されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
『可思議ちゃーん? 私に後始末を任せるなんて、ちょっと生意気なんじゃなぁい?』
「私の味方をすると決めたのは貴女でしょう、陽乃。文句はお金を払ってから言いなさい」
『お金なら母が払っているはずだけどねぇ?』
「……はいはい。そっちのマンションでいいのよね」
『お酒は色々用意しとくから、お代は可思議ちゃん持ちね』
「ええ、構わないわ。だから、お代分は働いて頂戴」
『そりゃ、もう、任せてよ』
諦めと妥協が解決への一番だとは何度も言っているけれど、それでも諦めを望まない人間は多いし、解決を望まない人間も多いらしい。
「「「「かぁごめ、かごめ。
かーごのなぁかのとぉりーはぁ」」」」
たった一日で急速に事態が収束し始めた日の翌日、放課後。生徒会室に向かう途中の廊下で女子に囲まれた私は、いつも通り、かごめかごめを詠っていた。
「「「「いーつーいぃつ、でーやーるぅ。
よぉあーけーのぉばんにぃ」」」」
私を中心に、釣られて喉を震わせる愚か者が六人、脳ではなく口に従い、手をつなぎ合わせて輪を作り、ゆっくりと回る。その表情は嫉妬ではなく恐怖で塗りつぶされていて、一人も余さず顔を青くさせている。これじゃあ、どれだけ回していても美味しいバターには成れなさそうね。
「「「「つぅるとかぁめが、すぅべったぁ。
うしろのしょぅめんだーぁれっ」」」」
「……何をしているんだね、君たち」
次はロンドン橋でも詠おうとか考えていたら、平塚先生がマントではなく、白衣をたなびかせながら参上した。彼女達の意識が逸れたため、私の宴会芸、
「あら、平塚先生が怖かったのかしら」
「怖いのは君だよ。一体何をしたんだ」
「楽しく仲良く歌って遊んでいただけよ」
「私には、彼女達が取り憑かれているようにしか見えなかったがな」
「……気のせいよ。私は小説家であって、霊媒師ではないもの」
「見た後では疑わしいものだがな」
「私は小説家よ。それで、何か用かしら?」
問うと、平塚先生は苦笑いを浮かべて私の頭に右手を伸ばした。そして犬でも撫でるようにわしゃわしゃと雑に撫でる。
「なぁに、事態がきちんと収まっているのか気になってな」
「そう。まぁ、見ての通りよ。あとは時間の問題ね」
「人格の問題である気もしてきたがな。……及第点まで更生したと思っていたが、悪化していないか?」
「違うわ、成長したのよ。私の生涯不変ではない、私ではない部分が」
「そうか。……それなら、仕方ないな」
「ええ、仕方ないのよ」
満足したのか、撫でるのをやめると手櫛で乱れた髪を整える。それも済むと、平塚先生はきちんと満足そうに笑った。
「では、また後でな。用が済んだらそっちに向かう」
「え? え、ええ。伝えておくわ」
ヒーローが立ち去るかのように手を振って消えていく平塚先生は、なんと言うか……、材木座並みに痛々しかった。
「なななななっ、なななー!!」
「顔が近い。あと私は不可思議可思議よ」
「なーちゃん先輩!!」
「何よ」
「……何言いたかったか忘れちゃったじゃないですか!! ひどいですー!」
「なんて理不尽」
あれ一件だけで、以降は特に問題無く生徒会室に辿り着いた私は、一歩踏み込んだだけでいろはとエンカウントしてしまった。しがみつかれてコマンドを選べず、逃げることもバシルーラを唱えることもできない。
「雪乃、この酔っ払いどうにかしなさいな」
「紅茶とクッキーしか口にしていないはずよ」
ここでの作業風景は相変わらずなようで、雪乃はキーボードを叩きながら目もくれずに言う。
心配と微妙な怒りをマーキングでもするかのように引っ付いてくるいろはを結衣が引き剥がしてくれたおかげで、ようやっと二歩目へと足を進めることができた。
「昨日の今日で来たということは、もう決着したのかしら?」
「まぁ、そうなるわね。私の負け戦ならぬ勝ち戦で、別に壮絶な舌戦があったりはしなかったわ。私たちが勝手に納得して、それだけよ」
「そう言うのなら、そうなんでしょうね。腑に落ちないところはあるけれど」
「なら言ってみなさいな。ある程度は説明できるはずだし」
ここまで話してやっと、雪乃は手を止めてこっちに目を向けた。
