少年少女のアカデミアには血が流れている   作:gamama

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  生きてました。つらい。





EPISODE 7 君の理想に焦がされて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――今、自分は無理をしている、と自分でも分かる。

 そういう顔をしているな、と。

 

「すみません!雄英高校の生徒さんですね!?ちょーっと御話を御伺いしたいのですが!」

 

 強張(こわば)った眉間(みけん)を揉んでみる。特に効果は無い。

 

「ズバリ、教師としてのオールマイトについて、率直なご感想を!」

 

 昨日は色々あった。あり過ぎるくらいにあった。思い返すだけで頭が痛い。

 

「もう彼の授業は受けられましたか?! ……あの、ちょっと!君、聞いてる!?」

「聞きました。じゃ、時間ないんで」

「いやいやいやいや“聞きました”じゃなくて!質問してるんですよコッチは!」

 

 だというのに、これである。

 オールマイトが雄英で教鞭を執ると公表されて以来、何処のマスメディアもその話題をこす

り続けている。それが商売だから、報道の自由だからといって、生ごみの日のカラスみたいに

ガアガア騒ぎ立てて、飯の種もといネタをたかりに来ている。

 あまりの喧しさに頭痛が強まっていく……。

 

【不快である。疾く、この愚者共を黙らせよ。耐えられぬ】

 

『俺だって耐え難いよ。でも無理』

 

【ぬうぅ……】

 

 ハーさんは唸り、精神世界内でガタガタと片足踏みし始めた。

 ますますうるさい、止めて欲しい。

 

 と、苛立ちを募らせていると、ツカツカと規則正しい足音が聴こえてきた。

 

「――おはようっ!歌満地君っ!」

 

「! おはよう飯田くんっ」『やったぞハーさん。天の助けだ』

 

【ハッ、神たる我を差し置いて、この小僧が如何としてくれると言うのだ?】

 

「飯田くん。この方々がオールマイトについてとても詳しく話を聴きたいそうだよ、たっぷりと

 

「何ッ!?」

 

「貴方も生徒の方ですね?是非、雄英でのオールマイトの様子についt」

「いいですとも!!」

 

 大声で食い気味に了承した飯田くんは、いつものカクカク手振りを交えてツラツラと語り始

めた。まさに立て板に水、といった具合に舌を回し続ける飯田くんに、報道陣は次第にげんな

りとした様子になるのであった。

 

 

『そして俺はこの隙に先を急ぐのであった』

 

【・・・・・。少々、卑劣ではないか?】

 

『いいじゃないか、別に誰も損はしていないんだから』

 

【狡猾な奴だ】

 

『あんたには言われたくない』

 

【我は神だ!】

 

 

 ハーさんと軽口をたたきつつ、正門をくぐって。

 ふと、隣に目を向けてしまう。

 

 そこにはいないと、分かっているのに。

 

 

 今朝は渡我さんを置いて、先に家を出た。

 彼女も、着いて来ようとしなかった。……当然だ。

 

 昨夜、俺は、彼女に――とてもひどいことを、言ってしまったから。

 

 

 

     ■

 

 

 

 短針を、逆回りに一回転。時は遡って、昨夜のこと。

 

「本件を、我々二課で預かることを一課に通達!」

 

 ノイズの出現を報せる警報が鳴り響く中、司令室にて弦十郎が指示を飛ばす。藤堯と友里が

淀みの無い手つきでコンソールを操り、洪水のような情報を次々と処理していく。

 

「出現位置特定、座標出ます!!」

「リディアンより、距離200!」

 

 近いな、と弦十郎は思わず唸る。

 昨年度より、徐々に発生回数が増加しているノイズだが、最近では発生した場所までの距離

も、縮まりつつあった。

 まるで――この基地へと近づいて来ているようだと、弦十郎には思えてならなかった。

 

「っ、迎え撃ちます!」

「俺も……っ、…………。――立花さん」

 

「へっ?」

 

 即座に飛び出していく翼の後を追い、響の隣を通り抜けようとした歌満地は、しかし、立ち

止まり、真剣な眼差しを向けて響に声を掛けた。

 

「君は、来るなよ」

 

「えっ」

 

「君は闘うな。絶対に、絶対だ」

 

 いいね、と念を押して、歌満地は再び走り出した。

 そんな歌満地に、呆気に取られる響だったが――モニターの上で点滅する、ノイズの位置を

示す光点に目を戻し、これをぐっと見据えた。

 

