されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
今日の体育は、男女別で、さらにサッカーかテニスで分けるという、クラスをどれだけ分断させるのか問い詰めたくなる内容だった。
私が選んだのは、当然ながらテニス。チームプレイなんてできないし、ほとんど消去法である。
まぁ、サッカーにしてもテニスにしても、一人でサボっていればいいや、くらいに思っていたのに……。
「あっ、ナーちゃん! あたしとペア組んでくんない?」
そういえばクラスメイトだったらしい由比ヶ浜が、私を誘ってきた。なんでも、普段仲良くしているグループのテニス派が奇数だったとか、まぁそんな感じ、らしい。
「……まぁ、別に構わないけれど」
「うわっ、なにその、ホラー苦手なのに付き合ってた彼氏が実はホラー映画好きで誘ってきたけど断りたいでも断れない彼女みたいな顔!!」
「ツッコミが長い。やり直しを要求するわ」
「何その不満そうな顔!!」
「やればできるじゃない」
「やらせんなし!!」
外見から私は運動が苦手そうに見えるけれど、別に私はそこまで運動音痴というわけでもない。
中学生の頃には、人間関係とか小説の都合で一年生の頃しか参加していなかったけれど、卓球部に所属していたりしていた。
実感したのは割と最近だけど、卓球ができると、大概の玉を打つ球技がそれなりに出来るようになる。
「危なっ!?」
「ちょっ!?」
「掠った! 今掠ったぁ!!」
ただまぁ、出来るからといって、スポーツが得意かと言われたら、そんなことはない。
「ナーちゃん絶対狙ってやってるよね!?」
「私にとって、運動と喧嘩は同義なのよ」
球技をしていると、無意識のうちに相手の肉体を狙ってしまっている私がいる。
「ていうか、ナーちゃんって腕とか足とかめっちゃ細いのに、意外と動けるんだね」
「私は確かにインドア派だけど、別に引きこもりではないのよ」
休憩を挟みつつ何度かラリーをしながら、体育の時間を過ごした。
昼休み。だんだんと気温が上がり、飲み物を飲む量が増えて来たために、私は校内中の自販機を巡るツアーのようなことをしていた。というのも、全員考えることは同じらしく、冷たい飲み物がどこもかしこも売り切れているから、暑い外の自販機まで買いに来ていた。
「コーラにするか、サイダーにするか。悩みどころね……」
私は家ではコーヒーや紅茶を飲むけれど、外じゃ清涼飲料水を飲むようにしている。別にこだわりとかじゃないけど、習慣というか、習性みたいなもの。
「あれ、ナーちゃんじゃん。なんでこんなとこにいるの?」
「……今日は良く絡んでくるわね」
夏並みに暑い外で話しかけてきたのは、体育の時にも一緒だった由比ヶ浜。
「なんで暑いのにこんなとこにいんの?」
「サイダーがどこの自販機にも売っていなかったからよ」
幸いこの自販機にはまだ残っていたため、無事にサイダーを買うことができた。
「あれ? 由比ヶ浜さんと、えっと、不可思議さんでいいんだっけ?」
「あ、さいちゃんだー!」
教室に戻ろうと思った時に、私たち二人に声がかけられた。
中性的を超えて女性的な顔立ちで、小柄で手足が細く、肌も白いという、私よりもよっぽど女子らしい美少女のような、しかし男子生徒。クラスメイトの中でも頭ひとつ抜けて綺麗だったから、名前はともかく顔くらいは覚えている。
「さいちゃんは、テニスの練習?」
「うん」
総武高校のテニス部はお世辞にも強いとはいえない。……いや、別にスポーツ漫画の住人じゃないから、どこが強豪校だとかは知らないけれど、少なくとも私が入学してからはテニス部が何か目立った活躍をしたという話は全く聞いていない。
