[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ 作:ターレットファイター
「エレジーくん、安心したまえ。軽い打ち身のほかに特に怪我はないそうだ」
医務室に入ってくるなりタキオンはニコリもせずにそう言うと、枕元の椅子に腰をおろす。
「さて、エレジーくん……何があった?」
不機嫌そう――というよりは、真剣に考え込みすぎて目つきが険しくなっているタキオンの問いかけに首を傾げる。
「雨に濡れたバ場でスピードを出しすぎて転んだ……という話ではないよね?」
朝日杯でわたしに起こったこととは、要約してしまえばそれだけのことだ。しかし、タキオンが聞きたいのはその程度の答えではないだろう。タキオンなら今日のバ場状況とレース展開を見ていればこの程度のことは容易にわかるはずだ。
「そうだね……。具体的には、第三コーナーに入るときだ。何があった?」
「第三コーナー?」
「ああ。君がいつものようにロングスパートをかけ始めていたことはわかった。だが……うぅン、なんと言ったものかな」
そう言うとタキオンはうつむきながらわしゃわしゃと自分の髪を片手でかき混ぜる。
「なんというかね……いつもの走りとは違うように見えたんだ。なにか、違うと感じたことはないかな、モルモットくん?」
うつむき加減のまま目だけこちらに向けてくるタキオンのわたしへの呼びかけ方がトレーナー時代のものになっていることに苦笑しながら、今日のレースの展開をもう一度ゲート入りからたどり直してみる。
ゲート入り、向こう正面、第三コーナー入り口でのスパート、溢れ出してきた「前に出よう」という感情――どれも、前二走と変わらない。
いや、一つだけ、ほんの僅かな違いがあった。
「そういえば……今日は、いつもよりも強く『前に出なきゃ』って感じてた気がする」
「ふぅン?」
わたしの答えに、タキオンが興味深そうに首を傾げて先を促す。タキオンの隣で話を聞いていた桐生院さんも黙って頷き、同じようにわたしの言葉を促す。とはいっても、わたしの答えだけで桐生院さんには何が起こっていたのかだいたいの推測ができているはずだ。
「コーナーに差し掛かるとなんだかよくわからないけど猛烈に前へ行こう、前へ出ようって気持ちが溢れ出してくるのだけど、今日はそれがとても強くて……気がついたら制御不能になっていた」
「……それで速度を出しすぎて転んだ、というわけか……」
私の答えに、タキオンはあきれたようにため息をつく。確かに、タキオンからしたらレース中に気持ちの制御が効かなくなって暴走するなどほとんど理解の埒外にあるものだろう。
「……掛かり癖のあるウマ娘でよく聞く話ですね」
「そうね。……掛かり癖かぁ」
桐生院さんの言葉に頷くと、思わずため息が漏れた。自分でレース中の状況を説明するまで全く気づいてなかったが、確かにこうやって整理してみると第三コーナー直前での自分は完全に掛かっていたと言えるだろう。
ウマ娘の本能がレース中に何らかの原因で暴走し、本人にも制御不能な状態になることを「掛かる」と呼ぶ。
レース中に度々掛かるウマ娘――掛かり癖のあるウマ娘というのは往々にしてトレーナー泣かせの存在でとにかく手がかかる。掛かる原因は初めての大レースで舞い上がってしまっていたり気負いすぎといった気分的なものや、闘争心が強すぎる、先頭の景色に固執しているなどの本人の性格的なもの、はたまた「ウマ娘として継承した魂が前に出すぎている」といったものなどいろいろあって原因を探すだけでも一苦労な上に、なにしろ本人にも制御不能なわけで言い聞かせたり気持ちのもちようだけでなんとかなるものでもないから厄介なのだ。
「そうなると、終盤まで抑えるトレーニングをしたほうがいいかもしれませんね」
「というと、前を塞ぐようなかたちで追い切り練習?」
「ええ。そうですね。それで終盤のいいタイミングまで抑えてから解放する経験を積むのがいいかと」
とはいえ、トゥインクル・シリーズだけでなく世界各地で行われているウマ娘レースでは日々様々な経験則が積み重ねられている。桐生院さんが口にしたのは、序盤で掛かって終盤に脚を残せないウマ娘向けとしては一般的なトレーニングだった。私でも、トレーニングプランの第一候補には同じものを挙げていただろう。
「タキオンさんの意見はどうでしょうか?」
「……ふむン」
桐生院さんに水を向けられたタキオンも、わずかに考え込んだあと「わたしも、それがいいんじゃないかと思うね」と答える。
「だが、それで抑えられるとは限らないだろう? 普段のトレーニングではそういう癖は出てなかったと思うが……」
タキオンの疑問ももっともなものだった。だが、普段のトレーニングではおとなしいのに、レースになると急に掛かりやすくなったり、走りが荒っぽくなるウマ娘というのも極めて少数ながらいないわけではない。
「確かに、本番でしか出ない癖というのもあります。なので、なるべく実践的なトレーニングを行って慣らすしかないかと。とりあえず、エレジーさんの調子を見ないとまだなんとも言えませんが、年明けは早めにオープン戦に出走して、そのあたりの感覚をすり合わせていきましょう」
当然、桐生院さんのプランは、そういったウマ娘のトレーニングを経て積み上げられた経験則に即したものだった。
「エレジーさんの武器はロングスパートをかけた上でも最終直線で一気に加速できる、切れのある末脚です。これから先、ダービーや菊花賞などで距離が伸びていくことを考えると最後まで脚を溜めるレースができるようにしていくことは必要だと思います」
というわけで、ハリボテエレジーの「曲がれない!」が発動しました。次回から、ハリボテエレジーの[曲線×][ガムテープの綻び]絡みのエピソードになります。
ちなみに、[朝日杯FSのあとに:夢のカタチは未だ見えず]は着順2着以下でのイベントですが、朝日杯に勝利したあとの[朝日杯FSのあとに:早く着きすぎた場所]だとハリボテエレジーは最終直線で足に違和感を感じて医務室に運び込まれ、同様のエピソードが展開されることになります。
[曲線×]:コーナーで冷静さを失ってしまう
[ガムテープの綻び]:原因不明の不調で足がもつれる……修理が終わるまでレースで能力を発揮しきれなくなる