されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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されど私の学園ラブコメは間違っている。『陸』

 


 

 美少女。

 一般的には、可憐で容貌の美しい少女を指す言葉であり、美しい女性を意味する美人や美女のうち、未成年を指す。類似する概念に美幼女というものもあるが、ここでは割愛。

 

 美少女。

 私やいろはは勿論のこと、雪乃や結衣も十分に美少女と言える。云われる。

 

 けれど、一部の、一握りの人間に限り、その言葉はたった一人の女子を指し示す固有名詞となる。

 

 美少女を名乗ることが許された、唯一の人類。

 美少女を自称することが許された、唯一の美少女。

 美少女であることが許された、唯一の女。

 

 川越に住まう銀翼の天使、白神彩織が率いる九人のチーム。名をチーム。私が八人目なら、彼女は九人目。

 

 苗字不明、名前は依璃(えり)。年齢は永遠の十七歳を自称。白神彩織、ではなくその彼氏をママと呼び、他のメンバーを兄や姉のように慕う。知識人曰く、ニュータイプの孤独体質。

 

 容姿は決して傾国とは言い難い、どちらかと言わずにまず地味系に分類される根暗な少女である。が、故にあらゆる人類が彼女を口車に乗せ(彼女曰くただのナンパ)、あらゆる人類が彼女を背に乗せる。

 

 かつてのこと。幼い己を犯した父親と、娘に寝取られたと勘違いし嫉妬に狂った母親、その両親を個性的なだけだと見捨てた警察官や教師。そんな下衆共を率いて当時八人のチームに戦争を仕掛け、自軍を見捨ててチームに加わった、群雄闊歩のプロフェッショナル。

 

 川越では『ボクのための正義』を執行する、チームの因果の一因。

 

 


 

 

 陽乃から忠告の電話が寄越された翌日。

 今日も今日とて、朝と昼休みで強姦魔計三人の物を不能に蹴り上げ、女子達からの現状理由不明の襲撃を適当に対処した。

 

 二日続けて救急車が何台もやって来たおかげで、学校も犯人探しをせざるを得ないらしく、私は職員室へと呼び出された。

 

「私はまだ何もしていないわ」

 

「まだ何も聞いていないんだが?」

 

 職員室ではすっかり『不可思議可思議係』、あるいは『問題児矯正係』が定着している平塚先生と対面した私は、渡されたマックスコーヒーをちびちびと飲みながら言ったら言い返された。

 

「昨日今日で、男子計四人。全員が別々の女子トイレで倒れているのが発見された。怪我の具合は、……とてつもなく言いたくないんだが、その、なんだ、……性器がダメになっていた」

 

「オブラートに包み切れていないわよ」

 

「無茶を言ってくれるな。君はこの程度でセクハラだなんだと言い出すような小娘ではないだろう」

 

「あら、私は花も恥じらう乙女よ。親友は私を元イヴと呼ぶわ」

 

「悪女代表じゃないか。あと君に親友はいないはずだし、リリスと表するような奴が親友なわけがない」

 

「嫌な確信を持たれたものね。否定はしないけど」

 

「頼むから少しはしてくれ……」

 

 平塚先生はブラックコーヒーを飲み、項垂れながら話を続けた。

 

「それとだ。男子とは別に女子が十名、廊下で頭や手を打つという自傷行為を行ったり、精神的にダメージを負い失禁していたりしたそうだ」

 

「嫌な流行病もあったものね」

 

「……女子の方は、一人、二人ならよくある自殺で片付けられたんだが、十人ともなるとな」

 

 よくあっちゃ駄目でしょう。この学校にカウンセラーはいないのかしら。

 ……いや、学校のカウンセラーなんて大した当てにもならなさそうだけど。いるなら奉仕部なんていらないでしょうし。

 

「現状、警察には届けていない。どうせ証拠なんて残っていないからな。指紋だのDNAだのを検査しろと保護者がうるさいんだが、それが無駄なことくらい君でも分かるだろう?」

 

「ええ。指紋なんて多すぎて特定できないし、DNAも同じく。監視カメラでも設置するべきだったわね」

 

「ああ。まぁ、学校側の対応として来週には業者を入れて設置するさ。それでも廊下だけだがな」

 

「教室じゃ女子が着替えるものね」

 

「まったくだ。更衣室をなんだと思っているんだか……」

 

「移動が面倒なのが問題ね。そもそも、体育のある時は制服の下に着て来るし」

 