 そして、通路へ続く扉に向かい、身を翻す。

 

「待つんだ!君はまだ―― 「私の力が、誰かの助けになるんですよね!?」 ……!」

 

「シンフォギアなら、ノイズと戦うことがっできるんですよね!? だったら行きます!」

 

 呼び止めようとした弦十郎にそう返して、響は再び駆け出す。その後ろ姿を見送って、藤堯

と友里は軽く目を見開き、弦十郎と了子は眉根をしかめた。

 

「危険を承知で誰かの為に……似ていますね、彼女」

 

「そうだな。彼女も……ヒーローでは無い、と言うのに」

 

 立花響は、何処にでもいる平凡な少女だった。最早そうでは無くなってしまったかも知れな

いが、少なくとも、今も未だ、普通の少女であるはずだ。

 

「……調査部から上がった報告書では、響君の素行には何ら問題点は無い。むしろその振る舞

いは良識的を超えてヒーロー的なもの……しかし、当人はヒーローを志しているという訳では

無く、また、何れのプロヒーローと、深い関わりがあるわけでも無い……」

 

 彼女が、自身の人助けを“趣味”と断じて(はばか)らないことを、その友人から伝え聞いたという歌

満地の報告を踏まえれば――弦十郎たちが、自ら危地へと飛び込んでいく響の背中に、既視感

を覚えたのは、無理からぬことであった。

 

 

「……昨日まで、平和な日常の中にいた子が、ただ“誰かの為になる”というだけで、命を懸け

た戦場へと踏み込んでいける……――それは、(いびつ)なことではないだろうか

 

 

 通路に繋がる扉を見つめ、そう零す弦十郎の声は重苦しく。

 

 

つまりはあの子もまた、“こちら側”、ということね…………

 

 

 憐れむように、了子もそう呟いて――――  「あら?」

 

 

「…………。 被身子ちゃんも……いなくなってるわね?」

「何ッ!?」

 

 

 

     ■

 

 

 

 手早く敷かれた交通規制によって、車一台見当たらない高速道路の上。

 

 現着した翼は、ノイズの群勢を正面に捉える。すると、ノイズたちは()()()とそのカタチを

溶かし、混ざり合って、1体の巨大なノイズへと変貌した。

 

 その見た目は、例えるなら腐った草餅めいた色合いの、山椒魚(サンショウウオ)の幼体。

 俗に『ウーパールーパー』と呼ばれる生物に酷似していた。

 

 ヒト科と同じ形状の歯と咥内を剥き出しにして、奇怪な咆え声をあげる大型ノイズを前に、

翼は己が剣の銘を詠い、その力を引き出す。

 

――――Imyuteus amenohabakiri tron――――

 

 身にする衣服が、光と共に、いや、光となって弾け飛んだ次の瞬間、翼はその全身に、肢体

に張り付くようなボディスーツを纏い、白と青の鋭利な装甲を各所に備えていた。

 

 

 担い手の身を刃と変えしは、嵐神にして豊穣の神、スサノオが振るいし十束(とつか)の剣。

 荒ぶる水禍の化身、()(また)大蛇(おろち)を斬滅せしめた、無双の一振り。

 

 即ち、『天羽々斬(アメノハバキリ)』のシンフォギアである。

 

 

――(はやて)を射る如き刃 麗しきは千の花――

 

 

 口にする、その歌の如く、まさに風になったような速さで、翼はノイズへと向かって突き進

む。翼の歌唱によって“調律”され、こちら側の世界に引きずり出されたことで、毒々しい赤色

に変わった大型ノイズは、背中に生やした外鰓(そとえら)に似た器官、左右3つを分離させた。

 

 円盤と見紛うほどの高速回転を始めたそれが、空気を切り裂きながら殺到する!

 

 

――宵に(きら)めいた残月――

 

 

 しかし、宙へと跳び上がった翼は、身体を捻りながら全てを回避。

 蟷螂(かまきり)の斧にも似た、両脚部の大型ブレードを展開し――

 

 

――哀しみよ 浄土に還りなさい――

 

 

 カポエラめいて旋回し、再び襲い来た6つの器官全てを切り捨てた!

