いつもの倍以上の文字数だけど、ぐだぐだ感も倍になってるかも。
というわけで
ついに勃発。オリ主VSトガちゃん です。ファイッ
それは、そろそろ冬休みで誰もがソワソワしてる、放課後のこと。
「ねぇねぇ渡我さん!これ渡我さんでしょ?」
そう言って、同じクラスの子が見せてきたのはスマホ――で再生中の動画でした。
「…………えっ?」
それが、その日起こった出来事のきっかけでした。
■
「Yo!Tubeに俺の動画が?」
『ああ』
怪我もすっかり治って、やっと退院の運びとなった今日。父さん――
から電話がかかってきた。
父さんと言っても、血のつながりは無い。何なら戸籍上でも赤の他人だ。俺が勝手に父と
呼んで慕っているってだけの話だ。
小さいころ、母さんに連れられて母さんの職場に行ったときに出会ったのだが、その大き
な背中と男らしさ、もとい漢らしさに、俺は薄れ切った記憶の中の父親の姿を重ねたのだ。
そうして交流してる内にティンと来たワケ。あ、この人母さんのこと好きなんだ、って。
以来、俺は自分の好意と憧憬、きっと母さんの助けになってくれるだろうという期待から
弦十郎さんのことを「父さん」と呼んでいる。そもそも、事故で両親を亡くした4歳の俺を
保護した上、母さんが俺を引き取り養子にするにあたって、色々援助してくれたのは弦十郎
さんなので、もう一人の父と思うことに不思議はないだろう。
最初は「父さんだとぉっ!?」ってめっちゃ驚いていたけど、今ではお互いにすっかり慣
れてしまった。(ただ、母さんの前で「父さん」と呼ぶと母さんが微妙に嫌そうな顔するの
でそういう時は名前で呼んでいる。)
まあ、実際の父親と息子らしい関係かって言うとちょっとクエスチョンなんだが。だって
当人の仕事が忙しいのはさておき、過去に二人でやったことと言えば映画観て飯食って寝て
……ちょっと体力トレーニング、あと個性の特訓くらいだからなぁ。
これ、むしろ師匠と弟子の関係では?
『動画には、君が例の少女……渡我被身子君を崩落したビルの破片から守った一部始終が、
投稿者の当時の音声と共に記録されていた。で、問題はその投稿者と、彼が編集部分に入れ
たコメントでな……』
「なんか嫌な予感がしますけど訊きますね……何て言ってるんです?」
『“この少年こそ次代の英雄候補”……だそうだ。そのような切り口で、君の行動を称賛し、
昨今のヒーロー全体の質の低下を糾弾している』
「……はぁ~~~~~…………………」
……最っ悪だ。
『動画は既に削除されているからな。一応、安心していいぞ』
「拡散とか再投稿とかされなきゃあですけどね」
『拡散か……そこはまあ様子見になるが。仮に再投稿されたとしても即座に削除されるだろ
う。何せ常習犯だからな』
「……あー成程。犯罪動画の投稿者ですか」
『そうだ。ヴィランネーム『ジェントル・クリミナル』。“現代の義賊”を称しながら、軽微
な犯罪、悪質な商法を行った企業団体に対し、不法侵入や器物損壊、強盗未遂、及び公務執
行妨害を繰り返しては、それらの犯行の映像を動画サイトに投稿し続けている
「うーん……、そこはかとなくみみっちい感じがしますね」
『まあ、過去標的となっているのは企業団体そのものでは無く、大体が小売店舗などの末端、
保有する土地や建物のセキュリティが強固ではない範囲、とかだからな……』
「マジで小物だった……」
『だが、この敵は活動を開始してから既に5年近くが経つが未だに逃げ遂せている。その逃
走能力に関しては厄介と言わざるを得ないだろう』
「小川さんや藤堯さんならあっさり追い詰められそうですけどねー……。その辺は流石に融
通効かないかぁ。 それで、問題の動画ですけど、実際どの程度の反響だったんですか?」
『うむ……、それが、削除されるまでにそれなりに人目についてしまったようでな。ともす
れば、君や渡我被身子君の周囲にも視聴したという者がいるかもしれない』
「そうですか。……渡我さんの方に何かあったら俺がフォローしないとだな」
『それが良いだろうな。それで、話は変わるが俺も動画を確認したんだが……はっきり言う
ぞ。まだまだ修行が足りん!』
「……はい。まだまだ全然工夫が足りませんでした」
『そうだ。助ける相手ばかりに目を向けるのではなく、自身をも考慮に入れなければ“次”に
つなげることはできない!そのことを忘れるな!……例え、それが君の選んだ生き様なのだ
としても、決して生き急ぐんじゃないぞ。 ……ま、俺からの説教はそのくらいだ』
「はい! ……ところで、一応ですけど、元データってあったりします?」
『ん?あぁ、なら藤堯に君に転送するよう言っておこう。……元々件の動画を見つけて警察
より先に俺に報告してきたからな、彼は』
「何やってんスか藤堯さん」
その後、二、三言葉を交わして父さんとの通話は終わった。忙しい中わざわざ伝えてくれ
て本当に感謝だ。
ほどなくして藤堯さんから動画データが送られてきた。ちなみに藤堯さんっていうのは父
さんの部下の人だ。情報処理のスペシャリストで、時々パソコンの扱い方なんかを教えても
らっている。
【それが件の動画とやらか。……ハハハ、よく映っているではないか。傍から観るとこのよ
うな具合なのだな、まるで挽き潰れた茄子のようだぞ】
「いやそこは普通トマト……ってやかましいわ!」
飛ばし飛ばしに見て、俺が倒れた後の映像。……よし、この後の渡我さんは俺が陰になっ
て大半が見えなくなっている。ハーさんの言ってた彼女が俺の血を飲んだ……らしい現場は
映ってない。
「まぁ、一番問題なのは渡我さんは顔がばっちり映っちゃってる点なんだよなぁ。修正しろ
よなジェントルナントカ、紳士が聞いて呆れるっての」
【お前は血で自主的に修正されているな、赤黒く】
「人の顔面が不適切物みたいな言い回しするんじゃないよ」
ちょっと心配になってきたな。渡我さんにとってはトラウマを抱えてもおかしくない恐怖
体験だったはずだ。あまり思い返したり、周囲からなんのかんのと言われたりはしたくない
だろうし……。
「…………一先ず退院手続きを済ませよう。その後で連絡を――」
その時、足音が聞こえたと思ったら、ガラリッ、とドアが勢いよく開かれた。
「えっ……渡我さん!?」
「……………………」
「噂をすれば影」とはこのことか。渡我さん が あらわれた!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
灯志くん、びっくりしてます。
今日で退院だもんね、私は来ないって思ってたんでしょうか。
私も今日は来るつもりありませんでした。今週はもう2回訪ねちゃってますし。
でも、しょうがないですよね。会いたかったんだもん。
「どうしたの渡我さん……。何か、あった?」
「……動画」
「えっ」
「動画、見たのです。 知ってますか灯志くん。動画」
言ってしまってから気付く。私のバカ。これじゃあ伝わらないです。
ほら、灯志くん考えこんじゃいました。
「……………………知ってる。俺もさっき人に教えてもらった」
「えっ」
伝わった!?どうしましょう、ちょっと、いやかなり嬉しいです!