「そういえば不可思議さんって、テニス上手いんだって? 部員たちで噂になってたよ」
「ぶつけるのが得意なだけよ。中学でやってたのだって、テニスはテニスでもテーブルテニス、卓球だし」
彼は話しながら、自販機でスポーツドリンクを購入した。
「ナーちゃんってば酷いんだよ! 今日あたしとラリーしてたんだけど、すぐぶつけてくるの!」
「あっはは、……えっと、コントロールが上手いんだね」
「運動部で男子ならここは、『スポーツマンシップはどうした』と激昂するべきよ。そんなんだから、嘗められる、というか可愛がられるんじゃないかしら?」
「え……、え、何? 何か怒らせること言っちゃったかな……」
別にそんなつもりはなかったのだけど。ただなんとなく、ちゃん付けで、半ば女子のように扱われていることが不服そうに感じたから言ってみただけなのだけど。
「別に、なんでもないわ。私は教室に戻る」
教室でも私のことが噂になっていて、なんでかサイコパス扱いされていた。
放課後。
いつものように部室に行くと、いつものように雪ノ下は先に居た。
「いつも先にいるわね」
「そう言う貴女はいつも私より遅いわね」
軽口を叩きつつ、今日が暇で終わることを願いながら執筆を開始する。今日はなんとなく、学園日常モノの気分。
……だっていうのに。
「やっはろー! 今日は依頼人を連れてきたよー!」
と、ただでは黙ってくれない由比ヶ浜が、わざわざ暇を潰すものを連れてきた。
「あ、不可思議さん!」
連れてこられたのは、昼休みにも出会った、テニス部でクラスメイトの美少年。クラスの名簿を見て、彼の名が戸塚彩加という、またも女子らしい名前であることはわかっている。
「いやー、ほら、あたしも奉仕部の一員じゃん? だからちょっと働こうと思ってさ。そしたら、さいちゃんが困ってる風だったから連れてきたの!」
……余計な真似を、としか思えない。ただでさえ今日は体育があって疲れ気味だっていうのに。
「……由比ヶ浜さん」
「ゆきのん、お礼とかそういうの全然いいからー。部員として当たり前のことしただけだし!」
「由比ヶ浜さん、別に貴女は部員ではないのだけど」
「あら、そうなの? ならどうぞ、帰ったら?」
「そうなの!? そしてナーちゃんまでどうしてそんな寂しいこと平気で言えるの!?」
そりゃ、嫌いだし。巻き込まれ体質ならぬ、巻き込み体質なんて現実で関わり合いにもなりたくない。
「入部届をもらっていないし、顧問の承諾も得ていないから部員ではないわね」
「書くよぉ! 入部届くらい何枚だって書くよぉ!!」
「……それで、戸塚彩加君だったわね」
由比ヶ浜が何かを書いているうちに、雪ノ下は美少年、戸塚に声を掛ける。
依頼の内容というのは、戸塚彩加のテニスの技術向上。曰く、『ボクが上手くなれば、みんな一緒に頑張ってくれる』という、どうしても私には現実を甘く見過ぎじゃないかと思えてしまう理由だったけれど、雪ノ下は快く引き受けてしまった。
「……それで、一体何をするつもりなのかしら?」
尋ねると、彼女は皮肉気に笑いながら答える。
「いつか貴女が言ったことじゃない。物事の上達の近道は反省と挑戦の繰り返しって」
「一万時間とまではいかずとも、一千時間くらいはあって初めて実証出来る話よ」
かくあれども。
ひとまず、何もしないよりさっさと実行した方が早いという話になり、全員着替えてテニスコートに集合した。
集まってやることというのは、もっぱら筋トレだった。腕力やら脚力やら、何が必要なのかなんて知らないけれど、あって損のなさそうな部位はとことん鍛える。経験者である雪ノ下には何か考えがあるのかもしれないけれど、私にはがむしゃらに体を鍛えているようにしか見えなかった。
