されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
「かぁごめ、かごめ。
かーごのなぁかのとぉりーは。
いーつーいぃつ、でーやーるぅ。
よぉあーけーのぉばんにぃ。
つぅるぅつーるぅつっぺぇつたぁ。
なぁべのなーべのそぉこぬけぇ。
そこぬいてーたぁもーれぇ」
「……あんた、私がそういう怖いの嫌いなの分かってて歌ってるの?」
朝に帰って来て、一日入り逃したために朝から気持ち二倍の時間水風呂に浸かったら、沙希に引きずり出された。……だから今、私は小説を書きつつ、仕返しにちょっと怖い童謡を沙希に聞こえる程度の声で歌っていた。
「てか、つるつるなんだかって何? 鶴と亀が滑っただか転けただかって歌詞じゃなかったっけ。あと後ろの正面どこ行った」
「今謡ったのは原曲よ。原曲というか、まぁわかっている中で一番古い歌詞ね」
三子が昔、こういう童謡が好きだったから私もいくつかは歌えるくらいに覚えている。
「……この子の七つのお祝いにぃ、お札を納めに参りますぅ。行きは良い良い、帰りは怖いぃ」
「……あんたがそういうの歌うとマジで怖いんだけど。それなんのやつ」
「とおりゃんせ。私の苗字が七五三だからってわけじゃ無いけど、この辺りの歌詞が好きなのよねぇ」
確かに、日本の童謡って和ホラーな印象のものが多いし怖いというのもわからないでも無いけれど、それ以上に歌っていて喉の通りが良いから気持ちいい。
「歌うなら『はないちもんめ』とかにしてよ」
「……ああ、あの人身売買を暗喩してるとしか思えないやつ。あれ、三子があんまり好きじゃ無いのよ」
だからあんまり歌ったことないし、歌詞も大分うろ覚え。
「そう言われたら好きになる要素確かに無いけど。……え、そうなの?」
「鬼がいるから行かれない、とか、あの子が欲しいとか、この子が欲しいとか、無闇に解釈するなと行間で語っているじゃない」
「……なんか明るい童謡ってないの?」
「そうねぇ……」
二人っきりでのロンドン橋の合唱は大いに盛り上がった。こういう時主役であるべき子供、例えば沙希の妹は保育園だし、留美も普通に学校。……私から始めたことだけど、JK二人で何してるのかしら。
しゃぼん玉や、道成寺の童歌、ドナドナに十人のインディアンみたいな歌ったことのない童謡まで歌ってみたりしながら過ごして、粗方歌い尽くしたお昼時に私たちは正気を取り戻した。
「あー……。めちゃくちゃ心配になって来た……。今だけは本気であんたが羨ましい。妹が優秀なあんたが妬ましい」
「私だって別に心配してないわけじゃないわよ。……雪ノ下に言われたときは冗談めかして返したけど、本当に私が姉という理由で落とされかねないし」
「それ言うなら私もだし……」
私は言わずもがなだけど、沙希だって善良ではあっても優等生ではない。分類的には揃って問題児枠。遅刻回数は私と並んでクラスツートップだし、私達を不良だと思っている人間は生徒、教師問わず多い。
「筆記は全く心配してなかったけど、面接ってどうなのかしらねぇ」
「あんたはそういうの詳しいんじゃないの?」
「私は小説家であって面接官じゃないわ。……私が受かった要因って、小説家としての内申点と、面接官が平塚先生だったっていうのが絶対あるのよね」
「あ、それ私も」
自分で言うのもあれだけど、中学三年生といえば、小説で幾らか稼げるようになり始めた頃。――つまり調子に乗りまくっていた頃。
「平塚先生って、誑しよね」
「それ、真っ先に落ちたあんたが言うの?」
平塚先生が結婚できない原因って、性別が女だからだと思うのよね。……あの性格で男だったら私は絶対に近づかないけど。なんなら登校拒否してるけど。
一話、五千文字程度が書き上がり、読み返して誤字を直したり、言い回しを変えてみたりしていたら、唐突に玄関の扉が開く音が聞こえて来た。
「ただいま〜」
朝顔を合わせた時と比べて幾らか疲れた様子の三子が、ろくに荷物の入っていないバッグを放り投げて私に抱きついて来た。陽乃のもの以上の、中学生らしからぬ巨乳が私の後頭部に当たる。
「あ、沙希さん。大志の面接が私の次だったから、多分そろそろ学校出た頃じゃないかな」
私の飲みかけのコーヒーに片腕を伸ばしながら、三子は沙希に弟のことを伝える。
沙希は三回深呼吸をしてから、決心したような、諦めたような顔をして立った。
「それじゃ、迎えに行ってくる。夕方くらいにまた来るつもりだけど、なんかあったら呼んでいいから」
「ええ。幸運を祈るわ」
「……あんたが言うと縁起悪い気がするからやめて」
軽く笑いながら、しかし全速力で、沙希は我が家を飛び出し、学校までの道を駆け抜けて行った。
「お姉ちゃん、お昼まだだよね? なんか甘いもの食べに行こうよ」
「ええ、良いわよ」
私がノートパソコンを閉じながら了承するのを確認した三子は、コーヒーを飲み干してから満足そうに部屋へと着替えに行った。
小町の試験が終わるまでの待ち時間を、高校近くで適当に隙を潰そうと、俺はとりあえず本屋に入った。
本は良い。何せ、こっちがなんのアプローチもしなくとも勝手に語りかけて来て、語りきって、満足して、そしてこっちまで満足させてくれる。どころか、読み切ったという達成感と、読書の習慣の無い人間が決して知ることのない物語を知っているという優越感までおまけでついてくる。これが千円せずに買えるとか超お買い得。ブックオフに行けばなんと百円。神か。
とはいえ、今の手持ちは小町との飯代を差し引けばどうしようもなく寂しい。……ボッチなのは俺だけでいい。財布だけは、財布だけは!!
