されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
放課後の屋上。結着の――約束の時間までまだ暫くあるため、何をしようかと考えていたら、超能力者、楽羅來ららから呼び出された。
「どうも、七子さん。突然お呼びしてごめんなさい」
「別に、暇していたし構わないわ」
一応許可をとっているシトリング・ラフィと違い、身分証明の一切が出来ないららがここにいるのは、完全なる不法侵入。けれど、違法とする法も、この人権亡き人外には無い。
「まず話しておくべきは、今回の私の役割ですね」
「名探偵の最終手段以外の役割をあなたが持つことなんてあるの?」
「ふふふ、それがあるんですよ」
この世のありとあらゆる闇を見てきたであろうその瞳は、しかしオニキスのように黒く美しい。鼻も口も、闇を吸ってきたとは思えない美形は相変わらず。
「今回の私はメッセンジャーです。七子さんのことはリーダー、彩織さんに逐一報告しています。それが私の役割、役目です」
「は、は? リーダーに話しているの?」
リーダー、白神彩織と私の関係は、端的に言うなら上司と部下。限りなく横並びに近い仲ではあるけれど、しかし一つ、明確かつ確実な上下関係が存在していた。
そして今の私は、言ってみれば、こちらからすれば逃亡中の身。向こうからすれば家出娘。
今から一年半ほど前になる、高校一年生の時の夏休みの一ヶ月を川越で過ごしてから、私は一度も川越には行っていない――帰っていない。
それ自体には特に問題は無い。名探偵は仕事柄県外に出ることが珍しく無いし、依璃はチーム加入直後に世界を飛び回る旅をしている。
けれど、完全に音信不通なのは私だけ。メールアドレスも電話番号も、チームの全員と繋がりはない。
居場所なんてわかっているはずなのに、どれだけ心配であろうと、川越より外には決して助けに行かず、誰かに様子を見に行かせる。それがリーダーのやり方なのだった。
「私の脳に疑問の余地が一切もないことは、七子さんもご存知でしょう? 会うたびに、『七子は元気ですか?』って聞かれる私の身にもなってください」
楽羅來ららの脳は、『知りたいことをなんでも知れる脳』に創り替えられている。ネットで検索するよりも先に、その回路不明の脳が答えを導き出す。未知の存在でもなんでもない私のことなんて、その脳には眼に見えるように分かるのでしょう。
「……悪かったわね」
「そう思うなら顔を見せてあげてくださいよ。あの人、彼氏だけじゃ満足できない寂しがり屋なんですから」
「……まさか、他の男にまで手を出したの? 彼氏以外の男なんて名探偵くらいしか思いつかないのだけど」
「いえ、女の子です。恋人公認の、チームとは無関係の女の子とよろしくしてるんです」
久しく会っていないうちに何か愉快なことになっているようで何より。
「まぁ、……そのへんはもういいわ。――メッセンジャーと言うのなら、リーダーからも私に何かメッセージがあるのかしら?」
「いえ、まぁ、……彩織さんからは一言、『偶には顔を見せにきて欲しいです』とだけ」
……なんか母親みたいね。そう呼ばれているのはむしろ彼氏の方なのに。
「……わかったわ。春休みにでも行くから、そう伝えておいて頂戴」
「了解です。あ、チームのライングループあるんで、七子さんも入ってくださいよ」
チームのグループって、並べてみるとなんか不思議な並びね。
「私、ラインやっていないのだけど」
「七子さん。関わりを持ちたくないからってラインをやらないの、紀元前の文化ですよ」
「そんなことある? ……いや、そうじゃ無くて、普通に携帯が苦手なのよ」
「じゃあ教えてあげますから、彩織さんのためにもラインデビューしましょう。スマホ出してください」
「はいはい。……あ、バッテリー切れてる」
「もうっ! バッテリーも今創りますから……」
四苦八苦しながら(というかさせながら)、ついに私もラインデビューをしてしまった。
……ツイッターのダイレクトメッセージと大して変わらないじゃない。そっちじゃダメだったのかしら。
『楽羅來ららが不可思議可思議をグループに招待しました。』
『不可思議可思議がグループに参加しました。』
「てすと。」
「ひさしぶり」
イオリン
「お久しぶりです、七子。元気にしていましたか?」
「ええ、まぁ。というかリーダー、何よその名前」
イオリン
「姉の仕業です」
シオリン
「いいじゃんイオリン!」
「可愛いじゃん!」
「お姉ちゃんはいいと思うなっ♥」
「春休み中のどっかで顔見せに行くから」
カイン
「来るなら前の日に連絡寄越せよ」
「食材とか部屋の掃除とかやる事多いんだぞ」
「急にこられても迷惑だ」
「あと無事で何より」
エリンギ
「ママ!オムレツ食べたい!」
カイン
「ママ言うな。あと帰ってきてから言いやがれ」
あられ
「仕事が終わった。今日中に帰るから夕飯は頼んだ」
カイン
「二人分だな、了解」
喧しくなってきた携帯電話の電源を切り、私は約束の時間に、約束の場所へと到着した。
なんて事のない、そこそこに人のいる普通の喫茶店。
中から依璃が私を見つけたようで、スマホを持つ手を振った。対面には、着物姿の婦人、雪ノ下母がもう来ている。
「待たせたみたいね」
荷物を下ろして、依璃の隣に座る。雪ノ下母はコーヒーを飲みながら、薄く笑った。
「構わないわ。私達が約束の時間より早く来ただけなのだから」
「そーそ。七子おねーちゃんもなんか注文しなよ」
このあり得ない状況をセッティングしたのは、全て依璃の仕業。美少女の美少女たりうる手法なんて全くもって知らないけれど、依璃がこの場にいる事で、私と雪ノ下母が対面しても違和感らしいものを一切感じられなかった。
「それで話というのは、最近学校で起きている事件のことでいいのよね?」
雪ノ下母は、確認するように私に問う。
「ええ、そうね」
答えてから、私はメロンソーダを注文した。依璃からは意外そうに思う視線が、雪ノ下母からは微笑ましく思うような視線が向けられる。
「保護者会の方では、警察官の方も交えての話し合いが何度か開かれているわ。娘のことでもあるし、私も参加したのだけれど、進展らしいものは特にないわね」
……うん?
