されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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やっぱ文化祭が祭りなのは間違っている。『起』

 奉仕部の合宿だったらしい千葉村から帰ってきて、何日か経ち。

 受験勉強に本腰を入れ始めた三子に代わって、スーパーに買い出しに行こうと向かっている道中。

 

「あー! 不可思議ちゃーん!」

 

 と、明らかに私とは親しくなれなさそうな女性に呼び止められた。

 

「……誰かしら。私はこれから忙しいのだけど」

 

「忘れられてる!?」

 

 彼女はどこか冗談めかしながら驚き、開き直ったような笑みを浮かべている。

 

「もぅ。ほら、部活の合宿だっけ? 雪乃ちゃんたちがこっちに帰ってきたときに一度会ったでしょ? 雪乃ちゃんの姉、陽乃(はるの)さんを忘れたとは言わせないわよ?」

 

 なんかもう、まだ数えられる程度のセリフしか話していないはずなのに、面倒臭そうなキャラの人だった。毎朝アイフォンに「オーケー、グーグル」と言ってそうな人だった。

 

「まさかあの不可思議可思議が雪乃ちゃんとお友達だったなんてねー。話を聞いてから、一度話してみたいと思ってたんだー」

 

「あの変態とは別に友達でもなんでもないわ」

 

「変態!? 雪乃ちゃんがなにをしたらそんな言われ方するの!?」

 

「私の利き手と目に性的な暴行を為そうと計画しているわ」

 

「……なんか、雪乃ちゃんがごめんね」

 

「欠片でもそう思ったのなら、是非とも妹が同級生の手に手を出す真の変態になる前に止めてくれると助かるわ」

 

 切実に。

 しかし、彼女は愉快そうに笑う。

 

「アッハハ。いや、聞いてた以上だわ、不可思議可思議ちゃん。可思議ちゃんって呼んでいい?」

 

「……もういいかしら。自慢じゃないけれど、私は熱というものに滅法弱いの。夏の外に長居はしたくないわ」

 

 いい加減、汗で服が張り付いてきて鬱陶しくなってきた。さっさとスーパーの野菜売り場で涼みたい。

 

「……君はまるで人形を相手にするように話すんだね」

 

「私は人形師ではなく小説家よ。熱中症になりたくないから、もう行くわ」

 

「はいはい。またね、可思議ちゃん」

 

「ええ。次会うまでには私の小説を読んでおきなさいな」

 

「……バレてたか」

 

 


 

 

 あれ以降、結局夏休み中には彼女が私の前に姿を現すことはなく、そして夏休みが終わった。

 

「……もう私、水風呂と結婚するわ」

 

「水風呂の方から願い下げだと思うけど。つーかさっさと出ろ。遅刻するよ」

 

 九月は秋らしいけれど、気温は余裕で猛暑日を超える。ならそれはもう夏だし、なら今日も夏休みであるべきなのよ。

 

 私は朝早くから来た沙希に湯船を引きずり出され、髪と身体を乾かされ、下着と制服を着せられた。

 

「髪。黒でも茶色でも金色でも、どれか一色に染めなよ」

 

「嫌よ。最近は一周回って気に入ってきたの」

 

「気に入ったの最近なのかよ……」

 

「……お姉ちゃん、沙希さん。……学校、あと十分で始まっちゃうよ」

 

 沙希に髪をポニーテールに結われていると、脱衣室の扉から三子が顔を覗かせた。マスクをつけたり、おでこに冷却シートをつけたりと、なんか顔の八割が真っ白なのが不健康さを際立たせる。

 

「ああ、うん。わかったから、三子は大人しく寝てな」

 

 三子は新学期早々、季節外れの夏風邪に掛かり、今日一日休むよう伝えた。

 

「あんた先に学校向かってな。私は三子を寝かせてから追いかける」

 

 ……なんか、夏休み中に姉の座を完全に取られた気がする。そもそもその席に座っていたのかも怪しいものだけど。

 

「お姉ちゃん、……行ってらっしゃい」

 

「ええ。帰りに何か買って来るから、出来たら連絡よこしなさいな」

 


 