雪ノ下が満足いくだけの筋トレを終えたら、次は実戦。私や由比ヶ浜が相手になって、ひたすらに撃ち合い、反省点を見つけて反省する。
そんなことをしばらく続けて、多少の効果が見え始めてきた頃。
「あっ……!」
「さいちゃん!」
私と打ち合っていた時に、足が球に追いつかず、盛大に転んでしまった。すぐに立ち上がったけれど、両膝を擦り剥き、血を流している。
「……まだ、やるつもりなの?」
そろそろ心が折れると思ったのか、雪ノ下が尋ねる。
「うん。みんな付き合ってくれるから、もう少し頑張りたい」
「そ。なら由比ヶ浜さん、あとは頼むわね」
そう言い残し、雪ノ下はテニスコートから去って行く。
「……なんか、あんまり上手くならないし、呆れられちゃったかな」
「そんなことはありえないわ。彼女は努力を神よりも崇拝している生粋の天才肌。貴方が諦めたのならともかく、そうでないのなら死ぬまで見捨てたりしないわよ」
「そう、なんだ……」
怪我の処置をして再開しよう、という時に。最悪なタイミングで、最悪の敵がやってきた。
「あー、テニスじゃーん。ねぇ、あーしらもここで遊んでいい?」
「三浦さん、僕達は別に遊んでるわけじゃなくて……」
名前も知らないけど、クラスの頂点に君臨しているグループの面々がやってきた。
「えー、なに? 聞こえないんだけどー!」
「だから……、練習を……」
「『練習の邪魔だクソ野郎ども。うっかり殺す前に僕の視界から消えてくれ』って、ウチのボスが言っているのよ。怪我しないうちに帰りなさい」
「僕そこまで言ってないよ!? ボスって何!?」
「あー? 何意味わかんないこと言ってんの? キモいんだけど」
……ここ、何年前の日本? 『意味わかんない』と『キモい』の組み合わせ技を実際に言う女子高生なんてリアルじゃ初めて見た……!
「まぁまぁ、喧嘩腰になるなって。みんなでやった方が楽しいしさ」
私と古風な口調のギャルの間に立ったのは、見ただけでも正義と優しさの塊のような優男。顔も整っているし、金髪だし、さぞ女受けのいいことでしょうね。
「邪魔だから帰れと言ったのが聞こえなかったのかしら? あなたたちがテニスができなくて退屈だろうと、どうでもいいのよ」
「えーと……」
「ねー、隼人ー。あーしいい加減テニスしたいんだけど」
「うーん……、あ、じゃあこうしないか? 部外者同士、君と優美子で勝負する。勝った方が、今後休みはここを使えるってことで。もちろん、練習にも付き合う。強いやつと練習した方が、戸塚のためにもなるし」
これ、本気で言っているのなら、子煩悩ならぬ彼女煩悩がすぎるでしょう。
「ねぇ、漫画と現実の区別を付けろって親に言われなかったのかしら? 勝負を仕掛ければ受けて――「何それチョー楽しそー! じゃあいっそ、混合ダブルスにすればいいじゃん!」――。」
セリフの途中で割り込むって、礼儀はないのか。
「じゃあえっと、そういうことで」
なんで勝負することは決まって、もうラケットを持っている。
「……というか、こっちの男子、怪我人となぜかいるデブしかいないわね」
なんだったか、材木座が練習中にいつの間にか混ざっていた。誰も気にしていなかったけれど、……まぁいい。
「え、ヤバイじゃん!? どうするの!? あたしが男装しよっか!?」
「……落ち着きなさい。誰か、頼れる男子はいないのかしら?」
「ナーちゃん、本気で言ってるの? 普段ならいるけど今は全員あっち!」
それもそうね。ほんと、学生が徒党を組むとろくなことにならないわ。
「あーあ。ほんと、あーあ、よ。ついてきなさい」
「ナーちゃん?」
男子は諦め、由比ヶ浜を連れて私はコートに入った。
