主役は遅れてやってくる。
終盤は『Synchrogazer-Aufwachen Form-』を聴きながらお読みください。(OP曲使った特殊EDって最高だよね)
「――と、そんな次第で。私と灯志くんは雄英を受験したのです」
「「おぉ~……!」」
「……勘弁して渡我さん……ホント勘弁してください」
「恥じることなんてないじゃないか!胸を張りたまえ!俺は感動したぞ歌満地君!」
「俺もだ!歌満地お前、マジで漢だぜ!」
「そういうのが勘弁してってんのさ……」
駅で電車を待つ間、主に芦戸さんの質問攻めに遭った渡我さんは、特に抵抗することも無く
あっさり俺との出会いから雄英入学までの経緯を皆に喋った。喋ってくれちゃった。
とは言え、彼女とて全てをつまびらかにしたわけでは無い――病院での一件と御両親との確
執の辺りはバッサリカットしていた。彼女の、他人にみだりに言えない本音も。
しかしながら、そのカットした部分を渡我さんの主観で補正というか、
で埋めて披露されたものだから、結果、テンプレ的ボーイミーツガールな美談として修正され
ていて、おかげで周囲はこの反応。
飯田くんなんぞ周囲に人がいなかったら喝采しそうな勢いである。もう俺は顔から火が出そ
うだ。
渡我さんめ、素振りは恥じらってる割に語り自体は声が弾んでんだよなぁ。
ネットに晒された時はすごい嫌がってたのに……。
『あ。そう言えば「誰に何言われても気にしないことにしよう」って言ったわ、俺』
【フハハ、自業自得ではないか。滑稽なり】
精神世界でも思わず顔を覆ってしまう。悔しい。
指の隙間から、横目で隣の渡我さんを見る。
彼女は、本当に強くなったと思う。腕っぷしの話じゃない、精神的に、だ。
今の渡我さんは、長年続けた作り笑い故にどこかぎこちなさこそ残るものの、彼女本来のそ
れに近い笑顔を人前でも見せるようになった。
周囲の心象を気にして自分を隠すことがなくなり、それでいてどこまで見せていいのか、手
探りではあるけど線引きもできている。初日なのだし、まだ何とも言えないが、周囲から避け
られている感じも今のとこ無い。これはきっと良いことだ。
この調子で、渡我さんが自分らしくいられる関係――そういう相手が増えていって欲しいと
思う。
『そうすれば、俺がこうして羞恥に悶えることも多少は――』
【減るわけ無かろう。むしろ増加していく一方であるわ、馬鹿め】
ですよね。知ってた。
【そもそもだ、この娘が貴様から離れられると思っているのか?】
『……? いや、渡我さんが他の人と仲良くなったって、それは俺から離れると言うことじゃ
ないでしょ』
【……クッ、クククッ……。順調に侵食されておるなぁ、貴様】
『何が?』
そう問いを返しても無視してくつくつと嗤うハーさんに付き合いきれず、俺は両手の間から
ため息を押し出した。
「そ、そのくらいにしておこうよ二人とも。歌満地くんは、あんまり騒がれたくないみたいだ
し……」
ナイスフォローだ緑谷くん。ありがとう。
「……でも、僕もすごいと思う。『生きるのを諦めるな』――自分が言われたわけじゃあない
のに、なんだかとても胸に響いたんだ。何て言うのかな……こう、心の中に暖かい光が灯った
というか……」
「分かるぜ緑谷……!こう、アレだよな。めっちゃ燃えるぜ!って感じじゃねぇんだけど……
じわじわ気合いが湧いてくるって言うかよーッ」
「…………」
万感を籠めたかのように真剣に言ってくれる緑谷くん。フォローしてくれたと思ったらこれ
だよ。悶え死なせる気かい?
