されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
職場見学が恙無く平穏に終われば、次に来るのは夏休みだった。
別に一日にノルマを設けているわけではないけれど、奉仕部の活動で遅れた分ハイペースに小説を書き上げては更新を繰り返して、筆が止まり頭が茹ってきたら水風呂で頭を冷やす。そんな日々を、繰り返そうと思っていたのに……。
『不可思議、今から千葉に行くぞ。迎えに行くから荷物を用意して待っていたまえ』
休日にも関わらず、平塚先生から電話がかかって来た。
「……今日は北海道に蟹を食べに行く予定があるのだけれど」
『何を言っている。君の夏休みに特に予定がないことは、君の妹から裏が取れているぞ。彼女も楽しみにしていた』
「人の妹から勝手に裏を取らないでほしいわね。社会不適合者」
『グッハァ!? ……い、一応奉仕部の活動なんだ。伝えたぞ……』
切れた。
……いやいや。いやいやいやいや。
あの平塚先生の計画した何かなのだから、何もなく終わるわけがないのは分かり切っている。
数々のミステリーを書いた私に言わせるなら、事件で生き残るコツは事件現場に近寄らないこと。今だけ千葉は危険地帯よ。
「……お姉ちゃん、二人の分の泊まり掛けの荷物、用意できたよ」
どのようにしてやり過ごそうか考えているうちに、二人分の大荷物を軽々持った三子が、私の部屋の扉から覗く。同時に、家のインターホンが鳴った。
「……問答無用ってわけね」
引きずり込まれるように、ホイホイと平塚先生の運転する車に乗せられてしまった。三子は後部座席で、なぜか私が助手席。他には雪ノ下と由比ヶ浜、戸塚が乗っていた。
「やぁ不可思議、おはよう」
「私が大好きなのは一向に構わないけど、せめて前日に連絡して欲しかったわね」
「そうしたら君は逃げると、三子ちゃんから聞いたのだよ」
「……三子?」
後ろを覗くと、三子は気まずそうにしていた。
「……だって、そうしないとお姉ちゃん一人でどっか行っちゃうし」
「そう妹をイジメてやるな。別に地獄への片道切符というわけではないのだから」
「往復でも嫌よ。……こうなるのなら沙希も連れてくるべきだったわね」
あの面倒見のいい姉御肌なら、なんだかんだと文句を言いながらも良い相棒役になってくれたろうに。……用事があるとかで何日か休みにしてくれって言われてたけど。
到着したのは、千葉は千葉でも、山中、キャンプリゾートの千葉村だった。
「…………」
「お姉ちゃん、……怒ってる?」
「……別に、酔っただけよ。久しぶりの車で気持ち悪い……」
そもそも、最初から怒ってなんかいない。
気遣ってか、三子は私の分の荷物も持ってくれていた。
平塚先生にタバコを吸うのを辞めさせて外の空気を吸うことに専念していると、すぐ近くにもう一台車が止まった。そっちからは、葉山と三浦、あと名前知らない男女一人づつが降りて来た。
「…………」
「やぁ、不可思議さん。……乗り物酔い? 酔い止めいる?」
「……悪いけど、もらうわ。三子」
「はい、水」
ぶっちゃけあんまり印象にも残っていなかったけれど、酔い止めに免じて少し評価を上げてやらんでもない。
「全員揃ったようだな。君たちにはこれからしばらく、ボランティア活動をしてもらう」
「体調不良で早退していいかしら……」
「構わんが、車か徒歩以外に帰る手段はないぞ」
既に地獄だった。
平塚先生に先導されて来た広い場所には、どう見ても百人以上の小学生の集団が居座っていた。小学校の教師が長々と話していて、子供たちには既に疲れの色が見える。
「では最後に、みなさんのお手伝いをしてくれるお兄さんお姉さんたちを紹介します。まずは挨拶をしましょう。よろしくお願いします」
「「「よろしくおねがいします」」」
そこらの騒音兵器よりも威力のありそうな挨拶の後、葉山が手慣れたような動きで前に出る。
「何かあったら、いつでも僕達に言ってください。この林間学校で素敵な思い出を、沢山作っていってくださいね。よろしくお願いします」
葉山の女受けの良さは年齢を問わないようで、主に女子からの黄色い声援がそこら中に飛び交っている。
「……あの、何故葉山君達までいるんでしょうか」
話が終わると、雪ノ下は平塚先生に尋ねた。
「ん? 人手が足りないから、内申点を餌に募集をかけていたのだよ。これも良い機会だ、君たちも別のコミュニティと上手くやる術を身につけた方がいい」
「……でもナーちゃん、優美子と一回マジな喧嘩してるじゃん。大丈夫?」
「「「あ……」」」
由比ヶ浜の言葉に、平塚先生と雪ノ下、戸塚の声がぴったりと重なった。
「……お姉ちゃん、喧嘩したの?」
「大したことじゃないわ。それに、三子が守ってくれれば平気よ」
「うん、わかった」