……でもこの憂鬱な気分は全然晴れてくれません。
「って言っても、見たのは動画だけで。コメントとかさ、その辺は知らない。……何か、嫌
なことでも書いてあった、のかな」
「……どうしてそう思うんです?」
「いや、今の渡我さん観たら分かるよそりゃあ」
「アハハ……、そんなに私、落ち込んで見えます?」
「見える。で、俺で良ければ聴くよ。……愚痴くらい」
あぁ、優しいなぁ。灯志くん優しいなぁ。
……あんまりカアイクないとこ、見せたくないけど……甘えちゃおう、そうしよう。
「私も、クラスのお友達に教えてもらったのです。『これ渡我さんだよねぇ』って」
「うん」
「最初はみんな同情してくれたのです。「大変だったね」「怖かったよね」って」
「そっか」
「灯志くんのことも「すごい」「カッコいい」って……。 ……でも」
「でも?」
「誰かが酷いこと言ったのです。「でもこれで死なれてたら気分悪くない?」って」
「…………」
灯志くん黙っちゃいました。グサッときてしまったみたいです。
「気にしなくてもいいんですよ?灯志くんが助けてくれなかったら、私死んでましたもん」
「……でも結果オーライだからいい、みたいな、なのは事実だし……。そ、それで?」
「それで……それで、他の人も嫌なこと言い始めて。「自分だったらいい迷惑」とか「プロ
に任せておけばよかったんだ」とか……。反論する子もいたんですけど、それで何だか空気
悪くなっちゃって」
「あー……」
灯志くんがだんだん申し訳なさそうな顔になっていく。灯志くんは何も悪くないのに。
「そしたら空気を換えようとしたんでしょうけど、……その、灯志くんのことどう思ってる
のかって聞かれました。そしたら駅で私がこっち行きの電車に乗ってるの見たって人が出て
きて…………お見舞いとか、してるのって……それ以上の感じなの?とか…………」
「…………」
「私、上手く答えられなかったんです……。適当に受け流すのも……できなくて。それで女
の子はきゃあきゃあ言い出して……「好きなんだぁ」って、「未来のヒーローが彼氏とかイ
イなぁ」って……」
「……あはは、まあ、大抵の女子はそういう話好「私それでもうプッツンしちゃって」きだ
よね……って、え……?」
「灯志くんのこと何も知らないくせに、クラスのみんなも動画のコメントも好き勝手なこと
言って……それがすごく「嫌だ」って感じて、イライラして……口に出しちゃったんです、
「勝手なこと言わないで」って」
学校ではずっと“いい子”でいたのに、嫌なこともどーでもいい話題も、笑って誤魔化し
てきたのに、今日だけはどうしてもできなかった。
そのまま教室を飛び出して、走って家に帰ったのです。
「ここに来るつもり、無かったんです。でも部屋にいてもイヤな気持ちが止まらなくて、灯
志くんに会ったら、止まりそうな気がしたのです。それでこっそり家を出ようとして……」
「――見つかっちゃったんだね。来れるの週2だけ、って言ってたもんね」
「…………」
コクリ、頷いて返す。
「喧嘩しちゃったんだね?」
「……はい」
「で、飛び出してきちゃったわけだ?」
「……はい」
やあらかい笑い方で私を見てる。うん、こういうとこあるんですよね灯志くん。年上っぽ
いって言うか、時々保護者目線な感じのところ。
あるいは、「自分は分かってるよ」ってフリ。
……そういうところが、引っ付きたくなったり、突き放したくなったりで、何だかむずむ
ずするんですよねぇ。
「……お母さんもね、言うんですよ。灯志くんのこと」
「あー……きっと将来はヒーローねー、って?」
「……しかも私がとうとうヒーローに興味持ったみたいに勘違いしてるんです……」
実のところ、その態度が一番ムカつきました。ムカついてます、なう。
お母さんもお父さんも、灯志くんがヒーロー志望なんだって思い込んでいます。ヒーロー
に興味を持つのも、ヒーローになりたいと思うのも、二人は子供なら『普通』のことだと考
えてる。
分かってない。灯志くんのことなんにも分かってない!灯志くんはそんな人じゃない!