「ああ、実に勇気づけられる言葉だ。まさに
ヒーローとしてぼ……俺たちよりも先を行っているんだな」
「――それは違うよ、飯田くん」
俺は思わず食い気味に否定した。飯田くんは怪訝な顔をしている。
「あー、その、ね。俺は、自分ではヒーローらしいことをしてるつもりは無いんだ。誰かを助
けることは俺にとって、やりたいようにやってるに過ぎないというか……」
「それは……『気付いたら身体が勝手に動いていた』、ということかい?」
「ちょっと違う、かな……。俺にとって、人助けは生活の一部というか――趣味?」
「しゅ、趣味?」
「うん、そう。だから正直、褒められたもんじゃないと思ってるんだ。自分ではね」
「た……、確かに、自分勝手と言うのは良くない。しかし、君のそれは決して利己主義という
訳では無いだろう?自分のことしか考えていない、そんなただの独善なら、自らの命を懸ける
ような行動が出来るはずが無いじゃないか」
「……ははは、そうだね。ありがとう飯田くん」
中身の伴わない返事をしてしまった。
だって、『実際は体だけじゃなくて心も勝手に動くんだ。それで痛い目を見たり周りに心配
かければ、自分でしたことなのに凹む。趣味どころか、もう病気さ』……なんて、とてもじゃ
ないが口にはできないから。
この性分は一般的な『普通』とも、ヒーローらしさともかけ離れていると自覚している。
本当は、渡我さんのことをとやかく言えないんだ。俺は。
なんて思ってると、芦戸さんと切島くんが顔を見合わせて……そして、どちらからともなく
笑いだした。
「……いや、なんでさ。遺憾である」 思わずハーさんのような言い方をしてしまった。
「ははっ、悪ぃ悪ぃ。いや、良く聞いたようなこと言うもんだと思ってよ」
「そーそー!“響”みたいなこと言うんだもん!」
「響?」
芦戸さんの方を見て頭を傾ける俺。渡我さんがつられて小首をかしげている。
「俺と芦戸のダチだ!いい奴だぜ!なんたって
「道行くお婆さんの荷物持ってあげたり、迷子の子がいたらいっしょに親探してあげたり……
昨日も木から降りれなくなった子猫助けてたら、入学早々遅刻して大目玉食らっちゃった~!
って笑っててさ~」
「ふぅん……?」
趣味で人助け、ねぇ。
「それは仲良くできそうだな」
「ちょっと歌満地、浮気する気?渡我っていう彼女がありながら!」
「何が!!? それに彼女では無いからね!?」
「ちぇっ、そこはサラッと流しなよ~。ねぇ渡我?」
「ふふ、そうですよねぇ。……ところで、その響って人、女の子ですか?」
「うん、めっちゃカワイイ子だよ! まっ、私ほどじゃあないけどね~、なんちゃって」
「おいおい芦戸……お前それ、小日向に言うぞ?」
「ちょ、切島!?それは勘弁してよ!冗談!冗談だから!」
なるほど女の子なのか。しかし芦戸さんめ、面白がってくれちゃって。
はぁ、これは今後もイジられるんだろうなぁ……と、つい眉間を揉んでいると、渡我さん
がこちらを覗き込んできた。
「……どうしたの、渡我さん」
「……ふふっ」
「?」
「楽しいね灯志くん。楽しいねぇ」
そう言って、目を細めて笑う渡我さん。
「……。そうだね」
アナウンスが流れ、電車が近づいてきたことを報せる。
「あっ、そうだ!このままどっかご飯行かない?」
唐突に芦戸さんが提案してきた。
「先生はああ言ってたけどさ、今日はこれから時間あるわけだし!親睦会ってことで!」
「むっ、確かに今後の学生生活を円滑にするためにも、級友と親睦を深めることは大事だな!