 それにしても、ポニーテールというには存外にいいもので。今までずっと、伸ばしっぱなしでボサボサの髪を、さらにほったらかしにしていたけれど。それと比べてはるかに首の後ろが涼しい。

 一つ問題は、合宿の時以降、たまに三子が私の髪の手入れを力尽くでするようになって、沙希までもが私の髪に手を付けるようになり始めた。

 おかげで、妹に似て美麗な私の顔がわかりやすく表に出てきて、男達の視線が鬱陶しいこと。

 

 流石に初日から職員室に呼び出されるようなことはなく、教室に向かって階段を登っていると、踊り場で雪ノ下に声を掛けられた。

 

「あら、久しぶりね」

 

「……人違いじゃないかしら。私は七五三(しめ) 五子(いずこ)というのだけど」

 

「嘘をついても無駄よ、不可思議さん。あなたの素顔はそう簡単に忘れられるものじゃないもの」

 

「それは残念ね。忘れられるようにと、毎晩寝る前に夢日記を書いていたのだけれど」

 

「意味がわからないし、夢日記じゃなくて夢の予言書になっているわよ。……そういえば、姉さんと話したそうね」

 

「…………?」

 

「忘れられてたと言っていたけど、……姉さんこそそう簡単に忘れられるような人じゃないと思うのだけれど」

 

「嗚呼。あれ、貴女の姉を騙るストーカーじゃなかったのね」

 

「貴女、雪ノ下家に何か恨みでもあるの?」

 

「恨みがなくともイジメは起きるものよ。ああ、そうそう。三子が季節外れの夏風邪に罹ったから、今日は部活に出ないで帰るわ」

 

「そう。お大事にと伝えておいて頂戴」

 

 クラスが違うので当然別れ、私と追いかけてきた沙希は遅刻スレスレで教室に入った。

 

 スーパーでスポーツドリンクとゼリーを買って帰ったら、沙希が全く同じものを買ってきていて、冷蔵庫の一角が爽やかになったりはしたけれど、大したことは起こらず、その日は終わった。

 

 


 

 

 翌日。家の用事とかで今日は沙希が家に来ず、私は盛大に遅刻した。午前中を完全に寝過ごし、せっかくだからと水風呂に浸かってから自分のペースで支度をし、のんびりと登校した。

 

「……せめて風呂上がりなことを隠す努力をしてから来たまえ。髪が濡れているぞ」

 

「ゲリラ豪雨だったのよ」

 

「君の家はすぐ近くだったはずだ。ゲリラすぎるだろう」

 

 私が教室に入った時の授業はロングホームルームだったらしく、黒板を見るに、文化祭実行委員を決めているらしい……。

 二人必要なようで、そのうち一枠には『七五三』の三文字が

 

「……へぇ。確かに千葉には『七五三』という名字は多いそうだけど、このクラスに私以外にもいるとは思わなかったわ」

 

「君以外にいるわけないだろう。何か説明は必要かね?」

 

「組織活動且つ肉体労働かつ奴隷労働に、私という非労働の極みを推薦した理由を聞かせてもらえるかしら。然もなくば、普通に蹴る」

 

「君は小説家だろう。小説家らしく言葉で戦いたまえよ。……いやな、もうすぐ次の授業が始まるというのに、まだ一人も決まっていないらしかったからな。だから不可思議にしておいた。ひとっ風呂浴びてから来た方が悪い」

 

 へぇ、そう。ならば私は悪逆の限りを尽くし、今年の文化祭を世界一失敗した文化祭に仕上げて見せるわ。

 

「いい加減に仕事したりしたら普通に殴るからな」

 

 ……仕方ない。どうせ大した仕事量でもないし、普通に働きましょう。

 

「さて席に着け。授業を始めるから、残りは放課後にでも決めたまえ」

 

 半ば強引に、平塚先生の授業が始まった。

 

 


 

 

 放課後。

 

 平塚先生が言った通り、もう一人の実行委員を決める話し合いが行われる。

 

「えー、じゃあ、七五三さんともう一人実行委員をやりたい人……」

 

 司会を務めている男が、投げやり気味に言った。そりゃ、私みたいなやつとは一緒になりたくないわよね。既にグダグダだわ。

 