やっと酔い止めが効いて来たのか、大分酔いが治まってきた。
「さて、最初の君たちの仕事は、オリエンテーリングのサポートだ。一緒に行動して、トラブルの無いよう、見守ってくれ」
見渡すと既に、小学生たちは五人、六人程度のグループになって、地図を片手に行動を開始していた。
「お姉ちゃん」
「はいはい」
私ははぐれないように、三子の手をとった。
「……そうしていると、ちゃんと姉妹に見えるわね。上下が逆だけど」
「ナーちゃんの方が妹っぽいね」
私達も、本来のコースに沿って行動を始めた。後方を歩いていると、雪ノ下と由比ヶ浜が揶揄うように言ってくる。
「お姉ちゃん、方向音痴なので……」
「本当によくできた妹さんね。姉が反面教師になったのかしら」
「否定はしないわ。私は三子がいないと一週間ともたずに野垂れ死ぬ自信があるもの」
「うわぁ、ナーちゃん情けない」
「あなた達だって親がいないと生きていけないのが殆どでしょう。似たようなものよ」
「そうっぽいけどなんか納得いかないし!」
しばらく話しながら、ゴールを目指して歩いていると、雪ノ下が何かを見つけた。……見つけてしまった。
「……ねぇ、あの子なんだけど」
女子五人、というか、四人と一人のグループが、指差す方にいた。
気になっているのは、当然だけど四人じゃなくて一人の方。見るからに背中が寂しく、退屈そうにデジカメを触りながら、ただついて行っている。……あとなんか、見た目や雰囲気がなんとなく、雪ノ下に似ている。髪型とか、子供らしい大人っぽさとか。
四人の方も何か困っているらしく、コミュ力の高い葉山が手助けに入って行った。
「……あの人、すごいね」
「三子、ああいうのが好みなの?」
「んーん、全然。……間違えても辞めないってすごいなって思っただけ」
三子の視線の先では、孤立している一人と四人を半ば強引に合流させて、「みんなで一緒に」なんて、言っていた。
「確かに、あまりいいやり方とは言えないわね」
雪ノ下も言う通りで、強引に距離だけ五人組にされたところで、一人が一人であることに変わりはなく、ただ居心地が悪そうにしていた。
小学生達が全員ゴールにたどり着き、都度都度点呼を取りながら行事が進行していく。
次は、夕食のカレー作り。私たちも一緒に作り、そして食べるらしい。
「そういえば不可思議さんって、カレー嫌いなのよね」
「ええ」
別に作ることは構わないけれど、その技術も私には致命的に欠けている。逆に料理の得意な三子は小学生達に教えながら、野菜を切ったりしている。
「売店くらいはあると思うしそこで済ませるわ。最悪、三子が荷物に入れてくれたカロリーメイトがあるし、心配はいらないわ」
集団行動が極めて不得意な雪ノ下と、料理が極めて不得意な私は手持ち無沙汰になり、少し離れた位置から作業風景を眺めていた。
「カレー、好き?」
「……別に。カレーに興味ないし」
葉山が話しかけたのは、例の孤立している――言ってしまおう。いじめられている少女。一人黙々と作業しているところに話しかけられて、少女はその場を立ち去る。
少女のそれは、いい答えで正解の行動だった。下手に会話したりすると、調子乗ってる、とかなんとか難癖つけられるし、あれでは戦略的撤退しかない。
「……本当、馬鹿ばっか」
私か雪ノ下を同類と見たのか、少女は私たちの元へと来た。
「そうね、世の中の大概は馬鹿よ。世界を回しているのも馬鹿で、世界を止めているのも馬鹿。この世は馬鹿によって成り立っているのよ。大人になる前に知ってしまって残念ね」
「あなたもその大概でしょ?」
「私は小説家よ。世界を回すのではなく、世界を作るのが仕事。大概ではなく例外よ」
「そんなことを顔色一つ変えずに言えるのはきっと貴女だけよ」
「さてね」
「……名前」
「うん?」
私と雪ノ下の会話に段落がついたところで、少女は口を開いた。
「何か言ったかしら?」
「名前を聞いたの」
「人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るものよ」
雪ノ下の言葉に、少女はピクリと肩を震わせた。
「なら私はこう言うわ。――変な理由をつけて名乗らない方がうざったいし、マナーや礼儀をいちいち指摘する方がマナー違反よ」
「……悪かったわね。私は雪ノ下雪乃よ」
「私は不可思議可思議。小説家で、あっちのでかい女の子。
「……鶴見留美」
少女は名乗ると、遠い目をしながら語る。
「なんか、二人は違う感じがする。あの辺の人たちと。……私も違うの。あの辺と」
「随分と素敵ね」
「……不可思議さん、急に何を言い出すの?」
「間違えた。詩的ね、と言いたかったのよ。疲れて本調子が出ないわ」
「……詩的って、どういう意味?」
「纏まっていて美しい。そんな意味で言ったわ」
「不可思議さん、いくら同性でも、ロリコンはちょっと……」
