されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
早朝、ホームルーム前。
起きて早々、私は平塚先生に電話で呼び出されて朝早くの慌ただしい職員室に来ていた。
「葉山たちから聞いたぞ、不可思議。我が校で暴力沙汰なんて、いい度胸をしているな」
そして毎度毎度の如く、平塚先生は不機嫌極まりない。指の骨をパキパキと鳴らしている。
「なんのことかと思ったら……。別に子供の喧嘩よ。そして先にちょっかいをかけてきたのはあっち」
「あっちが先こっちが先って、子供か君たちは……」
「だから、子供の喧嘩なのよ。先にちょっかいをかけてきたのも先に手を出したのもあっちが先。私は防衛に徹しただけよ」
「過剰防衛だ」
「あちらに正当性があるとでも? ――正直に言いなさいな。喧嘩できてうらやましいと」
平塚先生はそんな、学園モノの堅物教師みたいな人間では全くない。むしろ、不良教師の方が属性的にはずっと近いくらい。
「そうは言わん。だが話を聞いたとき、なぜ私を呼ばなかったのかと言いたくて仕方なかった」
「呼んだら呼んだで寧ろ焚きつけるでしょう。総力戦になる前に一騎討ちで事を終わらせたかったのよ」
「一騎討ちは決闘という意味であって一人を打ち倒すという意味ではないぞ」
「一人が倒れるのだから似たようなものよ」
「いや、そこは二人、ほぼ同時に倒れてだな……、いや、この話は長くなるから今度にしよう」
「二度としなくて結構よ。世代が違うから多分噛み合わないし」
「さっ! もう直ホームルームの時間だ。教室に行くぞ」
あ、逃げた。年齢の話から、ついでに現実からも逃げた。
放課後。
またもや私は職員室で、平塚先生の前に、――座っていた。職員室の常連すぎて私の分の椅子がついに用意されてしまった。
「どんだけ私を呼び出せば気が済むのかしら?」
「どれだけ君は問題を起こせば気が済むんだ?」
おかげで最近、私と平塚先生の百合カップル疑惑が密かに流れている。私は寧ろなるべく会いたくない相手なのだけれども。
「――既に私は小説で職業と言える程度の金額を稼いでおり、卒業後も執筆活動を続けるつもりで、ならば私の将来の職業は小説家で、その職場は自宅である。よって今回の職場見学には自宅を希望する。……私がなにを言いたいか、分かるな?」
「皆目見当もつかないわね。何か問題があるのかしら?」
「問題しかないし、君の人格にもやはり問題しかない。奉仕部で過ごす日々は君に影響を与えなかったのかね」
「私の座右の銘は『生涯不変』よ」
「そうだったな……。そういえば伝え忘れていたが、今回の職場見学は三人一組で行くことになる。好きなものたちと組んでもらうことになるから、そのつもりでいたまえ」
「つまり、私の家にクラスメイトを招けと?」
「どれだけ出不精なんだ君は……」
それはもう、入学志望動機が『近いから』ってくらいには、よ。
職員室を出て、私は部室へと向かった。
いつもより遅れてきたのだからもう由比ヶ浜が、あるいはまさか依頼人すらも来ているかと思っていたけれど、そのどちらもいなかった。ただ、雪ノ下の他に、由比ヶ浜の荷物だけが置かれている。
「会わなかったのかしら?」
「誰とよ?」
誰か私に用事でもあったのかと、この学校での面識あるものたちをリストアップしてみたけれど、心当たりがなさ過ぎる。
ちょうどその時。部室の扉が勢いよく開かれた。
「あーっいたー!」
「……嗚呼、そういうこと」
要するに、私が来ないから学校中を探し回ったらしい。
「わざわざ聞いて歩いたんだからねー! そしたらみんな、『ふか、しぎ? それ人?』って言うんだもん! 超大変だったんだからね!?」
「まぁ、『不可思議』単体だと数字のことになるわね。10の64乗、那由他と無量大数の間よ」
「ヘ〜……、って、そうじゃなくって! その、ケータイ教えて! ほら、わざわざ探すの大変だし!」
「別に構わないわ」
私はスマホを、由比ヶ浜に手渡す。
「迷わず人に渡せるって、すごいね……」
「別に、見られて困るものもないし、そもそも電話らしい操作方法すら知らないわ」
「ナーちゃん、実はお婆ちゃんだったりしない?」
私にとってスマホというのは外で手軽に小説を書くための道具で、電話やメールなんておまけでしかない。誰かから掛かって来れば出ることもできるけど、私からかけたり、メールを送ったりなんかは出来ない。
「うわっ、家族と平塚先生しか登録されてない……。って、えええ!?!?」
「由比ヶ浜さん、どうかしたの? 何か如何わしいものでも見つけたのかしら?」