しかしすまない。既に今日の昼食は兄と取ると予定を入れてあるんだ」
「えぇっと、ゴメン、僕も。家でお母さんが待ってるから……」
「それならしょうがない!麗日と御二人さんはどうするー?切島は来るっしょ?」
「おうっ!特に予定もねぇし、いいぜ!」
「ウチも行こっかな。こっち出てきたばっかやし、一応観て回りたいかなーって」
「どうします灯志くん?」「そうだなぁ……」
思案しつつ、俺は頭の片隅でぼんやりと、この他愛も無い、しかし、楽しいと感じる時間の
大切さを想う。
こういう日常を守る為に――俺はこの血を流すのだ。
■
もぐもぐ、がつがつ。湯気をくゆらせる白い米粒を勢いよくかっこむ、一人の少女。
ここは『私立リディアン音楽院高等科』学生食堂の一角。時刻は正午を回り、世にも珍しい
ビュッフェスタイルの学食を、生徒たちが各々の好みと気分で自由に組み合わせた昼食に舌鼓
を打っている最中だ。
「……『自衛隊、特異災害対策機動部による避難誘導は完了しているものの、最終的な被害規
模は
白飯を食らう少女の向かいの席に座る黒髪の少女――後頭部の大きな白いリボンがチャーミ
ングだ――が、携帯片手に今朝のノイズ発生のニュースを読み上げている。
昨晩にも、山間部でノイズが出現しており、そちらは最小限の被害で抑えられたが、今朝の
ケースは大勢の利用客を乗せた電車が巻き込まれて少なくない犠牲者が出てしまった。
「……ここからそう離れてないね」
「うん……」
自分たちが安穏とした日常を過ごす裏側で、人が命を落とし、誰かが嘆き悲しんでいる。そ
の事実を見聞きするたびに、かつて自分が命を落としかけた、あの惨劇を思い返さずにはいら
れない――白米を
の女の子。
これまで音楽とは無縁の生活をしていた彼女が、何故この音楽学校に入学したのか。それに
は響にとってとても重大な、とある事情があった。
――
――あの日に私を助けてくれたのは……ツヴァイウイングの二人。
――ステージ衣装じゃない、ヒーローみたいな姿で、二人はノイズと闘っていた。
――私が今こうして生きていられるのは、奏さんと翼さんのおかげなんだ。
しかし、響が退院してから聞いたニュースでは、そんな話は影すら無く、多くの人々がノイ
ズの犠牲となり、自分と同じように生き残っても尚傷付き苦しんでいる者たちがいるというこ
とだけしか、彼女の耳には入って来なかった。
闘うツヴァイウイングの姿――それは恐怖に怯え、死の淵を彷徨った自分の精神が見た幻で
あったのだろうか。
響は翼に出会えれば、2年前の真実を知ることができる……そのような予感、否、期待を抱
いて、翼の在籍するリディアン音楽院の門を潜ったのだ。
「――ねぇ、あれっ。風鳴翼じゃない?」
「!」
にわかに周囲がざわつき始める。耳に捉えたひそひそ話から、響は、ついに、待ち望んだ
機会が訪れたと理解した。
箸とご飯茶碗を持ったまま、彼女は勢いよく立ち上がって振り向いた。
しかし、待ち人は、今にも触れてしまいそうなほどの至近距離にいた。
立ち上がり、振り向いた響の、
「……っ!?」
「?」
いきなり立ち上がった響に、翼は立ち止まり、不思議なものを見るような目を向けている。
まさかの急接近、想定の外の状況に、響の思考回路は一瞬で使用率レッドゾーンへ。
「……ぁ……ぁ、あのっっ…………ぁぅ……っ」
「?」
――い、言わなきゃ!聞かなきゃ!そのためにここに入ったんだもん!
――勉強だって頑張って、未来にも三奈ちゃんたちにもいっぱい手伝ってもらって!
――ま、まずは挨拶だよね!?は、ハロー?ナイストゥミーチュー?
――今日はピーカンですね!今朝もノイズと闘ったんですかモーニング!?
――2年前はありがとうございました!このライス美味しいですよ一緒にトゥギャザー!
――ああぁあぁぁ混ざってる混ざってる!午後の授業は英語からぁぁあ!
憧れの存在、命の恩人(かも知れない)、今を時めくトップアーティスト。風鳴翼を前にして
自分ごときは野に咲く花、どころか縁石にくっついた雑草のようだ――混乱と自己評価の低さ
が相まってガチガチにきんちょうしてしまい、響はまともに口を開くことさえできない。手が
震え、箸と茶碗がカチャカチャと音を立てている。
そんな響に対して翼は何も言わず、じっとその顔を観ると、黙って自身の口の横辺りを指し
示した。
