されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
俺と小町は総武校での会議という名の混沌とした何かの後、子連れの探偵、八橋あられという男に連れられて、ステーキガストに来ていた。
もっと近場にサイゼもガストもびっくりドンキーもあった。それなのにわざわざタクシーでここまできたのは、楽羅來ららという自称超能力者の幼女が選んだからだった。
そいつが勝手に、四人前どころでない量のライスとステーキ、ハンバーグ、ドリンクバーを注文した頃にようやっと。一回りも二回りも年上な俺も小町も、主導権が一人の子供に握られていることを自覚した。
「それじゃあ改めて、自己紹介をしましょうか。私はともかく、先生とお二人は暫くの間共にお仕事するわけですし」
メロンソーダ四人分をお盆に載せて運んできた幼女は、お盆を消滅させながら会話を進め始めた。
「では、言い出しっぺの私から。この身につけられた呼び名は
ラノベや漫画なんかじゃ普通、自分だけが持っているならバレないように隠しているのが定石だが、この呼びにくい苗字の幼女にそういう考えは無いらしい。手元にメモ帳とボールペンを出現させ、ご丁寧に『楽羅來らら・万物創造』と書いて俺と小町に見せた。
「へぇ〜。……で、どんな手品なの?」
「ふふっ。まさか、種も仕掛けもあるわけないじゃ無いですか。正真正銘、手をグーにしたりチョキにしたりするのと同じ身体能力です」
小町が子供を揶揄うように言うと、楽羅來はボールペンを握り、メモ帳に突き刺した。とはいえボールペンなのだから何枚も貫けるわけではなく、インクが紙に滲むだけ。
「ルールが無ければチョキをパーにできるように、作れるものに制限は無く、たとえば『無』であろうと、指で狐を生み出せるように創れます」
気がつけば、テーブルにメモ帳もボールペンも無くなっていた。インクの微かな臭いすら残さずに、跡形も無く、それは消滅だった。消滅としか言えない現象だった。
「私は楽羅來らら。嘘か真か超能力者で、名探偵に買われ飼われる金の生る木。では次は、その金を腐らせる先生の番です」
「……嗚呼」
頬杖をつき、窓の外を見たままでうんざりしたような返事をした探偵。
「八橋あられ、探偵だ」
興味なさそうに、こっちには目もくれず端的に、自己紹介っつーかただ名乗っただけ。
「……まぁ、先生は基本人見知りなんですよ。魔術師の家系だからと大人に疎まれ、友達いない歴イコール年齢で、信じられるのは今の家族だけ。私がいるから恋人も作れない」
「黙れ、らら。そもそも欲しいと思ったことも無いし、チームだって信じているわけじゃない」
「ええ、ええ、知っていますとも。信用も信頼も出来ず、それでもかの文豪、七五三七子であり不可思議可思議である小説家が好きだから。わざわざ千葉まで助けにきてしまったのでしょう? 最終兵器よりも最終手段な私まで連れてきて」
「曲解するな。あいつの小説が好きなのであって、その作者が失われるのが惜しいだけで、あの薄汚い餓鬼に情はない」
大人がそんなことを言いながらストローを咥えてメロンソーダを飲んでいるのだから、滑稽でしかなかった。……なんつーか、ツンデレ?