「川崎さんと、戸塚くん。貴女が被害者だというのに、二人が全く介入していないというのは妙よ。それに、嫌われているとしても、当事者の一角である葉山くんが何もしていないのはおかしいわ」
「沙希と戸塚、ね。その二人に関して言うのなら、私の信頼の為せる業ね。関わるなと一言言えば、ちゃんと守ってくれる良き友人よ」
「よくもまぁ、そんな似合わない台詞を堂々と言えるわね」
「似合わなかろうと私の言葉よ」
ジトリと、訝しむ目で私を見るけれど、しかし口元までは気が回らないのか、薄ら笑みが見てとれる。
「葉山に関しては、陽乃に任せたわ。手を出して来ると思うから、やりたいようにしなさいなって。それでそうなったのなら、そういうことなんでしょうね」
「そう、姉さんが……」
「というか、細かいところは大体陽乃に一任したわね。誰も彼も全体攻撃ばっかりで、陽乃みたいな単体攻撃が得意な駒って希少だったのよ」
「姉さんを駒呼ばわりしたの、多分貴女が初めてよ。母でも制御不能なところがあるんだから」
「制御なんて私にも無理よ。ビショップを直進させることはできないし、ナイトに真っ直ぐ歩かせることだって私にはできないもの」
「チェスで例えられると、全体攻撃とやらが可能な人たちって反則に聞こえるわね」
「そりゃ、チェス盤をひっくり返せる番外の存在だもの。規格も材質も別物よ」
今回の戦争だって、七七七にしてみれば勝とうが負けようがどうでもいいものだった。そんな勝負に私たちは全力を尽くし、どころかエイトクイーンを完成させたようなものなのだから、ある意味七七七の一人勝ちとも言える。
「ゆきのんとなーちゃん、もしかして難しい話してる?」
「いいえ、可思議からチェスの誘いを受けていただけよ。結衣さん、貴女もプロムが落ち着いてから一緒にどうかしら」
雪乃はしたり顔でそう言って、結衣を困らせる。その目には愉悦の二文字が滲み出ていて、どこか陽乃や二人の母親にも似たものを感じた。
「えっと、あたしよくわかんないんだけど……」
「取ってもいない狸の生皮剥いでないで、仕事をしなさいな」
「うぇえ!?」
「あら、振られてしまったわ」
「なーちゃん先輩の一人勝ちですねー。と言っても、もう仕事もほとんど無いんですけど」
なら無戦無勝無敗。ただの戯言でしかなく、合間の茶番でしかない。
急ぐ必要は無いと後回しにしていた仕事にまで手を出し始めて、少しばかり経つと、生徒会室の扉がノックも無く唐突に開いた。
誰がやってきたかなんて、書面やパソコンの画面から目を逸らさずとも、この場の全員が察した。
なんせ、この学校にノックをしない人間なんて、一人しかいないのだから。
「……不可思議。その失礼極まりない地の文をなんとかしろ」
「文脈よりも先に空気を読みなさいな、平塚先生」
「君にだけは言われたくなかったよ……」
そういえば、平塚先生が後から来ることを伝え忘れていた。おかげで誰も彼もが、自然にパイプ椅子を取り出す平塚先生に丸い目を向ける。
「君達に良い知らせと、良くない知らせがある。良い知らせから聞きたまえ」
「そういうとき、選択権は私たちにあるのがテンプレートじゃない。筆を振るわなすぎて錆びたのかしら?」
「君と一緒にするな。話の順序というものがあるのだから仕方あるまい」
私の軽口を冷たくあしらってから、先生は話し始めた。
「まず良い知らせだが、我々教師と保護者会の話し合いの末、準備自粛は取り消し。君たち主導の元プロムを決行することが正式に決まった」
平塚先生の言葉に、主に生徒会役員達が「おおっ!」と声をあげた。今日までの何日間かは、それこそブラック企業ばりに、馬車馬よりも働いていたのだから無理もない。これで中止が決定なんてなった時には、最悪の場合、死者が出かねる。
「何があったのかと聞きたいだろうが、まぁ言ってしまえば大人の都合というやつだ。大人達が想定していた以上に、プロム周りの話が大きくなっていてな。無かった事にはできないと、両者が判断した。――よく頑張ったな」
短い労いの言葉に、奉仕部一同も肩の荷が降りるのを実感した。無理に作業スピードを上げて、二週間近く予定を繰り上げた苦行とも言える数日間が報われるようだった。
「次に良くない話なんだが、最近此処いらを騒がせていた事件の犯人がまだ捕まっていない。警察も懸命に捜索しているが、犯人を決定付ける証拠が限りなく少ない以上、捕まらないと予想されている」