へ、と思わず間の抜けた声が漏れる。響は指先でそっと、自らの口元に触れた。
ばっちり、
「はぁあぁぁ~~~~……、もうダメだぁあぁ……。翼さんに完璧おかしな子だと思われたぁ
ァァ~~……」
「間違ってないんだからいいんじゃない?」
「ヒドォいッ!?」
すっかり日も傾いて放課後。
広々とした講堂で講義机に突っ伏す響の泣き言を、一瞥もよこさずにバッサリ切って捨てる
未来。ノートの上を走る、そのペンシルの動きも一切の淀みが無い。
ちなみに未来が書きしたためているそれは、自分のためでは無く響のために授業内容をまと
めたものである。なにせ響の字は走り書きだとかなり汚いのだ。丁寧に書けばまだ見れるのだ
が、午後の授業の間も、響は食堂での出来事をずっと引きずっていたために、此度はいつにも
増してみにくいことになっていた。ヒエログリフか何かのように日本語が変形しており、おま
けに内容も穴だらけ。
なので只今、こうして未来が修正しているのである。尤も、こうしたことは今回に限らず、
両者の間では小学校時代からの日常茶飯事だ。
「そう言えば、三奈からLANE来てたよ。雄英でできた友だちとカラオケだって」
「本当? ……おぉっ、写真も載せてる!雄英の制服だぁ、ブレザー!やっぱり様になってる
なぁ、三奈ちゃん……って切島君!?どうしたのこれ髪赤っ!?」
「私も驚いちゃった。三奈曰く“高校デビューマン”だって」
「ほへぇ~、派手派手だぁ。目立たせた方がヒーローっぽいのかな…………あれ?」
ふと、響は奇妙な感覚を覚え、送られてきた写真を注視する。はしゃいでいる二人の旧友、
丸っこい印象を受ける優しそうな少女、タンバリン片手にニヤリと笑う女子……。そして、マ
イクを持って歌っている、青い髪の少年。
――何だろう?何か……見覚えがあるような……。
自身に働いた心理が既視感なのだとは気付いたが、この写真の何に、見覚えを感じているの
か、響には分からなかった。
「? どうしたの、響?」
「……ん~ん、何でもない。それにしても三奈ちゃんたち、どの辺で遊んでるのかな?雄英は
静岡だよね。あ、もしこっちの方だったらさ!いっそ私たちも混ざりに……は、無理かな~。
寮の門限あるし」
「そもそもとっくに終わってるわよ。雄英、今日入学式で半ドンだもの」
トークの投稿時刻――約2時間前になっている――を指し示す未来。あ、そっかぁ、と能天
気に笑う響に、呆れたようにため息をつくのであった。
「まったくもう……。 それに、今日発売の翼さんのCD、買いに行くんじゃなかったの?と
いうか、今時CD?」
「勿論忘れてないよっ!そ・れ・に♪初回特典の充実度が違うんだよ~、C・D・は~♪」
「分かってないなぁ」としたり顔をする響。先程までの
歌うように弾んで上機嫌だ。
が、しかし。
「――だとしたら、売り切れちゃうんじゃない?」
「 」
急転直下、未来のそっけない一言で再び絶望へと落とされるのであった。
■
「おはようございます、司令」「こんにちわぁ、お義父さん」
「ああ。どうだった、二人とも。雄英高校での初日は」
カラオケが楽しかったです。中学の時と前の学校でもクラスの付き合いで2回くらい顔を出
しましたけど、比べものにならなかったですね。灯志くんと二人で行くのも楽しいですけど、
今日みたいなのも悪くないです!
「と言っても、今日は入学式とガイダンスだけだったな。はっはっは」
「「いえ、体力テストでした」」
「何?」「「何で?」」
おっと灯志くんとハモりました。わぁい。
お義父さんとあおいさん・藤堯さんは、揃って目を丸くしちゃいました。
まぁ、そうなりますよね。
「僕らのクラス、担任が相沢さんになりまして……。個性使用ありでやらされたものですから
少し焦りました」
「あー……イレイザーヘッドさんかぁ。確かに合理主義こそ主兵装なあの人なら、そんな無体
も押し通してしまいそうではあるなぁ……」
「……ふ。近頃顔を見ていなかったが、相変わらずなようだな」
「それはさておき、司令。今朝の件ですが――」
む。灯志くん、お仕事モード入っちゃいました。こうなると私、手持ち無沙汰です。
二課の外部協力者ってのになった私ですけど、特にこれと言って特別なことをしているわけ
じゃないのです。職員さんたちにお茶を出してあげたり、本部の設備を使って個性の訓練した
り、そのくらいです。灯志くんと同じ事ができると言っても時間制限があるから、ノイズが出
