されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
唐突だけど本当に唐突なことで、中間試験が近いからと奉仕部に駆け込み寺の如く戸塚が駆け込んで、勉強会をすることになった。
それからとんとん拍子に、由比ヶ浜が言い出した「じゃあファミレスでやろうよ」という提案がすんなりと通り、私たちはファミレスで勉強会をしていた。
「ねえ不可思議さん、この『作者の考えを答えなさい』って問題なんだけど、小説家の人って書いてる時なに考えてるの?」
国語の問題集を開いていた戸塚が、そんなことを訊いてきた。
「そうね……。私の場合、喉乾いたとか、椅子の座り心地が悪いとか、大体そんなことを考えているわ」
「模範解答もあてにならないわね」
「問題文が悪いのよ。この場合、『作者の考えを文中から読み取れる程度に答えなさい』と、詳細に問うべきね」
なんて風に、勉強会というより問題を会話の種に雑談していたところで。
「……あ、お姉ちゃん」
「
連絡を取っていたとか、そういうことでは断じてなく。偶然にも、私の妹である三子が、見知らぬ、おそらく同級生か何かの男子を連れて私たちの前に姿を表した。
「えー、なになに、ナーちゃんの妹の子? って、デッカ!?」
「失礼よ、由比ヶ浜さん。……本当に大きいわね」
由比ヶ浜が叫ぶだけのこともあり、私の妹は私と比べて遥かに背が高い。私の身長が確か、百五十とちょっとくらいなのに対して、三子の身長は百七十を超えている。およそ頭ひとつ分、私よりも背が高い。
髪も私と違って、丁重に扱われていて綺麗で、肉付きがほどよく胸も大きい。私とは色々と対極的な妹だった。
「
二人は由比ヶ浜に同じテーブルにつくように促され、三子は私を膝の上に乗せるようにして座った。主張の激しい胸が肩に当たって若干しんどいのも、もう慣れたもの。身体は大きいのに小心者で、ついでに甘えたなのだ。
「あの、川崎大志っす。
全員、軽い自己紹介をしてから、彼の相談の話を聞くことになった。
「……川崎沙希、ね。どこかで聞いた名前ね」
「不可思議さん、本気で言ってるの?」
そう、確か、平塚先生あたりに聞かされたような……、覚えてないわね。
「職場見学のグループで一緒になった人だよ」
「ああ、それでか」
空いているなら入れてやってくれ、みたいなことを言われた気がする。
「それでね、お姉ちゃん。大志のお姉さんが不良化したっていうか、帰ってくるのが遅くなってて、どうしたら元に戻ってくれるかって、そういう相談を受けてたの」
三子は私の頭上からメニューを眺めながら、説明した。
「そうなったのはいつ頃からかしら?」
雪ノ下が、彼に尋ねる。
「最近です。総武高行くくらいっすから、中学の時はすげぇ真面目だったし、優しかったっす」
「……つまり、不可思議さんと同じクラスになってから変わったということね」
「……? お姉ちゃん?」
「接点なんてほとんどないわよ。思い出してみれば確かに皆無じゃないけど、授業でペアを組まされる程度」
友達居ない仲間というか、端点と端点を強引に縛り付けられた結束バンドというか。
「でもさ、帰りが遅いって言っても何時くらい? あたしも結構遅いし」
次は由比ヶ浜が、飲み物を片手に尋ねる。
「それが五時過ぎとかなんすよ」
「むしろ朝早いね……、ご両親は何も言わないの、かな?」
戸塚が心配そうに尋ねる。
「うちの両親って共働きなんすよ。それに下に弟と妹いるから、あんま姉ちゃんには口うるさく言わないんす」
その辺はまぁ、うちも似たようなものね。私は言うことを聞かないから諦められてるし、三子は言われるまでもなくやってしまうから、親が何かを言うタイミングがない。
「……家庭の事情、ね。どこの家にもあるものね」
雪ノ下が、うんざりしたような表情で言った。
「わかったわ」
まさか。
