されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
「……お姉ちゃん、お酒臭い」
「飲まなきゃやってられない日もあるのよ」
「お酒は二十歳になってから」
「四捨五入すれば私も二十歳よ」
「四捨五入して死ぬ人がいるからダメなの、わかってるでしょ」
「四捨五入した死者は誤入していたというわけね」
「上手くない。そしてやっぱりお酒臭い。……酔ってる?」
「肉は酒に漬けた方が美味しいのに、人だと臭いなんて不思議な話よね」
「いや、お酒に付けたお肉も普通にお酒臭いから。焼いてアルコール飛ばしてるだけだから」
「……まさか、私を焼く気?」
「やっぱり酔ってるでしょ。……酔った時に熱いお風呂は危険だから、今日はあんまりお湯浴びちゃダメ」
「一緒に入る?」
「水風呂でしょ。いいから入ってきて」
「はいはーい」
半ば自爆のように振られて、焼け酒に平塚先生を付き合わせた翌日のこと。
「……いやあんた、二日酔いって」
「考えなしに飲むもんじゃないわねぇ。具合悪いし、気持ち悪い……」
「まず飲むな、未成年」
寝ても覚めてもアルコールが抜けず、私は朝から再起不能になっていた。
起きてきてもソファから動けなくて、今日は沙希の機嫌が三割増しに悪い。
「……お姉ちゃん。平塚先生に電話したんだけど、先生も二日酔いで休むって」
「あー、そう……。悪いことしたわねぇ」
「あんたが潰したのかよ」
「……いや、失恋した側とされた側で飲むのって、存外盛り上がるものだったの、……あ、三子、トイレ」
「はいはい」
既にすっからかんの胃が咆哮を上げてきて……。あ、ダメそう。
「え、は? 失恋?」
「お姉ちゃん耐えて!」
「あっ、揺れるとっ――」
結局欠席した翌日。別に気にしないけど公欠扱いらしくて、実質ノーカンらしい。
主役、というか本題である私も平塚先生も欠席したおかげで丸ごとズレ込んだ全校集会は無事開かれた。むしろ、一日置いたおかげで予定より多くの生徒が出席してるらしいし、不幸中の幸いというかなんというか。
『――最後に、生徒指導の平塚先生から連絡があります』
急遽私が言い出したことだけど、いろはの手に掛かり二週間後を予定していたものを前倒しして真っ当な集会が開かれた。普段なら一番最後である校長の長話の後、司会の生徒会役員に呼びつけられて平塚先生がステージに上がる。
体調が本調子じゃないのか、それとも単にこういう場に不慣れなのか、表情は強張っている。
『あー、……先週あたりから起きている、二年生女子の
あ、違う。普通に、教え子を矢面に立たせるような現状に、まだ納得がしていないらしい。あとそもそもの話、いろはと二人で話を進めたのだから、予定を狂わされた教師陣全般が苛ついているのだけど。
私もステージ裏から出ていって、平塚先生からマイクを受け取る。隣に立つ平塚先生からは、憂うような、気怠げな感情がひしひしと伝わってくる。
『七五三七子よ。――あなた達は私を、複数の男子に股を開く阿婆擦れだと誤解しているようだけど、それは誤解』
ステージに立ったのが私だと気付くと、あからさまに態度の変わる女子が多数、目に見えた。漂う色は、あからさまな敵意と嫉妬。男子からはそれらに困惑するような視線が集中する。
『これもいつか噂になっていたことだけれど、私はレズビアンよ。男には興味無いの。あのうざったい噂は完全な嘘、ガセなのだから、もう変なちょっかいはやめて頂戴。正当防衛が成立しにくいという現実も無視して抵抗するし、警察への通報も辞さないわ。受験と我が身が大事なら、よく考えなさい』
言い終えてマイクを平塚先生に返すと、疑惑の視線の量がさらに増えた。その元のほとんどは、事情を知る生徒会や平塚先生。
「……告白、するんじゃなかったのか?」
平塚先生は念入りにマイクのスイッチを切って、ぼやくように小声で問う。
聞かれても私は困らないけれど、平塚先生がそうとは限らないし、私も声量を合わせて答える。
