えるのは、『文句があるのなら金を払え』の一文だけなのだけど。
材木座は顔色を悪くさせながら、しかし宣言する。
「すまん! だが我の夢のためなのだ! お主らの感想が聞きたい!」
「夢ではなく現実を見なさい。どうせ小説家になるのなら、書籍化するのなら、代金を受け取るのなら、……どうしようもなくアンチは湧くものよ。ネットに晒そうが本屋に並ぼうが同じことなのだから、夢を追うのなら怪我をする覚悟はしなさい」
とりあえずその場は解散となり、翌日に感想を聞かせることとなった。
私には小説を書こうと思ったきっかけ、なんてものはない。ただなんとなく、書ける気がした。今に思えばただの中二病なのだろうけど、偶然にも才能と妄想が噛み合ってしまった。
最初の作品こそ、有名どころの投稿サイトの連載していたけど、その小説が完結してからは投稿サイトに投稿していない。
今でも投稿サイトの小説を読むことはある。どころか、出版されている小説よりもずっとハイペースに、際限なく読みまくっている。それには手軽に読めるという点以外にも、素人が書きたいことだけを書きまくった荒削りすぎる小説や、語彙力が幼く頭の使わない小説が、存外好きなのである。
褒められる点が無いというのは、悪いことでは無い。貶される点が無いことこそ、最悪だと私は思う。
だからこそ私は、材木座義輝の小説が嫌いになれないらしい。
翌日。
徹夜には慣れているつもりだったけれど、流石に学校へ直行するというのはかなりの重労働だった。徒歩十分程度の道のりが、今だけは登山道のように険しく見える。
「ナーちゃん元気ないね。どしたー?」
「私のことは不可思議可思議と、……もういいわ」
背後から声を掛けてきたのは、言うまでもなく雪ノ下ではなく由比ヶ浜。相変わらず陽キャなようで何より。
「なんかお疲れだね? まだ朝だよー?」
「熱中して読んでたら朝だったのよ。脳的には朝どころか深夜ね」
「……あ、だ、だよね〜」
私の隣に立って歩いている彼女の目は、あからさまに泳いでいた。それはもう、クロールかってくらいに泳ぎまくっていた。
「私もマジ眠いから〜」
「読んでないのね」
由比ヶ浜は早足どころか駆け足で、この場を去っていった。
放課後。授業時間のほとんどを寝過ごしたおかげで、ようやっと本調子を取り戻した脳の具合を確かめながら、私は今日も部室にやってきた。
部屋には雪ノ下が船を漕いでいてけれど、扉の開く音と共に目を覚ました。
「……驚いたわ。貴女の顔を見ると一発で眠気が飛ぶわね」
「外見に関して自覚はしているけれど、そうもゾンビ扱いされると噛みつく気も失せるわね」
「さて、感想を聞かせてもらうとするか!」
材木座と由比ヶ浜が来てから、今日の部活動は始まった。
初手は、「こういうのはよくわからないのだけど」と前置きをした雪ノ下。
「つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ」
その感想を決して否定はしないけれど、感想がつまらないんじゃお互い様だという気もする。
「さ、参考までに、どの辺がつまらなかったのかご教授願えるかな……」
「まず、文法が滅茶苦茶ね。なぜいつも倒置法なの? 『てにをは』の使い方知ってる? 小学校で習わなかった?」
……材木座がどうかは知らないけれど、私は習う習わない以前に、初めて聞く言葉ね。てにをは? 何よそれ、暗号?
