されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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されど私の学園ラブコメは間違っている。『参』


 

 プロムとは一体なんなのか。

 一言で言ってしまえば、まぁダンスパーティーなのだけれど、しかしそう言われて「なるほど」と言って納得できる日本人というのは、きっと少数。高校生ともなれば、いっそ虚数かもしれない。

 であるからして、ただ『プロムやりまーす』とだけ張り出したところで、それに期待して盛り上がる高校生なんてきっといない。現実にあるのかは知らないけれど、名前が白黒の風紀委員や電撃姫の通っているような、ああいうお嬢様学校でもない限りは。「ご機嫌よう」なんて、相当上機嫌な雪乃くらいしかきっと言わない。

 

 だからまぁ、庶民である高校生諸君にプロムとはなんたるものなのか。それを知らしめるために、写真や動画を用意しようというのが、そもそもの今日の本題。いわゆる、リハである。リハーサル。決して、名前で呼び合って仲睦まじくするのが今日の目的ではない。

 


 

 

 体育館はバルーンアートにフラワースタンド、天井から吊るされたミラーボールがそれらを照らしたりと、十全に、パーティー会場と言える状態へと仕上がっている。

 その様子を見ながら、私は他の面々が着替えてくるのをステージで待つ。

 

「ゆぅきはこんこ、あーられやこんこ。

 降ぅっては降っては、ずぅんずん、積もる。

 やぁまも野原も、わったぼぅしかぁぶり、

 かぁれき残らず、はぁなが、さくぅ」

 

「その、上機嫌なんだか恨めしいんだかわからない歌声はどうにかならないのかしら?」

 

 と。騒がしいのに人のいないステージを観察していたら、着替えた雪乃が私を見下ろした。靴のおかげか、三子ほどじゃないけれど、いつもより目の位置が高い。

 

「あなたでも歌ったりするのね。そのチョイスも意外すぎるけれど」

 

「あら、むしろ今の私にはよく似合っていると思うのだけど」

 

 私が着ているのは、『不思議の国のアリス』をモチーフとしたワンピースドレス。白と水色を基調に、フリフリ、フワフワとあちこちに装飾がつけられ、裾周りにはトランプや鏡、猫なんかが描かれている。金髪も相まって、あとは目さえどうにかすれば完全に御伽噺のヒロインである。我ながら、美しきロリであった。

 

「ええ、まぁ、……そうね」

 

 どうやら、雪乃はテンションが低いらしい。結衣とかいろはなんてノリノリで衣装を選んだりメイクしたりしてたのに。レンタルした衣装の微調整を頼んだ沙希も、私を可愛がる延長で、嫌々言ってる口とは裏腹に楽しそうにしていたのに。

 

 まぁ、男装だと仕方ないかもしれないけど。

 

 プロムクイーン、プロムキングの再現も撮る必要があったのだけど、クイーン役のいろはと釣り合う男子が、それこそ葉山ぐらいで、それも諸々の事情で頼めなかった。で、身近な女子の誰かが男装するということになり、なんか沙希か雪乃の二択に。……私は身長、結衣は胸囲の都合で真っ先に外れた。

 沙希を怖がったいろはが雪乃にキング役を頼んでいたけれど、その選択は正しかったらしく、私の目の前には燕尾服姿の美青年がいた。

 

「ククッ。よく似合っているわ」

 

「その褒め方は、女子として複雑なのだけど……」

 

 若い執事と可愛らしいお嬢様。そんな二人組が出来上がっていた。

 

「あなたこそ、それは自前のものなのよね? まるで商品棚の人形のような格好ね」

 

 暗に、その服は何時、何処で着るためのものなのかと、雪乃は問うた。そりゃ、こんなファンタジー系のアニメでもそうそう見ない格好、リアルで着る機会なんて普通はない。

 

「その通り、これは元々人形用の衣装よ。蒼さんの人形劇、『不思議の国のアリス』でアリス役の人形が着ていたワンピースドレス。……だからまぁ、思い出の品というか、勝負服というか、まぁこういうときでも無いと出さない衣装ね」

 

 そして、そのアリス役というのが他でもない、私だった。

 と言っても一度だけ、蒼さんと、その夫でありながら人形の制作もしている(あかり)さんが、まだ子供だった私の我が儘を聞いてくれた時のものだけれど。

 

「球体関節がしっかり機能する構造に出来てるから、理論上はジャージや体操着以上に丈夫で動きやすくできてるのよ」

 

「とんだオーパーツもあったものね……」

 

「そもそも蒼さんのワイヤーアクションがビックリ人間すぎるもの。使う人形も、作る人間も、相応に並外れていないと成り立たないのよ」

 

 とは言え、私はあまり踊らないつもりなのだけど。

 私も現場に立つとはいえ、役目は被写体ではなく、むしろ撮影。頭のヘッドドレスにつけられた、ゴープロ、とかいう小型のカメラで至近距離から、あるいは当事者視点での撮影をしようという魂胆で、低身長の私は、顔を正面から写せるため適役だった。