「振られても恋愛は終わらないのよ。人魚姫みたく死んだわけじゃないし、美しく締まらなかろうと、生き汚く足掻いて魅せることにしたの」
妥協と諦めが成功への近道。それは全盛だろうと変わりは無い。
ただ、諦められるものは遥かに減った。
例えば、平塚先生のことなんて諦められる余地は極めて少ない。
「告白は卒業するまでお預けよ」
「……死んでもするな」
司会が閉会の言葉を述べ、三年生から各自解散していくのを尻目に、私たちも裏から体育館を出た。
久しく鍵を開けなかった奉仕部部室。最近は雪乃や結衣も生徒会室で昼休みを過ごすため、ここに人が踏み入るのも本当に久しぶりになる。
そして今日は、雪乃に呼び出されて部室に来ていた。
雪乃は何か私と二人で話す気だったようだけど、だけどその想定は、一分ともたずに想定外の彼方へと飛んで行った。
「誕生日はいつ?」
「一月三日ね」
「血液型は?」
「B型」
どこからか湧いてきた芸術家が、以前陽乃がされたように五百円を雪乃から接収し、似顔絵を書き始めた。
「何色が好き?」
「……何か一つの色に好きとか嫌いだと思ったことはないわね。強いて言うなら、……青系統?」
「じゃあ嫌いな色は?」
「特にないけれど、汚く淀んだ色なんかは普通に嫌いね」
「ふぅん……。特技って、なんかある?」
「定義や度合いによるけれど、……合気道かしら」
「あいきどー。……可思議、あいきどーって何?」
首を傾げながら出た雪乃の答えに、シトリング・ラフィも釣られるように首を傾げて、昼食のチョココロネを分解しながら食べている私に聞いてきた。
「合わせる、気持ち、武道で、合気道。杖や木刀を使ったりもするわ。体力も体格もいらないし、女でも護身術として身に付けたりするわね」
川越のチームに武道のジェネラリスト、少年漫画の戦闘民族のようなメイド長がいて、小柄な私へと護身術として教えられたことがある。……すぐ居なくなったから習ったのは一日程度だけど。
「ふぅん、武道。……喧嘩、好きなの?」
「好んでしようとは思わないわ。やっぱり護身術よ」
そういえば雪乃は体力が無いし、体力の要らない合気道は向いてるといえば向いてるのよね。運動神経も悪くないし。
「うん、綺麗だもんね。……ん〜」
質問しながら動いていたタッチペンは動きを止め、首とツインテールを何度も揺らして悩み始めた芸術家。一般人がやればただの奇行だが、それすらも可愛く美しいシトリング・ラフィに、雪乃は目を細める。
さらに三十秒くらい経ってから、質問は再開された。
「家族、誰がいる?」
「両親と、姉がいるわ」
「そう。まぁ知ってるんだけどね」
雪乃が一段下がったような声音で答えると、その態度とは対照的に、シトリング・ラフィの手の動きは目に見えて軽快になった。
「人間以外になるなら何がいい? 動物でも、妖怪でも、モノでも」
「猫ね」
「こねこね〜。じゃあ、どこから、何から産まれたい?」
シトリング・ラフィが楽しそうに笑みを浮かべて次の質問をすると、雪乃は怪訝そうな顔をして尋ねる。
「どう言う意味かしら」
「そのまま。木になるとか、鶏の卵からとか、人からとか猫からとか、試験管とかフラスコとか」
「……猫なら、猫から生まれるんじゃないかしら」
「んー」
芸術家としての価値観や人生観によるものなのか、ゴミ箱の底にも目が届く五感によるものなのか知らないけれど、こんな感じで、シトリング・ラフィの質問はたまに常軌を逸脱することがある。私の場合は、「犬と結婚するならどの犬種がいい?」だった。意図も意味もいまだに不明である。
「じゃあ、段ボールを料理して食べなきゃいけない時、どうやって料理する? 調味料とか水は気にしなくていいよ」
「状況が極限すぎるけど……、確か糖分が含まれているらしいし、濃い味付けのおかゆにするのが現実的かしら」
「甘いもんねー。……うん、だいたいわかったかな。お姉さんにも色々聞いてたし、これくらいであとは大丈夫そう」
時間にして、わずか五分程度の質疑応答。満足したのか、イラストを描くためのアプリを閉じると、シトリング・ラフィは席を立った。