「このまま決まらないなら、ジャンケンに……」

 

「ハァ?」

 

「それって、大変なの?」

 

 何もかも投げ出すようなこと司会が言うと、三浦が威圧し、由比ヶ浜が尋ねる。曰く、普通にやっていれば、そう大変なことじゃないらしい。

 

「えっと、じゃああたしがやろっかな〜、なんて」

 

「やめてください由比ヶ浜さん」

 

「ナーちゃんが断るの!? しかも敬語で!! ナーちゃんなんで!?」

 

「知り合いがいると、悪いことをし辛くなるじゃない」

 

「犯行予告!?」

 

「冗談よ。普通に、仕事ができない人に来られても私の仕事が増えるだけだから、遠慮して頂戴」

 

「そっちの断り方の方があたしやだよ!?」

 

「つーか、結衣はあーしと一緒に客の呼び込みとかする係だから、普通に無理だし」

 

「え、あたし呼び込みやるの?」

 

 ……もしかして、私も実行委員じゃなかったらやらされてたのかしら。グッジョブ、平塚先生。

 

 まぁ、となると外見的に、戸塚と葉山あたりも無理そうだし、指名した方が手っ取り早いわね。

 

「ねぇ、葉山っていったかしら」

 

「なんだい、不可思議さん。僕もいろいろ忙しいから、実行委員はちょっと難しいけれど……」

 

「そんなことを求めてはいないわ。それより、おそらくクラスで一番人望のある貴方から見て、真面目で有力な人材って誰かしら」

 

「え? まぁ、そうだな……」

 

 私が直接指名してもどうせ喧嘩になって終わりなのだから、こういうのはアンチの湧かない人気者に任せるに限る。

 

「それなら、相模さんなんか、ちゃんとやってくれそうだと思うよ」

 

「え〜? ウチ〜?」

 

 指名された彼女は、いつか会ったストーカーとは比べ物にならないほど下手くそな、ヘラヘラした作り笑いで「無理だってぇ」と拒否したけれど、葉山が手を合わせてお願いしたら、頬を赤らめながら了承した。……わかりやすいな。

 

 


 

 

 翌日放課後から早くも、会議室で実行委員会の会議が開かれた。席は自由だったから適当にドアの近くに座っていたら、いつの間にか隣に雪ノ下が座っていた。

 

「予想外の人がいたものね」

 

「遅刻のペナルティで押し付けられたのよ、平塚先生に。私は小説書かなきゃだから、あとは任せるわ」

 

「はい?」

 

 やりたいわけでもない仕事を積極的にやるつもりはない。文化祭なんかよりも私には優先するべきことがある。

 

 

 暫く話し合いが進み……。

 

「不可思議さん。会議は終わったわよ」

 

「……そう。部活はやるの?」

 

「由比ヶ浜さんが待っているそうよ」

 

「そ。わかったわ」

 

 

 

 二学期になろうと、奉仕部の日常に変化は訪れない。依頼人さえ来なければ、然してすることもなく、私は小説の続きを書く。

 ……依頼人さえ来なければ。

 

「しっつれいしまーす」

 

 と、やって来た依頼人は、名前は忘れたけど私のクラスメイトで、実行委員になった女子とその取り巻き二人だった。

 

「平塚先生に聞いてきたんだけど〜、雪ノ下さん達の部活なんだ〜」

 

「何、貴女の知り合い?」

 

「そんなわけないでしょう。何かご用かしら」

 

「ゆきのん、否定が強いよ……」

 

 三人は一度向き合ってから、話し出す。

 

「ウチ、実行委員長になっちゃったんだけどさ、こう……、自信が無いっていうか、……、だから、助けて欲しいんだ」

 

 ……いや、何を言っているの? 自己責任という言葉が、この女の辞書には書かれていないのかしら。

 

「自身の成長という、貴女が掲げた目的とは外れるように思うけれど」

 

「そうなんだけどぉ〜、やっぱりみんなに迷惑かけるのが一番不味いってゆーか、失敗したくないじゃない? それにっ、誰かと協力して成し遂げることも成長の一つだと思うし!」

 