ても灯志くんといっしょに戦えるわけじゃないし。そもそも灯志くんに「戦っちゃダメ」って
言われてますし。
いいなぁ、翼さんは。羨ましいなぁ――ひゃぅっ!?」
「こ~らっ、被身子ちゃんっ。そんな可愛くない顔はおよしなさいなっ」
「お義母さんっ。もぉ、脅かさないでください」
耳に フー ってされました! ぞわぞわします……。
「何してんのさ義母さん。 渡我さん、大丈夫?」
「大丈夫ですよぉ。今あったかいもの淹れますね。灯志くんはコーヒーにしますか?それとも
緑茶、紅茶?」
「緑茶を頼もうかな。……変なことされたら、ちゃんと教えてね。ビシッと言っとくから」
「ちょっと灯志?私のこと何だと思ってるのかしら」
「マァーッドサイエンティスト」
サラッと言っちゃった灯志くんに、お義母さんがすかさず拳骨を落としますけど、灯志くん
は平気そうな顔です。こういう遠慮のないやり取りもいいなぁ。灯志くんとは、だいぶ気を使
うことのない距離になったと思うけれど、まだどこか、ぶっちゃけちゃうと線を引かれてると
感じるんですよね。いつまで経っても苗字呼びだし。
やっぱり、私もみんなみたいに同じがいい。いっしょに戦えれば、なれるかな。
灯志くんにお茶を手渡しながらそう思っていると、警報が発令所に鳴り響きました。
これは、「嫌なのが来たぞ」って告げる音です。
「……ノイズ……!」
■
走る。
息を切らせながら、ただひたすらに脚を動かし続ける。右手に掴んだ小さな手を、決して離
さないように、転ばせないように注意しつつも、止まることなく進み続ける。
今、自分たちがどこにいるのか、まるで分からない。少なくとも避難用シェルターからはど
んどん遠ざかっているのは間違いない。周囲には人影などまるで無く、ただまばらに――灰の
小山が散在するのみ。
――動かなければ、ああなるのはこの子と私だ!
CDショップへ向かう途中、ノイズの発生に遭遇した立花響は、親とはぐれたのであろう小
さな女の子を助け、彼女と共に必死に災厄から逃げ続けていた。
水路に飛び込み、女児を背負い、二人諸共にこけて倒れても、響は引きつるような痛みに音
を上げる己の
――やっぱり、私ってば呪われてるかも。
執拗に追ってくる半透明の群れに心折れそうになっても、歯を食いしばって、その手に握っ
た命を守らんと。
響の脳裏に、あの日あの時の光景が何度も去来する。自分を救ってくれた、正しく光をもた
らしてくれた……天羽奏の、あの言葉。
――そうだ、あれは夢なんかじゃなかった。
――確かに私は、あの人に救われたんだ。
――あの人は歌っていた。とても優しくて、力強い歌を。
逃げ込んだ化学工場の一角、鉄でできた迷路のような場所を駆けずり回って、最終的に巨大
な換気扇がゴウゴウとうなる屋上まで登り切った響は、しかしそこで倒れてしまった。
――まだ動ける……けど……、休まないと……これ以上は……。
夕日はとうに山の向こうに隠れ、夜のとばりが降り切らんとしている。
ぜいぜいと、みっともなくても、呼吸を調えんとする響の脇で、それまで転んでも、倒れて
も、泣きわめくことをしなかった少女が、とうとう堪えきれないように涙を零した。
「…………しんじゃうの……?」
「……っ!」
絞めつけられるように胸が塞がり、咄嗟に何も返すことができない。それでも、そんなこと
は無い、絶対大丈夫――そう安心させようと起き上がった響。
しかし。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
その背後に無数の
既に、囲まれてしまっていた。
二人は短い悲鳴を上げると、屋上のふちギリギリまで後ずさる。
だが、そこまでだった。二人にはもう、何も手立ては無かった。
少女は小さなその身には過剰な恐怖と絶望に泣き叫ぶことも出来ず、響に縋りついてか細い
声で嗚咽を漏らす。その震える華奢な体をそっと、しかししっかりと抱き寄せて、響は自分た
ちにゆっくりと迫る“死”に相対した。
『えっ。立花は雄英、受けないの?』
不意に思い出が浮き上がってきた。昨年の夏に友人たちと交わした、他愛も無い会話だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「いやいや三奈ちゃん、私なんかにあの超名門校は無理だってば~!