「男に萌え属性を寄越すな。燃やすぞ、孤独主義」
「こっ、声に出てましたかね?」
「読心術はチームで生きるための最低限にして唯一の嗜みだ」
マジかよ、すげーな陽キャ。陰キャとじゃ太陽と月並みに差があるじゃねぇか。オリンピックの選手なんて全員以心伝心してんじゃねーの? プライバシー無いとか、それなんて陽キャだよ。あ、陽キャか。
「チームの意味を
「売らない文豪、不可思議可思議。七子さんは川越ではそう呼ばれていました。『非売品の正義』を掲げ、九の因果の一因であるあの方は、決して傷つけられていい存在ではありません。――そんな七子さんの
いや、俺たちただの学生なんすけどね……。
小町が素直に頷いたおかげで、俺もあいつを助けなきゃいけないわけで。
ほろりから、大まかな現状は聞いている。
情報担当の三人から受け取っている情報は、叩きのめして構わない犯罪者及び犯罪者予備軍と、私を叩きのめそうとしている学生。
それらをまとめて叩きのめしているのが、ほろりと蒼さん。
小町と私の
男子の方は薄々分かってはいたけれど、私を男漁りのヤリマンビッチだという、確信に等しい信憑性を持った噂が、しかも女子には一切届かないように流れていた。
女子の方はもっと単純。総武校の、葉山を始めとする数名のイケメンたち。……その全員との交際疑惑。しかもそのどれもが中途半端にマジっぽく、私は多くの優良男子に同時に手を出したヤリマンビッチとなっていた。
どっちもビッチにさせられてるのね。……いやまぁ、そのほうが変な矛盾も出ないのかもだけど。
まったく、まったく。確かに私はバイセクシャルだけれど、男のタイプは戸塚やシトリング・ラフィのような可愛げのある美少年であって、葉山なんてむしろ嫌いだというのに。
「クククッ。迷惑な話よねぇ」
「……やっぱり、違うんだ」
総武高校、特別棟屋上。
三日間の臨時休校が終わると、襲ってくる女子の数はおよそ三倍に膨れ上がった。蒼さんとほろりが叩きのめした大多数は男子らしいし、女子があれだけ集まったのも納得と言えば納得。
でもまぁ、一度に十何人も来られると流石に私一人ではどうしようもない。そんな私を救ったのが、なんと三浦優美子。
その人柄に違わぬ暴力性を発揮し、暴言と暴力で私の前から追い払ってくれた。
まぁそれはついで、というか憂さ晴らしみたいなもので、彼女も私に噂の真実を尋ねに来ただけなのだった。
「言わなかったかしら? 私は葉山が嫌いなのよ」
「知ってるし。……でも、雪ノ下さんとか、隼人の家って、ほら、あれじゃん?」
「まぁ、あんな親がいるとありそうな話よねぇ。望まぬ婚約とか、許嫁とか。アニメで昔からよくあるやつ」
「そう、それっ。……そういうんじゃないんなら、別にいいんだけどさ」
「なら安心なさい、あり得ないから」
なるほど、確かに雪ノ下母の全力とやらはかなりのもの。
ぶっちゃけ、意味がわからない。何をどうしたらそれだけの信憑性を持たせられるのか。
――どうしてそんな周りくどい手を使ったのか。
美少女、依璃になら、別の手法でこれの百倍強く、百倍効率的に私を捻り潰せた。
私でも、十倍は恐く、十倍は早く私を擦り潰せた。
私が同格と断じた蒼さんなら千倍か、万倍か。
底が知れないのか、底が真っ黒なだけなのか。
……まぁ、それももう今更、どっちでも構わないのだけど。総力的にこっちが桁違いに優勢なのだから。戦争はプロムの裏で、静かに終わる。
「聞きたいこと聞けたし、もうあーし行くけど、……あんた、気をつけなよ」
「心配してくれてありがとう。持つべき者はやっぱり友達ね」
「ばっかじゃないの? 嘘だって分かっててもキモいんですけど」
「馬鹿にならなきゃ言えないわ、こんなこと。そういう薄っぺらい台詞を言ってくれるとこ、嫌いじゃない」
「……あーしも、あんたのそういう正直過ぎなとこ、そんな嫌いじゃないから」
古風なギャルも突き抜ければ格好いいようで、それはもう盛大に格好いい台詞を言い残して屋上を去って行った。もうすぐ昼休みが終わり、授業が始まるのでしょうね。
「ククッ。何よ、不可思議可思議も捨てたもんじゃないわね」
不可思議可思議と七五三七子。
一つの体に、架された名が二つ。
二つの名に、貸された体が一つ。
私がハイドか、私がジキルか。
……いいえ、どっちも
私が
一つの体に、科される名を二つ。
二つの名に、禍される体を一つ。
生涯不変で障害普遍。
まったり、ゆったり、はんなりと。
詩的に素敵に不敵に無敵に。
未練がましく名乗ろうじゃないの。
捨てた狂気を余さず拾って。
見失った悪意に顔を向けて。
終わらせるべき物語に終止符を。