「それならカメラを設置しても良くないか?」

 

「プライバシー」

 

 嫌な核心を突く嫌な言葉を思わず言ってしまい、流石に睨まれたりはしないが、それでも平塚先生の持つ缶が少し凹んだ。

 

「……一応聞くが、やったのは君ではないんだよな?」

 

「今こうして呼び出してるってことは、私を犯人とする証言でもあったみたいね。……それとも、前科からの推測かしら」

 

 まぁ、何かきっかけでもないとそもそも襲われたりもしないのだけど。そのきっかけ、まぁ要するに雪ノ下母のちょっかいがどこまで届いているかで、今後のプロムも、保護者会も、学校側の対応も変わって来る。

 

 一つ確信があるのは、プロムが絶対不可能というレベルまでは行かないということ。それは雪ノ下母の望むところではない。

 それに襲って来ている(つまり倒れている)面々に卒業生はいないみたいだし、恐らくだがSNSで唆されている訳でもなさそう。

 

「病院で目覚めた女子の数名が怒った様子で何度も君の名、というか苗字を叫んでいたそうなんだ。錯乱しているようだし証言までは至らないが、しかし私のような君を知っている人間からして見ればおかしな話だろう?」

 

 例えば、『雪ノ下』や『三浦』なんかなら、まぁわからないでもない。逆恨みや言い掛かりなんて幾らでもされそうだし。

 反面、私といえば、そこまでの有名人ではない。多少は、『整形疑惑』とか『レズビアン疑惑』の噂があるにはあるけれど、二人程には至らない。

 

「人違いじゃないかしらね。七五三(しめ)という苗字は千葉で多いらしいし」

 

「残念ながら私の知る七五三は君と君の妹しかいないよ」

 

「それは残念ね」

 

 まぁ、私も身内以外に七五三姓の人間なんて見たことないのだけれど。

 

「それで、私が犯人、あるいは何か関係しているんじゃないかと言いたいわけね。……面白い推測だ、君は探偵よりも小説家が向いているよ。とでも言えばいいのかしら?」

 

「君に言われたら皮肉でしかないな、そのセリフ」

 

「誰が言っても皮肉よ。犯人が言おうと、探偵が言おうと、外野が言おうと」

 

「小説家が言ったらそれは犯人のセリフなんだがな」

 

「まぁ、犯人が言ったセリフだからそうなのだけどね」

 

 でも、犯人呼ばわりされるのは具合の良いものではない。というか普通に気分の良いものじゃない。

 

「すぐに捕まると良いわね、犯人」

 

「一応確認するが、君が犯人というオチはないよな?」

 

「私は風評被害という被害の被害者よ」

 

「……そうか」

 

 平塚先生のため息を吐く様子は、安堵したようにも、訝しんでいるようにも見えた。

 

「もっと話したいこともあるけど、残念ながら今日はこれから予定があるの。もう良いかしら?」

 

「あ、ああ。急に呼び出してすまんな」

 

「別に構わないわ。――また明日」

 

 職員室の私用の椅子を隅に片付け、私は職員室を出た。

 

 向かう先は、ここの真下。――会議室。

 

 


 

 

 

 会議室に生徒が入る機会というのは、基本的に無い。それこそ例外的に文化祭の出し物で文化部が使うくらいで、基本的にここは教職員だけの空間。

 

 けれど、今日は違った。

 

 コの字型に並ぶ机には、そのほとんどが総武校の学生でも教師でもない者達。私を含めて十人が疎らに座っている。

 

 上座に座る三人。

 大学生、雪ノ下陽乃。

 小説家、不可思議可思議。

 美少女、依璃。

 

 廊下側に座る三人。

 人形師、有製蒼。

 芸術家、有製黄彩。

 料理人、海胆岬ほろり。

 

 窓際に座る四人。

 他校生、比企谷八幡。

 中学生、比企谷小町。

 名探偵、八橋(やつはし)あられ。

 その弟子、楽羅來(らららい)らら。

 

 全員が全員、私の知る人間であり、私を知る人間。

 そして集うはずのない、どころか存在するはずの無い面子が揃っていた。

 

 最後にやって来た私が上座の真ん中に座ると、この共通点が私の関係者というだけで共通項の少ないメンバーを一日で集めた美少女、依璃が席を立って話を進める。

 

「取り敢えずみんな、初めましてがいっぱいのはずだし自己紹介しよっか。――ね、七子おねーちゃん?」

 

