されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
リハの撮影翌日。
公式サイトに載せる写真は顔をボカしたりなど、プライバシーに考慮された編集を依頼する。けれど、そもそも依頼先にみせられないものもあるため(パンチラとか、普通に手ブレとか)、それらを弾くのが今日の仕事。
生徒会と奉仕部全員で仕事を分配しても、映像からの切り抜きを合わせると数千枚、頑張れば数万枚にもなるため、何も考えずに作業できるけれど、それでも地味に具合が悪い分量。
いつからか付き合っているらしい生徒会の書記と副会長が生徒会室の隅で作業しながらいちゃついているように、私たちも手とは別に口を動かしていた。
「ナーちゃん先輩って元彼とかいないんですかー?」
「誰かと恋仲になったことは無いわね。……というか、私にいると思ったの?」
「いて欲しくは無いですけど〜。でももしですよ? 例えば戸部先輩と付き合ってたとか言い出したら、完全無欠と見せかけて穴だらけなナーちゃん先輩を小馬鹿にできて楽しいじゃ無いですかー」
「……いろはちゃんの中の戸部っちってどんな存在なの?」
女子三人集まれば姦しいだか、騒がしいだか、その例には私たちも漏れないらしく、いろはがしようとしているのは、いわゆる恋話というやつだった。
……まぁ、綺麗所が四人いて全員、恋愛経験が良くて片思い止まりなのだから、真っ当な恋話ができるはずもなかった。
「いや、でもナーちゃん先輩って今でも平塚先生にぞっこん真っ只中じゃ無いですかー? そんな人の恋愛遍歴とか普通に気になりますって」
「……恋愛に限らず、これまでの交友関係は気になるわね。料理人の
「確かにっ! あたしらとあんま歳変わんないのに、なんかもうテレビの人みたいだったよね」
この場において分かりやすく友達いない仲間である雪乃の言葉に、結衣が乗っかる。いろはも興味があるようで、よく見ずとも生徒会役員たちも聞き耳を立て始めた。
別に隠すようなことでは無い。……けれどまぁ、現実味の薄い人間関係というのは、確かにある。
「……話のネタにはなるし別にいいけど、あくまで子供の頃、私がまだ小説家となっていない頃のことが殆どよ」
料理人、人形師のように、何か分かりやすい肩書きを持つような、知り合い以上の縁ある人間は、多くはないけれどそれでも確かに何人か居る。……そうでない者もいるけれど。そうでないものの方が危うすぎるけれど。
例えば、芸術家。
シトリング・ラフィ。本名、有製
メディア露出を病的なまでに嫌う、私以上の社会不適合者にして都市伝説当事者。それでも名の知れた界隈じゃ密かに『日本のダ・ヴィンチ』『生けるモナリザ』と称されるほどの、綺麗に可愛く美しい芸術品のような芸術家。……美術室の芸術家。
有製、という苗字からわかるでしょうけれど、蒼さんの息子。実際に会ったのは昔に一度きりだけど、今でも覚えているくらいには美術的な美少年だった。
黄色の宝石、シトリンと、視覚表現を意味するグラフィックを足し算のように繋げただけのペンネーム、シトリング・ラフィで活動する彼には、一度だけ挿絵の依頼をしたことがある。
少し前に三子が雪乃に貸し出した小説がそう。
小説の挿絵は私が描くこともあるけれど、どうしても素人とプロの専門家とじゃ雲泥の差が生まれるもの。足の生えた蛇ですら美しくなることを、私は知っている。見ている。魅せられている。
と、残念ながらこれだけ。私の少ない交友の一角、昔に一度顔を合わせ、何年か前に電話で数分会話して、メールで三往復程度やりとりしただけの仲。
私の人間関係の中から、関わりが最も新しい一人を語った。
数年前が新しいというのがもう悲しみを超えていっそ笑い話だけれど、中でも雪乃の反応は頭ひとつ抜けていた。