「まさか、奉仕部の依頼として受けるというの?」
「川崎沙希さんは本校の生徒。奉仕部の活動の範疇よ」
……勉強会のはずが、随分と面倒なことになったものね。
「お姉ちゃん、ごめんなさい」
「三子は別に悪く無いわ。もう遅いし、帰りましょ」
「うん……」
翌日、放課後。
奉仕部三人と戸塚の四人で部室に集まった。
「それで、あれだけ堂々と受けたのだから、何か具体策はあるのかしら?」
妙に自信満々な雪ノ下にとりあえず尋ねる。
「アニマルセラピーって、ご存知かしら」
「彼女は猫アレルギーよ。却下」
「まだ何も言っていないでしょう」
「見ていればわかるわ」
雪ノ下が提案しようとしたのは、猫を利用して精神を揺さぶろうという作戦。
「ていうか不可思議さん、そんなことなんで知ってるの?」
戸塚が不思議そうに聞いてきた。
「それこそ、見ていれば人のアレルギーや好き嫌い程度わかるでしょう。全人類カレーライス大好きだというのはカレー好きの妄想でしかないのよ」
「そんなのはあなただけよ。どれだけの人間を視姦してきたの」
「ていうかナーちゃん、カレー嫌いなんだ……」
あんなもの、人間の食べるものではないわ。
「そもそも、猫だろうが犬だろうがアニマルセラピーなんて無意味でしょう。根本的に、何か原因があるから帰りが遅くなっているに決まっているじゃない。親子喧嘩とか、深夜バイトとか、すぐ思い浮かぶのはその辺だけど」
「……もしそうだとして、ならどうするというのよ」
「さぁね。明日話してみて、それから決めるわ」
推測するより、本人に直接聞いた方が手っ取り早いに決まっている。
「そう簡単に話すかしら。家庭内の問題だったら、そう易々と他人に話したりはしないはずよ」
「話すだけよ。別に喧嘩するわけでも脅迫するわけでもないわ」
翌日、昼休み。
平塚先生を経由して、川崎沙希と話す場を設けたのだけれど、そこはなぜか屋上だった。なんでも、「語り合うのなら屋上か校舎裏と相場が決まっている!」、らしい。総武高のどこが校舎裏かなんて知らないけれど。
「それでなんか用。
「私のことは不可思議可思議と呼びなさい」
「じゃあ不可思議さんね。……で、なんの用? 職場見学のことなら平塚先生から聞いてるし、邪魔したなら悪いと思ってるけど」
「別にそんなことはどうでもいいのよ。それより――川崎大志」
「っ! ……私の弟が、何」
表情が急転した。気怠げな表情から、困惑の色に塗り変わる。
「帰りが遅くて心配だと、相談されたのよ」
「はあ? なんであんたに」
「正確には、偶然同じ塾だったらしい私の妹に、よ。そこに偶然が重なって私にまで飛び火して、今こうして私とあなたは話している」
「平塚先生のあの態度はそういうことか……」
きっと、漫画的展開に興奮したような態度で呼び出したんでしょうね。
「で、どこまで知ってんの?」
「大したことは知らないわ。だからこうして話を聞いて、私に迷惑が掛からないうちに解決しようとしてるのよ」
「あんたに話すことなんてない。妹さんのことなら大志に言っておくから、それでいいでしょ」
「いいわけないわ。それで解決する段階はもう超えてしまっているのよ」
奉仕部が依頼として引き受けてしまった以上、あの変態はただ失敗という形では諦めてくれない。
「楽をしたければさっさと話しなさい」
「……別に、お金が必要なだけだけど」
「つまり家族間の問題ではないと。それはよかったわ」
終わらせなくてすんだ。
「……だったら何、私が必要な分のお金を、あんたが代わりに用意してくれるっていうの?」
皮肉気に笑いながら、彼女は言った。
「お金で解決できるなら安いものね。……まぁ私がこの場で一億円渡したところで、多分あなたは受け取らないでしょうけど」
「……悪かったよ。今のは私の言い方が悪かった」
気まずそうに、目を逸らした。