て無理無理無理!」
「だからって、なんで音楽学校?」
「いやぁ、実のところ、リディアンに行くのはもう前から決めてたんだ~。なんせ学費がお安
い! それに、あの翼さんがいるんだよ!翼さん!」
「あんたホントにツヴァイウイング好きだよね……。小日向もついてくんでしょ?」
「うん。響が一人で寮生活だなんて、不安でしょうがないもの。ていうか絶対無理」
「それはそうだわ」
「うぇえ、未来も三奈ちゃんもひ~ど~い~」
机に突っ伏して泣き真似をする響をけらけらとおかしそうに笑い見ると、芦戸はふっと表情
をやわらげて呟いた。
「……ん~、でもちょっと残念かなー」
「? 何が?」
「いや……、立花ならさ。絶対いいヒーローに成れるのになぁ、って思って」
「えっ」
思ってもみなかったことを言われて、目を丸くする響。
「……いやいや無理でしょ、そんなの。私の人助けは趣味だもん、プロのヒーローみたいには
いかないって~」
「そんなん私だって同じだっての。みたいに、っていうかプロになるために雄英行くんだし」
そこで芦戸は居住まいをただすと、真剣な顔をして口を開いた。
「立花、私はさ。立花だからこそ助けられる人がいると思うんだ」
「……私、だから?」
「いつだって諦めなくて、誰にだって手を伸ばせる。趣味だなんていうけどさ、あんたのお節
介は、間違いなく誰かを助けてるよ。
「えぇ、いやでも、あの時は三奈ちゃんだっていたし!私じゃ咄嗟に警察署の方を教えるなん
て嘘つけなかったよ!」
「でも先に動いたのは立花だった」
芦戸の言葉に、有無を言わせないという意気込みを感じて、響は押し黙った。
「あの時、立花が動いたから私も動けた。あの二人だけじゃなくて、私のことも助けてくれて
たんだよ。立花は、さ」
「……三奈ちゃん……」
「――まっ、そういう訳で!いっしょにヒーロー目指せないのはちょーっとだけ残念だな~、
って話!」
破顔一笑、普段の勝気な笑みを見せる芦戸。腰に手を当てて堂々と宣言する。
「だからさ、これからも続けなよ!立花の趣味は、誰かのためになる趣味だよ!」
「ハァ……、ちょっと三奈?あんまりそういうこと言わないでよ、心配事が増えちゃうじゃな
い。響がますます厄介事に首を突っ込むようになったらどうするの?それで怪我でもしたら?
責任とれるの?取れないでしょ?ね?」
「ちょ、小日向っ。圧、圧が強いって!?」
芦戸は冷たい瞳をした未来に詰め寄られるも、予鈴が鳴って事なきを得た。大袈裟に汗をぬ
ぐう仕草をする芦戸を見て、響はこらえきれずに苦笑いに顔を綻ばせた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(そうだよ……!今この子を助けられるのは、私しかいないんだ!)
響は生きる気力を瞳に込め、眼前の極彩色の怪物たちをきつと睨みつける。
ドクン、と鼓動が一つ。どこからともなく響く。
(今、私にできること……!)
ドクン、と鼓動、また一つ。視界を赤に染める。
(私にできることが、きっとあるはず……!)
ドクン、と鼓動もう一つ。心の火を再び熾す。
腕の中の少女に、そして自分自身に言い聞かせるように、響は叫んだ。
「生きるのを諦めないで!」
ドクン、瞬間――。
「――――Balwisyall Nescell gungnir tron――――」
黄昏の空に、歌が鳴り渡った。
⇔
その頃、二課本部では、翼たちがノイズ発生地点の特定を待っていた。
「く……!(まだなのか……?)」
「…………翼さん、バイク借りていいですか。俺、先に出ます」
焦れた歌満地が先行しようとするが、即座に弦十郎から待ったがかかる。
「闇雲に動くな!己を露払いと自負するなら、ならばこそ冷静に状況を見極めるんだ!」
「――はいっ!すみません、司令!」
「反応を絞り込めました!位置特定!」
ようやくか――気を引き締め直し、即座に現場に向かおうとする翼と歌満地。
だが二人が
「ノイズとは異なる、高出力エネルギーを検知!」
「!? 波形の照合、急いで!」
手元のモニターを見ていた了子が、驚愕の声を上げる。
「まさかこれって……アウフヴァッヘン波形!?」
「!?」
[ code:GUNGNIR ]
正面、主モニターに表示された照合結果。
その銘は、紛れも無く――今も眠り続ける担い手を待っている筈の、第3号聖遺物。
「ガングニールだとぉっ!?」
「…………ッッ!?」
「うそ……だろ……?」