「……あの絵を書いた人間が、実在していたのね」
この場の誰も彼もが私の古い知り合いの情報に慄く中、雪乃だけは、芸術家の存在に感動した様子で驚いていた。
「世界中にある入館料の高い美術館にでも行けば、一つか二つは、シトリング・ラフィの名と作品が展示されてると思うわ」
「そうね。あれは絵だけでもかなりの金額を取れるものだったもの」
「挿絵なんて無駄遣いをしているのなんて私くらいのものでしょうね。……当時の私には痛い出費だったわ」
もっとも、ネットに投稿している方にもその挿絵は使われていて、おかげか支払った金額以上の金額が、その小説だけで毎月生まれているのだけど。
「……ちなみにですけど、ナーちゃん先輩、そのレベルのお友達、後何人いるんですか?」
「そうねぇ……。人前で語れるのだと、あと一人だけね」
「語れないのも含めて、恋人は?」
「だから、いないわよ」
カップルならいるけど。
「……血生臭すぎて、できることなら会いたく無い奴もいるしね」
……実はそれの元予備軍がほろりだったりもするのだけど。
彼女に料理人や小説家のような、分かりやすい肩書きはない。分かりやすい偏りはない。あえて言うなら、天使とか、頭領とか。
私の好きなとおりゃんせ発祥の地でもある川越に住う、とある型破りなバカップルの片割れ。
顔面刺青のシスコンの恋人。
私を含める、私に並ぶ、私を遥かに上回る、奇人変人を八人率いた究極のリーダー気質。
認めるのは遺憾だけれど、雪ノ下陽乃以上の魔王様体質。
窃盗事件を強盗し、暴行事件を撲滅し、殺人事件を殺戮した、法律よりも馬車馬のように働く、正義の使い。
暴れ馬のように、障るもの全てを気が触れたかのように薙ぎ払った、怪力の怪人。
現地の不良からは『
名を、
凶悪な笑み一つで信仰を集める、銀翼の天使。
凶悪な暴力だけで解決する、優しい天使。
凶悪すぎて悪が善に目覚める、可愛い天使。
まったく冗談のような本当の、人間かどうかも疑わしい、天使のような人間。
「……あの、超怖い人ってことしかわかんなかったんですけど」
「……可思議が信じられないものと居たのは分かったわ」
微妙に語り疲れて(というか気疲れ?)、
真に同情すべきは、私や芸術家、料理人すらも凌駕するあの天使の被害者(という名の犯罪者及び犯罪者予備軍)なのだけど。
「な、ナーちゃんの友達って、個性的な人が多いんだ、ね?」
「恐ろしいのは、これ以上に語れない人がいるってことの方よね」
いや、あれは凶悪なだけで、恐ろしいというなら雪ノ下母や、殺人鬼の頃のほろりの方がよっぽど、よっぽど……。
「ククッ。別に、危険物ではあっても危険人物というわけではないわよ。実際、健常者が暮らすなら川越ほど安全な街もないし、流石に千葉まで逃げ……離れれば、流石に察知もできない」
「ナーちゃん先輩、今逃げるって言いませんでした?」
「……言ってないわ」
失言は言い切る前に訂正すればセーフというのは、その天使の姉君から習ったことだった。……その姉君こそ、語ることすらタブーである要注意人物筆頭でもあるけれど。
あんな伏線を引き千切って強引にタイムスリップしたりさせたりしかねない、番外編の人間に、千葉まで踏みつぶさせ……、踏み入れさせるわけにはいかない。
念のため、遠隔操作とかで携帯が勝手に着信状態になっていないか確認してみたりしたりしていると、いろはの方に何か通知がきたようで小さく音楽が鳴った。
「ん? ……あ、あー。私、ちょっと職員室行ってきますね。多分、すぐに戻れると思いますけど」
携帯の電源を切る方法を思い出そうとしていたら、いろははノートパソコンを閉じて席を立った。
「総下校時刻になっちゃったら先に帰ってて大丈夫ですからー」
何かあったようで、あまり明るいとはいえない表情をしながら生徒会室を出た。