そう思ったら、それを「許せない」と感じたら、もうダメだった。
『――もう知らない。 もう知らない!お母さんも、お父さんも、
そう叫んで、私は飛び出した。一秒でもあそこには居たくなかった。
「……イヤな気持ちになったんだ?」
私が頷くと、灯志くんは「そっかぁ」と言って、そして謝ってきた。
「迷惑かけてごめん」と頭を下げる灯志くんも……少し、イヤな気持ちになる。
「灯志くんは、悪くないじゃないですか。ダメですよ、謝っちゃ」
「そう、だね。こういうとこ、俺の悪い癖だ。……よし、じゃあこうしよう」
「?」
「気にしないことにしよう、誰に何言われたって。別にしっかりした関係性があるわけじゃ
ないのに、そんな人からうだうだ言われてもさ、気にするだけ心の余裕が無駄になっちゃう
だろ?」
「それは……そうかもですけど……」
「だから会ったことも無い人に何言われたって、俺は気にしないから。渡我さんも気にしな
くていいよ。 俺のことは、渡我さん自身が知っていればそれでいいじゃないか」
「…………だから、そういうとこですよ、もう」
ああ、本当に。
本当にこの人は、どれだけ私の心をあっちこっちと、掻き乱せば気が済むのだろう。
いつまで私を――我慢させる気なんだろう。
そうです、我慢。我慢しなくちゃ。いつもみたいに、『普通』みたいに――
あれ?
『普通』……必要ですか? 私、『普通』でいる必要ありますか?
だって、お母さんたちのことなんて、私、振り切って此処に居るんですよ?
親に、お友だちに、周りにいる人たちに、そうしなさいと言われたから。私は『普通』で
生きてきました。だけど今の私は、その人たちみんなから逃げて此処に居る。
私は、私が、私には、もう『普通』をする必要は――
「ほら、
「……………………!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・・・あれ、なんかすごい顔してる。驚いてるような、悲しんでるような、……怒っ
てる、ような。
「えっと……、……渡我さん?」
「いつもみたいに……“いつもみたいに”ですか……ふふっ、フフフッ」
「渡我、さん?」
マズい。 なんだかよく分からないがマズい。そんな気がする。
「ねぇ、灯志くん……。 “私らしい”って、なんですか?」
「えっ?」
「いつもの私って……、灯志くんはどう思いました? 私は、今まで、灯志くんの目にどう
映ってたんですか?」
ピシリ、ピキッ。
何かに
「『普通の女の子』に、見えてました?」
渡我さんは力無くぶら下げていたカバンに手を入れた。中からりんごがころころと転がり
落ちる。……今日も持ってきてたのか。視線を戻すと、引き抜かれた彼女の手には――いつ
も使っていた、果物包丁。
鞘が無い。抜き身だ。
「……!」
「それねぇ、違うんですよ。それは私じゃないのです」
「何を、言ってるんだ?」
「でももうやめます」
どさりと、カバンが落とされた。 ぽたりと、しずくも一つ落とされた。
項垂れていた渡我さんは、顔を上げて俺を見た。その顔は、その笑顔は、俺の見たことの
無い彼女に成っていた。
涙を湛えた目は血走り、そこはかとないぎこちなさを感じていた口端は夜空を裂く三日月
のように弧を描いている。頬は上気し、瞳は妖しくも爛々と輝いている。
獰猛。あるいは妖艶。いや、どちらでもある。一言でいうなら――猟奇的。
「灯志くんが悪いのです。灯志くんが我慢できないようなことばっかり言うから……」
「渡我さん……っ!?いや、ちょっと待って。落ち着こう!」
「ごめんね灯志くん、……ごめんねぇっっ!!」
そう叫んで、渡我さんは俺に飛び掛かってきた。姿勢と目線からして、その手の凶器の切っ
先は、真っ直ぐに俺の――首を狙っている。
………………………………俺を、殺す気なのか?
一瞬、周囲から渡我さん以外の全てが消えた。
【――何を呆けている!迎撃せよ、死ぬぞ!】
ハーさんの警告で我に返る。
混乱しながらも、彼女の手首をつかみ、刃の接近を阻む。だが、肉体も思考も状況に追いつ
かない。俺はそのままベッドに押し倒された。
上に乗られたことで一寸、息が詰まりそうになるがぐっとこらえる。俺に馬乗りになった渡
我さんは、腕に力を込めて無理矢理に俺を刺そうとしてくる。俺も押し返すが、渡我さんの力
はその細腕からは想像もできないほど強い。何より、何故彼女がこんなことをしてきたのか、
そこらへんが全く理解できなくて集中できない。
「ごめんなさい灯志くんっ、ごめんなさい……!」
はらはらと涙を流しながら、渡我さんは左手でナイフの柄頭を押し込んでいく。
「でももう我慢できないんです……っ。頑張ったけどダメだったんです!」
「ぐ、ぅっ……!」
至近距離で、彼女の顔が、瞳の奥がはっきりと見える。
殺意も、敵意も、其処には無い。迷い、惑い、憂いが混ざり合い、渦を巻いている。
だけど、その真ん中、まるで台風の目を、もっと大きな何かが俺に向かって進んでいる。
風雨に晒され、歪む大気に捩じられて、尚真っ直ぐに進まんとしている。
何だそれは、なんなんだ……!?
今、君は俺を刺そうとしている――俺は君の敵じゃ、ないはずだろう!?
「どうしてッ、こんなことを……?!」
「灯志くんが好きなんです!」
…………………………………………………………what?
「灯志くんが、好きなんです!」
「うんっそれはっ、今っ聞いた、から……!?」
危ない、気を取られて力が抜けかけた。
すき?スキ?隙、ではないよね。好き?Like?……Love?いや、Like、Likeだよね!?