「ぬぁぁ……、それは、平易な文体でより読者に親しみを……」
「それは最低限の日本語が書けるようになってからではないの?」
……まぁ、売り物にするのならそれはその通りなのよね。読めなくちゃ面白さも伝わらないのだし。
「それにルビだけど、誤用が多すぎるわ。能力に『ちから』なんて読み方はないのだけれど。あと、
「ぎゃっふぅ……。ううっ、違うのだ……、最近のバトルではルビの振り方に特徴を……」
「ここでヒロインが服を脱いだのはなぜ? 必要性が皆無よね。白けるわ」
「ひぎゃぁ!? しっ、しかし、そういう要素がないと……」
「完結していない物語を人に読ませないでもらえるかしら。文才の前に常識を身につけた方がいいわね」
「ピャアアア!?!?」
口撃に次ぐ口撃によって椅子から転げ落ち、材木座は地に膝をつけた。
「とりあえずこんなところかしらね。次は本職の方の感想を聞きたいのだけど」
と、雪ノ下の鋭い目が私に向けられる。口では言っていないものの、目が「面倒な仕事をさせやがって」と語っている。
「お、お主ならわかってくれるよな……、不可思議可思議ぃ……」
「ええ、まぁ。彼女の感想が一般的に優秀な一般人の感想なら、私は格上の存在として感想を述べさせてもらうわ」
「……か、覚悟はできている。……お手柔らかにお願いします」
別にそこまで酷評する気はないわよ、私。
「安心して頂戴。時間を忘れて朝まで読みふけるくらいには好きよ、あなたの小説。理解を深めながら読めば、やりたいことと伝えたいことは大体分かった」
「グフッ、高評価もそれはそれでくるものが……」
「とはいえ、読者に理解力を求めるというのはナンセンス。ストレスフリーにスラスラ読めるのが理想よ。ライトノベル以外の小説も読み込んで、親しみやすさよりも格好良さをまずは求めなさい。小説家は文章で格好つけるのが仕事なのよ」
「あー、えっと、はい」
「ルビについて、彼女は気に食わなかったというか、シンプルに理解できなかったみたいだけど、そこは大した問題じゃないわ。むしろもっと誤用を恐れず、イカれ狂いなさい。私の小説から例を挙げるなら、そうね。
「おおっ!」
「ちょっと、間違いを直さないのは問題だと思うのだけど」
材木座は感心、というか感動したような声をあげたけど、雪ノ下の方は気に入らないようで。……やっぱりライトノベルと純文学は相容れないものね。違いなんて知らないけど。
「ルビと読み仮名は似て非なるもの。程度にもよるけど、意味が通っていればそれでいいのよ。読者は格好良ければ多少の誤用なんて気にしないわ」
「……不思議な世界なのね」
「フィクションを日本語で語っている以上、不思議に決まっているわ。……そして、ああ、ヒロインが脱ぐシーンね。確かにお色気は大事だけど、脱ぐ理由はちゃんと与えなさい。――実は露出狂で脱ぐと集中力が増し、潜在能力がフルに発揮されるのだ。――とか。ただ脱ぐのとじゃ、受ける印象が全く違うわ」
「いやもうほんと、勉強になります」
「強いて一つ褒めるとしたら、ここまでの文量をよく溜め込んだものね。私なら一話書けたら即投稿しているもの。それと、完結していなくても書籍化しているライトノベルは多いし、その辺は気にしなくていいわ。……彼女に合わせてこの程度にしておくけれど、何か質問は?」
「いえ、ありがとうございます、としか……」
「見事に飼い慣らしたわね」
「人聞きが悪過ぎるわ。この世に面白い小説が一冊でも増えるなら、それは歓迎するべきよ」
「そうなればいいのだけれどね。じゃあ、最後は由比ヶ浜さんかしら」
「え? えーっと……」
完全に上の空になっていた由比ヶ浜は、急いで原稿を開いて、ぺらぺらとめくり、言った。
「む、難しい漢字いっぱい知ってるね!」
「グファッ……」
勝者、由比ヶ浜結衣。……じゃなくて。最後の最後にとどめを刺されてしまった材木座は勢いよく倒れた。
しばらく時間が経つと、材木座は立ち上がった。もう日が暮れ、文化部はどこも帰り始めている時間帯。
「……また、読んでくれるか?」
あれほどダメージを負っておきながら立ち上がるその姿勢は、既に小説家だった。
「構わないわ。でも、紙の原稿は読むのも持ち帰るのも面倒だから、次はデータで寄越しなさい」
なんなら、紙の原稿が一番不愉快だったまである。
「私が言うのもあれだけど、まだやるのね……」
「無論。一人でも応援してくれる者がいるのだからな。確かに酷評はされたし、死にたくもなったが、その反面、たった一人からの応援の心強さを知った。知ってしまったのだ。これは、やめろと言われてもやめられん!!」
そう。小説家とはそういう生き物なのだ。多分。
百万人から酷評されようとも、一人でも応援してくれているのならその一人の期待に応えたくなってしまう。数の問題ではなく、心の問題なのだから。
「では、さらばだ! また新作が書けたら持ってくる!!」
「ええ、期待しているわ」
一人の小説家が、大き過ぎるほどに大股な一歩を踏み出した。めでたし、めでたし。