[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ   作:ターレットファイター

1 / 30
2023/01/09 内容を修正しました。


[ハリボテエレジー登場!]―ジュニア級・4月
[ハリボテエレジー登場!]その1


 

 子供の頃の夢は、ウマ娘だった。トゥインクル・シリーズで活躍するウマ娘になることが夢だった。

 ウマ娘のようにどこまでも速く駆けたい。

 ダービーやオークス、宝塚記念や有馬記念みたいな大レースに出たい、そして勝ちたい。

 それが、将来の夢だった。

 

 ――だけど、健康診断の結果と、小学校で身近な場所にはじめて現れたウマ娘の存在は、そんなものにはなれないということを私に教えてくれた。

 だからわたしは、トレーナーの道を選んだ。

 

 ――夢を観た。

 それは、あるウマ娘の夢。

 レースで最後方に陣取り、最終直線での追い込みを図るウマ娘の夢。

 速度は十分。レース中盤までは狙い通りの位置で後半へ向けて脚を溜める。そして、終盤にかけてスピードを上げ、ゴール前では先頭に立つ。

 第三コーナー――レースが終盤に入る曲線の入口。前を行くウマ娘たちの背中を見ながらじわりと速度をあげる。

 その瞬間、体がぐらりとカーブの外側へ振られる。腰のあたりで何かが裂ける音――

「――トレーナー君? トーレーナーくーん?」

 ターフの上の景色が一瞬で消える。一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。

 目をしばたたかせると、目の前にウマ耳を生やした茶色い髪の少女が――私が担当しているウマ娘――アグネスタキオンが全身から湯気を立ち上がらせながら不審げに私の顔を覗き込んでいる。

 その顔を見て、ようやく今の状況を思い出した。タキオンの朝練に付き合って、走り込みのラップタイムを測っていたのだ。

「あっ! ラップタイム!」

 手元のストップウォッチを見ると、ストップウォッチは無情にもラップタイムを切らずに時を刻み続けていた。

「ごめん、押し忘れてたみたい」

 走り込み後の柔軟体操をしていたタキオンは肩をすくめると、不意に眉をひそめた。

「……押し忘れなんて君らしくないな。それに今日は随分と浮かない顔をしている」

 タキオンが心配するというのはよほどのことだ。どうやら、わたしはそうとうひどい表情をしていたらしい。

「まあ……ちょっと、嫌な夢を見ちゃってね」

「ふぅン? 夢というのは無意識下のものが発露したものだとも言われている。君のパフォーマンスにそこまで影響を与えるなんて、どんな夢なのか興味があるね。聞かせてくれたまえ」

 そして彼女が、担当トレーナーのひどい表情の原因に興味を持たないはずがなかった。

「ふぅン……」

 わたしが見た夢の話を最後まで聞き終えると、タキオンは目を伏せて考え込む。

「ウマ娘になる夢というと……強い活力とかエネルギーに対する憧れの反映、体がバラバラになる夢というのは極度の疲労や混乱した状況の反映と一般的には言われてるが……君、そうなのかい?」

「そうなのかい、って言われてもなぁ……」

 強い活力とかエネルギーに対する憧れはともかく、疲労や混乱状態に関してはさっぱり心当たりがない。むしろ今は、一段落して少しゆっくりしているくらいだ。

 アグネスタキオンは去年の暮れに有馬記念、そしてほんの半月前にはURAファイナルズの中距離でも優勝して「最初の三年間」で十分な成果をあげて一段落。トゥインクル・シリーズに残るか、ドリーム・トロフィー・シリーズに移籍するかという話にしても今のところ移籍の方向でまとまりつつある。

「ふむン……。やはりこのあたりは当てになるか微妙なところだねぇ」

 私の答えに、タキオンはそう言って首をかしげる。

 去年の有馬記念以来、「精神的な要素が走りに与える影響」に興味を持ち出したタキオンは、心理学から占いの類まで、およそ精神に関係しそうなものなら分野を問わずに資料を集めて、その成果をわたしで試していた。今持ち出してきたのは、夢占いか何かの本から得た知識だろう。もっとも、そちらの方向での成果は今ひとつのようだったが。

「タキオンはウマ娘の夢を見たことはあるの?」

「私かい? 子供の頃から何回かそんなことはあったが……」

 わたしの質問にタキオンはそう答えたあと、わずかに首を傾げてふと思い出したように呟いた。

「……そういえば、たいがいのウマ娘は一度はそういう夢を見ると聞いたことがあるね」

「そうなの?」

「ああ。そういえば、奇妙なことにその夢に出てきたウマ娘がレースでのライバルになることが多いという話もなにかの調査で――」

 タキオンがそう言いかけたところで、チャイムの音が鳴り響く。朝の予鈴――ホームルーム十分前、八時の鐘だ。

「おや、もうこんな時間か。……トレーナー君、片付けはおねがいするよ」

「もちろん。行ってらっしゃい」

 校舎までの距離を考えると、今すぐに出れば少しぎりぎりになるもののホームルーム前には教室にたどり着ける。確か、今日のホームルームで提出しないといけない書類があったはずだ。

「……あれ?」

 しかし、コース脇の待機スペースにタキオンの通学カバンが置きっぱなしになっていた。

「桐生院さん、ちょっとお願い! タキオンを追いかけてくる!」

 トレーニングの後片付けをしていたらしい同僚のトレーナーに声をかけると、グラウンドを飛び出す。

 時計を見ると現在時刻は八時九分。ホームルーム開始まであと一分を切っている――今から走っていけば八時半に始まる一時間目の前には教室に届けられるだろう。

 ひどい夢見に反して、今日は随分と体が軽かった。駆け足くらいのペースのつもりで走っているのに、視界を流れていく景色の速さは全速力のときでさえも見たことがないほどに速い。そのうえに、まだペースは上がっていく。