 

「まぁ、お似合いよ、可思議」

 

「ありがとう、雪乃」

 

 


 

 

 しばし時間が経つと、演者も揃ってきて、いかにもパーティーっぽい雰囲気が出来上がってきた。あとは暗幕を張って、照明を落とせば、完璧と言ってもいいかもしれない。

 男子は基本タキシード姿で、女子はそれぞれドレス。事前に伝えて呼び込んだ面子とはいえ、私のように自前なのはごく僅かで、ほとんどはレンタルらしい。このデータも、本番の際にレンタルする業者選びに必要なのだとか。好まれる色合いとか、露出度とかで。

 

 私はカメラと繋がったスマホで、試し撮りの映像を確認しながら位置を調整しつつ適当に歩き回っていると、集団の一角が色めきだった騒ぎ声をあげた。

 どうやら、キングとクイーンが揃い踏みで登場してきたらしい。

 元来持ち合わせている女性的な魅力を、オレンジを基調とした華やかなドレスでより強調させたいろはと、元あった魅力を反転させた男装の麗人、雪乃。

 

「言い方最悪ですけど、美少年侍らせてる感やばいですね。今めっちゃ気分いいです」

 

 口元を歪めさせて感動しているいろはに、雪乃は思いっきり引いていた。

 

「本当に最悪の言い方ね。身の危険を感じるし、少し離れてもらっていいかしら」

 

「紳士の義務ですよー。さっきみたいにちゃんとエスコートしてください」

 

 つい少し前、なんだかんだ言いつつもノリノリになっていった雪乃は、さながら御伽噺の王子様のように、いろはに腕を貸したりなんかして、完璧な作法で会場までエスコートしちゃったりしている。

 私にまでお姫様とか言い出して、ちょっと格好よかった。ストライクゾーンに、当たらずとも遠からずだった。

 

「そろそろ撮影に入りましょうか。ふか、……じゃなくて、可思議。カメラの方は大丈夫かしら」

 

「そうね。軽く踊ってみてくれる? やっぱり棒立ちしてる人間じゃ、あてにならないわ」

 

 動いている人間と立っている人間じゃ、頭の位置が結構違うもの。

 

「なら、コホン。――踊っていただけるかしら、可思議?」

 

「え、ちょっと」

 

 雪乃プリンスに強引に手を取られ、私は踊らされる。

 経験があるとは確かに聞いていたものの、それは経験がある程度のものではなく、音楽なしでも十分に合わせやすいものだった。

 本来、身長にあんまり開きがあるとどうしてもやりにくいものなのだけれど、それすらも互いの腕でカバーし切れてしまった。私とて、伊達に殺人鬼や人形師と連んでいない。

 

 およそ三十秒踊って、周りから拍手までもらってから、私は雪乃に物申す。

 

「私が踊ってもスマホで確認できないじゃない。はしゃぐのはいいけど、少し落ち着きなさいな」

 

「え、ああ、そうね、ごめんなさい。……反省しているわ」

 

 正気を取り戻したのか、冷や水でも掛けられた様子で、反省というよりは後悔をしているように見えた。

 とはいえ、一応カメラは回していた。スマホには、楽しそうに笑って踊る雪乃がバッチリと映っている。

 

「まぁいいわ。問題はなさそうだし、多少は編集でどうにかなるでしょ」

 

「そうですねー。ナーちゃん先輩のダンスも完璧でしたしー」

 

 どこか拗ねているように見えるいろはは、一度大きく手を鳴らして、各々配置について撮影を開始させた。

 

 


 

 

 撮影自体は順調に終わった。

 懸念点だったキングとクイーンのダンスシーンが恙無く撮れたことが一つ大きな要因なのでしょう。

 雪乃は普通にダンスが上手くて、いろはは下手だったけれど、でもそれを武器に可愛いクイーンをしっかり、というかちゃっかりと演じてみせた。

 見守っていた者たちも拍手喝采だったけれど、……けれど。

 

「かっこよくて綺麗ですし、周りも歓声上げてますけど、……別物感がやばいですね。なんかガチの競技ダンスみたいです」

 

「そうね。我ながらイメージと違うと思ったわ」

 

 いろはの後ろからモニターを覗く雪乃は、ため息を吐きながらこめかみに手をやる。

 

「ナーちゃん先輩の方のカメラも、どうしても近すぎて使いにくいですね。振り向いたところなんかは切り抜いて画像は使えそうですけど……」

 

「そうなるとは思っていたわ。広角とはいえ、どうしても踊ってると顔に向いちゃうものね」

 

 私のカメラが映した映像の、およそ七割くらいはダンス相手の冴えない顔ばかりが写っていて、途中で見ていられなくなり映像を止めた。

 

「まぁ、チークタイムの映像はなんとかなったとして、もっとウェイウェイした感じのノリの映像が欲しいです」

 

「全体でダンスしている画を撮りましょうか。カメラは……、可思議、お願いできるかしら」

 