 

 

――永久(とわ)に……――

 

 

 脚部ブレードを格納しつつ、翼はノイズに背を向けて危なげなく着地。

 大型ノイズは猛々しく吼え、再び攻撃器官を生やす。

 

 だが射出する直前、上空から風を切って飛来した幾つもの槍に全てを砕かれ、両手をも地に

縫い付けられてしまう。

 その槍は紅かった。――歌満地の援護射撃、もとい、援護投擲である。

 

「翼さんっ!」

「ええ!」

 

 振り向きながら、翼は刀を大剣へと変形させた。

 刀身に青い稲妻が奔り、裂帛の気合と共に下から上へ振り抜かれる。その斬線に沿って生じ

た破壊エネルギーは、巨大な“飛ぶ斬撃”となって、大型ノイズを縦に両断した。

 

 

 『蒼ノ一閃』

 

 

 真っ二つになったノイズは、炭素と変わりながら弾け飛び、大爆発を起こした。

 

 火の粉と共に舞い上がって、黒い煙は紅く光る。

 翼は残心を解き、立ち昇る煙に背を向けた。しかし、その表情は険しいままだ。

 そこに、歌満地が駆け寄って来る。彼もまた、眉間にしわを寄せている。

 

 そこに本部の藤堯から通信が飛び込んできた――何やら切羽詰まった様子で。

 

『――翼さん、灯志くん!』

 

「藤堯さん、どうしました?もしや、まだノイズが……っ」

 

 

『いや、もっとマズいよ――響ちゃんと被身子ちゃんが戦ってる!』

 

 

「なんッ……何で止めなかったんですか!」

 

『止めても行ってしまったんだよ!被身子ちゃんにいたってはいつの間にか消えてるし!』

 

『今、司令が止めに行ったわ。二人も向かってくれる?』

 

「なっ!?それこそ何故制止しなかったのですか!いくら司令と言えどノイズ相手では!」

 

『…………あー……、その、違います、翼さん』

 

「違う、とは?」

 

 

『二人がノイズと戦ってるんじゃなくて……()()()()()()()()()()()。つまり――』

 

『――喧嘩よ、喧嘩。まあ、被身子ちゃんから一方的に仕掛けたみたいだけど』

 

 

「「…………ナンデ!?」」

 

 通信に割って入った了子からの言葉は、まったく予想だにしないものであり……、歌満地と

翼は、驚愕の声をハモらせた。

 

 そこへ、更なる爆弾が投下される。

 

『弦十郎くんなら問題ないだろうけど、一応急いで頂戴。――被身子ちゃん、トンでもない物

を持ち出してくれてるわ』

 

 

 

 

     ⇔

 

 

 

 翼たちがノイズと相対した、そのほんの少し前。

 地下本部より、リディアン周辺へとつながる秘密の通路を通って、響は地上へと出ていた。

 

「翼さんたちは――地図の光ってたとこに、ノイズがいるんだから……――こっち!」

 

 そうして走り出した響の身体は、既にシンフォギアを纏っている。

 

 まだ、たった二度目の“装着”。当然、全く慣れていない。

 だが今の響の脚力は並の強化系“個性”の比では無い。

 既に現時点での緑谷出久の最大出力――『OFA』2%を超えている。

 

 超人的となった身体能力で以て、あっという間に地上へと駆け上がり、

 

 ――早く行かなくちゃ!

 

 そう思い、昨日のような大跳躍で、一気に距離を稼ごうとする響。

 

 

 しかし、ジャンプした直後、その足首に細長い縄が巻き付いた。

 

「へぁっ――ぶえっっ!?

 

 ビンッ、と張った赤いロープに身体ごと脚を引っ張り戻された響は、受け身も取れずに地べ

たに叩きつけられた。顔面から。

 

「いったぁああッ!?痛いよこれとれた!お鼻が取れちゃったぁ!」

 

「取れませんよぉ、それ着てるんですから。腫れもしませんよ、多分」

 

多分?! って、えっと、被身子、ちゃん?何で此処に……」

 

 両手で鼻を覆いながら身を起こした響は、背後に立つ渡我に向き直った。

 

「ん、あれ……もしかして、今、私の足を引っ張ったのって?」

 

「はい、トガですよぉ」

 

「な……、何でそんなこと!?」

 

 何も誤魔化すこと無く、あっけらかんと言い放った渡我に、響は驚き、訊ねる。

 対する渡我は目つきを鋭くして答えた。

 

「危ないからですよぉ。アナタが行くと、灯志くんが危ないんです。アナタも」

 

「え……」

 

「戦えない人は引っ込んでてください、ってことです」

 

 くい、と手首を返して響の足首に絡みついた縄鏢(じょうひょう)を巻き取ると、渡我は気の抜けた声で

「戻りますよぉ」と(きびす)を返す。

 納得のいかない響は立ち上がって渡我を呼び止める。

 

「た、戦えるよ!私だって!」 ピタリと渡我が立ち止まった。

 

「今はまだ足手まといかもしれないけど、一生懸命がんばるから! だから私が――」

だからなんです

 

 ぐい、と首を回して渡我は響の言葉を遮る。肩越しのその顔を、目を見た響は思わず全身を

硬直させた。その目を彼女は知っていた。敵意を隠さぬ瞳……!