「取り敢える前にその呼び方をやめなさい」

 

「じゃあ百億歩譲っておにーちゃん、よろしく」

 

 ……あと何歩譲ったら普通に呼んでくれるのかしら、この根暗系美少女。

 

「……もうなんでも良いわ。私は不可思議――いえ、今はチームの文豪、七五三(しめ)七子(ななこ)よ」

 

 この面々を前にして、……というか約二名の元同僚を前にして、ペンネームを名乗るのは無粋というもの。小説家と兼業するなんて不出来というもの。

 

「七子おにーちゃんのことが今回の議題なんだよー。議題っていうか、問題かな? 七七七(ななみ)ちゃんっていう頭いい子に教えてもらったんだけどね、モンスターと戦争してるんだってさ。それで助けてあげたいからみんなを集めたの。――ボクはチームの美少女、依璃(えり)っていうんだ、よろしくー」

 

 私は一言、一文字たりとも、彼女にも、誰にも事情を話してなんていない。いろはなんかは生徒会の都合もあって、昨日今日と何人かが不審に倒れていたという事件を知ってはいるものの、その認識も身近なところで起きた事件、程度のもの。

 

 だから、依璃の言った『頭のいい子』、チームの知識人、実は私の遠い親戚らしい、かつては『人類最賢の小学生』の異名でクイズ系のテレビ出演なんかもしていた、元小学生の中学生、高天原(たかまのはら)七七七(ななみ)にだって、話してはいない。――当人曰く、『話さない』と『知られない』に因果関係は皆無、らしいけれど。

 

「じゃあ次は、そのモンスターの子の、お姉さん」

 

 依璃は赤いフレームの眼鏡越しに、陽乃を見下ろしながら微笑んだ。

 

「はーい。可思議ちゃん、……七子ちゃんと戦争してるモンスターの長女、雪ノ下陽乃でーす。大学生だよー」

 

 いつも通りヘラヘラと、冗談めかしながらの自己紹介。

 先日に電話で話した時に聞いて耳を疑ったけれど、依璃は事情を私から聞く前に陽乃と接触して味方に引き込んだという。陽乃に限らず、この場の全員がそうと言えばそうだけど。

 

 あの雪ノ下陽乃をしても、この異例の面子に鉄仮面を維持するのは難しいらしく、薄い反応に苦笑いを浮かべながら引っ込んだ。

 

「じゃあ、あとはなんかテキトーによろしくー」

 

 依璃は急に投げ出すようなことを言い出し、席に座った。

 

 投げ出されて急に拾える日本人なんてそうはいないけれど、生憎とここには拾える人が幾らでもいる。

 

「じゃあ、はーい。あたしは有製(ゆうせい)(あおい)、人形師をしているわ、あたし」

 

 先日まで海外にいたはずの蒼さんは、浮き上がるように席を立って、右手をピンと挙げながら名乗った。

 

「で、こっちは息子。もち、あたしのね」

 

「……うにゃ?」

 

 挙げた右手が降りて指したのは、隣に座る白髪ツインテールの美少年。タブレット端末にタッチペンで何かを書き込んでいるところに指され、気の抜けるような声を漏らしながら首を傾げた。

 

「んっと、ああ、自己紹介ね……」

 

 前にあった時と変わり無いようで、どうせ何か作品でも描いていたのであろうタブレットを仕舞い、気怠げに席を立った。

 まるで触手のように、一本たりとも乱れずに揺れる二房の髪は濡れているかのように光沢し、なぜか男であるはずなのに着こなされた花柄のワンピースは一切の違和感を持たせない。

 背は蒼さん同様、私以上に小柄な、小学生にしても小さい子供体型。声も私と同い年とは思えない高い声。

 

「ん、僕は有製(ゆうせい)黄彩(きいろ)。シトリング・ラフィ。芸術家だよ」

 

 端的に語り、すぐにまた座った。

 自分の作品と料理にだけはお喋りなくせして、そうで無いことにはいつだって最低限。芸術家気質というか、オタク気質というか。少なからずオタク趣味があるだけに区別の難しいところ。

 

「じゃあ、席順的に次はあたしかな」

 

 と、上座側から順番にしていたため、次はほろりの番。

 

「あたしは京都で料理人をしてる、海胆岬(うにみさき)ほろり。七子ちゃんの幼なじみで、今回はきっと戦闘要員。喧嘩と料理なら頼ってくれていいよー」

 

