されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
イベント開始からおよそ一時間が経ち。
私は冷蔵庫から取り出した、チョコと生クリームを混ぜた物を取り出し、二十個程度、丸めてラップに包んで再度冷蔵庫で三十分冷やし固める。
その間に私がしていることといえば、一貫して試食。と言うか、いっそ餌付けのようでもあった。
菓子の類ならカレー味でもない限り美味しく食べられる私は気軽に味見役をさせやすいらしく、誰も彼もがチョコやスプーンを片手に私の元へとやって来る。
「ナーちゃん先輩、あーん」
「あぐ……。……ん、美味しいわ」
いつか由比ヶ浜が作ったものとは比べ物にならないほどに柔らかく(脆く?)食べやすいクッキーは、……うん。美味しかった。
「……感想、それだけですか?」
「これ以上に何を言えと言うのよ。私の舌はかなり雑に出来てるのよ」
「それは聞いてましたけど、嘘でも褒めてくださいよ〜」
「可思議ちゃんは嘘とか苦手だもんねー。はいあーん」
「むご……」
強請る一色をどう相手しようか考えていたら、横合から明らかに一口では食べられないサイズの焼き菓子がねじ込まれた。
粉で服を汚しつつ、クッキーよりも軽い噛み心地のそれを三日月型に噛み切って掴み取る。
「もっ、もしかしてマカロンですか!?」
「そだよー。はい、いろはちゃんもあーん」
「あ、あーんっ」
一色は私と同じように、マカロンを口にねじ込まれて口を塞がれる。
……それにしても、これが、噂のマカロン。
「さすが、美味しいわね。……分厚いモナカ?」
「いや、結構違うものだからね? モナカは和菓子だし。ほいもう一個」
「いや、うぐ……」
私が頼んだことだし、ダメダメな私の舌をしても違いが分かるほどに美味しいお菓子を食べることに忌避感は全く無い。けれど、口にねじ込まれるのは普通に鬱陶しい。
「やぁ、不可思議。何やら愉快なことになっているな」
「んく……、平塚先生じゃない。なんでいるのよ」
どこから現れたのか、突如私の前に平塚先生を姿を見せた。
「一色から報告があったからな、一応様子見に来たんだ。要注意人物もいるこ」
「センセーちゃんも、はいあーん」
「うごっ……」
ほろりの方をチラリと見た平塚先生は、一色や私と同じく、口をマカロンで塞がれた。
「……ほろり。口にねじ込むなら小さいサイズで作りなさい」
「マカロンなんて大概こんなもんだよ?」
「だとしても人の口にねじ込んでくれるな……」
平塚先生はマカロンを飲み込み、恨み言をぼやくも、当のほろりは私の元を離れて、あちこちにアドバイスをして周りに行っていた。
私もそろそろ作業を再開するため、冷蔵庫に向かう。
ラップに包んだ丸い玉から、ラップを剥がし、丸め直して皿に並べる。あとはココアパウダーをまぶして完成。
黒光りする玉に、同じような色の粉をふりかけ、光沢を消していく。
「……これでいいのかしら」
「なんだ、君も作っていたのか」
バレンタインチョコとは言いにくい、彩りの少ないチョコをどうしたものかと見ていたら、平塚先生が目を丸くしながら見ていた。
「ええ。ほら、食べてみなさいな」
一つ摘んで平塚先生の方へ差し出すと、苦笑いしながら腰を低くして、口で受け取った。
「……ああ、甘いな」
口の中で転がしながら蕩して、どこか満足そうにしながら飲み込んだ。
「ククッ。……ええ、やってみるものね。そしてやっぱり私には向いてない」
私も一つ、口に放る。
ココアパウダーが多すぎて頬の内側や舌まで粉っぽくなるし、噛めば中途半端に硬くて柔らかいチョコは砂糖の味がするほどに甘く苦い。
「……ほんま、甘いわぁ」
「……少し似合うようになったな、京都弁」
「クククッ、せやろか?」
「ああ。可愛いやつだよ、君は」
いい加減、舌がお菓子でおかしくなってきた。甘みを感じる部分が麻痺してきて、口の中にはチョコと砂糖の苦味だけがこびりつく。
「しかしまぁ、準備期間の割りに随分といいイベントになったじゃないか」
「私が共犯したんだから、当たり前じゃない」
「共犯、か」
残りのチョコにもココアパウダーをまぶし、生徒会が用意した、四個二列の八つに区分けされた箱に納めていく。
「さて、そろそろ私は仕事に戻るよ。見たいものは概ね見られたからな」
「もう少し居ればいいじゃない」