無い物ねだりもそこそこに、バレンタインが過ぎた途端姿を消すお菓子のレシピ本の群れを流し見つつ、ライトノベルコーナーへと直行。目ぼしい新刊は無いが、まだ触れたことの無い物語は目一杯にある。どころか、視界に収まらないくらいに、喧しいタイトルの書かれた背表紙が広がっている。
未だ見ぬ名作の兆しを程々に目の当たりにして、小町と合流して飯行って。……ただ、これだけで今日という日は終わるはずだった。そう思っていた。
あの千葉県民らしからぬ、関西風味に若干訛った口調、それを上からかぶせて隠したような上から目線の口調で、髪はシャンパンゴールドのサラサラロング。……そんなものは後から思い出して記憶した。それよりも、次元一つ見誤ったような美貌に張り付いた――鏡を見ているかと錯覚するほどに似ている瞳。
鏡というより、もう一人。ドッペルゲンガーとエンカウントしたとでも言った方が現実的にも思える、化物。
この出会いは確実に、間違いだ。
店員の訝しむような目を躱して立ち読みに耽っていると、件のそいつは気配もなく突然現れ、メスを入れて内臓を掻き出すように話しかけてきた。
「八月八日生まれ、A型、文系。高校二年生で可愛い妹は中学三年生。今日は受験二日目。座右の銘は『押してだめなら諦めろ』」
「……は?」
なんの冗談かと思った。
何、ストーカー? 小町の? ……それとも、まさか俺の?
別に知られて困ることなんてそうそう無いだろうが、それでも誰彼構わず、それこそ知らない女子には話したことなんて無いはずの俺のことを語られて、俺は声の主へと視線を向けた。彼女も俺の顔、というか目を見ていた。
「……じゃ、じゃあ俺はこれで」
本を棚に戻すのも忘れて、いち早くここを離れようとした。
けれど、彼女の言葉に俺は足を止めざるを、あるいは全速力で逃げ出すしかなく、俺は足を素直に止めた。誰でも親に言われることだ。お店で走っては行けません。
「待ちなさいな、私の
「お、おう……」
ストーカーの上に中二病とか、業が深い……。
俺が元いた場所に戻ろうと、本を棚に戻そうと、彼女は一歩もそこを動くことはなかった。
その不動さが、不変さが、小気味よく不気味で、そして美しく見えた。
「クククッ。私たちが私たちで会うことなんて今後無いのだから、ちょっとお喋りしましょうよ。私の
奇跡のような時間だと、俺も彼女も実感していた。
冗談のような歓談だと、俺も彼女も体感していた。
そして俺たちが今後出会うことはないと、出会いを語ることは無いと、共感した。
なぁ。小説を書くって、どんな感じだ?
どんな感じも何も、別に無いわよ。
何も感じないのか? 楽しいとか、悲しいとか、虚しいとか。
ククッ。そんなのがあったら、私はサスペンスを書けないじゃない。
つまりはだから、そうねぇ。私が小説家の時は小説家であって読者じゃないのよ。物語に如何わしさも可愛らしさも面白さも格好良さも求めてなんていないの。書いて読み返して、読者になって初めて、如何わしく可愛らしく面白く格好良いと思い、作品を楽しむのよ。
私からも聞くけれど、本を読むってどんな感じなの?
