されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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されど私の学園ラブコメは間違っている。『拾肆』

 


 

 

「なーちゃん先輩のタイプって、平塚先生じゃあなかったんですか?」

 

「ええ、全くもって、完全無欠にその通りよ」

 

「その割には、ほろりちゃん先生と随分仲良く遊んでたじゃないですかー」

 

 プロムが始まってから幾らか経ち。夕飯の食材を買いに行くと言い出したほろりを見送り、階下で繰り広げられるプロムの様子を芸術作品に収めているシトリング・ラフィと一言、二言話し、ついに手持ち無沙汰になった私は二階に位置する調整室へと誘い込まれるようにやって来た。インカムで誘い込んだいろはは見下ろしていて、うっすらと笑みを浮かべながら話す。

 

「ほろりとはそういう関係じゃないわよ」

 

「じゃあどんな関係なんですかー? 友達ではないんでしょう?」

 

「そーね。……強いて言うなら、愛人かしら。遊びだけの関係ってやつ」

 

「最悪じゃないですか」

 

 いろはは顔を顰めながら、その顔を見せるようにこっちに向き直る。

 

「同意の上よ。久しぶりに会いに行く時には、平塚先生も連れて行ったもの」

 

「尚のこと最悪ですよ。ぶっちゃけキモいって言うか、不気味です」

 

「ククッ。気味のいい関係じゃないのは確かね」

 

 かつては友達だった。

 かつては親友だった。

 かつては家族だった。

 かつては姉妹だった。

 かつては仲間だった。

 かつては相棒だった。

 

 今となっては、こんなことになっている。殺人鬼が切り刻んで、人形見習いが弄んで、料理人が切り刻んで、小説家が弄んだ結果が、こんなこと。

 

「でも聞くけれど、いろは。あなたの人間関係に、不気味さのない関係ってあるかしら? 嘘も偽りも、歪さもなければ穢れもない、代えも利かない、そんな家族や友人、恋人がいる?」

 

「……やっぱりなーちゃん先輩の愛って重いですよ」

 

「聞いて聞かれたんだから、答えなさいな」

 

 いろはは眉間をぐいぐいと揉みながら、「んー……」と悩みながら、椅子に座った。

 

「嘘とか、けがれ? なんてのは知らないですけど、代えの利かない人ならいますよ? それをなんて言うのかも、知りませんけど」

 

「奉仕部と家族抜きで」

 

「ならいませんねっ!」

 

 私が笑いながら言うと、いろはは笑いながら、一瞬も悩まずに即答した。

 

「誰も彼も、それに両親だってお互いに嘘ばっかりですもん」

 

「その嘘に、人は愛と名付けたりするのよ。そしてその対極にして対義語である真にも、人は愛と名付けた」

 

「正義の敵はまた別の正義って話ですか?」

 

「愛人の敵は正妻ではないって話よ」

 

「じゃあ何が敵なんですか?」

 

「常識と現実と良心。あと理性もかしらね」

 

「それ全部無くしたらただの猿じゃないですか」

 

「それらを一回全部殺したのが、だからほろりなのよ」

 

 なんてったって、その時は殺人鬼だものね。

 

「それはそれで、やっぱり気持ち悪いです」

 

「それが正常な感覚よ。あなたはきっと、清廉潔白な聖人君子を見ても同じ感想を抱くわ」

 

「その人がキモいかはともかく、共存はできないでしょうねぇ。その人がアダムなら、私はイヴではなくリリスでしょうから」

 

「お似合いね」

 

「それ、嬉しくないです」

 

 いろははプイッと顔を背け、不機嫌そうな素振りで窓の方を向いた。暗い窓には、やっぱりどう見ても不機嫌には見えない顔が写っている。

 

 仮に葉山がアダムで、いろはがリリスなら、ほろりはカイン――人類最初の殺人者――かしらね。……殺人鬼かはともかく、カインは別にいるけれど。

 

「イヴがなーちゃん先輩なら、アダムは平塚先生ですか?」

 

「ククッ、冗談じゃないわね」

 

「そうですか?」

 

「だって彼ら、どれだけ美しかろうとバッドエンドじゃない。人魚姫とどっこいよ」

 

 泡になって死ぬ気も、悪魔を孕む馬鹿になる気も、私には無い。

 

「私はハッピーエンド志望なの」

 

「人魚姫もバッドエンド志望ではないと思いますけどねぇ……」

 

 


 

 

 プロムは予定通りに進行している。このまま何もなければ、決められた時間にプロムは終了するでしょう。

 上から見下ろしてそう確認した私は、心残りも未練もなく、いろは相手にウォーミングアップまでしっかりとこなした上で、数名の保護者の見守る客席へと顔を出した。

 場所は陽乃に聞いている。様子も、事情も。化粧の気合の入れ具合から、着物の質、使っているシャンプー、香水まで、敵の何もかもを知っている。そして私は己を知っている。それで百戦全てに勝利を修められると自惚れる気は無いけれど、一度勝利することくらいは、明日を覗いたように確信を持てている。