「ねー、混合ダブルスっつったの聞こえなかったー?」
「聞いていなかったわね。じゃあ私が男ってことでいいわ」
ギャルの目の色が、敵意から殺意へと切り替わる。
「なに、あんた、あーしらのこと嘗めてんの?」
「答えを他人に求めるのは愚か者のすることよ。――喧嘩は泣いた方が負けってことを教えてあげるわ」
試合の前に怪我人の治療をしたり、試合の準備をしているうちに、大勢のギャラリーがテニスコートを囲んでいた。
『HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!』
まぁ、あれはともかく。
三浦って言ったっけ。あの古風なギャルのサーブから、試合は始まった。彼女はなんでも、中学生の時に女子テニスで県選抜に選ばれるほどの実力者らしい。
私目掛けて弾丸の如く飛来してくる球に、私はラケットをぶん投げた。
「ナーちゃん!?」
持ち手に当たった球は何処かに飛んで行き、ラケットは三浦の足元に突き刺さった。
「なっ……、なっ……」
「どういうつもりだ!!」
決して柔らかくない地面に持ち手の突き刺さったラケットを見て、三浦は硬直し、優男――葉山は私に向かって叫ぶ。
「手汗で手が滑ったのよ。別に、試合じゃ勝ち目がないから相手を再起不能にして不戦勝にしようなんて考えてないわ」
ネットの向こうへ回り込み、私はラケットを引き抜く。どうせ土の地面だし、穴も大したものじゃないわね。
「このっ!」
頬に鋭い痛みが響く。
自分のコートに戻ろうとした私に、三浦はビンタをかました。
「クククッ。そっちの方が私は得意よ」
私がしたのは、いわゆるヤクザキック。女子がするようなポーズじゃないけれど、だからこそ、不意を打てる。
「えっ、ガャッ!?」
大した筋肉の付いていない足は人類の足の駆動域限界近くまで開き、三浦の肩に右足を乗せ、地面へと蹴り倒した。
「試合で勝負をつけるんじゃなかったのか!!」
「はや……と……」
すぐに葉山が駆け寄るが、頭を強く打ったからか気を失う。……まぁ、私には大した力もないしすぐに目を覚ますでしょう。葉山は三浦の身を起こさせて私から遠ざける。
「そんなこと、一度の了承も約束もしていないわ。私たちはあなたたちをこの場から排除できればそれでいいの。――それに言ったでしょう。喧嘩は泣いた方が負けなのよ」
「スポーツマンシップはどうした!!」
「私は小説家よ」
後日談。
あの後、葉山と三浦は盛大に私を悪者にしてテニスコートを去り、奉仕部は無事テニスコートを死守することに成功した。
「ありがとうね、不可思議さん」
「あんなのを見せられてお礼が言えるって、存外男らしいところもあるのね」
「いや、三浦さんを蹴った時は普通に引いたけどさ。……でも、僕のためにしてくれたんでしょ? 僕は何にもできなかったから、せめてお礼は言わないと」
今は部活の後の帰り道。方向の一致から、私と戸塚は共に帰っていた。
「いい人、というかいっそ変なやつね。女子の喧嘩なんて男子から見たら不気味なだけでしょ」
「え、でもカッコよかったよ? あの時の不可思議さん、ダークヒーローって感じで」
「……まぁ、そう言われて悪い気はしないわね。――じゃあ私、家ここだから」
「え、もう!? こんな近くに住んでたの!?」
私の家と学校の距離は徒歩十分。この距離じゃなきゃ受験すらしなかったかもしれない。
「近くの学校を選んだのよ。じゃ」
「へ、へ〜……。あ、また明日! 不可思議さん!」
……また明日、なんて初めて言われた気がする。いや絶対そんなことはないのだけれど。いつかどっかでは言われてるんだろうけど、戸塚の『また明日』には、何か違うものを感じた。
「ええ、また明日」
めでたし、めでたし。