 

「わかってない。アナタ、全然分かってないです」

 

「分かって、ない?」

 

「ノイズは人間の敵なんですよ?()()()()()()()()。足手まといでもがんばるとか……そんな

甘々さんじゃ戦 え まプぇ ……んよっ」

 

「うぇえっ!?何そのぐにゃぐにゃ……え、う、歌満地くん!?」

 

「灯志くんも、翼さんも――覚悟、してるんです、いつも」

 

 自身の“個性”を発動しながら、渡我は言葉を、硬く紡ぐ。

 

「二人のやってることは、ヒーローのお仕事じゃない。殺るか殺られるか、なんですよ」

 

 歌満地と同じ姿に変貌した渡我の放つ、明確な敵意に、響は思わず後退(あとずさ)る。

 

「アナタはただ、ギアを纏えるってだけなんです。分かります?使い方なんて知らない分から

ない、そうでしょぉ?それがどれだけ危ないことか――アナタ、分かってない。猫さんの手も

できないよーな子供に、包丁持たせたりしますぅ?」

 

「……っ!」

 

「そんなアナタが……足引っ張らないでください……邪魔しないでください……!」

 

 

 そう言うや否や、渡我は制服のポケットから、赤い結晶を取り出した

 

 

「! それって、もしかして――!」

 

 渡我の手首から血が噴き出す。結晶体……即ちシンフォギアのコアユニットに絡み付いた血

液は神秘的な旋律を奏で――眠れる軍神の槍を叩き起こした。

 

「なんで……それは、奏さんの……」

 

「……ちょっと借りてきました」 

 絶対嘘だ、と響は思った。

 

「だから、これだけ言っても分からないなら――」

 

 『奏血』の力で、強制的に“天羽奏のガングニール”を限定起動――アームドギアのみを形

成させた渡我は、その矛先を響に向けた。

 

刺してあげます!

 

言ってること――全然分かんないよっ!

 

 応戦する気になれず、また、上手い躱し方も知らぬ故に只管逃げるしかない響。

 そんな響を捉えようとして空振りを繰り返す渡我。

 ギアによって響の身体能力が向上していること、当の響がそれを制御し切れていない為動き

が読みにくいこと、そして渡我は無理矢理起動したガングニールの維持に体力と意識を削られ

ていること――幸か不幸か、互いの状態が上手いこと噛み合ってしまったが故であった。

 尤も、その余波で周囲はどんどん荒れ地になっていっているのだが。

 

 そんな両者の、今一締まりのないやり取りは――

 

「そこまでだッッ!!」

 

 駆けつけた弦十郎が(地面を)割って入るまで続いた。

 

 

 

     ■

 

 

 

 現場に到着して開口一番、歌満地は――――吠えた。

 

「来るなと言ったじゃないかッッ!!」

 

 大喝一声、周囲の空気を揺らすほどの音量が、その場に叩きつけられた。

 思わず身を竦める響。

 

「君が戦う力を得たのは事実だ……っ! だが、それで戦えると思っているなら大間違いだ!

技術だとか心構えだとか、それ以前に――君に命を懸ける義務は無い!!」

「落ち着くんだ、灯志君。……響君に協力を要請したのは俺だ。全ての責任は、俺にある」

 

 そう言って(こうべ)を下げる弦十郎を見て、歌満地は歯を食い縛って反論を飲み込んだ。

 その横で渡我が平然と口を開く。

 

「私も反対でぇーす」

 

「む、渡我君……」

 

「逃げるしかできない子なんて、いるだけで邪魔です。むしろ二人の危ないが増えます。トガ

にだって手も足も出ないような子が戦えるワケないです」

 

「……ッ!勝手に奏のギアを持ち出しておいて、何をいけしゃあしゃあと!」

 

「うむ……、その点は大いに問題だ。渡我君、何故こんな真似をした」

 

「………………」

 

 翼に怒鳴られ、弦十郎に問い質されるも、渡我は黙ってそっぽを向く。

 その態度に激昂した翼が、渡我に詰め寄ろうとするよりも早く。

 歌満地が渡我の胸座をつかんでいた。

 

