されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
三子は昔から背が高かった。背の順で並べばいつだって最後尾だったし、大勢が集まるときはいつだって後方にいる。
そこにひ弱な性格も相まって、イジメの標的になるのにそう障害は無かった。
それに、姉がこれである。暴力と開き直りに躊躇しない、民衆のハズレ者が身内にいるのだから、どうしても精神年齢が高くなってしまう。故に、三子は孤立よりも先に独立しかけた。
そこを担任の教師は、それこそ葉山のように、三子を集団に埋め込み、集団は手の届く距離まで来た三子を陰ながらに袋叩きにした。
その上で、外出すらも恐れた三子を訪ねて家に来た担任は、「みんな待ってるよ」と、追い討ちをかけた。
あの日、人が独立するときは若干大人びる程度だけど、独立から孤立に叩き落とされたときは小動物よりも小さくなることを私は知ったのだ。
あんな光景を、私は可能性すら見たくない。
結局、三子の言葉から先にまともな意見は出てこず、明日へと持ち越しになり、就寝することになった。
男女それぞれ大部屋で、布団を並べての雑魚寝。
「……んぅ、ねぇね……」
話し合いで精神的にかなり疲弊した三子は、私をぬいぐるみか何かのように強く抱きしめながら早々に眠ってしまった。
「はいはい……」
そこらの大人よりも体は大きいのに、精神は子供よりもひ弱で、そして何者よりも優しいのだ。
「……なんか、コイバナとか出来る雰囲気じゃないね。あはは……」
由比ヶ浜が、布団の上に座って枕を抱きながらそんなことを言い出した。
「電気は点けてて構わないけど、あまり騒がないで頂戴。私も疲れたから寝る、……というか身動きが取れないわ」
翌朝。
あの後、段々と体から力が抜けて、力尽きるように私は眠った。
「……お姉ちゃん、起きて」
「……身体中が痺れて、立てそうにないわ。……これが噂に聞く、土曜日の夜症候群ってやつね」
「何それ?」
「別名、ハネムーン症候群。腕枕をして寝たら翌朝腕が痺れて動かなくなる症状よ。私がしたのは腕枕じゃなくて抱き枕だったけど」
「ごめんなさい。えっと、とりあえず着替えさせるね」
荷物から私の着替えを取り出しながら、三子は言った。
「……もう全部任せるわ。なんか頭まで回らなくなって来た」
「うん、任せて」
かろうじて動かせる首を捻って周りを見ると、既に私以外の分の布団は片付けられている。
明らかに私が買った覚えのないワンピースを着せられて、化粧水以外にもよくわからないものを色々塗られ、髪までしっかりとセットされてしまった。
「わー! ナーちゃんが滅茶苦茶可愛い!?」
「これは、流石に驚いたわ」
朝食の席に三子に抱き抱えられたまま来ると、奉仕部二人が私を見て悲鳴に近い声をあげた。
「さて、今日の予定だ」
昨日の夕食に続き、またも私以外全員既に朝食を食べ終えていた。朝食は基本食べない派の私はリンゴジュースだけもらい、感覚の戻って来た手足を三子に揉み解されながら、平塚先生の話を聞く。
「夜は肝試しとキャンプファイヤーをやる予定だ。昼間小学生たちは自由行動なので、その間に準備をしてくれ」
「肝試しって、現実にやることあるのね」
「脅かす用の仮装を用意してあるそうだ。各自手分けしてやってくれ」
つまり、実質上のコスプレ大会ね。
キャンプファイヤーの準備なんてできるほど私に力は無く、肝試しで仮装するほどの気力も私には無かった。
三子は私を水辺近くの木陰に寄りかからせて、力仕事をしに向かって行ったしまった。……暇ね。
「……可思議?」
「あら、留美じゃない」
しばらく暇を持て余していると、留美が一人でやって来て、私の隣に座った。
「なんで一人なの?」
「一晩中妹の抱き枕になってたおかげで、手足が痺れて動けないのよ。話し相手になってくれると助かるわ」
そう言うと、留美は話を始める。
「今日は自由行動なんだって。……朝ごはん終わって部屋に戻ったら、誰もいなかった」
「奇遇ね。私も朝起きた時には妹以外いなかったわ」
「仲、いいんだね。あのでっかいお姉さんと」
「離れられないだけよ。難しく言うなら共依存」
「どういう意味?」
「お互いにいなきゃいけない存在ってこと。あの子がいないと私は死んでしまうし、私がいないとあの子は死んでしまう」