私も依璃も、語られた内容に少しばかり驚かざるを得ない。
私達は何か、根本的な思い違いをしている?
私はためらわずに尋ねた。
「礼儀も弁えず言ってしまうと、私達は貴女が噂を流し、私を退学に追い込むために唆していたと確信して動いていたし、それを終着させるためにこの場を用意させたのだけれど。――貴女が事態の黒幕というのは、もしかして私たちの勘違いなのかしら」
もしそうだとすれば、これまで奇妙に思っていたことの幾つかにも説明がつく――ついてしまう。
「貴女に言われれば、そう思われても仕方がないと、私も思うわ。でも残念。――貴女を退学させるのに、そんな周りくどい方法を取る必要なんてないもの」
「そりゃ、そうよね」
私が蒼さん並みと評した雪ノ下母が黒幕では、やっていることが周りくど過ぎるとは前々から思っていた。
私の見当違いで、実はしょぼかったのだと思ってあまり気にしていなかったけれど、やはりそうでは無く、見当違いでもなかった。
「七子おねーちゃん、どういうこと?」
依璃はアイスミルクティーを飲んでから私に尋ねる。
「だから、私達が勘違いしていたということよ」
「え、ええ? だってだって、名探偵のあられお兄さんに、ららちゃんだって居たんだよ? 勘違いなんてあり得ない……、あ」
「……ええ、そういうことね」
なんて事のない、簡単な答えだった。
状況と雪ノ下母という名前がずっと立ちはだかっていたおかげでわからなかったけれど、その壁がなくなれば、犯人が誰かなんて考えるまでもなかった。
「「人類最賢、
私と依璃の言葉が完全に被った。と、同時にメロンソーダが私の前に置かれた。
やり口がエグい割に周りくどかったのは、そもそも私の退学が目的ではなかったから。
名探偵も超能力者も見抜けなかったのは、見抜けなかったのでは無く、知っていて、それでも私に話さなかっただけ。
人類最賢の考えることなんて想像することしかできないけれど、推測するに、目的は私の完全復活。
襲ってきた男が限りなく気持ち悪く、そして結婚の可能性が低そうだったのも、人類最賢による選定なら頷ける。
「どうやら、私ではあまり力になれないようですし、もう行ってもいいかしら」
「ええ。疑って悪かったわね」
「あ、えっと、ボクも、疑ってごめんなさい」
私と依璃は、頭を下げて謝った。完全なる勘違いで、しかもほとんど内輪揉め同然のことで、完全なる外部である彼女を疑ったのだから、私だって頭くらい下げる。
「いいのよ。疑われるようなことをしたのは私だもの、お互い様。お代は置いていくから、二人はゆっくりね」
そう言って、雪ノ下母は優雅にここを立ち去った。置いていったのは、まさかの一万円札。彼女が飲んでいたコーヒーだって、千円もしないものだというのに。
「あはは……。ボク達、してやられたって感じだね」
「そーね」
思えば、番外の存在であるチームのメンバーや、会うはずの無かった私の
そしてきっと、この事件は牽制にもなっていた。
下手に手を出せば、娘にまで被害が及びかねないと、雪ノ下母に思わせていた。
私達は人類最賢の手のひらの上で、というか頭脳の中で、踊っているに過ぎなかった。
渡された一万円をどうしようかと思いながらメロンソーダを啜ると、電源を切ったはずの私の携帯電話から軽快な音楽が流れ出した。
画面に写っている名は、777。
電話番号からではなく、ラインの通話機能でかけてきているらしい。
答え合わせのためであろう電話に、私は出た。
『クフフ。気付くのが遅かったな、七子』
「このタイミングで電話をかけてきたということは、そういうことなんでしょうね」
『犯人は妾だ、とでも言えばうぬらは満足か?』
「そうね。一応、目的というか、動機を聞いておこうかしら」
『そんなもの、うぬの回復に決まっておろう? 八人しかいない家族なのだから、心配するのは当たり前であろうが』
「やり方が当たり前じゃないのよ」
『人類最賢らしい妾のすることが当たり前なはずがなかろうよ』
「はいはい」
『それにしても、最後の後押しがまさか三浦優美子とはのぅ。クフフ』
「どこまで知ってるのよ」
『どこまでも。いや、流石にららと
「で、どこまで知っているのかしら」
『全盛期の不可思議可思議に蹴りのめされた者に認められることで、不可思議可思議を全盛期まで押し戻した。妾から見れば、随分と随分な伏線回収だと思わざるを得んな』