「私の名は不可思議可思議で七五三七子。九の因果を読み語り、私の使命を執行する。意見文句感想考察、全てを私は聞き流す」
最終章、されど私の学園ラブコメは間違っている。
……パチモンくさいわね。やっぱり、私は
自宅。
「あー、あー、あー、あー。やっと完全復活だね、七子ちゃん。きっかけは誰? 雪乃ちゃん? いろはちゃん? それとも先生? もしかして、……あ・た・し?」
「私のことは不可思議可思議と呼びなさい。あと、あなたの知らない人間よ」
「アッハッハー。それはいいね。……殺さなくて済んだ」
私は午後の授業を放棄して、我が家に帰ってきていた。
全盛期を取り戻した私に授業なんて今更退屈すぎたし、何よりもお腹が空いた。
「ほろり、あなたはもう殺人鬼に戻る気はないのかしら?」
「んー? あるわけないじゃん。心を鬼にして殺したい相手なんてもういないし」
「それは残念ね。私の相棒は殺人鬼と決めていたのに」
思えばこれまでの人生で一番楽しかったと言えるのは、殺人鬼のほろりと連んでいる時だった。……言えても誰彼構わず言える話じゃ無いわね。
やりたいことをなんでもやって、読みたいものを好きなだけ読んで、鬼のように怒ったほろりと肩を組んで酒を食らう。……それも、今じゃ身長差が広がってそれも難しいけど。
「可思議ちゃんさぁ」
「……何よ」
「悪趣味」
「……なんでもいいから、ご飯を作って頂戴。お腹が空いたわ」
今日は午前中に体育もあったし、時計の針はもう二時を指している。もういつ胃が悲鳴を上げてもおかしくない。出かけたのか三子も居ないし……。
「はいはい。やっぱり、私は殺人鬼を引退して正解だったよ。右手に包丁なら、左手には包丁よりフライパンがしっくりくる」
「オムライスがいいわ。トロトロじゃないやつ」
「まったく、あたしをなんだと思ってるんだか」
「最高の料理人」
「なら、最高のものを出さなきゃね」
「よろしく」
「まいどあり」
ほろりは愉快そうに笑いながら、青色の三角巾を結び直し、キッチンへと消えていった。
たった一人の妹が居ようと、遠くに一人の母親がいようと、八人のチームが居ようと、数えるのが面倒なほどにクラスメイトが居ようと、奉仕部の二人が居ようと、生徒会が居ようと、――家族でも友人でも恋人でも敵でも障害でもなく、相棒でいられるのは、やっぱり海胆岬ほろりだけらしい。
「可思議ちゃーん? 玉ねぎ切れてんだけどー!」
「みじん切りにするんだからいいじゃない」
壁一つ隔てた先からの声も、今なら手元の文字のように読み取れる。さすが私の全盛期。頑張れば書き換えられそう。
「そういう意味じゃないの分かってて言ってんでしょー! 玉ねぎ抜きだからねっ!」
「はいはい」
冗談。私に
昼食は二人で、夕食はほろりと沙希と三子、私の四人で存分に堪能した。……なんの嫌がらせか、タンポポオムライスだったけど。
その夜。水風呂でしっかり体を冷やした後。腕試しならぬ筆試しに、新しい小説を書いていると、私の部屋に三子が二人分のコーヒーを持ってきた。
「お姉ちゃん。いま、いい?」
「ええ、絶好調だもの。打ちながらでも話せるわ」
椅子に座ったまま振り向いて答えると、三子は私の手前にカップを二つとも置き、私を持ち上げた。そのまま膝に乗せるようにして座る。
「……三子、また背ぇ伸びたんじゃないの?」
前まで肩に当たっていたはずの巨大な胸が、今や首を挟んで肩に乗っている。
「うん。……このまま行くと、もうすぐで九十だって」
「そ、そう。……どこまで伸びるのかしらね」
いつの間にか、四十センチ近くも身長差ができてるらしい。どうりで最近、顎で頭を突かれないと思ったら。そもそも届かなかったのね。体固いし。
「お姉ちゃんの分、吸い取っちゃったのかな。……なんてね」
「百七十でもいらないわよ。私は今で十分」
「私は、もっとちっちゃい方がよかったな。お姉ちゃんの膝に乗ってみたかった」
「今やったら、私は完全に潰れるわね」
三子は結構気にしてるからあまり触れないようにしているけれど、身長差があるということはそれだけ体重差もある。別に太っているわけじゃないけれど、どうしても三子は重量級となってしまう。
「お姉ちゃんさ」
「ん、なに?」
「最近忙しそうだけど、またなんかしてるの?」
「ええ、まぁ。ちょっと、戦争をね」
「私にできることはある?」
「無い。強いて言うなら、帰ってきた私を抱きしめて頂戴」
「うん、分かった」
三子はコーヒーを飲んでから、脇に腕を通して私を抱きしめた。冷たい腕が胸に当たって肩がびくつき、キーを叩く手が一瞬止まった。
「……今じゃ無いのだけど」
「だめ? まだ寒いし、お姉ちゃんあったかいからちょうどいいんだけど」
「なら、仕方ないわね」
「うん、仕方ない」