……忘れていたけど、そういえばあったわね。ほろりと蒼さんが暴れ回った事件に関しては、忘れているくらいには何もする気はなかった。
ほろりは逮捕されたところで、少年院を追い出された諸々の事情から大した事にはならないはずだし、蒼さんはもう日本には居ない。
「……確かに愉快な話ではないけれど、それは私たちに不都合の生じる話なのかしら?」
私が問うと、平塚先生は哀れむような笑みを浮かべて答える。
「警備上の理由から、プロムで体育館が使えなくなった。ある程度学校側から予算は回せるが、場所は君達に決めてもらう事になる」
つまりは、仕事の追加だった。場所を探す以外にも、手続きやら、撮影して以来そのままの体育館二階の片付けやらも丸ごと任されたわけだ。軽くなったはずの肩に、ズシリと新たな荷が伸し掛かる。
「あー…………。業務連絡は以上だが、何か質問はあるかね?」
奉仕部からは特に無く、いろはが新たに降ってきた仕事の詳細を聞いて、平塚先生が言うところの業務連絡は終わった。
午後五時過ぎの、帰り道。偶然居合わせたらしい平塚先生に校門で見送られ、私達奉仕部は帰路に就いた。できれば今日中にでも会場を決めてしまいたいところだったけれど、午後五時までという時間制限がある以上、候補地をいくつか決めることしかできなかった。
そういえば、この三人という組み合わせも大分久しぶりな気がする。最近は私が単独行動をすることが多かったし、そうで無くてもいろはが居た。
「そうだ、なーちゃん。春休みに奉仕部だけでどっか出かけようって話を前にゆきのんとしてたんだけどさ、なーちゃん平気?」
きっと、どこかしらのタイミングで話そうとしていたのでしょうね。結衣はいろはがいないこの時を逃さんとばかりに言った。
「春休み、ねぇ。川越にしばらく行かなきゃならなくなったけれど、予定を空けようと思えば空けられるわ。そこまで離れているわけでもないし」
出来ることなら、一泊二日、むしろ日帰りが望むところなのだけれど、絶対にそうはいかないのが目に見えている。得体の知れない組織との戦争とか、街中のゴミ拾いトーナメントとか、メントスコーラ勝ち抜き戦とか、何が行われてもおかしくない魔境なのだから。
「川越って、確か埼玉の観光地でもあったわよね。蔵造りの町並みとか、菓子屋横丁とか」
比較的近場な観光地だからなのか、そういう趣味でもあるのか、雪乃が得意気に観光名所の名を並べた。
「菓子屋って、お菓子屋さん? お菓子の横丁? 横丁ってなんだっけ」
結衣はお菓子の家でも夢見るような顔つきで言ったけれど、あながち間違いという訳でもない。
「駄菓子屋が死ぬほどある観光スポットよ。駅で長い麩菓子を持ち歩いてる人を見かけたら、十中八九、菓子屋横丁に行った帰りだと思って間違いないわ」
「……確かに時々見かけるけど、何かが間違っている気がするわね」
「でもなんか面白そうっ! ゆきのん、あたし達も行こうよ!」
「え、ええ、そうね。ご迷惑でなければ……」
結衣が急なことを言い出し、雪乃もどうやら乗り気らしい
別に、表向きは普通に観光地だし、二泊三日くらいならなんとか暇も潰せると思う。最悪、大宮なり東京なりにも行けば高校生なら十分に楽しめるでしょう。
「……歓迎はするけれど、おすすめはしないわよ。私が真っ当な真人間に思えるくらいの奇人変人の宝庫だし」
「そこ、日本なの?」
「銃社会の方がまだ秩序があるわね。人生早まるにはあと一年早いわよ」
「その未来、私たちが留年か落第してるじゃない」
「え〜? でもなんか面白そうだし、何よりなーちゃんの友達に会ってみたい!」
結衣が強請るように言うと、雪乃は躊躇いながらも頷いた。
「…………まぁ、陽乃を関わらせた以上、妹である雪乃は無関係でいられるとは限らないものねぇ」
「なーちゃんあたしは!?」
「来たいなら来れば良いじゃない。関わるなら止めはしないわ。責任も取れないけど」
「なんか歓迎されてないっぽい……」
「お勧めしないだけよ。埼玉なんてそんな楽しい場所でもないし。ダサイタマとは、よく言ったものよ」
「嫌なネタバレだー!」
「本当に嫌ね」
嫌なら来るな、とは言わない。話したいことなんて幾らでもあるし、どれだけ時間があっても足りない。
だからか、近くだからと選んだ総武高が、今だけはもう少し距離があればとも思う。
「じゃあ、また明日」
「ええ、また」
「なーちゃんまたねー!」