「構わないけれど、踊りながらだと難しいわよ? よそ見しながらはなかなか具合が悪いわね」

 

 というか、あまり動き回れないから全体が映せない。

 

「踊らなくていいわ。イメージ的には、そうね。……地上に降りた妖精があちこち見て回っている、みたいな感じ、……かしら?」

 

 らしく無いことを言っている自覚はあるようで、雪乃は言いながら段々首を傾げた。

 

「大体分かったわ。でもまぁ、固定でいいから外からもカメラを回しておきなさいな」

 

「はーい。……ナーちゃん先輩って、こういう時ほんと話が早くて助かります」

 

「話が早いというか、しっかり行間まで読んでくれるのよね。十聞いて十二分に為すというか」

 

 ヘッドドレスにカメラを付け直そうと、一度外すと、雪乃といろはが私の頭を撫でた。軽くだけどセットされた髪型が崩れない程度の、優しい手つきと感情が、妙にむず痒い。

 

「ん……。いいから、決まったならとっとと始めるわよ。疲れたからさっさと終わらせて帰りたいし」

 

 


 

 

 照明が暗転し、音楽が鳴り始める。

 最初はどうしても、誰もが肩を揺らす程度の小さい動きから始まり、けれど段々と、戸部あたりが拳を高く突き上げれば、それが周りに伝わっていく。……こういう時だけはマジでパないわね。パリピってやつかしら。

 

 音高くクラップすればタタンッと響き、徐々にみんなの距離が縮まっていく。一歩踏み込みツイストして、さらに一歩踏み込めばハイタッチ。中には冗談めかしてロボットダンスをする者が現れたりして、中には腕を組み出す者たちもいて。

 音楽に皆々が酔いしれる頃に次の曲へと繋がる。バラードまでは届かずとも、先ほどより幾らかメロウな楽曲。

 

 私はあちこちを隙間を縫うように歩き回り、時に軽く踊ったりなんかしながら、ウェイウェイしたプロムらしき何かを映して回る。

 途中に結衣、雪乃、いろはをそれぞれ捕まえて強引に踊ったりなんかしながら、最後の曲を迎え、私まで楽しくなってきた頃に曲は終わった。

 

 拍手と歓声が沸き上がり、そのまま明明にお喋りに興じ、パートナーや周囲の者と写真を撮ったりなんかしている。

 その辺りまでしっかりとカメラに収めつつ、私は輪から外れて。ケータリング類が用意されているテーブルへと向かった。

 

 

 ヘッドドレスを外してカメラの電源を切ったりしていると、いろはがこっちにやってきた。

 

「お疲れ様です、ナーちゃん先輩」

 

「……そーね。大分疲れたわ」

 

 踊るのなんてもう何年振りだし、楽しいと思うのなんて初めてかもしれない。

 蒼さんならもっと楽しげに、全員巻き込んだ一つのエピソードにしてしまうのでしょうけれど、やっぱり私には真似できそうに無い。

 

「っていうか、ナーちゃん先輩ってあんなに動けるんですね。意外とパリピなんですか?」

 

「そんなわけないでしょう」

 

 いろはの問いに答えると、「ですよねー」と、軽く返してきた。

 

「でも、昔は憧れてたのよねぇ」

 

「……え、パリピにですか?」

 

 どんな子供よ、それ。

 

「人形師、……っていうか、人形になりたかったのよ。蒼さんに縛られて、蒼さんに操られて、蒼さんに踊らされたかった」

 

「なんですか、それ。プリキュアに憧れる子供みたいなものですか?」

 

 楽しげに、揶揄うようにいろはは言った。

 

「まぁ、似たようなものなんでしょうね。……物語の人形が人間に憧れるように、人間というのも人外に憧れる。人魚姫とか、神様とか英雄とか」

 

「あれ、でも人魚姫って確か、バッドエンドじゃありませんでしたっけ」

 

「あれはバッドではなくデッドでしょう。悲劇ではあるけれど、でもだからこそ、人魚姫は読者の目に美しく映った。……王子を殺せず、泡になるなんて詩的な死に様をバッドエンドなんて言い方、無粋だわ」

 

「……ナーちゃん先輩って、意外とロマンチストなんですね。なんとなくリアリストだと思ってました」

 

「この私のどこがリアリストなのよ」

 

 十七歳にもなってアリスのコスプレをしてるリアリストとか、冗談にしても面白くない。

 

「そうですねー。雪乃先輩の例えじゃないですけど、妖精みたいに可愛いです。捕まえて抱きしめていいですか?」

 

「体がまだ火照って暑いからやめてちょうだい。……外で涼んでくるわ」

 

「あ、じゃあ飲み物適当にお願いしまーす。お金は後で返しますんで」

 

「はいはい」

 

 十七歳にもなってアリスのコスプレをして、頬を赤らめながら後輩にパシられる美少女がいた。……というかまぁ、私なのだけれど。

 


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