「いやぁ……、少し仕事をため込んでしまっていてな。三月まで残り少ないし、今のうちに片付けてしまいたい」
平塚先生は何か気まずそうに――失言でもしたかのように、一歩私から退いた。
「ちょっと待って」
急いで箱に蓋をして、平塚先生に差し出す。
「少し早いけれど、あげるから持って行きなさいな」
「あ、ああ。……ありがたく受け取っておくが、……義理だよな?」
恐る恐る、といった表情で平塚先生は受け取る。
私は貼り付けるように口の形を笑みに変え、喉を鳴らすように笑いかけた。
「ククッ。――うちがせんせのことめっちゃ好きなん、知っとるやろ?」
平塚先生は何も言わず、表情を隠すようにしながら足早に部屋を出て行った。
なんであれ、どんなものであれ、どれだけ騒がしいイベントや祭りも終われば静かなもの。
一色が簡単に閉会すると、片付け作業に入った。そんななか私は、いつの間にか椅子に座ったまま眠っていた。
「んっ……」
何かの拍子に、私は目を覚ましたらしい。部屋を見渡すと、ずいぶん人が減ったらしく、いつの間にか残っているのは生徒会と奉仕部、そしてほろりだけだった。
私が作業していた机も既に元どおりに戻っていて、この部屋で残った作業といえばあとはゴミ出しくらいに見える。
「あとは生徒会でやるので、大丈夫ですよ?」
歪な姿勢で寝てて痛んだ関節をほぐしていると、ポスターを回収してきたらしい一色に声をかけられた。
「あ、ナーちゃん先輩、やっと起きたんですか? お腹一杯になったら寝ちゃうって、ほんと子供みたいですね?」
「そうね……」
首と肩や頭蓋骨との付け根を鳴らす音で一色は私が起きたことに気づいた。
「あれ、ナーちゃん先輩から覇気が感じられない」
「寝起きなんて、誰でもそうでしょ。……ほろり、なんでもいいからカフェイン」
「ほい、コーラ」
「ん」
ほろりから半分程度まで減っている
「もう、終わりかしら」
「そうですねー。あとは忘れ物のチェックだけです」
一色はそう言いながら、私の荷物を持ってきた。バックの中にはノートパソコンと、チョコが一箱。
「なら、もう帰るわ」
雪ノ下や由比ヶ浜も、手持ち無沙汰になっているし、ほろりもすっかり持ち込んだ自前の調理器具を仕舞い切っている。
「はい、お疲れ様でした、先輩」
私たちは生徒会に見送られ、コミュニティセンターを出た。
外はすっかり真っ暗で、女子四人だしと、多少遠回りをしてでも各家を巡るように帰ることになった。
一軒目は雪ノ下の家だったのだけれど、大きな公園の脇道を通り抜けて、横断歩道を渡り、雪ノ下の家だというマンションが見えてきたあたりで、雪ノ下は足を止めた。
「およ? 雪乃ちゃん、どうかした? 忘れ物でも思い出した?」
「い、いえ……」
一人だけ着物で手ぶらのほろりに尋ねられても、雪ノ下の反応はなんと言うか、心霊体験でもしたかのように鈍い。
一点を訝しげに見ていて、視線を辿ると、そこには黒塗りの、詳しくない私でもわかる高級車が止まっていた。
そっちも私たちに、あるいは雪ノ下に気がついたのか、ドアが開いて一人の女性が降りてくる。
「母さん……。どうしてここに……」
降りてきたのは、私も一度会っている、雪ノ下の母だった。相変わらず、ほろりとは方向性の違う華やかさの着物を着ている。
「陽乃に聞いてもあなたの進路がわからないというから、こうして聞きにきたの。雪乃、あなた、こんな時間まで何を……」
母親の気遣わしげな視線に、雪ノ下は俯いてしまう。その姿を見て雪ノ下の母は小さくため息をついた。
「あなたはそういうことをしない子だと思っていたのに……」
雪ノ下は一瞬視線を上げたけれど、母親の瞳を見て、何も言い返さずにまた視線を逸らした。
――けれど。
「アッハァ。あたし達が何をしていたのかも知らないくせに、その叱るような物言いは母親であれなんであれ、気に入らないな?」
庇うように、というより攻めるように、ほろりが雪ノ下親子の間に立った。ほろりの野外だというのに三角巾のついた頭を見て、母親はキョトンと不思議そうな顔をした。
「あなたは……? えっと、はじめましてよね?」
「そうでなくとも、忘れられてたらそれはもう初めましてってことでいいと思うよ、うん」
ほろりは口元こそ笑っているけれど(所謂、営業スマイル)、その声には殺気とまでは行かずとも、怒気のようなものが滲んでいた。
