されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
時は飛ぶように過ぎ、もう卒業式当日。プロムの準備は残すところ、料理と搬送。駐車場には家庭科室近くの位置に、シトリング・ラフィの所有物のトラックが二台止まっており、一台には芸術家が手掛けた装飾品が詰め込まれていて、もう一台には完成した料理から順に次々と詰め込まれていく。
鍋がそのまま運ばれてくることもあれば、大量の揚げ物が山盛りに盛られた皿もあり、全て芸術家が芸術的に運んでいる。
そんな様子を、卒業式をバックれた私は家庭科室の隅で椅子に座って、ボーっと眺めていた。ほろりもシトリング・ラフィも、さながらプロのように手慣れた動きで混ぜたり、振るったりしている。素人以下な私には決して真似できない、逆に機械的にも見える手際だった。
「可思議ちゃんは良かったのー? 卒業式に出なくて。ってか怒られないの?」
「知っているでしょう、私は泣き虫なの。無様を晒す趣味は無いわ」
「そんな恋する乙女みたいなことを言われてもねぇ」
「私は今でも恋する乙女よ」
ほろりが唐揚げ一つ一つに爪楊枝を刺しながら聞いてくる。
その目には楽しそうな色が目に見えていて、いつか人肉を下ごしらえしていた時よりよっぽど幸せそう。
「ふぅん? あたしは小学校のしか出たことないし、あんま覚えてないけどさぁ。でも、毎年やるからには大事なものなんじゃないの?」
「そーね。さようならとか、また明日とか、その程度には大事なことよ」
「アッハッハー。そう言う割に、可思議ちゃんはあたしにあんま言ってくれないよねぇ。そういう、挨拶ってやつ」
……そうだったかしら。
…………そうかもしれない。おはようとか、こんにちはとか、ほろりに限らず言った記憶が、無くはないけどあんまり無いし、ほろり相手に限れば、さようならとか、また明日とか、絶対言う気にならない。
「別れが惜しい、というのは私に限らず当然の感情でしょう? ただでさえ、私達は何時だってたまにしか会えないのだから」
「超たしかに。……ああ、でも、あたしが捕まった時には珍しく言ってくれたっけ?」
「もう会わないと思っていたもの。別れの言葉は言うべきよ」
「卒業式はさぼったくせによく言うね?」
「卒業生の知り合いなんて、元生徒会長くらいよ。……名前覚えてないけど。一人ならわざわざ儀式
「名前覚えてないんなら、その人にも別に言わなくていいんじゃない?」
「そーね」
ほろりが担当する最後の料理、唐揚げに業務用の大きいサイズのラップを掛け、フルーツサンドを花柄のように箱に押し込めて、それら全てを、一足先に料理を終えていたシトリング・ラフィが纏めて運ぶ。肩、二の腕、頭頂と、転んだら大惨事になること間違い無い場所にわざわざ載せている。材料に余剰はないし、転んだらどうしようと私もほろりも思わず手を止めて、見えなくなるまで見守ってしまう。
十秒ばかりの沈黙の後、体育館の方から「文化してるかー!!」という、どこかで聞いた、明らかに卒業式で出すテンションではないものが聞こえてくる。
「なんか楽しそうだねぇ。あたしももう終わるし、見に行ってみる?」
「行かないわよ。まだ現地の準備があるし」
流石にそれくらいしておかないと、いろは「私が送辞喋るのになんでいないんですかー!」とかって怒って面倒くさい。
……私、まだ送られる立場じゃないはずよねぇ。
「それくらい、あたしとシトリン君でやっとくから可思議ちゃんだけでも行ってきたらいいのに」
「だから、別にいいわよ。……ていうかシトリン君って。あれでもあなたより年上よ。私と同い年」
「ハッハー。可思議ちゃんも彼も、年上には見えないけどねぇ」
「三子がでかいのよ」
「可思議ちゃんもちっちゃいけどね」
……別に、身長に対してコンプレックスなんてないけれど、でも実際に越されてみれば向かっ腹も立つわね。
「うっさい。それより喉が乾いたわ、紅茶を淹れて頂戴」
「コーラじゃなくていいのー?」
「あなたが昔作ったコーラもどき、不味かったじゃない」
「アッハー。あぁ、覚えてる、覚えてる」
「コーラ風味の、」
「シナモンソーダ」
あら、コンプレックスになっていないのね。ほろりが殺人鬼にもなる前に、ネットで見かけたレシピをさらに改良して作ったオリジナルコーラ。