「私への迷惑は考えていないのね。葉山に任せれば問題ないと思っていたけど、大外れだったわ」

 

「は? 七五三さん、何言ってんの? 夏休み中に整形したとかって聞いたけど、何、顔だけ良くなって調子乗ってんの?」

 

「指名権を葉山に渡したのは私が悪かったと、反省どころか猛省しているけれども。でも委員長になったのは貴女の自己責任でしょうと言っているのよ。責任を私たちに押し付けないで」

 

「……ごめん、何言ってるのかよく分かんないんだけど」

 

 あーあ。ほんっと、あーあって感じよね。

 

「要するに、被害者ヅラが気に食わないって言ってるの。分からないと言っておけば許されるのは授業中だけよ」

 

 三子を見習って、私ももう少し人を見る目を鍛えた方がいいかしら。どうやって鍛えるのかなんて知らないけど。

 

「……不可思議さん、構わないわ」

 

「へぇ?」

 

「依頼内容は要するに、委員長になってしまった貴女の補佐をすればいいのでしょう? 私も実行委員だから、その範囲から逸脱しない程度であれば手伝えるわ」

 

「本当に! やったー!」

 

 雪ノ下はどこか心あらずな様子で、依頼を請負った。

 三人はすぐに部室を出ていく。

 

「……説明してもらえるのよね。この部の活動はあくまでも困っている人に手を差し伸べることだと、私が入部したときに貴女は言ったはずよ。楽をしたい人に楽をさせることも活動のうちなのかしら?」

 

 雪ノ下は、躊躇いながらに言った。

 

「……私個人でやることだから。貴女や由比ヶ浜さんが気にすることではないわ」

 

「でもゆきのん、いつも通りなら……」

 

「いつも通りよ」

 

 いつも通りではない。雪ノ下雪乃は多少愚かなところはあっても、根本的な間違い見つけたら決して正そうとしない人間ではなかったはずなのだから。

 

「……別に、私との勝負云々のことなら心配も焦る必要もないわよ。平塚先生がどう勝敗を分けるかなんて知ったことじゃないけど、私が勝って要求することは私の小説を読むことなのだから」

 

 材木座、戸塚、沙希、留美。平塚先生がどう見るかなんて知らないけれど、私からの主観で想像するに、私の方が圧倒的に優勢なはずなのだから、似た認識をしていれば焦りが生じても、それから、一人で解決するという発想が出てきても、おかしくはない。

 

「それとは関係ないわ。……本当に、私一人でできることだし、私一人でやった方が効率がいいのよ」

 

「効率って……。でもそれっておかしいと思う!」

 

 言うだけ言って、由比ヶ浜は部室から出て行ってしまった。

 

「……私も帰るわ。文化祭、留美と三子も来るそうだから、みっともないところを見せないでよね」

 

 

 いい感じに夕暮れ時だし、沙希ももう家にいるでしょうし。

 

「なんかもう、なんかもうっ!」

 

「ほんと、あーあよね。あーあ」

 

「……ナーちゃん」

 

 特別棟の出入り口あたりに、由比ヶ浜はいた。

 

「何が不満なのかしら」

 

「……なんか、いつものゆきのんと、なんか違うんだもん。それに、さがみんのやってることも嫌だなって感じ」

 

「その辺は同感ね。嫌いだけどあの古風なギャルの方に人選を任せるべきだったわ」

 

「古風なって……。ゆきのんがさがみんのお願い聞いちゃうのも、仲良くしようとするのも、……」

 

 言っているうちに、由比ヶ浜の頬の赤みが増した。

 

「あ、あたし……、思ってたよりずっとゆきのんのこと好きなのかも」

 

「そんなゆるキャラみたいな呼び方してて好きじゃなかったら、それこそ気持ち悪いわよ」

 

「うっ、うっさい! あたしもう教室戻るから! 委員会頑張ってね!」

 

「いや、私は面倒だから帰るわよ」

 

「……ナーちゃんって、基本マイペースって言うか、我が道を行くって感じだよね。ちょっと羨ましいな」

 

「その道の先を見ないうちに羨ましがられても反応に困るわ。……また明日」

 

「うんっ! また明日!」

 

 

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