「……なんかあったのかな?」
大方、平塚先生にでも新しい雑用でも押し付けられたのだと役員はうんざりした様子で言っていて実際その通りだったのだけど。でも数日後、結衣のいやな予感というのもそれ以上に悪い形で実現してしまった。
『ナーちゃん先輩!』
「……帰っていいかしら」
放課後、生徒会室で寛いでいた私の携帯にいろはから電話がきて、『もしもし』よりも先に私の名が叫ばれた。
『ダメですって! あの場に私一人とかマジ泣きますよ!?』
「はいはい」
人数が必要ということならと、結衣と雪乃を連れて、職員室へと向かった。
職員室ではなく、隣の応接室の扉の前で、いろはは何時になく険しい表情で待っていた。
「……ちょっとまずいことになりました」
一言だけ言って、気の重さが滲み出る遅い動作で扉を開けた。
そして、見えてしまった。
入り口近くの方のソファに座る平塚先生、こっちはまぁいい。
陽乃とその母親、つまりは雪ノ下親子が、並んでソファに座っているという、悪夢。
……なにこれ、ラスボス戦かしら。
対面に座っている平塚先生も、心なしか顔色が悪い気がする。
嫌な予感、どころの話ではない。
確信。予知。察知。言い方なんてどうでもいいけれど、感じたものは、危機感。
平然と、あるいは超然とした態度の親子の視線を一身に受けて、雪乃の背筋は丸まって見えた。
その視線は私たちにも向けられてくるなか、私は受け流し、いろはは受け止めながら、平塚先生を挟むようにソファに座った。視線の前に長時間耐えられなさそうな雪乃と結衣は端の席に座る。
「お待たせしました。プロムについては私たち全員で話し合って決めたものです。……ですので、実行可否についての議論には私たち全員で参加させていただきます」
いろはは静かに、しかし吠えるように言った。目にも口にも、滲んでいるのは明確な敵意。
しかし、雪ノ下母は困ったように微笑んだ。
「議論だなんてそんな大袈裟なものじゃないのよ? ただ、こちらの意見を伝えに来ただけなのだから」
「何を言いに来たのかなんて見てればなんとなく分かるけれど、その意見とやらを聞かせてもらえるかしら」
「……なんで揃って偉そうなんですか」
私や平塚先生くらいにしか聞こえないくらいに小さな声でいろはがぼやくも、雪ノ下母にはしっかりと聞こえていなかったらしく話し出した。
「プロムについてだけれど、中止するべきだって意見が上がっているわ。インターネットの画像を見た保護者の方からうちにご相談いただいたの。あまり健全ではないと、高校生らしくないと、心配してらっしゃるみたい」
雪ノ下母は言葉を選ぶようにしながら言うと、隣に座る陽乃に視線を向けた。すると、面倒臭そうにちらりと私を見てから、ため息を吐いた。
「卒業生の中でも賛否両論ね。……別に否定意見が多数ってわけじゃないけど」
「少数意見だからって切り捨てていい理由にはならないわ。嫌だと言う人がいるならそれに対する配慮はするべきよ」
陽乃が付け足すように言った言葉に、雪ノ下母は即座に、咎めるように言い返す。
「あら、配慮ならもう十分にしているじゃない。参加したくないならしなければいい。別に強制参加ではないし、卒業式の後のことなのだからその後の人間関係への影響も皆無よ」
「参加したくないからしないなんて自分勝手な行動は、誰にでもできることではないのよ。それに参加したがっている生徒の保護者までもが賛成とは限らない」
「『誰にでもできることではない』『とは限らない』……、意見だと言うのならそう曖昧な言葉を使って欲しくないわね」
そもそも、このモンスターペアレンツに話し合う気なんてまったくないことは話していてすぐ分かった。やっていることは、言っていることは殆ど命令も同然。
言って聞かなきゃ、圧力で。
同じテーブルについた以上、使う武器も同等であるべきだ。