「色が塗り終わったら送るから、メールアドレス教えてよ」
「まぁ、構わないけれど……」
雪乃がメモ帳から一枚ちぎって渡すと、シトリング・ラフィは見ただけで受け取らずに、左手を小さく振りながら部室を飛び出して行った。行き先はきっと、美術準備室。物置としてしか使われないその部屋を根城にしているらしい。
「……終わったのなら、とりあえず呼び出した理由を聞かせてもらえるかしら?」
「あ……。その、ごめんなさい。こちらから呼び出したのに」
私の小説を読み、その挿絵なんかから興味を抱いていた雪乃は、突然の襲来に困惑した様子ではあれども、しかし嫌という風では無かった。むしろ、子供が動物園で、薄汚れたアルパカを見たような、喜びと失意の入り混じった微笑ましい様子を私は見れたから別に不満はない。
「別に構わないわ。シトリング・ラフィの逆鱗に触れるよりはマシだもの」
「彼に、逆鱗?」
雪乃は弁当箱を開けながら、不思議そうにこちらを見る。
「水を差すこと。泥を塗ること。踏み荒らすこと。怒らせると、何かと面倒なのよ」
特に、活動中に邪魔をしてしまうと面倒極まりない。癇癪を起こすだけならまだいい方で、酷い時は一帯の形あるものが形を残せば幸いというレベル。
「そう。申し訳ないけれど、話は食べながらでいいかしら」
「それくらい気にしなくていいわよ。裸踊りしながら、なんて言い出したら流石に今後の付き合い方を考えるけど」
「それは真面目に考えた方がいいでしょうね」
私はチョココロネのゴミを纏めると、もう一つ、コロッケパンの封を開ける。順番が逆じゃないのかとでも言いたげな雪乃に、早く話せと目で言い返す。
「……今朝の集会で話を聞くまで、私は最近の事件があなたのことだとは知らなかったわ」
言わずもがな、雪乃が言っているのは、私に変な噂が立ち、それが原因で私刑のようなことをされていることに関して。
「どうして、話してくれなかったの。母さんの仕業だとしても、何か助けになれたはずよ」
そんなに私が頼りなかったのか、とでも雪乃は思っているのでしょうね。私でも似た状況になれば同じようなことを考えるかも知れない。
「……頼りないとか、巻き込みたくない、なんてことを私が考えたと思っているのなら、それは誤解よ。平塚先生や、それこそあなたや生徒会にだって話すくらいはするつもりだった」
だったら何故、と言いたげな目を向けながら、急ぎ目に昼食を口に運ぶ雪乃。
「話すより先に、頼るまでもない状況になったのよ。美少女が私よりも早く察知して、例えば名探偵が、例えば中学生が、例えば蒼さんが、例えば貴女の姉の陽乃が、一人いれば過剰戦力な知り合い達が、いま私の味方をしている。雪乃や、あるいは私までもが、何かをすることもなくとも、この戦争は終わるのよ」
「戦争……?」
「作戦名、
話しっぱなしだと食が進まないため、途中にサクサク感なんて全くない湿ったコロッケに舌鼓を打ち、コーラで流し込んで話を続ける。
「飛車角金にクイーン、ナイト、ビショップまで戦力は選り取り見取り。敵は数だけが取り柄の歩兵にポーンの軍勢。王手は打った。チェックメイトは言わずもがな。……だから、心配は不要。プロムも予定通り決行できるわ」
むしろ、プロム実行こそが、この戦争での私たちのチェックメイト宣言。対して、向こうの勝利条件は私の退学。つまりはもう、詰んでいる。
「
「あなた、人生楽しそうね」
「冗談よ。普通に鬱陶しかった」
私が微かに笑うと、雪乃は小さく笑った。
「ならせめて、プロムの方は私たちに任せて頂戴。あなたはひとまず、その戦争とやらに専念してくれて構わないわ」
「そう言ってくれるのならそうするわ。……でもまぁ、もうそれほど急ぐ必要はなくなるでしょうけどね」
「相手は姉さんでも怖いと言うような人よ?」
雪乃は揶揄うような笑みを浮かべて言った。
だから私も、わざとらしく口角を上げて返す。
「ククッ。今の私は全盛期よ。詩的に素敵に不敵に無敵に、そして過激に、劇的に、めでたしめでたしと言ってみせるわ」
もう、昼休みも終わる。三時間も無く放課後となる。
――決着は近い。