 中学生がいる故の配慮か、元殺人鬼であることは語らずに、でも戦えることは言っておくような自己紹介。それをジョークだと断じる愚か者がいないことを見届けると、ほろりは座った。

 

 次に立ったのは、ほろりの向かい側に座っていた、私から最も離れた位置にいる、黒髪の幼女。

 留美に似たストレートの髪は足首あたりで切り揃えられていて、前髪は定規を当てたんじゃ無いかというほどに真っ直ぐ。さながら幼き日のかぐや姫のような美幼女は、年相応の明るい笑みを浮かべている。

 

「私は川越のとある探偵事務所で買われ飼われている、人権亡き人外、楽羅來(らららい)ららです。こう見えて超能力者です」

 

 言い終えると、彼女は神社で参拝するときのように、一度手を合わせるように叩いた。

 すると、何の前触れもなく突然、隣に座っていた男の前に赤い文字で『次は私です』と書かれた、白い箱が現れる。

 

 種も仕掛けも、紛れもない超能力。

 こういう非日常やオカルトを好む蒼さんなんかは目を輝かせているけれど、中にはこの現象が何でもない自然現象であることを見抜けるものがいる。むしろ多数で、蒼さんも例外じゃない。

 

 隣に座る魔術師が『万物創造』と名付けた異能。

 たった一つの人との違いで彼女には国家予算クラスの値段がつけられ、親から国へ、国から国へと盥回しにされ、つい数年前、探偵に買われて日本に帰って来たという。

 

 そんな彼女を買った探偵というのが、隣に座る男。黒いコートに白手袋と、どこか材木座と同じ方向性を感じる怪しげな格好をしているが、しかし彼は本職。

 白い箱が空気に溶けるように消えてなくなると、ため息を吐きながら彼は立った。

 

「チームの名探偵、八橋(やつはし)あられだ。『魔術探偵八ツ星』という探偵事務所を川越に構えている。カルト好きの探偵とでも思っておけば構わんさ」

 

 この場の誰よりも偉そうな態度で胡散臭い自己紹介をした探偵は、隣の超能力者から冷めた視線を向けられて気まずそうな顔をしながら座った。

 なんとも残念な男だけれど、それでも有能な探偵であることに間違いはない。

 なんでも、彼が探偵業を始めてからというもの、川越市にはペット探しの張り紙が一枚も無いのだとか。貼られてもあるのは一日か二日程度のもので、すぐに剥がされる。

 ……見つかるペットが生きているとは限らないのが、川越市の嫌なところでもあるのだけど。

 

 

 これで残されたのは、学生以外の肩書きを持たない二人。兄の方、つまりは私の代替元が、どうせ『最後は嫌だ』みたいなくだらない思考の元、席を立とうとして、妹に肩を押さえつけられて先を取られていた。

 

「比企谷小町です! いやぁ、ほんと、なんでこんな場に呼び出されてんだかって感じですが、兄共々よろしくお願いしまーす」

 

 当たり障りのない自己紹介を終え、睨む兄に微笑み返しながら小町は座った。

 

 私が最初に自己紹介をして、私の代替元(オルタナティブ)の出番が最後に回ってくるというのは、何とも運命めいたものを感じる。

 

 仮にこの世界が、私が主人公の二次創作作品だとするのなら、この場にいる比企谷八幡(原作主人公)という存在はここが原作のルートを外れた証明に他ならない。

 

 否。私の代替元(オルタナティブ)だけでなく、チームと関係者の三人に、有製親子、ほろり。その誰も彼もが現状をイレギュラーたらしめる存在であり、その誰も彼もがメアリー・スー(オリ主・夢主)に値する存在だった。

 

 ならば、この場で唯一無二の……、彼を指して唯一無二なんていうと、座右の銘みたいになるわね。

 

 こほん。

 

 唯一無二の、ただ一人の主人公である、ともすれば『俺はどこにでもいる普通の高校生』に値しかねる私の代替元(オルタナティブ)である比企谷八幡の自己紹介がどうだったかと言えば。

 

「ひっ、ひきゃっ、…………ひきがや、八幡です。はい」

 

 情けなかったし、ついでに覇気とか男らしさとかも色々なかった。

 

 ないわー。

 

 ともあれかくあれ、会議は踊る。

 

 

 





 わかりにくい伏線なんかは最終話の後にでも解説しますので、よろしく。

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