【この状況でその解釈は流石に無理があろう。惚けるな】
ですよね!!
「灯志くんが好き!同じになりたいの!同じもの食べて同じもの身に着けて同じ歌を謳いた
いの!
焦る俺のことなどお構いなしに渡我さんは隙間なく言葉をぶつけてくる。
だけど、その内容には理解が及ばない。ますます混乱してくる。
俺になりたい?どういう意味だ?
「灯志くんみたいになりたい。灯志くんそのものになりたい。
俺を殺したい?……ん?え? あれ??
「小さいころからずっとそうなの! 私は血が好きです。血の匂いにクラクラします。ボロ
ボロなのがカアイイのです、大好きなのです!」
「何を……っ」
「だから好きなものはもっとカアイクしたくなるの!だんだん我慢できなくなって、切り刻
みたいって思っちゃう!たくさんチウチウしたくなるんですっ!」
さっきから渡我さんの言ってることが全然分からない。
ただ、そこに込められているのは害意じゃない。こちらに害を成そうという意志は彼女に
ない……はっきりと知覚できるのはそれだけだ。
だからこそ信じ難い。理解できない!
「好きだから殺す」って、君はそう言うのか!?何なんだそれは!
「最初は雀さんでした。お庭で死にかけてたんです。血まみれでボロボロでそれがキレーで
カアイクてだからチウチウしたんです!それからずっと我慢できなくなったらチウチウして
ます!私我慢してるんだよ灯志くん!お母さんが止めなさいって言うから!お父さんが異常
だって言うからっ!私ずっと我慢してきたんだよっ!」
どんどんと渡我さんの言葉が激しくなっていく。決壊したダムから飛び出す水と泥のよう
に、濁流となって俺の耳朶に押し寄せて頭の中を揉みくちゃにしていく。
「お母さんもお父さんもみんなみんなおかしいって言うんです。私のこと異常だって、普通
じゃないって!笑い方もおかしいって怒られました。止めなさいって言われました。気味が
悪いって、悪魔の子だって言われました!どうして、なんでって聞いても「普通じゃない」
からって!「普通に生きなさい」ってそればっかりで!だからそうしなきゃいけないんだ、
みんな、みんなそう言うから!みんなと同じように生きてかなくちゃって!でも違うんです
よね灯志くん?
して普通にしろ普通にしなさい普通にしやがれ普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通
普通普通……もうヤなのです!うんざりなのです!これが私の普通なの!本当の私!私は何
もおかしくなんかないの!いいですよねぇ灯志くん!だって灯志くんが教えてくれたんだも
んねぇ!私は私を諦めなくっていいんですよねぇ灯志くん!?ねえ!!!?」
「…………!!」
吐き出された渡我さんの言葉は血に塗れていた。
その言葉、今まで抑圧されていた彼女の本心こそが、彼女の中で彼女自身を傷付けていた
のだろう。狂い悶えるそれを、ずっとずっと無理矢理閉じ込め続けてきたのだろう。
そうあれと望まれるままに。
渡我さんの生きてきた世界は、彼女にとって息/生き苦しい場所だったのだろう。
俺がその蓋を外してしまった。俺の言葉が、彼女の痛みを暴き立ててしまった。
ああ、畜生。やっぱり俺はいつもこうなるのか。
誰かを助ける度に、誰かを傷付ける。今度は、助けたはずの相手に呪いまでかけてしまっ
ていた。俺はこの人を呪ってしまったんだ。
【ならば如何する。――ここで終わるか?】
………………………………俺は。
俺は、この刃を、受け入れるべきなんだろう。
それで渡我さんが幸せになれるなら。渡我さんがもう苦しまずに生きていけるなら。
だけど、そうじゃあない。ないんだよな。
【ああ、許容すれば丸く納まるだろう。お前もこの娘も楽になれる。 だがそれは当座を凌
ぐだけの逃避に過ぎない。お前は生から逃げ、この娘は罪から逃げる――痛みに背を向け、
易きに流れる。それは何より唾棄すべき悪徳である】
――まさかとは思うが、貴様にそれが許されると思っているのか? そう言って極低温の
目線を向けてくるシェム・ハに、俺も目に力を入れて『分かってる』と返す。
『――生きるのを諦めるな。』
あぁ、言ったね。確かに言ったよ、俺は。
でも違う。ダメだ。それだけじゃダメなんだ渡我さん。
好きにやるってこと。
自分を諦めないってこと。
それは、同じじゃないんだ。似てるけど、すっごく似てるけど、違うことなんだ。
……伝えなくちゃいけない。なんとしてでも。
俺は俺の間違いを、
「――う、あぁああッッ!」
「!?」
上体を跳ね上げ、同時に両腕を突き上げる。渡我さんの身体が浮き、彼女が驚いたその隙
に手首を捻り、包丁を取り落とさせる。
身体を右に倒しながら回転し、落下する包丁から身をかわすと同時に渡我さんの身体を振
り回し、互いの位置を入れ替える。うつ伏せになるよう押し倒し、彼女の両の膝裏に脚を乗
せ、反撃を封じる。
「……っ!? くっ……!」
必死にもがいて抵抗しようとする渡我さんだが、そのくらいの力では無駄だ。さっきまで
押されていたのは
覚悟を決めた時の俺は、100回に1回くらいは父さんに一発入れる程度には強いのだか
ら。まあ、全然本気じゃない状態の、だけど。入ってもあの人
落ちた包丁の位置を確認。渡我さんの
い上げる。素早く病室の端まで距離を取る。よし、
「聞いてくれ、渡我さんッ!」
さぁ、こっからが問題だぞ。――今の彼女に、届くのか?俺の言葉は。
ゆらり と、渡我さんはベッドから起き上がった。
ゆっくりとした動きなのに、今にも
こちらに向けられた顔は……その眼は、瞳孔が開き切っている。
「……………………………………………ドウシテ?」
まるで感情の籠ってないように思える声音だ。でも以前母さんがブチギレる寸前になった
時も同じような感じだったな。いわゆる「一周回ってる」って奴だ。何があったかってそれ
は今は関係ない……ああクソッ、思考がとっ散らかる!認めたくないが、どうやら俺は彼女
に
落ち着け、集中しろ!彼女を止めることのできる言葉を紡ぎ出せ!