言って聞かなきゃ、暴力で。
「…………」
「……?」
「えっと、可思議ちゃん? いきなし黙ってどうしたの?」
――
母さんに対して、信じられないほど対等にものを言っていた不可思議さんが、突如として黙った。
姉さんも母さんも、対面する小さな少女を前に首を傾げている。
一体何をするのかと、警戒か心配をして、私たちも下手なことは言えずに黙るしかない。
時間にしてみれば、十秒にも満たない、ちょっとした沈黙は、不可思議さんが「んっん……」という、喉を鳴らす、音というかべきか、声というべきか微妙なもので破られた。
「はっ。ははっ。はははっ。ははははっ」
発せられたのは笑い声だけではない。憤怒、憎悪、嫌悪。あるいは食欲、強欲、虚栄。
「はははははっ! あっははははははっ!! あっはははははははははははっ!!!」
諸々の感情が集まって、行き過ぎて、やりすぎな。……見たこともないし、知らない感情だけれど、きっとこれこそが、創作物でしか見ることはないと思っていた、――殺気。
「はっはっはぁ……。不味いなぁ。嫌な味がする」
「……何?」
姉さんなのか、母さんなのか、それとも平塚先生か、結衣さんか、一色さんか、私かも、誰が問うように呟いたかわからないけれど、でも殺気の主の声にはこの場の全員に覚えがあった。
京都の料理人だという、不可思議さんの友人の声。
別にこの場にいない人物の声が聞こえることなんて、決して不思議ではない。何せ不可思議さんは、声帯模写ができるのだから。
けどこれは、どう考えても、声帯模写の域を超えている。
「はっ! ありがた迷惑ぅ? 糞でも食らえ! んなもん迷惑かけるやつの都合だろうが!! かけられるこっちゃぁただの迷惑だっつーの!!」
声以外にも、思考だとか、感情だとか。
「はっ! あなたのためを思ってぇ? 歩いて棒に当たって死ね! 好きなのは可愛い娘を心配してるテメェの身の方だろうが!!」
意識だとか、心だとか。
「はっ! 少数派意見だぁ? 鳴かずば撃たれまいと思いながら死ね!! 死にたくなきゃ泣くな!! 少数に留まっちまう理由くらいテメェで考えろ!! 改善しろ!!! 現実を見て己を恥じろ!!!」
声こそ、海胆岬ほろりさんのものだけど、口調や態度はまるで違う。この世のすべてへの不満を吐き出すように叫ぶ、殺気立った不可思議さんは、……なんというか、痛ましかった。
「女子高生を卑猥な単語だと思ってるやつは押し並べて死ね! 蝶のように死に蜂のように死ね! 子供を自分のものだと思ってる毒親は毒を皿まで食いきれず死ね! 飯を残す奴は腹裂けて死ね」
……なんかもう、誰もかもがプロムなんてどうでも良くなるくらい、呆然とするしかなかった。「お腹が痛いからトイレに」とか、「ちょっと急用を思い出したので」とか、言える雰囲気ではなかった。
「……一体、何を言いたいのかしら?」
「あたしらは黙ってろって言いたいのさぁ」
眉を顰めながら母さんが尋ねるも、不可思議さんは目に見えて不機嫌そうな雰囲気と声で返した。
「つべこべ言わず黙って見守ってろ。――テメェのガキの面倒くらいテメェだけで十分見れると、お姉さんに意見させたバカに伝えてよ。……じゃなきゃ美味しくないよー」
不可思議さんは、最後に脅すような口調で言いながら、ゆっくりと目を閉ざした。
「っは、はぁ、はぁ、はぁ……」
眠ったように目を閉じたまま、酸素を貪るように吸って吐いてを繰り返す不可思議さんは、確認するように、元の声音で呟いた。
「……私の名は不可思議可思議。生涯不変の小説家」
誰よりも自分に言い聞かせるように出た言葉に、返事をできる人間はここにいなかった。
「……また改めて伺いますので、今後は学校側とご相談させていただきます」
だから母さんがとった手は、無視という卑劣にして下劣な汚い手段だった。