「あたしは海胆岬ほろり。京都で料理人をしているよ。今日はバレンタインデーのイベントで講師役呼ばれたの。――お姉さんが真っ先に何を考えたのか知らないけれど、如何わしいところなんて異性にチョコを渡したりする程度しかない、高校生らしいイベントだったよ」
「……そう、京都からわざわざ……。少し早とちりをしてしまったみたいね。不快に思わせてしまったのなら、ごめんなさい。でももう遅いし、あなた達の親御さんも心配されてるわ。……ね?」
暗に、これは家の問題だから首を突っ込まずにさっさと帰れと、雪ノ下の母親は言った。
「アッハッハァ。……そう言われちゃ、返す言葉もないから、返さず言いたいことだけ言って帰るよ」
ほろりは背を見せ、つまりはこっちを向いて、子供のように小さく見える雪ノ下の頭を軽く撫でる。
「親のすることは全て虐待だよ。中でも過保護や過干渉なんて、『過』って付くくらいだから過剰なまでの虐待だ。そこに愛があろうと優しさがあろうと、受ける身からしてみればそれこそ不快でしかない。――掛けた温情に恩返しを期待する親を、世間一般じゃ毒親って言うんだよ」
雪ノ下親子は揃ってほろりをみて、固まった。
喜怒哀楽、どれともとれない表情を浮かべた雪ノ下親子をほろりは嘲笑う。
「アッハッハッ。帰るよ、結衣ちゃん、可思議ちゃん。空腹と夜更かしは殺人鬼の始まりだからね」
ここから先は、本当に家庭の問題でしかない。これ以上は、ほろりがしたように一般論で外壁を壊すしかない。私たち外野にできることは、何もない。
何やら話し出した親子を置いて、私たちは由比ヶ浜の家へと向かい歩き出した。
道中は全く会話が無かったけれど、私はふと思い立ったことを口にした。
「……母親といえば、なのだけれど。ほろり、何日も家を開けて大丈夫なのかしら?」
「さぁ? まぁ、大人だしなんとかするでしょ。ご飯も材料ならあるし」
ほろりの両親は、ほろりが殺人鬼として警察に捕まった際に精神を激しく消耗し、家から一歩も出られなくなったらしい(多分そこには精神的要因以外にも、外聞的要因が多大にあると思うけれど)。
「海胆岬さんのママって、どういう人なんですか?」
沈黙が破れれば、由比ヶ浜も普通に話し出す。
「んー? まぁ、四捨五入したら雪乃ちゃんのお母さんと大体一緒だよ。年中着物でプライド高くて、娘に対して過保護で過干渉。そしていざ娘がグレたら滅茶苦茶落ち込んで、今や両親ともに引きこもり」
いつか聞いたけれど、ほろりの両親は別々の料亭の次男、次女の夫婦らしい。別に戦略や政略があったわけではなく、啀み合い競い合うような関係の家柄でもなく、普通に仲のいい幼馴染みで中学校からの長い恋愛の末の結婚だったらしく、端から見てる分にはそれなりに幸せそうな夫婦だった。
「へ、へ〜……。な、ナーちゃんは?」
「うちは……、多少オタク気質で放任主義だけど、概ねノーマルな母親よ」
……というか、もう一年以上会っていないのよね。最後に会ったのは去年の年末年始に三子と二人で京都に行ったときだし。
「いや、可思議ちゃんのお母さん、かなり独特だし、怒ると怖いよー? 悪いことしたら、子供でもガチで泣けるタイプのラノベ読まされて、感想文書かされんの」
「……なんで??」
由比ヶ浜は本気で不思議そうに首を傾げているけれど、紛れもなく真実。
なんでも、自分は子供を叱れるほど大した人間ではないから、代わりに適切なライトノベルで感動させて反省させるとか、そんなことを言っていたし、そしてそれはただの説教よりよっぽど効果的でもあった。
「あ、あたしの家ここだから。ありがとね」
話していると、由比ヶ浜の家についたらしい。
「そう。じゃあ、また明日」
「またいつかね、結衣ちゃん」
「うんっ。またね!」
由比ヶ浜と別れ、私達二人もようやっと帰路についた。
「そういえば最近、可思議ちゃんのお母さんがよくうちの店に来るんだよね。なんか知らない?」
「知らないわ……、あ。そういえば、正月あたりにあなたが今店長してるって教えたわね」
「娘達に会いたがってるでしょ、それ。あたしを二人の
「会いたければこっちに来ればいいのよ。あと夕飯はオムライスがいいわ」
「あれだけ食べておいてちゃんと食べられるの? 残したらぶっ殺すよ?」
「貴女の料理は別腹よ」
「いや、意味わかんないから」
途中スーパーに寄って足りない材料を買い込んでから、帰宅した。
依頼人達は全員満足行ったようだし、雪ノ下の方は後日なんとかするとして、とりあえずは、めでたし、めでたし。