「やっぱり仲良いんじゃん」
「どうだかね」
私と三子の間にある感情は、好意というより厚意といった面の方が強い。関係性的には他人スタートで、友達や家族や恋人を全部すっ飛ばして、夫婦に近い仲になっている。過程のない家庭だからこそ、距離感を掴めずに衝突することも多い。
「……ねぇ、可思議」
「何かしら」
「可思議ってさ、小学校の時の友達っている?」
「いないし、顔も名前も覚えていないわね」
というか、今のクラスメイトの顔ですら危うい。
「……なんて言えば良いのかわかんないけど、なんか、こう……、強いよね。可思議って」
「弱さも強さの内なのよ。みんなと仲良く暮らすのが強さなら、一人孤高に生きていくのもまた強さ」
一匹狼なんて、かっこいい言葉があるけれど、それだって本質的には群れから逸れた狼のことで、私よりも留美の方がよっぽどそれに近しい。
「……でも、お母さんは納得しない。いつも、友達と仲良くしてるかって聞いてくるし、林間学校も、沢山写真撮って来なさいって、デジカメ……」
留美を苦しめていたのは同級生だけじゃ無かった。――母親もまた、娘を子供扱いするという至極一般的な行動で、無意識のうちに押し潰すパワーの一つになっている。
「それに、シカトされると自分が一番下なんだなって感じる。ちょっと嫌。惨めっぽい」
「物事の解決への近道は、いつだって妥協と諦めよ」
「……嘘でも慰めてよ」
「私なりに勇気づけようと思ってるのよ。勇気っていうか、むしろ度胸かしらね。度胸をつけてあげようと思ったのよ」
「……ふぅん」
そっけないような返事だけれども、留美の目はしっかりと私を捉えていた。
私は小説家。文脈と行間で世界を作り、会話と描写で社会を作る。そこに、自分以外の手が加わることは決してない。
地球が一つであるように、大抵のことは単独の方が都合がいい。
「下に見られるのが嫌、でもみんなと肩を並べられるほど信用もできない。見限ってしまった。……それはもう、今はどうしようもないわ。諦めなさい」
「諦める……、しか、ないの?」
「誰かを信じるとは、互いに互いの怒りや敵意、裏切りをも許容するということなのよ。でもそれを知る子供はいないし、大人でもむしろ少数派。留美がまだ友達が欲しいというのなら、そういう人間を探すしかないわ」
「……でも、いないんでしょ?」
「目の前にいるじゃない。泣き過ぎて目に節穴が空いたのかしら?」
「え?」
「私が留美の友達になると言っているのよ」
キョトンと、留美は目を丸くする。
「同級生に友達は無理だから、今は私で妥協しておきなさいと、だから言っているのよ」
何かを求めるなら、ある程度の喪失は覚悟しなくちゃいけない。
「学校が好きな人間がいるとするなら、その人は学校を知らないか、学校しか知らないかのどちらか。学校が嫌なら、学校の外を知れば良いのよ」
「……でも、これからも会えるかはわかんないし、それに、可思議は高校生で私は小学生だよ」
「学校の外って言ったでしょう。私は今十六歳で、留美は今十二歳。小学六年生と二年生の四年という差は、学校じゃ大きいかもしれない。でも外じゃ誤差の範囲内よ。むしろ四なんて四捨五入すれば差にもならない」
距離なんて、もっと差にならない。
「携帯電話……、は、まだ流石にまだ持ってないわよね。そもそも私も使えないし。留美の家にパソコンはあるかしら?」
「パソコン? まぁ、お母さんに言えば、使えるけど」
「それならよかった。メールアドレスを教えるから、メールでやりとりしましょ。親への説明に口実がいるなら、こう言いなさい。――不可思議可思議の小説が読みたい」
「可思議の?」
「学校なんて目に止まらないくらい、面白い世界を見せてあげるわ」
いつの間に準備が終わったのか、私の同級生たちは水着に着替え、水辺で遊んでいた。
三子も来ていたようで、こちらへとやって来る。
「お姉ちゃん。身体、まだダメ?」
「感覚がまだ鈍いけど、歩くくらいは問題ないわ」
「そっか。……えっと、初めましてだよね。私はお姉ちゃんの妹の、
三子が自己紹介すると、留美は首を傾げた。
「苗字が違う……」
「え? ああ。……お姉ちゃん」
三子の責めるような視線が私に突き刺さる。
「はいはい。私の本名が七五三
「お姉ちゃん、お願いだから初対面相手にペンネームを名乗らないで」
「数字が子供っぽくて嫌なのよ」