そんなものは入っていない……はず。
「ナーちゃん、妹いたの!?」
「なんですって!?」
由比ヶ浜の叫びを聞き、雪ノ下までもが声を荒げた。
「私に妹がいることのなにが問題なのよ」
「……ナーちゃんは一人っ子か末っ子だと思ってた」
「奇遇ね。私もこんな人に下がいるなんて信じられないわ。その子の苦悩が偲ばれるわね」
「言いたい放題ね。妹は私と違って、そんなに破綻していないわよ」
寧ろ、私の生活必需品ならぬ、生活必需人と言っていいくらいにいい子ですらある。自分で言うのもあれだけど、私のような姉を全力でフォローしてくれる妹とか、いっそ天からの使いとでも思わないと一緒にいられない。
「はい、ナーちゃん」
「ん」
返されたスマホは放り込むようにポケットに収める。今日はノートパソコンを持ってきているから、わざわざスマホを使う必要もない。
それから暫く、特に依頼人がくるでもなく時間が過ぎて行く中、私は執筆、雪ノ下は読書、由比ヶ浜は携帯で何かをしていたのだけれど。ふと、由比ヶ浜は深いため息をついた。
「どうかしたの?」
以外でもなく面倒見のいい雪ノ下は、訝し気に尋ねる。
「え、あ、うん……、何でもないんだけど、ちょっと変なメールが来たから、うわって思っただけ」
「そう。……不可思議さん、裁判沙汰になりたくなければ、今後そういう卑猥なメールを送るのはやめなさい」
「私は今忙しいから話しかけないでくれると助かるわ。いいところなの」
今はミステリーの解決編を書いているところで、犯人と容疑者を全員殺した殺人鬼を探偵が捕らえたところなのだから。筆の載っているうちに書き上げてしまいたい。
「どんなお話なのー?」
「殺人犯と容疑者を殺人鬼が殺して、その殺人鬼を探偵が殺すお話よ。お願いだから話しかけないで」
「引き算のように人を殺すのね。軽蔑するわ」
ここ最近、部活に時間と体力を取られすぎて更新ペースが落ちてきている。多少の低下は問題ないけれど、読者の方が減り過ぎると金銭的に困る。
「ま、まぁまぁ、ゆきのん、落ち着いて。それと、メールの方はナーちゃん、関係ないと思うよ」
「そうなの?」
「なんていうか、内容がうちのクラスのことなんだよね。だからナーちゃん、まるっきり無関係っていうか、不可能っていうか」
「そう。なら不可思議さんは犯人ではないわね」
ちょうどミステリーを書き終え、これから誤字脱字の確認に入ろうとしたところで、部室のドアがノックされ、即座に開かれた。
「あー、その、ちょっとお願いがあってさ」
と言いながら入ってきたのは、先日私をダークヒーローに仕立て上げてくれた、葉山だった。
「奉仕部ってここでいいんだよね。平塚先生に、悩み相談するならここだって言われてきたんだけど……、なかなか部活を抜けさせてもらえなくって」
「能書きはいいわ。何か用件があってきたのでしょう、葉山隼人君?」
基本的に冷静というか、冷徹なキャラの雪ノ下だけれど、葉山と不仲なのかいっそ冷血と言っていいくらいに冷たい態度で訊いた。
「ああ、それなんだけどさ……」
葉山は、雪ノ下に、携帯電話の画面を見せる。
「あ、変なメール……。ほら、ナーちゃんも見て」
「私は別にいいのだけれど」
同じものが届いているのか、由比ヶ浜が私にも画面を見せてきた。
――戸部は稲毛のヤンキー、ゲーセンで西高狩り。
――大和は三股、最低のクズ野郎。
――大岡はラフプレーで相手校のエース潰し。
色々書かれているけれど、要するにそんな内容が、あちこちで飛び交っているらしい。
私のスマホにはさっきまでクラスメイトのメールアドレスなんて一つもなかったし、届かないわけね。
「これが出回ってから、なんだかクラスの雰囲気が悪くてさ。それに、友達のことを悪く書かれれば腹も立つし」
そりゃそうでしょうけれども。これで喜ぶやつなんて、ばらまいた奴以外いない。
「あーでも、犯人探しがしたいんじゃないんだ。丸く収める方法を知りたい。……頼めるかな?」
「……つまり、事態の収拾を測ればいいのね?」
「うん、まぁそういうことだね」
「では、犯人を探すしかないわね」
雪ノ下の言葉に、葉山は「え?」と、酷く困惑した。
「チェーンメール。……あれは人の尊厳を踏みにじる、最低な行為よ。止めるなら、その大元を特定して根絶やしにするしかないわ。ソースは私」
「実体験なのね」
「根絶やしにしたんだ……」
「とにかく、そんな人間は確実に滅ぼすべきだわ。それが私の流儀。私は犯人を探すわ。一言言えばぱったりと止むと思う。……それからの裁量はあなたに任せる。それで構わないかしら?」
……まさか、現実世界で犯人の特定をすると?