「物事の解決への近道はいつだって妥協と諦め。金銭の施しは受けてくれないでしょうけれど、多少の施しは妥協して受けてもらうわ」
「は?」
「まず、今やっているアルバイトは全てやめなさい。そして気兼ねなく話せる程度には心配かけた人に説明し謝りなさい」
「ちょ、ちょっと待ってっ! あんた今なんの話をしてるの?」
「楽をしたければ諦めなさい。――日給一万円で、私の家で働いて欲しい。働き次第で金額は上乗せするし、用事があれば自由に休んでくれて構わない。悪い話じゃないはずよ」
「……私、小説とか全然わかんないんだけど?」
私が小説家でそれなりに稼げているというのは、ここ最近でそれなりに周知されている。クラスメイトにも読者ができるくらいには。
「小説について誰かに頼ることなんて何もないわ。仕事は、そうね……。私の部屋の片付けとか、水風呂で寝落ちした私を助けたりとか、暇な時の話し相手とか、妹の勉強を見てもらったりとか、大体そんな感じよ」
「……あんた、どうやって生活してるの?」
「妹に色々してもらっているけれど、今年は受験生だから。あまり頼りっきりではいられないのよ。だから、これは割と切実なお願いでもあるわ」
「……考えとく」
後日談。
沙希は私の言った通りにアルバイトを全て辞め、心配していた弟には全て話したらしい。その辺は三子から大雑把に聞いた。
そして私は沙希を雇い、数日が経ってから、平塚先生に呼び出された。今度こそ、心当たりはないのだけれど。
「川崎とは上手くやれているのか」
「まぁそうね。正直、善人すぎて逆らえないところはあるわ」
「待て、つまり私に対する態度がずっと変わらないのはそういうことなのか?」
「親しみやすいキャラなのだと、どうして好意的に受け取れないのかしらね」
「君は私に親しみを持っているわけではないだろう。馴れ馴れしいというか、嘗めているだけだ」
「ご名答。さすがは現国教師、行間を読むのが上手ね」
「やっぱりそうなのか……。時に不可思議、奉仕部はどんな感じだ?」
行間は読めても、話をそらすのは下手らしい。まだまだ育てがいがあるわね。
「波乱そのものよ。宇宙人が麻雀しに来たけど誰もルールを知らなかったから拗ねて帰ったり、チェスとオセロの異種盤上戯戦にテトリスとぷよぷよが乱入してきたり、私の小説のコミカライズが決定したり」
「嘘だろう、なんだその楽しそうな部活は。少なくとも奉仕部ではないはずだ」
「ええ、最後のは嘘よ」
「他二つは本当なのか!?」
「もちろん、嘘よ」
沙希には平日の放課後だけで構わないと言ったのだけれど、仕事が溜まってむしろ大変だと、土日まで朝早くから家にきて、諸々の世話を焼いてくれている。
「朝から水風呂で寝るな! 凍死するよ!?」
「死なないための貴女なのよ」
「……お姉ちゃんがごめんなさい」
私は朝と夕方の二回、水風呂に入るようにしている。シャワーは熱いお湯の方が好きだけれど、お湯のお風呂は嫌いで、冷たい水風呂が好き。心地良さのあまり、たまに寝落ちしたりして、三子に迷惑をよくかけていた。
「あんた……。髪さえちゃんとすれば滅茶苦茶可愛いんだから、ほったらかす癖、直せ」
「いやよ。モテたりしたら大変じゃない」
「調子のんな」
「お姉ちゃんがごめんなさい」
「いいから、あんたは気にしないで」
沙希が来るようになってから、幾らか三子の口数が増えた。まぁ、私と二人だと「お姉ちゃん」「はいはい」だけで会話が成立してしまっていたのだから、当然といえば当然なのだけれど。
「……裸で出てくるなよ。あんたに恥じらいはないの?」
「欲情されるような身体じゃないでしょう。あと着替えを持ってくるのを忘れたのよ」
「ごめんなさい……。お姉ちゃん、女磨きならぬ女穢しに余念がないから……」
「三子、女穢しじゃなくて面汚しよ」
「どっちでもいいけどやめろ」
まぁ、沙希の問題はとりあえず解決したと言っていい。
めでたし、めでたし。