愕然とする一同。
ただ一人、渡我だけは周囲の困惑に付いて行けずに戸惑っていた。
「……? 灯志くん……?」
視線の先、蒼褪めた顔で驚いている歌満地を見て……、渡我は、少し胸が締め付けられる思
いがするのだった。
⇔
天を貫かんばかりに立ち昇る、黄金の光。
その根元で、一人の少女がうずくまっている。
抑えきれない破壊衝動が胸の奥から沸き上がり、瞳孔が開いて獣のように唸り、牙を剥き出
す。必死に耐える少女だったが、衝動が強くなるにつれて、その肉体は加速度的に変化し続け
ていく。臓器、血管、血中成分、細胞一つ一つに至るまで、常人ならざるものに置き換わって
いく――その変化がピークに達した時、少女の肉体は
人の身から、機械が生える。この超常社会においては
しかし少女のそれは違う。明らかに質量保存の法則を超えた、巨大な機械の剣山が、生えて
は引っ込み、また生えては引っ込みを繰り返す。
少女はそのたびに激痛に吼え叫び、狂い悶えた。
人智を超えた凄惨なる激変の果てに、少女は全身に漲る力と鎧を纏っていた。
それは先史文明の遺産、彼の大神にして軍神が振るったとされる槍より、とある天才が創り
出した、歌を力と変える人類守護の特機装束。
即ち――ガングニールのシンフォギアである。
戦姫絶唱シンフォギア
てなわけで今回はここまで。
ようやく登場、『シンフォギア』主人公の立花響。そして彼女の女房役、小日向未来さん。二人は千葉県出身の為、本作では同じく千葉出身の芦戸・切島と同じ中学としました。中学時代のビッキーは、それはまぁ、もう、大変なことになってるので、未来さん以外にも味方がいてあげてもいいじゃないかと。(詳しくは第2期『シンフォギアG』を視聴してね。)勿論ビッキーの一番は393なのでそこは変化なし。そこはね。
『シンフォギア』1話観た人は「この幼女強過ぎでは?」って感想を持つと思ってます。派手にコンクリの上に投げだされて、相当痛いはずなのに、泣き喚いたりしないんですよ?命がかかってるとは言え滅茶苦茶走り続けてますし、弱音も最後の方までほぼ吐かない。いい子とか我慢強いってレベルじゃねぇー!まあメタ的なことを言えば、そういう描写入れてたら話が進まないからって事でしょうけど。このヒロアカベースの世界観なら、将来有望なヒーローになりそうですね。
次回からは「乙女心と戦闘訓練と曇る防人さん」を予定しています。気長に待ってね。
ちょこっと用語解説:
☆私立リディアン音楽院高等科:
海を臨む高台に建てられた私立の音楽学校の高等科。何故か高等科だけ敷地が独立している。劇中年で設立10周年。基本小中高一貫教育だが中等科、高等科への切り替え時に外部の生徒を編入させることもある。女子校で学生寮も完備。在校生である風鳴翼に憧れて入学する者が後を絶たないらしい。校舎のデザインは前衛的の一言。
☆立花響:
『シンフォギア』シリーズの主人公。お人好しで大飯ぐらい。序盤はへっぴり腰なとこが目立つが話数を重ねるごとにドンドン格好良くなっていき、最終的に「平成ライダー」「女聖闘士」「対話(拳)」「おっぱいのついたイケメン」などなどの異名で呼ばれるようになる。成長性;A。なお、中の人は『ヒロアカ』視聴者の皆さんには梅雨ちゃんでお馴染みの悠木碧さん。演技全然違うけどね。
☆小日向未来:
『シンフォギア』シリーズ正ヒロイン。響が大好きで生活の中心に響があり、風邪をひいても響の代わりに授業を聞いてノートを纏めようとして倒れる……くらいは序の口も序の口。熱さが売りのバトルアニメじゃなかったら絶対ねっちょりドロドロな描かれ方をしたであろうくらいには愛がグラビティな人。その愛の深さゆえに後々とんでもないことになったりもする。
☆ピーカン:
快晴を意味する映画業界で使われている撮影用語。カンカン照りというやつ。
☆ヒエログリフ:
ヒエラティック、デモティックと並んで古代エジプトで使われた3種のエジプト文字のうちの1つ。神聖文字。
☆アウフヴァッヘン波形:
聖遺物、あるいは聖遺物の欠片が、 歌の力によって起動する際に発する、エネルギーの特殊な波形パターン。シンフォギア起動時には必ずこれが観測される。波形は聖遺物ごとに異なるので、過去の観測データと照合することで聖遺物を特定することが可能。
☆ガングニールだとぉっ!?:
弦十郎の台詞と言ったらこれ、みたいなとこがある名言。『シンフォギア』各シーズンごとに「○○だと!?」と驚くのがお約束になってる。