「七五三は確かに子供っぽいけど、でも不可思議って、……長寿過ぎ」
あと一時間もしないうちに夕方になるって頃に平塚先生に呼び出され、この場はお開きになった。
「それで、また随分と話していたみたいだけど、何か解決策は思いついたのかしら?」
今はみんなが肝試しの仮装をしているところで、着替え終えた雪ノ下に尋ねられた。
「何を言っているのよ。もう解決したわ」
「……すごく不安なのだけれど、何をしたの」
「四捨五入。どうしようもないものは切り捨てて、必要なものと必要なものの手に入れ方を教えた。いつも通り、妥協と諦めよ」
肝試しのMVPは、自前のワンピースと帽子を使い、八尺様のコスプレをした三子だった。怖い話や都市伝説に敏感な小学生が本気で逃げて行ったくらいには、怖かった。
後日談。というか、事後承諾とか諸々。
肝試しが無事に終わり、林間学校最後の予定であるキャンプファイヤーを離れたところから見ていたら、葉山が隣に座り話しかけて来た。
「なぁ。やっぱりみんな仲良くとは、いかなかったのかな」
「それが出来れば、この世に一匹狼なんて言葉も弱肉強食なんて言葉もないのよ」
「逸れた狼も、別の群れを見つければそこに入っていくんじゃないのかい?」
「入れるかもしれないわね。袋の中に。袋の中の鼠になって、袋叩きにされるだけでしょうけど」
「……そうか」
葉山はますます表情を暗くさせ、この場を去っていった。
「やぁ、不可思議。聞いたよ。流石の手腕だな」
入れ替わるように、煙草を吸いながら平塚先生がやって来る。
「私は唆しただけよ。まだ何も終わっていない。そしてこれから何を捨てて何を拾うのかは留美しだい」
「まぁ、事実その通りなんだろうさ。だが、それだけのことでも出来たのは君だけなんだ。まさか、賞賛を言うなら金を払えなんて言わないだろ?」
「賞賛を受けるべきは留美なのだけどね」
平塚先生は空の空き缶に灰を落として、ニヤリと笑った。
「ところで君は、彼女のことは名前で呼ぶのだな」
「親しき仲には礼儀あり。親しい者くらいは名前で呼ぶわよ」
「礼儀というか、概ね普通のことなんだけどな。……待て、となるとだ。雪ノ下や由比ヶ浜は君の中で、親しいの枠に入っていないのか?」
「当たり前じゃない」
「じゃあ、……葉山や三浦達は無理にしても、戸塚あたりはどうだ。仲良いだろう」
「男子を名前で呼ぶなんて恥ずかしいじゃない」
「……私は今、肝試し以上に肝を試されている気がするよ。え、何、奉仕部よりも戸塚の方が好感度高いのか?」
「ただの同級生と可愛い男の娘。小説家なら断然後者を選ぶわ」
「君も一応、女なんだな」
「小説家よ」
諦めたように、平塚先生は別のところを周りに行った。
「お姉ちゃん、ラムネとサイダー、どっちが良い?」
「……何が違うの? どっちでも良いわよ」
隣に三子が座り、私を持ち上げて膝に乗せる。
「結構違うと思うけど。じゃあサイダーね」
三子は私にペットボトルのサイダーを渡し、ラムネのキャップを捻って開けた。ビー玉を落として開けないあたり、私の妹よね。
「……お姉ちゃん、なんか楽しそうだね」
「そう? ……まぁ、友達が出来たからかしらね」
「よかったじゃん。お祝いする? 帰りにケーキ買う?」
「私が友達を作るのはそれほどのことなの?」
「だって、お姉ちゃんが私に友達の話をするのって初めてだもん」
「待ちなさい。沙希を忘れているわよ」
「沙希さんは、……ほら、姉さんって感じじゃん」
「え、もう家族認定?」
「あんな優しい人、友達扱いなんてできないよ。だから姉さん」
「……名前は忘れたけれど、沙希の弟との交際は一切認めないわよ」
「別に認めなくて良いけど名前は忘れないであげて。仲良しな沙希さんの弟の名前は覚えてあげて」
「機会があればね」
三子は由比ヶ浜に呼ばれ、私を降ろして線香花火を受け取りに行った。
「……可思議」
「何かしら」
「メール、絶対送るから。見てよ」
「ええ。楽しみにしている。あ、ちょっとこっちに来なさいな」
「なに?」
「……そこで見てる平塚先生」
「何故バレた!?」
「お願いするわ」
「う、うむ、任せたまえ!」
留美は一枚の友達との写真と無数の敵を手に入れ、詩的な一歩を踏み出した。
「……二人とも、顔はいいんだから少しくらい笑ったらどうだ? 証明写真みたいになってるぞ」
めでたし、めでたし。