「――ごめん、手荒なことして。大丈夫?」
あああああああいつもの癖で謝ってっしまったぁああああ!
何が大丈夫だそんな訳ないだろアホか俺は!
「…………ドウシテデスカ?」
本当に怖いな。怖いと、そう思ってしまう。
渡我さんが身じろぎするたびに錆びた歯車のような、軋む音が聞こえてくる。彼女の身体
は少しでも選択を間違えれば今にも飛び掛かってきそうなほど緊張している。
どうする?まずは当たり障りのない字句で落ち着かせるべきか?
……いや、それは悪手だ。
形はどうあれ、彼女は本音で俺にぶつかってきたんだ。こちらも飾らず偽らず、心からの
言葉で返すべきだ。
心からの言葉……、俺の、本心……。
俺は一つ大きく息を吸い込み、吐き、呼吸を整えて、
「嫌だからだ」 渡我さんの眼が見開かれた。 「黙って刺されるなんて嫌だからだ」
「俺は痛い思いなんてしたくない。本当はこんな怪我だってしたくなかったんだ」
「……なら、どうして私を助けたんですか」
渡我さんの眼が すっ と細くなった。彼女から発せられる威圧感に、さっきまでは無かっ
た、怒りの気が滲んでいる。
「あの時、何もしなければ良かったじゃないですか。そしたら……」
「……そっちの方がもっと嫌だったからだ」
渡我さんの眉間が縮まる。俺の言ってることがよく分からないようだ。
「あの時何もしなかったら、俺は絶対に後悔してた。後悔するのも、嫌なんだ。だから君を
助けたのは
「……私、は……別に、苦しいことなんか」
「その上で、どの口が言うんだって話だが敢えて言わせてもらう」
【さあ、もう戻れぬぞ。覚悟を改めろ、歌満地灯志】
「……君は、人や、動物が血まみれでボロボロな状態であるのが好きで。好きな相手の血が
飲みたいし、その為に傷を負わせることを厭わない……いや、むしろ傷付けたいと思ってい
る。そうだね?」
「……………!! はい、はいそうです!」
「君にとってそれは普通のことなんだね?普通の、本当の君の在り方だと?」
「そう! そうなのです!分かってくれるんですね灯志くん!?嬉しい! 嬉しいねぇ灯志
くん!嬉しいねぇえ!」
「嬉しかないよ」
歓喜の様相から一転、凍り付いたようになる渡我さん。
「渡我さん、俺は嫌だって言ってるんだよ。それでも俺を刺すのなら、それは君が周りから
されてきたことと何が違う? 君は、君の普通を俺に押し付けている」
内心、罪悪感を感じるが、それでも俺は表情を変えることなく言い切る。
「それは、普通がどうとかじゃない。――ただの君のわがままだろ」
瞬間、渡我さんの威圧感が膨れ上がり、敵意が混じったのを感じる。
前に出ようとする
だから俺は渡我さんが踏み出す前に、奪い取った果物包丁を…………。
「だから俺もこうする」
自分の腕に、突き立てた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…………………………………………………………………………………………………え?」
今目の前で起こったことが理解できない。
「なに、してるんですか」
灯志くんが、灯志くんが自分の、自分で自分の腕に、ナイフを左の腕に。
ザックリいっちゃってます。もう少し押し込んだら反対側から飛び出しそう。
何で?
「なん、で…………何でっ何で何でどうしてっ、……ナンデっ!!」
「っ…………さっ、きも……言ったよね……嫌だ、って」
痛みをこらえながら、灯志くんは答えた。
「刺されたりしたら、痛いだろ?それで苦しいとか、辛いとか、そう思う……ほとんどの人
はそんなの、これっぽっちも好きじゃ、ないんだ……」
段々と額に汗がにじんでいく。
「俺も同じさ……これが、俺の普通なんだ」
「痛いのも、苦しいのも、辛いのも……嫌いで、それが俺で」
「でも、泣いて謝る君に、刺されるのも……嫌だから」
顔もどんどん蒼褪めていく。
「真面目な話……、他人を斬り付けるのは犯罪だからさ……」
「君に……斬られる訳にはいかない。だからこうした……」
左腕から、刃を引き抜く灯志くん。
血が噴き出して、どんどん床にしたたっていく。
「…………答えに、答えになってないです」
「そう、だね……。 自分でも、っ、ナイって思うけど、でも……これしか考えつかなかっ
たんだ」
息も荒くなってきた。
「渡我さん…………、正直に、言うよ……?」
来た。肌の下にヒヤリと風が吹きつけるような、あの感覚。“ヤな感じ”が来てしまった。
ダメ、言わないで。 言っちゃヤダ!