「やめておきなさい。無理よ、そんなこと。学校という閉鎖空間じゃ、証拠なんてものは言いがかりにもならないわ」
「そんなことないわ。……それとも、何か解決策があるのかしら?」
雪ノ下と葉山の鋭い目、由比ヶ浜の心配する目が私に集中する。
「いつか言ったでしょう。解決への近道は妥協と諦め。一部の人間だけが貶されてるから雰囲気が悪くなるのよ。全員分悪く書いたチェーンメールを新たに流せば、全員平等。収まるかは知らないけれど、丸くはあるわね」
一部の人間が苦しむから事件になるわけで、全員が苦しめばそれはただの試練になる。あるいは、災害。諦める以外の解決策は、ない。
「却下よ。それこそ、誰も救われないじゃない」
「なら、件の三人のうち、一人でも救いを求めたかしら?」
「それは……」
三人とも被害者なら、三人仲良く揃って助けを求めればいい。
「ならそれがこの事件の答えなのよ。犯人はその中にいる」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はあいつらの誰かが犯人だなんて思いたくない! それに三人を悪く言うメールなんだぜ。あいつらは違うんじゃないか」
「そういえば、職場見学は三人一組だそうね。そしてあなたのお友達はあなたを入れて四人。一人溢れることになるわ」
「ぐ、偶然だろ?」
「正確性に欠けるけど仮説から逆説的に考えるなら、あなたを除いた三人は不仲まで行かずとも、決して友人関係ではない。互いが互いに葉山隼人の友人の一人としか認識していない。蹴落とせる対象として見てしまえている。……これは推測に推測を重ねた想像だけれど、どうなのかしら?」
「君はなにを言ってるんだ? 今日だって俺は三人と……、いや、でもそんな……」
「これ以上の特定は、……やっぱり面倒ね。メールの内容を見るとヤンキーの西高狩りだけは『喧嘩が強い』っていうプラス評価にも繋がるけれど、ヤンキーというマイナスが巨大過ぎる」
葉山がなんとか否定しようと悩んでいると、由比ヶ浜が小さく挙手しながら言う。
「なんとなくだけど、わかる気がする。中心にいつも居る人がいなくなると、途端気まずくなるって、女子でもよくあるんだよ。それでつい携帯いじっちゃったり……」
「……そういうものなの?」
「当事者にしか分からないことよ。人間関係は中心が壊れると全て瓦解する。ソースは私」
「ナーちゃん、そんなことしたの?」
「意外なことに、私は壊された側よ。と言っても、末端も末端で、大したダメージにはならなかったけど」
後日談。
あのあと結局、葉山も三人の誰か、あるいは三人とも犯人だという仮定を、仮定としてだけど認め、次の段階へと進めた。それは、三人のうちの一人が抜けるのではなく、葉山が抜けるという状況。職場見学のグループの一つはその三人が組んだ。
本当に三人とも犯人じゃなかったとしても、これを機に三人で仲良くなって欲しい、なんて言うんだから、葉山の性善さは筋金入り、どころか、鉄筋入りだ。
「ねぇ、不可思議さん」
「なにかしら」
教室でなんとなく、件の三人がぎこちなく戯れているのを眺めていたら、戸塚に話しかけられた。
「不可思議さんはもうグループ分け、決めちゃったかな?」
「いいえ。寧ろ私は平塚先生を説得して、一人で職場見学に臨むつもりだったわ」
「なんでそんな寂しい方向に積極的なの!? ……その、僕も一緒に行っちゃ、ダメ?」
「別に構わないけれど、うちに来ても見るものなんてなにもないわよ」
「……え? えっと、職場見学の話をしてるんだよね?」
「私は小説家で、職場は自宅よ」
「えー……。……ダメかな、やっぱり」
「別に構わないと、言ったはずよ。説得の手間が省けるし」
「じゃあ、もう一人は?」
「妹の名前でも入れておくわ」
「せめてクラスメイトの人にしようよ……。え、妹さんいるの?」
……私に妹がいるのって、そんなに意外なのかしら。
結局、もう一人は川崎沙希という、この場に居合わせていなかった、余った一人が、唯一空いた一枠のある私と戸塚のグループに入ることになった。顔すら知らないのだけど……。
まぁ、めでたし、めでたしでいいでしょう。