 

「やっはろー、可思議ちゃん」

 

「こんにちは、不可思議可思議さん。いえ、それとも七五三(しめ)七子(ななこ)さんとお呼びした方がいいかしら?」

 

 陽乃を隣に座らせている雪ノ下母。その前の椅子を回し、対面するように私は座った。示し合わせて着物を着た私に二人とも一瞬目を丸くさせながらも、すぐに何時もの笑みを、二人同時に取り戻した。

 

「私は不可思議可思議で、七五三七子。どっちでもいいけれど、あなたの呼びたいように呼んでもらえると助かるわ」

 

「では、不可思議さんと。それで何か御用かしら」

 

 扇子でも隠しきれなさそうな、好戦的な笑みを浮かべた雪ノ下母に陽乃は「うわぁ」とでも言いたげな目を向けるが、すぐに視線で黙らされた。うわぁ、情けない。

 

「付け損なった決着をちゃんと付けようと思ったのよ。喧嘩を売るだけ売って、買うだけ買われて、それで結局何もしないんじゃ不完全燃焼どころか、不燃焼もいいところじゃない」

 

「つまり、だから決着を付けたい、と」

 

 途端、好戦的な笑みは完全に消え去り、西洋の冷血な騎士を思わせるような無表情に染まる。

 

「ええ。でも殴る蹴る刺す切るみたいな、そんな面白い喧嘩をここでしたらプロムが台無しになるし、だから話し合いで解決しましょうと、私は言いに来たのよ」

 

「話し合うと言われても、既にプロムはこうして開かれてしまっているじゃない」

 

「決着がつけばなんでもいいじゃない。しりとりでも、山手線ゲームでも、マジカルバナナでも、ハンカチ落としでも、椅子取りゲームでも、読書感想文でも、反省文でも、いじめ問題の現実的かつ効率的で因果応報たりうる解決方法についてでも」

 

「可思議ちゃん、なんか後半違くない?」

 

 陽乃は母親がマジカルバナナをしている様子を想像したのか、口元を手で隠しながらも的確に突っ込む。確かに、想像したら愉快極まる。でも本当にやるなら、平塚先生と結衣あたりも巻き込みたいわね。審判は生徒会で、勝者には最後のワードの物をプレゼント、……なんてね。

 

 陽乃の突っ込みを無視して、互いに無表情で向き合う。表情筋を固定し、目は気持ち大きく開く。目からビームの出る世界観なら殺し合いになりうるような物騒な睨めっこ。

 

 経過したのは一分か、十分か、一時間か。緊迫した状況を表現するのに、こんな感じの文章がよく用いられるけれど。しかし私たちにとって、一分とは一分でしかなく、十分は十分でしかなかった。時間も管理できずして何が緊迫か。どこが緊張か。一点集中なんて愚の骨頂。時を忘れるなんて愚かの極み。時の流れる次元を生きる上で、時を放置するというのは思考を捨てると同義。

 

 なんて、長々しくと語ったところで、実際には三十秒と経たず、決着は雪ノ下母の「降参よ、不可思議可思議先生(せんせい)」という言葉で、不戦勝という形でついた。

 

「何度か顔を合わせ、陽乃からも話を聞いて、あなたの小説を幾らか読ませていただきました。その上で私は、あなたとのどんな話し合いでも勝機は無いと確信したわ」

 

 結局、不完全燃焼みたいな戦いになってしまった。相手の想定外の諦めによって、私も戦いを諦めざるを得なくなった。

 ……いやまぁ、話し合いでの喧嘩なんて押し並べて不完全燃焼、むしろ消火活動と言ってもいいし。薪は燃えることなく湿気(しけ)て、白け、戦いに火蓋は切っても燃えないし。……なんて、何を言っても負け犬の遠吠えにしかならないわね。

 

「……そう。面白く無いし、納得もしないけれど、でもそう言われてしまっては仕方ないわね」

 

 戦意喪失している相手をただ殴ったところで、そんなものを喧嘩とは言わない。その結果を決着なんて言わない。そんなのは、ただの私刑(リンチ)でしかない。

 

「じゃあ、決着ついでに一つ頼まれてくれるかしら。勝者の特権ってことで」

 

 決着のついでというより、いっそ八つ当たりと言い換えてもいいかもしれない。

 

「そう言われてしまっては仕方ないわね」

 

 鏡に向かって呟くように、そっくりそのまま返されてしまった。

 

 ……やっぱり、勝った気がしないわねぇ。

 

 


 

 

 互いに一言、二言。頼んで了承して、別れを告げる程度のやりとりをした後。私は会場である下に降り、紙コップに注がれたコーラを片手に壁に凭れかかった。

 会場の熱気か、単に暖房の仕業かは知らないけれど、(ぬる)くなったコーラからは炭酸も抜けていた。その安っぽい味を安っぽいと感じるあたりに、私の脳が思っていた以上に働いていたことを察する。