「――ごめん。 君の「普通」、俺は好きになれない」
「…………っ」
思わず口がへの字を描く。唇を噛んでしまう。
ああ、やっぱりそうなんですね。
灯志くんから観ても、私は普通じゃないんですね。おかしいんですね。
誰も、彼も、私を理解してくれない。
何もかもが落ちていく。
私の「好き」は、届かなかったんだ――――
「でも、君の気持ちが、真っ直ぐなのは分かった」
俯いていた顔が上がる。
「…………ぇ?」
「だから、君は間違ってない」
灯志くんの眼を見る。
灯志くんも私を見てる。
「好きな相手に、好きだって伝えることが、おかしなことのはずが無い」
歯を食いしばって、眉間もめいっぱい硬くなってて全然笑ってない。汗もまるで滝の
――だけど真っ直ぐに、私を見てくれてる。
「だって、誰かを好きになるってことは、絶対に、間違いなんかじゃないんだから」
また、涙が零れていく。
「でも、傷付けることで、伝える……なんて、俺にはどうしても、理解できない。だからっ
て、なあなあで受け入れるなんて、っそんなことも、できないから」
「絶対だって言えない……でも、考え続けるよ。これからずっと……、いつか君に、ちゃん
と、答えを返せるように……」
「だから……、ホント、最低だけど……、今は、俺から……」
そう言って、私の前に腕を差し出して。灯志くんは微笑んだ。
ああ、貴方はまた、そんな風に笑うんですね。
いつか「自分はヒーローじゃない」と、私に教えてくれた時のように。
今にも泣きそうな顔で、今にも消えてしまいそうな雰囲気で。
ねぇ、灯志くん。私、分かっちゃいました。
灯志くんがそうやって笑う時って「自分のこと嫌いだって感じる時」なんですね?
そうか、そうだったんだ。
だから「好きじゃない」なんて思ったんだ。
私は好きな人と同じになりたい!好きな人そのものになりたい!
だから、私は好きな人の血を啜りたい。みんなが好きな人にキスするように。
私は傷付いている人が好き。ボロボロで血の香りがする人が大好き。
だから切っちゃうの!刺しちゃうの!刻んじゃうの!
傷付けるのが私の、好きの伝え方!
私は私の“好き”に「好きだ」って伝えたい、ただそれだけ!
だから……!
「ちがう…………違うっっ! それ違います、違うんですっ!!」
好きな人に!自分から傷付いて欲しい訳じゃなかった!!
自分のこと大事にしないで欲しい訳じゃなかった!!!
「違う、違う、違う!そんなの違う、嬉しくない……!好きじゃない……っ!」
「私がするんです……!私が、私じゃなきゃダメなんです!」
私の好きは、私から伝えるの……!
「分からないなら、分かったようなこと言わないでよ……! 勝手なことしないでよっ!」
私から私の「好き」を
「そんな灯志くんは――嫌いですっっ!!!」
……言っちゃった。言ってしまいました。
上手く呼吸ができない。今にも崩れ落ちそうです。
私の全部が震えて止まらない。
そんな私を見て灯志くんは、ほんのちょっとの間きょとんとしてたけど、また困ったよう
に笑って言った。
「…………そっか。そうだね。 だから俺も、俺が嫌いなんだ」
「!」
「痛い思い、したくない癖に……助けたいと思ったら動いてるんだ」
とても辛そうな灯志くん。それでも、苦笑いを崩しません。
「それで無理して……怪我して、迷惑かけたり、心配させたり……、今、みたいに、泣かせ
ちゃったり、してさ……それは嫌なのに、気付いたらまた勝手してる……」
――でも、みんなは、それでいいって。 そう言って灯志くんは俯いてしまった。
「人を助けるのは、正しいことだって……それで迷惑かけてるのも、自分で、気付けてるな
ら、もっと、努力すればいいって……俺は、間違ってないから、って……」
震える声を、途切れ途切れに、零すように。
……何て言ったらいいのか分からないです。声をかけていいのかさえ。
「後悔したくないだけだって……
ためにしか思えなくてっ……なのに、誰かのために、なってる、なんて……」
もう包帯も巻いてないのに、痕もほとんど残ってないのに、あの日よりもボロボロ……、
そんな錯覚すらしてしまいます。今の灯志くんは、触ったら崩れてしまいそう。
まるで、ひとりぼっちになってしまった迷子みたいです。
「助けて、傷付いて、また助けて、傷付けて……。それを止められない自分が、根っこのと
こにいて……。……でも、みんなが、認めてくれてるから……、ありがとうって、言ってく
れる人がいるから、……逃げない。どんなに痛くても、辛くても――」
顔を上げた灯志くんのその目は、とても力強いけど、……ちょっと涙が滲んでました。
「笑って、くれたらさ……、自分の為だなんて、言い切れない。どんなに嫌いでも、俺は、
俺のままでいいって……許せるし、許してもらえる……そんな気するんだ……。だから、渡
我さんにも、笑って欲しかった。 ……でも、これは違うよね、やっぱり」
「……ぁ」
汗だらだらで、泣いちゃいそうで、目ぇいっぱいに力が入ってて、それでも灯志くんは笑
いました。痛いの我慢してるのバレバレなその笑顔――無理に作ったからぎこちなくて震え
てるのが――とても見覚えがあるのです。
いつも、鏡をのぞくとそこにある笑顔――私の“いつもの”笑顔に似ていました。
「――ごめんね、渡我さん。イヤな気持ちにさせて。君の気持ちが、分からなくて。ごめん
ね……、本当に……ごめん……っ」
「――――――――」
初めてです。お母さんにも、お父さんにも、小さい頃の近所のお友達、今まで出会った人
たちの誰にも、私の普通を分かってくれる人はいませんでした。誰もが異常だと、おかしい
と言って拒絶しました。「分からなくてごめん」だなんて、謝られたのは、灯志くんが初め
てです。そうです、ここまで本気で私に向き合ってくれた人、今まで誰も……。
本当に、理解しようとしてくれてるんだ。私の普通を知りたいと思ってくれてる!好きに
なってくれようとしてるんだ……本当の私を!