「メタフィクションは人生から愉悦を取り除く不毛な行為よ」
『妾達の人生において毛作の実ることなんてなかろうよ』
「一緒にしないでほしいわね。私は小説家よ」
『クフフッ。まぁ、小説家であり続けると言うのなら、それを聞けただけで妾は満足よ』
「そう」
『ああ、そういえば、うぬの手で返り討ちにあった哀れな愚か者達のことなのだが、心配はせんで良いぞ。男衆のブツは妾の方で医者を回しておくし、女子達はまぁ、過ぎたる恋と醜い嫉妬は身を滅ぼすとだけ言っておこうか』
「別に、大して気にしてはいないわ」
『それはそれで、人としてどうなのかのぅ……。とまぁ、妾からの話は以上かの』
「ええ、じゃあ、春休みにでも」
『うむ』
一万円は依璃に渡し、私は奉仕部の部室へと戻って来ていた。
別に待ち合わせはしていないけれど、彼女ならこっちから連絡なんてせずともやって来るはず。
日の落ちていく様子を窓から眺めていると、数分と経たずに扉は開いた。
「どうやら、全てわかったみたいですね」
「ええ。貴女達にはしてやられたわ」
ららは誰にもらったのか、両手に持った大量の菓子が入ったレジ袋を机に置いて席に座った。
「知らなかったとはいえ、さすがは依璃さんですね。私と先生や、七子さんの
「本人も気がついていないんじゃ、ただの馬鹿だけれどね」
「ただの馬鹿ほど恐ろしいものもありませんよ。私が物証です」
「馬鹿だから脳を作り替えるという発想が、もう馬鹿そのものだものね」
「七子さん、私だって怒るときは怒りますよ」
言葉とは裏腹に、ららは愉快そうに笑った。
「では、最後の報告です。これが済めば私も帰ります」
「ええ」
いつも私が座る位置の対面にららが座ったから、私もいつもの席に座る。
「情報収集を行っていた先生は、仕事が終わったと判断し帰られました。今頃、タクシーで踏み切りに捕まっている頃でしょう。そしてご協力いただいた八幡さん、小町さんも既に撤退しており、日常へと戻られています」
「そう」
「人形師、有製蒼さんも仕事があると、昨日にはブラジルへと出立されています。料理人、海胆岬ほろりさんと、芸術家、有製黄彩さんは、プロムで料理を出すと、まだ暫く千葉に残られます」
「二人については聞いてるわ。蒼さんは、残念ね」
出立される前にもう一度会っておきたかったわね。
「例の噂はまだ微量ながら残っていますが、そのあたりは雪ノ下陽乃さんから任せて欲しいと言われています。依璃さんも、噂の消滅を確認してから、今度はエジプトにピラミッドを見にいくそうです」
「その二人については割りかしどうでもいいわ」
「そうですか? では他に、何か確認しておきたいことはありますか?」
「また面接みたいなことを……。らら、貴女は
「共犯、……まぁそう言って言えないこともないですね。勘違いして欲しくないので説明しますが、私が千葉まで来た最大の理由は、最悪の事態へと至る前に事態を止めるブレーキ役を務めるためでもありました。――要するにリセットボタンです」
「まぁ、そう言うのならそうなのでしょうね。方法は聞かないわ」
「そうですか? では、他に疑問もないようですし、私はこれにて失礼します」
ららはそう言うと、席を立ち、レジ袋に腕を通した。手には、一枚の赤い紙が摘まれている。
その紙がなんなのか、私は知っている。
名を『破ると行きたいところに行ける紙』と言い、その名の通り、破るだけで瞬間移動できる代物。
「ではでは、プロムの成功を私は確信しておりますので、後の人生ご安心を。またお会いしましょう、七子さん」
「ええ、また」
部室には私と、二枚の破れた赤い紙だけが残された。
ゴミをゴミ箱に捨て、私も家へと帰る。
「……これで学園モノを騙ったら、詐欺も同然よね」
学園モノといえば、学生達が手を取り合い、協力して何か強大な壁を乗り超える物語。あるいは愉快な日常と恋物語。
今の私のように、学外の存在達ばかりに助けられているようで、果たして学園ものと言えようか。
確かに私、七五三七子で不可思議可思議は確かに女子高生。
――されど、私に学園モノは似合わない。
「私の
否。あの孤独主義者が頼れる相手なんて、それこそ同級生くらいしかいないわね。やはり彼にこそ、学園ものは相応しい。