 

「なーちゃんお疲れー」

 

 落ち着いたら外で涼もうとか考えながらぼーっとしていたら、結衣がクッキーを盛った小皿片手に私の元へと来た。

 

「もうすぐ終わりね」

 

「ねー。なーちゃんも食べる?」

 

「ん、もらうわ」

 

 シトリング・ラフィの焼いた丸いクッキーを結衣の手から口で受け取る。噛む前から舌には塩味が沁み、噛み砕けばバターと砂糖のシンプルな甘味がやってくる。

 

「美味しいよねー。流石プロって感じ」

 

 結衣はパクパクと食べながら、子供のように目を輝かせている。

 

「これを作ったの、ほろりじゃなくて芸術家の方よ。ほろりのクッキーはこんなに小洒落ていないもの」

 

「えっ、そうなの!? って言うかわかるんだ……」

 

「ほろりとはお互い、小説家と料理人になる前の付き合いだもの。試作の菓子やら料理やら、いろいろ食べさせられたわ」

 

「もしかして、幼なじみってやつ?」

 

 大して興味なさそうに、雑談のネタ程度に結衣は問い掛けた。私も、雑談程度のノリで答えた。

 

「そんなところでしょうね。残念だけど、ほろりは初めてでもクッキーを焦がしたりはしなかったわよ」

 

「聞いてないからっ! ……やっぱり、そういう才能ってあるの?」

 

「雪乃はともかく、ほろりの場合は家庭環境よ。両親が揃って料亭の家の出で、それこそ私とつるんでいた時から看板娘として店の手伝いとかもしてたし」

 

「へ〜。あたしもどっかのファミレスでバイトしてみようかなー」

 

「損害賠償で赤字になるだけだからやめておきなさい」

 

「それは酷くない!? なーちゃんはあたしが作ったのも美味しいって言ってくれるじゃん!」

 

「あら。善意を踏み潰された気分だわ」

 

「ぜったい嘘だ!」

 

「嘘は愛の別称よ」

 

「……なーちゃんが言うとなんか嘘っぽい」

 

「いろはにはむしろ重たいと言われたのだけどね。まぁ、今の言葉に愛があると言われたら、嘘だけど」

 

 嘘は愛であり、愛が嘘であるならば、その嘘は愛なのだろうか。……疲れてる時に考えることじゃないわね。

 

「ねぇ、なーちゃん」

 

「なによ」

 

「なーちゃんのお願い事って何?」

 

「……なんの話よ?」

 

 コーラのカフェインと糖分が疲れた脳に染み渡るのを痛感しているところに、結衣の唐突な話で何かを堰き止められた。電池の切れたモーターのように、頭の回転が鈍くなってくる。

 

「ほら、一番奉仕出来た人のお願いを聞くっていう勝負、あったじゃん」

 

「ああ……。そういえば、あったわね」

 

 唐突すぎて思い出せなかった。……っていうか、それに対して興味も関心も大分失せていた。

 

「多分、なーちゃんが勝っちゃうからさ。聞いておきたくって」

 

「……そうかしらね」

 

 私の願い、ねぇ。

 

「私の小説を読んでもらうことが私の、不可思議可思議の願いだったわ。……もう叶っちゃってるけど」

 

「え、えー……」

 

 答えると、結衣は困ったような表情を露骨に見せた。

 

「そもそも、私はそういうのを持てないのよ」

 

 野望だとか、目標だとか。そういうことの発想は、七五三七子の腹の中、というか頭の中に置いてきた。七五三七子が何かを望むというのなら、それこそが私の野望となる。……その野望の末に生まれたのが――小説家――不可思議可思議なのだけど。

 

 でもだからって、何も求めずなぁなぁにするのも面白く無いわね。それこそ、ついさっき似たようなことをされたばかりなんだから。諦めと妥協は流儀だけれども、何も得ることなく諦めるのは私の好みじゃない。

 

「参考にするから、あなたの願いとやらを聞かせなさいな」

 

 問うと、結衣はしどろもどろながらも答えた。途中にクッキーを食べ終え、お代わりの飲み物をさらに飲み干すくらいにたくさんの願いを私に語った。恋愛小説よりも甘ったるい願いから、いっそ塩辛くて喉の乾いてくるような願いまで、由比ヶ浜結衣を濃縮還元したような、蜂蜜のように甘い願い事を、一言一句逃さずに私は聞き届けた。

 


 

「……あなたの願いも私と大差ないじゃない」

 

「え、そう?」

 

「無欲を美徳とする世の中だけど、そこまで美しいといっそ気味が悪いわね」

 

「普通に酷い! キモいって言われた方がまだマシな気がする!」

 

「失礼ね。人を三浦みたいに」

 

「それは優美子に失礼だよ……」

 


 

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