なのに私ってば、なんですか。灯志くんのこと全然分かってなかったじゃないですか。こ
れじゃあ本当にお母さんたちとおんなじじゃないですか!
愕然です。自分が嫌なことを、いつのまにか自分がしていました。お空と地面がひっくり
返ったかのような衝撃です。
「灯志くん……、私……私は…………」
「同じだね、渡我さん」
思わず体がビクッとしました。心の中を読まれたようで。 でも、そしたら灯志くんは私
が想像もしなかったことを言ったのです。
「
「えっ」
「同じように……わがままを言って、自分を押し付けて……傷付けて」
そして、と灯志くんは言葉を区切って、
「お互い、好きなとこも、嫌いなとこもあるのも……おんなじだ」
「……………へっ?」
好きなとこ?好きって言いました?誰の?誰が?もう一回言ってくださいワンモア!
「だから、何も変わらないんだよ、渡我さん。君は、俺と、俺以外とも、きっと」
「何も、変わらない……?」
「
て、仲良くなったり、喧嘩したりする……。互いに認めて、否定して、足したり、削ったり
して……、そうやって人って、つながってくんだ。家族でも、友だちでも、……恋人でも、
それは、変わらない……」
「みんな違う……違ってるから同じになりたい、違っててもいっしょにいられる……」
「そう、だから、違ったままでもいい。ありのままの君で、いてもいいんだ」
・・・・・・・・・・・・・・!!
「……………………ほんと、ですか?」
「ああ。……但し、
「…………痛いのは、ヤです」
「俺も」 ニヘリ、と灯志くんは笑いました。――いつもの灯志くんの笑顔でした。
「だから、折り合いは、つけていかなくちゃね。お互いに、さ」
「……できるかなぁ。私……、できるかなぁ?」
「できるさ。 ……渡我さんなら、出来るって信じるよ」
――信じる? 私のことを?
多分きっと今ポカンとした間抜け顔になってますね、私。
でもしょうがないのです。そんなことも、初めて言われたんだから。
「渡我さんが、遊びに来てくれてる時さ、……すごく、楽しかったから。できてくれなきゃ
困るよ」
「…………~~~~~~~~っそういうとこですよぉ!」
「?」
ああもう、ホントに!灯志くんはホントにもう!泣きたいのか呆れたいのか、それとも喜
びたいのか、自分で自分が分かんなくなっちゃいます!!
だからもう、ぐっと睨みつけてやるのです。でもさっきから涙が溢れて止まらなくて、何
度拭っても止まらなくて。視界がボヤボヤです。
そうこうしてたら、灯志くんの身体がフラフラし始めました。
・・・・・そうですよ!灯志くんもうずっと出血してるじゃないですか!?
「灯志くん!?腕、その、早くっ!早く……包帯っ、包帯巻かないとっ」
「――いいよ、吸っても」
何を言ってるんですかねこの灯志くんは。
「で、でも、「好きになれない」って言いましたよね!?」
「それは本当……、だけど、
自傷なんか、しないよ」
「さっきと言ってる事ビミョーに違いません!?」
「ハハハ、いいんだよ。……そうやって、心配してくれたからね。
「…………もしかしてひょっとして」
「うん、ごめん。――実は君のこと、ちょっと試してた」
………………………………………………………カチンときました。
「……そういうの良くないと思います。そんな灯志くん、嫌いです」
だからもっぺん睨みつけてやりました。どんなに灯志くんが好きでも、灯志くんに嫌われ
たくなくっても、「間違ってる」って、嫌だって思ったから、ちゃんと言うのです。
――貴方が教えてくれたことだから、文句なんて言わせない。
「うん、ごめん。本当に。 …………で、吸うの?吸わないの?」
「そんな軽いノリで言わないでほしいのですけど!?ホントに分かってないのです、灯志
くん!私っていうか、女の子の気持ち!」
「…………ごめんなさい」
「………………………………まあ吸いますけど!」
「割と間があったね……」
苦笑いする灯志くんに、またムッときたので、彼の腕を取る時に軽く爪を立ててみる。
痛くないように、でもちょっと痛いくらいに。あ、ビクッてしました。やーい。
そっと、傷口に唇を沿わせる。背すじが震えた。赤い染みを舌で舐め取り、溢れ出る紅に
吸い付いた。鼻腔から、口腔から、鉄っぽい香りが広がって私の肺まで満たしていく。甘く
て、苦くて、とろっとしていて……今まで口にしてきた、どんな血よりも、濃くて、目が回
りそうです。
灯志くんの顔を覗き込む。痛そうではないけど、しかめっ面になってます。でも、その眼
差しは、いつものおしゃべりしてる時みたいに優しくて。
「――よかった」 彼はぽつりと呟いた。
「……?」
「……いつもみたいに、なんて、言ったけど……本当は嫌だったんだ。君の、作り笑い。気
に食わなかったんだ」
驚いて思わず口を離してしまいました。
「……気付いてたんです?」
そう訊くと、灯志くんはうなずいて、気が抜けたように笑いました。
「……やっと、君の、心からの笑顔を見れた。――ありがとう、渡我さん」
「…………そういうとこですよぅ。ホント、そういう、とこ……ぅ……っ」
また夢中になって啜る。チウチウ、チウチウ。涙がとめどなく流れて、口端まで伝ってく
る。彼の血と混ざって、私の胸をいっぱいにしていく。
今日という日を、私は忘れません。
こんなにもたくさんの、初めてを貰った今日を。
今まで知らなかった自分に、出逢えた今日を。
“本物の”恋に落ちた今日を。
私は、絶対忘れません。
■
【やれやれ……、実に面倒よな。ヒトの子は】
少女は少年の血を啜り、少年は甘んじて血を吸われる。一見すれば猟奇的とも、少々耽美
的とも取れるその光景を、歌満地灯志の脳領域内より眺めていたシェム・ハは長く長く溜息
を吐いた。
【真性より捻じ曲がっている心の在り様……当然ながら一朝一夕に理解等及ぶはずも無い。
ましてや、痛苦を以てのみ親愛を伝達するなど、実に度し難い】
ただ、まあ、と、シェム・ハは誰に聞かれるでもないのに付け加える。
【この娘の場合、能動的な伝達手段がそれしか無く、拡張性も無い、という訳では無いよう
だな。とどのつまり、狂っているのは性癖及び趣味嗜好だけで、それを芯と据えているから
他が引きずられているだけか。 フッ、やはり我の鑑識に間違いは無かったな…………】
誰に見せつけるわけでもないのにドヤ顔をキメている。
――信じられるか?こいつ神サマなんだぜ?