そりゃ、楽しいさ。面白くなきゃ読まないし、面白くない本は面白くなくなったら途中で読むのをやめたりもするが、それでも俺は読書が趣味だ。何せ、一人で出来るし、一人になる理由が自然発生するからな。一人で読書をしていても何ら不自然じゃない。
小説をそういう言い訳に使われるのは小説家として複雑なのだけれど。でもまぁ確かに、ゲームやスポーツと比べて友達作りのためのコミュニケーションツールとしては微妙よね。読書を好まない人間は多数いるもの。
ああ、特に運動部のやつな。本を読むと眠くなるとか、字を見ると頭が痛くなるとか、よく聞く。そんで聞かされながら読書してる俺にはキモいだの理解できないだの……。
そうね。言われるこっちも頭が痛くなる。別に読んで欲しいわけではないけれど、読めないと言われたら相応に頭に血が上るわ。
……それなら、そういう奴らに読めるような小説を書くしかねぇんじゃねぇの。知らんけど。
そういうやつらなんてちびくろさんぼでも読んでいればいいのよ。メロスのように走ってバターになって、二人の若い紳士の肉体に塗りたくられてればいい。
……私は別に私の小説で感動してもらいたいなんて、そんな下劣な承認欲求を持ち合わせてはいないのよ。
おい、別の話が混ざってるぞ。
……なら何の為に書いてるんだよ。金稼ぎか? 別にそういう作家を否定はしないけどよ。
違うわよ。……いえ、金銭は必要だし稼いではいるけれど、別にそれを欲求して書いているわけじゃないの。お金が欲しいなら働けばいいんだもの。
頭っつーか耳のいてぇ話しだ……。
私が小説を書き始めた理由は小説を読みたいから。それは今でも大して変わらない。
それっておかしくねぇか? 目的と手段が入れ替わってるってか、目的と正反対の方向に行っちゃってるだろ、それ。
そうね。執筆時間と読書時間の値が同じだと仮定して、なら執筆時間を読書に当てれば、二倍の時間を欲求に当てられる。別にそれが分かっていないわけじゃないのよ。
なら、小説を書くのも好き、とかか?
別に嫌いじゃないけど、読みたい小説があれば普通に読書を優先するわよ。ワーカーホリックじゃあるまいし。
だから、まぁ、要するに活字中毒なんでしょうね。
薬物中毒者は別に、飲み込んだり打ち込んだりする行為そのものが好きなわけじゃないでしょう?
そりゃまぁ、それなら風邪薬でも飲んでろって話だしな。
ええ。けれど、薬物中毒者の中に、自分の身体に合った薬物を自作する人間がいても不思議ではないでしょう? そしてそれを他人に売り払って資金に変えるのも普通のこと。つまりDIYが趣味ってことね。
嫌すぎるDIYだな。
だがまぁ、言わんとすることはだいたい分かった。自分のために、自分に合った小説を書いて、それを貪る。それができるだけの腕があれば、それ以上のオーダーメイドは無いか。
ちなみにだけど、DIYにものづくり的な意味は無いわよ。ざっくり訳すと『自分でやる』ってなる。私たちのような人に頼るのが苦手な愚か者にはピッタリね。
そう言われると、DIYしてみたくなってくるな。ここはひとつ、小町のためにも何か始めてみるか。
シスコンここに極まれり。そこで『自分のため』が出てこないあたり、流石は私の
お前が俺の
そうね。大事な家族だし。
「お姉ちゃん、お待たせ。……なんかいいことでもあったの?」
「別に、ただ自問自答してただけよ」
部屋でかつては参考書や教科書に使っていたスペースを埋めるための本が詰め込まれた紙袋を抱えて、三子は不思議そうに首を傾げた。
「三子。もし私がお姉ちゃんではなくお兄ちゃんだったら、どうなってたと思う?」
「え? うーん。……多分だけど、あんまり仲良くはしてないんじゃない? 一緒にお買い物とかできなさそう」
「あら、残念」
「……というか、普通に水風呂で凍死か溺死してるんじゃない? お兄ちゃんの裸とか普通に見たくないし」
「見殺しにするほど?」
「だから、見たくも無いって」
言葉とは裏腹に、愉快そうに口元は笑んでいる。そういえば、こうして三子と二人で出かけるというのも久しぶりな気がする。
「あ、そこのケーキでいい? チーズケーキ食べたい」
「任せるわ」
もっと話しておきたいこと、話すべきことがあったのかもしれない。もしかしたら、話してはいけなかったのかもしれない。
……いや、そんなことないか。
私がどうあろうと、俺がどうあろうと、プロットは変わらず、一つの結末へと収束する。
私だろうと俺だろうと、最後の一文には『めでたし、めでたし。』と。