「君も君だ渡我さん……!死んでたかも知れないんだぞッ!」

 

 歌満地の言葉にぎょっとなり、目を見開く響。渡我のことを未だによく分かっていない彼女

だが、自分を襲った相手がそのために命を落としていた可能性があったと聞いてはショックを

受けるのも已む無しであった。

 よく見れば、渡我の口元には何か赤いものを拭ったような跡があった。顔色もあまり良いと

は言えない、むしろ青くなっている。

 しかし、その眼だけは未だ剣呑な光が灯っている。

 

 無言のままの渡我の顔を、強引に引き寄せる歌満地。二人の距離は今にも睦み合えそうなほ

ど近く、しかし底の見えない谷を思わせる隔たりがあった。

 そして、やや間を置いて、渡我は答えた。

 

「その子はダメです。弱いし、灯志くんのことも翼さんのことも全然分かってない」

「何を…ッ」

「翼さんはいいです。強いし、灯志くんのことも、自分のこともちゃんと見てますもん」

 

 けれどその子――響は違うと、トガは言う。

 

「その子が見てるのはシンフォギアです。シンフォギアっていうすごい力があって、それを自

分が使えるんだってこと。そういう目で翼さんを見てる、灯志くんを見てる。きっと、奏さん

のことだって」

 

 奏の名が出たことで、翼の表情が険しさを増す。反射的に前のめりになる翼だったが、弦十

郎に腕で制され、踏みとどまった。

 

「同じです。まるで同じです。誰それがカッコいいだとか、活躍しただとかって、楽しそうに

話してる人たちとおんなじです。その子の目は、ヒーローを観てる目です」

 

「!」

 

「翼さんたちのこと、ヒーローみたいに思ってるんでしょ?そんな人が、灯志くんたちと同じ

になれるわけありません」

 

「ち、違うよ!私は……」

 

「何にも分かってない人に、灯志くんと同じになって欲しくありません」

 

 咄嗟に口を挟む響だが、まなじりを尖らせ己を睨む渡我に気圧され、言葉が続かない。

 

「だからトガがやります」

 

 そして、

 

「どうしてもっていうなら、()()()()()()()()トガがやります」

 

 

 とても軽く、乾いた音が――しかし、その場にいた全員の鼓膜を、はっきりと打った。

 

 

「………………、ぇ」

 

 何が起きたのか、渡我は一寸理解できなかった。

 

――なれるわけ無いだろ

 

 軋むような声音だった。

 炉から取り出されたばかりの石炭のような、抑圧された怒りがそこにあった。

 

「ギアを、持ち出したのは、そういうことなんだろ……。彼女が纏っているのがガングニール

だから――奏さんの力、奏さんと同じだから!あぁ、そうさ、他には無いものな!天羽々斬は

翼さんがだものなぁっ!」

 

 段々と語気が荒ぶっていく歌満地を前に、渡我は茫然となる。他の面々も言葉が出ない。

 

「同じになれると思ったか――立花さんより上手く使えれば、奏さんの代わりになれれば!俺

といっしょに戦えると!俺と同じになれると!それともアレか!?立花さんに嫉妬でもしたの

か、『自分は戦えないのに、ポッと出のくせに』とでも!」

 

 一息にぶつけられた怒声――その後半で、渡我は身体を硬直させた。彼女の顔に先ほどまで

は無かった、羞恥の色が差したのを見て取って、歌満地の頭は完全に怒りに飲まれた。

 

「巫山戯るな、巫山戯るなよ!俺の“個性”に、奏さんの力!借り物に借り物を重ねて、それで

まともに戦えるものかよ!!

 

「……っ!」

 

「何が、何もわかっていない、だ……!君こそ分かったつもりなだけじゃないのか!よしんば

分かっているというのなら、できるものか――たかがヤキモチで命を張るなど!」

 

「………………………………………悪いんですか」

 

 微かに震えたまま、への字口を開いた渡我は、歌満地の目を見据え返して言った。

 

「ダメって言うんですか……!灯志くんと同じに、同じように。それが“私”の――!