「奉仕を命ずる変態にだけは言われたくないわね」
「その誤解もいっそ久しぶりね……」
カレーが完成して皆が食べている間に、私は施設の売店でおにぎりを購入した。具はツナマヨ。
「お姉ちゃん、食べるものあってよかったね」
「いつの間にかお昼を食べ逃してたし、コーラも買えたし、助かったわ」
一緒に来た三子は、平塚先生から渡されたお金で人数分の飲み物を買っている。
テーブルへと戻って来た頃には、全員カレーを食べ終えて、何やらシリアスな話をしていた。
「……大丈夫かな」
「何か心配事かね?」
由比ヶ浜が呟いたことを、平塚先生は耳ざとく捉える。
「ちょっと、孤立しちゃってる子がいたので」
多分、今日一番働きかけて一番上手くいってなかった葉山が暗い表情でぼやく。
「孤立というより、独立に聞こえたけどね」
「皆さんの分のジュース、買って来ました」
私が口を挟みながら三子の膝の上に座りおにぎりを開けると、三浦から鋭い視線が飛んできた。
「それで、君たちは一体どうしたいんだ」
葉山が言う。
「俺は、可能な範囲でなんとかしてあげたいです」
「「無理よ」」
図ったわけでは全くないけれど、雪ノ下と被った。
「そういえば、君たちはその子とよく話していたな」
「……平塚先生。これは奉仕部の合宿も兼ねているとおっしゃっていましたが、彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」
……いつもなら嫌だけど。面倒ごとなんて面倒くさいから嫌だけど。しかし彼女のことならば、詩的に素敵な彼女に限るのならば、存外乗り気な私だ。
「林間学校のサポートボランティアを部活動の一環としたわけだ。原理原則から言えば、その範疇に入れてもよかろう」
だけど、私がしようとしていることは奉仕活動なんかじゃない。
「そうですか。なら、彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段をもって解決に努めます」
「あの……、彼女は助けを求めないと思います。一切、全く、一言たりとも助けを求めないし、それに、心を痛めてすらいませんよね」
「「「……は?」」」
この場の最年少にして、最背長、三子が小さく挙手をしながら言うと、何人かの声が重なった。
「ねえ三子ちゃん、あの子は言いたくても言えないんじゃないのかな」
「違いますよ。……だから、お姉ちゃんが言った通り、孤立してるんじゃなくて、独立してるんです。あの子がかわいそうに見えるのは、子供のまま独立しちゃって、一人で生きていける精神になっちゃって、それでも集団にいなきゃいけなくて、だから苦しんでいる。全人類が子供で、でも自分だけは大人、みたいな重圧で。心を周囲に刻まれるのが孤立なら、心を環境に押しつぶされてるのがあの子。……だという風に、私には見えました」
およそ一分ほど、中学生の言葉を反芻しながら全員が口を閉ざした。
「……何か根拠があって言っているのかしら。あなたは他の小学生とばかり一緒にいて、彼女と関わっている場面なんて殆どなかったと思うのだけど」
最初に口を開いたのは、雪ノ下。
「見ればわかるんです。私は背が高いから、離れたところにいる人も見えるし、その人からも私は見える。いろんな人を人よりも多く見て来たし、見られて来た」
「それはただの経験則でしょう。根拠というには情報量が希薄よ」
「元被害者の経験は貴重よ。三子は鶴見留美と同じように、同じ以上の独立状態に遭って、正義感の強すぎて正しすぎた教師によって独立から孤立へと叩き落とされた。大人になりかけた子供を、子供は子供であるという正解へと落とし込んだ。――そんな経験を、あなた達はしていないでしょう。三子以上の経験則は、この場においてあり得ないわ」
「……お姉ちゃん?」
三子が私の顔を覗き込んできているうちに、次は葉山が口を開いた。
「なんにしても、みんなで仲良くなれる方法を考えないと解決にならないか」
「……それ、本気で言ってるんですか。……えっと、葉山さん」
「え?」
三子の言葉に葉山が顔を引きつらせていると、次は三浦が口を開く。
「あんさぁ、さっきっから思ってたんだけど、あんた何様のつもりなわけ? 年上のあーしらに、偉っそうにご高説垂れてるけどさぁ。要するにあの子を助けたくないって言いたいわけでしょ?」
相変わらず高圧的な話し方に怯み、三子は私のお腹に回していた手の締め付けを強める。
「っ、そんなことは、言ってません」
「じゃあ何よ」
「だから、……だから、助けちゃいけないんです。助けるなんて言葉を、あの子に使わないでください。……あの子が求めてるのは、みんなと仲良くする手助けじゃなくて、みんなから離れていられる度胸なんです」
鶴見留美に必要なのは仲間ではなく、敵である。