【さて、……真の苦難はこれからである。お前はその娘とつながることを望んだ。娘も、お
前とつながることを望んだ。だが、お前たちは完全なる相互理解に至ったわけでは無い。稚
拙な言の葉にて、辛うじて知識を分け合い、曲がりなりにも覚悟を定めた。その程度だ】
心を持つ限り、知性ある者はお互いを完全に知覚し、理解することはできない。
ましてや人類はその身に刻まれた原罪――『バラルの呪詛』がある限り、誤解無く、隔た
りも無く、言葉を交わすことさえもできないでいる。
【灯志よ、お前たちの選択は相互に痛苦を交わし、他者より障害を配される、二重螺旋の茨
道……その身朽ちるまで、歩き切れるか否かの険しいものであろう。あるいは、その道行こ
そがお前を破滅へといざなうかも知れぬ】
――それでも行くのか。我が宿主よ。
そう、尋ねることはせず、シェム・ハは言葉を飲み込む。その問いに意味は無いと知って
いるからだ。
えることもあるだろう。さりとてそれもまた微々たるもの。抜本的な方針の変換など、望む
べくもない。意識が覚醒してより10年の間に、シェム・ハはその事実を嫌というほど認識
してきた。
ならばなぜ、神の力にて少年を真なる器として完成させなかったのか。
リソースが不足しているのも権能が弱体化しているのも本当だったが、最初は単なる知的
好奇心からだった。器として覚醒しながらも己を抑え込み、自我を保った幼い子供に、シェ
ム・ハは塵芥程度ながらも一等光る可能性を見出したのだ。
【我は今、確信を得ている。これから先、遠くない未来に――お前が必ず、私に一つの解を
献上するであろうことを。 それが我が野望を打倒し、本懐にすら至るかどうかは分からぬ
が……少なくとも、その時は――】
『神さま、ぼくは決めたよ。――あなたにこの星をどうにかなんてさせないって』
『【大口を叩くではないか、小僧。貴様ごときがこの我を滅ぼそうというのか】』
『ううん、そんなことしないよ』
『【何?】』
『ぼくは
『【……クッ、フフッ、ッハッハハハハハッ!!この我と!友誼を結ぶ!?只ヒトの貴様が
か?フハハハハ!!遺憾を通り越してもはや唖然、茫然である!】』
『そんなに笑うなよ!分かった、いいよ、やーってやるよ!ぜったい友だちにしてみせるか
らなぁ!』
『【ク、ク、ク。本当に不敬なヒトの子だ……。我がこのような有様でなければ即座に処分
しているところだが……いいだろう。面白い、やって見せよ。貴様が我に、貴様を“友”と呼
ばせて見せたなら、その時は――】』
【――その時こそ我らは、“約定”を果たすことになるだろう】
そう独り言ちる、人類の創造主の瞳は、超越的な光を放ちながら……どこか、寂しさを帯
びていた。
勝負の結果は傷つけ合ってドローです。()
私はトガちゃんの“好き”について、まあ破綻してるとは思うんですけど、原作での連合のメンバー、特にトゥワイスとのやり取りや彼の最後の時のことを考えると、「親愛の対象を傷付けることでしか好意を示せない」わけでは無いと捉えています。
最初から最後までそれ一択しかない、そういうものとして完結しているわけじゃなく、彼女には他の「好意を示す手段」や「愛や絆に対する価値観」とかを受け入れて、自分の選択肢として増やしたりする余地がまだあるのだと。
スマホに例えるなら、画面には一つのアプリだけ、しかもアイコンのサイズが画面いっぱいの大きさで、削除できないし他のアプリも持ってこれない。だけど、画面下方のスマホの基本的な機能はちゃんとあるし、スワイプしたら他のアプリも色々入ってるし入れられる……トガちゃんの精神構造ってそんな感じだと私は思います。
ジェントル好きなキャラなので早々に登場です。名前だけ。
彼の過去を考えるとプロローグのオリ主の行動と結果はめちゃくちゃ地雷なので直接出会うことがあれば……大変なことになるんじゃないかな( ◠‿◠ )
ちょこっと用語解説:
☆風鳴弦十郎:
『シンフォギア』世界最強のOTONA。大人では無くOTONA。公式で「その強さは刑法どころか憲法に抵触しかねないレベル」とまで言われる、シンフォギア版「地上最強の男」。ノイズとは戦えないが生身でシンフォギアより強い、そしてシンフォギアはノイズに強い、という三竦みの関係。ぶっちゃけシンフォギア作中の敵キャラは特殊な手段でしか防げない攻撃ばっか使ってくるので、その対抗手段さえ身に着けさせればこの人が名実ともに最強無敵である。ただし身内と思ってる相手とのガチバトルでは負けてる。甘い人なんだ……でもそこも含めてこそのOTONAなのです。