 

「君に戦う(すべ)を渡したのは君を戦場(いくさば)に立たせるためじゃない!」

 

「でも言った……灯志くん、言ったじゃないですか!いっしょに、二人で、同じ……!」

 

 

「 君はッッ!! 俺にはなれないんだっ!! 」

 

 

 拒絶――まるで突き飛ばすように放たれたその言葉は、少女に深刻な衝撃を与えた。

 目は見開かれ、口唇の上下は離れたまま動かず、四肢から力が抜けていった。

 

「……………………ノイズと、戦うっていうのは――誰かを救えない、ってことだ。……どう

したって、取りこぼしてしまう、命がある……!」

 

「………………」

 

「『失ったものばかり数えちゃダメだ』。……それでも、ひとたび思い知ってしまえば……!

背負うしか無い……ッ!背負って、進み続けることになる……! 君にその重みを、痛みを!

背負うことはできない!」

 

 憤怒と悲哀の入り混じった、痛ましい形相を渡我に向けて、歌満地は叫んだ。喉の奥から、

無理矢理に引きずり出すように。

 そして、悄然とした様子で己を見る渡我の、その視線に耐え切れなくなったのか――顔を背

けて、渡我の後方へと通り抜けていく。

 

「…………ぁ、かし、く」

()()()()」  

 

 ゆらりと、縋るように伸ばされた腕は、届くことは無く。

 

俺の隣は、歩かせられない……!

 

――――――――

 

 歌満地は独り、その場の全てに背を向けて去っていった。

 

 

 

 腕をだらりと降ろし、動かなくなってしまった渡我を見て、響は何とかせねばと声を掛けよ

うとするがまるで文句が思いつかない。必死に思考回路を回すものの、そもそも事の発端が自

分にあるという事実を思い出し、思わず項垂れてしまう。

 

 ――それに、もしかして、ううん、もしかしなくても。

 ――さっきの言葉って、半分くらい私にも向けて言ってた……、よね。

 

 自分は自分が思う以上に腫れもの扱いらしい――そのように感じて、肩を落として哨気(しょげ)てい

る響を見やり、弦十郎は内心で溜息をつきつつ、この状況を〆るべく意識を切り替える。

 

「――何時までもこうしちゃ居られんだろう。さっ、全員、本部に戻るぞ。事後処理は俺たち

大人の仕事だ」

 

「…………、了解しました」

 

「うぇっ、あ、待ってください翼さん!あ、えぇっと、その……被身子ちゃんも」

 

「………………………………」

 

「えっとぉ……」

 

「………………………………」

 

「うぅ……」

 

 先刻とは打って変わって、自分に対して全く反応を返さない渡我の様子に、響は戸惑いと、

申し訳なさを覚えて右往左往してしまう。

 そんな響に、上司命令と言って本部へと戻らせた弦十郎は、未だ立ち尽くしたままの渡我へ

と視線を移して……どうしたものか、と、困ったように頭を掻いた。

 

 

 ――結局、弦十郎がいくら声をかけても渡我は無反応のままだった。二人はその後、迎えに

来た了子によって――渡我は荷物でも押し込むかのように無理矢理に――彼女の愛車に乗せら

れ、三半規管をシェイクされながら帰路へと着いた。

 

 

 

 この夜以降、歌満地と渡我は互いに互いを避け合うようになってしまう。

 二人の関係が今一度変容を見せるのは、この先に巻き起こる波乱の後であった。

 

 しかし、それは過ぎ去った後に快晴をもたらすようなものではなく、むしろその逆。

 何もかも掻き乱し引き裂くような悪意の嵐が迫っていた。

 

 

 

    

 






ちょこっと用語解説:

☆山椒魚:

 両生綱・有尾目(またはサンショウウオ目)サンショウウオ上科に属する動物の総称。身体から山椒の香りがする種がいることから「山椒魚」と名付けられた。ちなみにウーパールーパーは元々は実験動物として養殖されていた「メキシコサラマンダー」という種で、その内から突然変異で白く生まれた幼体に我々が手を加えて変態(成長に伴い容姿が変わること)を封じた品種であり、最初から自然界に存在していたわけではない。そしてウーパールーパーという名称も宣伝用のキャラクター名として日本で付けられたもの。原種であるメキシコサラマンダーが絶滅に瀕している実情から考えても、人間の業の犠牲者と言える。
 なお、実際このノイズのモチーフはどちらかと言えばオタマジャクシの方だと思う。

☆カポエラ:

 正しくはカポエイラ。ブラジルの無形文化財である武術的文化。黒人奴隷が看守に武術と気づかれないようダンスに見せかけて修練したのが始まりらしい。ダンスのような華やかな動きが特徴だが、その華麗なフットワークかラ繰り出される足技はジッサイスゴイ強い。



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