シロップとカラメルにスパイスやら、ハーブやらを混ぜ、濃縮された、コーラソースとでも呼ぶべきものを炭酸水で割ったもの。
甘さと辛さが同時に来た後、最後には炭酸の余韻とシナモンの風味が口に残る、コーラと言えば、コーラと言えないこともない何か。音痴な私の舌をして、決して美味しくなかった貴重な逸品。
「まだまだ爪が甘いねぇ、可思議ちゃんや」
「あなたの紅茶も甘いわ」
「京都生まれの習性かねぇ。京都のコーヒーは甘ったるいんだよ」
「あら、爪も甘いままなのね。千葉だってマックスコーヒーは甘いわ」
「え……。あれって、飲むヨーグルトの亜種、飲む練乳のコーヒー味じゃないの?」
私の代替元の好物に対して、本気でそう思っている訳ではなく、冗談で言ってると分かり良い表情でほろりは言った。
「まぁ、あえて否定はしないけど」
外から、二台のトラックのエンジン音が聞こえてくる。
私も砂糖を入れたわけでもないのに妙に甘い紅茶を飲み干し、席を立つ。
「およ、まだ予定より少し早いよ?」
ほろりはティーセットを片付けながら首を傾げる。
「くだらないことを思いついたのよ。きっと楽しいから付き合いなさい、ほろり」
「それは、また随分と美味しいね」
――三子、私の部屋から持ってきて欲しいものがあるのだけど、頼めるかしら。
――いいえ、もう一つの方。……あなたの部屋にあるの? 別にどっちでもいいけれど。
――決着をつけ忘れたのよ。
――勝負は相手に合わせてこそ、決着が楽しいのよ。
――藪に潜んだ蛇なんて、突いてあげなきゃ可哀想じゃない。
「……これ、あたしどころか可思議ちゃんも要らなかったんじゃない?」
「そんなの当たり前じゃない。蒼さんの血縁よ」
私とほろりがタクシーで到着する頃には、芸術家による芸術的な装飾は、一足先に来ていた芸術家の手によって芸術的に終わっていた。
「ワイヤーアクションって、そういうものだっけ。……いや、まずワイヤーアクションってやっぱりああいうんじゃないでしょ」
蒼さんと散々暴れまわって、見慣れているはずなのに。ほろりは脚立でも梯子でもなく、ワイヤーアクションのように浮遊して、天井や壁に装飾を施したシトリング・ラフィを訝しむ目で見やる。
「あんなの、超能力の領域だよねぇ」
「ららなら、ワイヤーなんて使わずに空中浮遊できるわよ。それに超能力ではなく異能と、彼らは呼んでいるわ」
明るいホールの中で滑稽に光るミラーボールを満足気に見たシトリング・ラフィは、入り口で立ち竦んだ私たちの元へ向かって着地する。
「ウフフ。あとは料理を運ぶだけだよね?」
「ええ。生徒会と奉仕部が来てから、纏めて並べて頂戴」
お前が働くんじゃなかったのかよ、とでも言いたげな顔を見せながら、シトリング・ラフィは隅に並べた椅子に座ってタブレットを取り出した。……まぁ、私たちやプロムをネタに描き放題、作り放題は諸々の
私たちが申し訳程度に、テーブルを運び出す程度の仕事だけした頃。駐車場にタクシーが停まった。
「お待たせ、お姉ちゃん。ほろりさん」
「ベストタイミングよ、三子」
三子の手には、桜色で桜柄の着物一色。
予定では卒業式が終わる時間の、さらに三十分ばかりが経ってから、レンタル業者と共に生徒会と奉仕部の面々が遅れて(私が早いだけだけど)やって来た。
「「どぅも、おいでやす」」
私もほろりも、普段は絶対しないくらいに声音を訛らせて、観光地の店員の真似をして彼女達をこの場に歓迎した。雪乃は呆れ果てたようなため息を吐き、結衣は目を丸くしている。そしていろはは、案の定肩を怒らせて寄ってくる。
「卒業式サボってなに遊んでるんですか、なーちゃん先輩」
「見間違いじゃないかしらね。私はちゃんといたわよ」
「千葉に金髪なんて何人もいないんですから、間違えるわけないじゃないですか!!」
「そういえば三浦がいなかったし、私を彼女と見間違えたんじゃないかしら」
「いや、金髪でも二人は色も髪型も違いますから。三浦先輩はいましたし。てか滅茶苦茶泣いてましたし」
……なかなか誤魔化されないわね。
「じゃあ葉山よ。あれで意外と非道なところもあるんだから、間違いないわ」
「じゃあってなんですかっ! もっと誤魔化す努力してくださいよ! 一番あり得ない人選ですよ!!」
「でも、私の金髪仲間って他に、ほろりくらいだし」