 寮と校舎を結ぶ通路に出る頃には、自分でも驚くほどの速さになっていた。遅刻ギリギリで走っているウマ娘たちを追い越し、あっという間に校舎の前にある三女神像が見えてくる。なにか珍しいことでもあったのか、校門前でたずなさんが目を丸くしている。

 少し意外なことに、タキオンはまだ校舎に入らず、三女神像のあたりにいた。

「タキオーン! 忘れ物!!」

 タキオンのカバンを掲げながらそう叫ぶと、とても驚いた様子でタキオンがこっちを見た。かなり驚いているらしい――目を大きく開け、口をぱくぱくさせているのが遠くからでもはっきり見えた。実験でとんでもない結果が出たときのような興奮した様子ではない、どちらかと言うと、とんでもない不意打ちを受けたときのような表情だ。

「トレーナーくん! いったいどうしたんだい!?」

「忘れ物を届けに来た! 提出する書類は入ってる?」

「ああ……うん、入ってるね……」

 ぎこちない手付きで、鞄の中を改めたタキオンが頷くと同時に、チャイムが鳴った。

「あれ、もうこんな時間? タキオン、もう一時間目が始まるんじゃない?」

 けっこうなペースで走ったつもりだったが、実際にはそれほどでもなかったらしい。一時間目にも間に合わなかったということは、それどころか随分と時間がかかってる――そんな考えを見透かしたのか、タキオンが呆れたようにため息を付いた。

「……いまのはホームルームのチャイムだよ」

「え?」

 さすがに、そんなことはないだろう――そう否定しようとするのを制するようにタキオンはわたしとの距離を詰めながら問いかける。

「それよりトレーナーくん……君、トレーニングコースを飛び出した時刻は覚えているかい?」

「うーん……ホームルームの鐘が鳴るまで一分を切ったあたりかな」

 そう答えながら右手にはめた腕時計をちらりと確かめる。――もしかして、腕時計の時間が狂っていたのだろうか? だとしたらどこかで修理に出しておかないといけない。腕時計が示す時刻は八時一〇分をちょっと過ぎたあたり。ということは十分以上は時間がずれていることになる。

 その一方で、タキオンはほとんど触れんばかりの距離で顎に手を当てて考え込む姿勢になっていた。

「ふむン……ここからコースまではざっと八百メートル……ヒトのその距離での世界レコードは確か一分と四十秒少々だったか……それくらいののペースなら差は一分程度、分針の位置を見間違えた程度で済むか……なあ、トレーナー君、君、実は陸上の中距離走でヒトの世界レコード並みのタイムを叩き出せる豪脚の持ち主だったりしないか?」

「へ?」

 突拍子もないといえば突拍子もない質問に思わず首を傾げてしまう。

「いや、そんなことはまったくないけど……」

 確かに、子供の頃はどちらかといえば脚は早い方だったが、それはせいぜいクラスの中で上位集団に入れるという程度のものだった。陸上部で大会に出るような同級生にはとうてい脚の速さではかなわなかった。ましてや、ウマ娘に追いつけるような脚ではないことは小学生の頃にさんざん思い知らされている。

「ちょっと君の腕時計を見せてくれたまえ」

 そう言うと、タキオンは答えも聞かずにわたしの手を取って腕時計を覗き込む。わたしのことなどお構いなしに、時計塔の時計と腕時計を見比べたり、いろいろと角度を変えながら腕時計を観察する。

「デジタル時計となると針の見間違いではない……電波時計……時計塔の時計との誤差は殆どないな、これは……なあトレーナー君、もう一度聞くが……コースを出たのは八時九分を過ぎてからだったんだね?」

「まあ、この腕時計が正しければそういうことになるけど……」

 わたしの答えを聞いて、タキオンはため息をついて額に手を当てる。わたしの腕時計が壊れていたことがそんなにショックだったのだろうか……?

 そんなことを考えた拍子に、周囲のざわめきが耳に入ってきた。もうホームルームが始まっているというのに、やけにざわめきが大きい。たずなさんもどう対応したものか困った様子でこちらを見ていた。

「これは……さすがのわたしでもにわかには信じられないな……。ううン……けれども、いや、やはりあの走りを考えればこちらのほうが筋が通るが……」 

「タキオン……?」

 さすがに、遠巻きにざわついているのを見てると少し不安になってくる。トレーニングコースを出たあとにタキオンはまたなにか実験でもしていたのだろうか。だとしたら今日はお詫び行脚の日になるだろう。

 そんなわたしの様子に呆れたのか、タキオンがもう一度ため息をつく。

「君、かなりとんでもないことをしたことになるぞ」

「え?」

「つまりだ、八百メートルをおよそ一分足らずで走り抜けたことになるぞ。四ハロン五十秒台、それもたぶん五十秒台前半のタイムということになる」

 レース直前での追いきりであれば、よく仕上がったウマ娘の場合四ハロン八〇〇メートルのタイムの目安はおよそ五十二秒程度――四ハロン五十秒台前半というのは、それに迫るタイムを意味していた。

 




というわけで、読者にはバレバレですがタキオンのトレーナーはウマ娘になってしまいました。
次回は生徒会室で諸々のお話です。夕方に投稿するか、明日投稿するか、月曜日に投稿するかのどれかになると思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。