……葉山が仲間って、なんか嫌ね。染め直そうかしら。思いきって赤とか青なんてどうかしらね。
「諦めて負けを認めなよ、可思議ちゃん。変な時に限って諦めが悪いんだから」
わざわざ私に合わせてエプロンも三角巾も外したほろりが、ほろりに合わせてポニーテールに結った私の頭を撫でながら促すように言った。
「諦めたら試合終了、らしいわよ」
「なら今回は可思議ちゃんの負けだね」
「次は勝つわ。そのための勝負服じゃない」
かつて京都では、着物を日常的に、非日常のような暮らしの中でよく着ていたことを思い出して、思わず私は笑った。ほろりも、普段は笑いで隠す、年相応の笑みを見せて返した。
「聞き忘れてましたけど、なんでそんな格好してるんですか」
いろはは、問い掛けるというより、愚痴るように私に尋ねた。
「だから、勝負服よ。完全に決着をつけるためのね」
結衣も雪乃も、怪訝そうな表情を浮かべるばかりだった。
「お姉ちゃん、外だとよく喋るんだね。熱ある?」
「少ない言葉でも楽しいのはあなた相手だけよ、三子」
着物を着るのはもう何年ぶりで、元より大した力の無い私には力になれず、シトリング・ラフィに並び、私と三子は隅の椅子に――私は三子の膝の上に――座った。
「私は足らず口も少ないとつまんないんだけど」
「無駄口を無駄遣いしないのが小説家よ。……なんてね」
「やっぱり熱あるでしょ。お尻があっつい」
「平熱が高いのは知ってるでしょ」
「知ってて言ってるの。あっつい」
「そう。じゃあ、興奮冷めやらぬ、ってやつなのかしらねぇ。きっとほろりに当てられたのよ」
「ほろりさんは、むしろ体温低い方だったと思うけど」
「あなたも、言葉の遊びを学びなさいな」
「知ってる。でも遊ぶのは苦手なの」
「知ってるわ。あなたは私の妹だもの」
「だから教えてね、お姉ちゃん」
「ええ。来月からは妹であり、そして後輩だものね」
「先輩って、呼んだ方がいい?」
「やっぱり遊ぶのが下手ね。面白くない」
卒業式を終え、最後のホームルームを終え、高校生活を終えた彼らは、生徒会で手配したバスに乗り込み、プロムの会場へと運び込まれる。動物であることをやめた牛のように何も考えず、ドナドナと喚きながら。……ドナ・ドナを歌われるのは仔牛だったから、あくまでも連れられてくるのが大人ではないあたり、忠実よね。いえ、滑稽かしら。
「可思議、趣味が悪いわ」
「まだ何も言ってないわよ」
「目と肩がダナダナを歌っていたわ」
「知ってるから私には通じるけど、一般ではドナ・ドナよ。あるいはドンナ・ドンナ」
プロム開演まで、残すところ数分も無い。三子はもう帰り、シトリング・ラフィは会場を見下ろせる二階へと登って行った。
私とほろりが京都流に出迎えるために入り口近くで待機していると、確認のためにあちこち見て回っている雪乃は最後に私たちの元へと来た。
「あーそれ、あたしも知ってる」
「いや、っていうかあなたから教わったんじゃない。いただきますの最上位互換とかなんとかって、適当言って」
「あー、……そうだっけ?」
日本の童謡は親とか、親戚とかから聞いたけど、そういえば海外のものに興味を持ち始めたのは、ほろりから聞いてからだったわね。本人はほとんど忘れてるみたいだけど。
「小説家にもなっていない、
「その頃ってあたしも料理人じゃないし、おあいこでしょ」
「何よ、覚えてるんじゃない」
「アッハー。七子ちゃんは私にとってお姉ちゃんみたいなもんだったんだよ? それが
「滅茶苦茶覚えてるじゃない」
私とほろりの背が横並びだった頃なんて、それこそ丁度、ドナ・ドナを教えられた頃だったんだから。
「どうやら、大丈夫みたいね」
「雪乃ちゃんこそ、持ち場に戻りなよ。残り、四十秒とプラスアルファ、程度だからさぁ。時間稼ぎなんてしてあげないよ?」
雪乃はほろりの言葉を聞き、顔を幾らか引き締めて足早、どころか駆け足で飛んで行った。
間も無く自動ドアが開き、派手に着飾った卒業生達がやってくる。ほろりは人を食った殺人鬼のように微笑み、私は演技めかして人形のように微笑んだ。
「「どぅぞ、おいでやす」」
懐かしき京都風の出迎えに、かつて修学旅行では京都に行ったであろう卒業生達は面食らったような表情をして後を詰まらせた。
「たんと踊り、」
「たんと食べてってな」
……私もほろりも、やっぱり京都弁が似合わないわねぇ。