[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ 作:ターレットファイター
[クラシックに向けて・分かれ、いつか交わる道]
トレセン学園・トレーニングコース外周、芝一六〇〇メートル。トレーニングに勤しむウマ娘の数も減ってきた時間帯を狙って設定された模擬レース。
およそ五バ身先で先頭を走るギンシャリボーイとチョクセンバンチョー。そしてその先には橙色に染まった芝コースと計測スタンド。
前へ、もっと前へ、もっと速く。全身の細胞がウマ娘の本能に従って躍動しようとする。掛かり癖のあるウマ娘の頭の中はこんなことになっているのかと思わされる。
だが、それをねじ伏せる。歯を食いしばり、加速する衝動を押さえつける。
転倒するほどには加速せず、しかし離されない程度の速度で第三コーナー、第四コーナーを乗り切り直線へ。
間違いなく、前よりも走りの制御ができるようになっている。
ゴーサインを出す。弾かれたように体が前に出る。ギンシャリボーイとチョクセンバンチョーの背中が一気に近づく。ゴール前の直線の半ばで横一列に並ぶ。抜かせない、だが置いていかれることもない。計測スタンドから観戦していた生徒たちの歓声が聞こえる。
至近距離から、二人の走りはこれ以上ないほどによく見えた。
ここまで先頭で模擬レースを走ってきたギンシャリボーイの走りは、教科書通りの、洗練された中長距離ウマ娘の走り方。変な癖も、フォームのブレもない、そのまま教本に載せられそうな走り。教科書通りの走りというのは、最も効率的で、だからこそ強い走り。むろん、それがそれぞれのウマ娘にとって合った走りであるかというのはまた別な話ではある――だが、これまでの走りを見る限り、ギンシャリボーイにとって教科書通りの走りが合っているのは間違いないだろう。何よりも、どれだけ走った後でも息が上がった様子もなくけろりとしている様子は底知れなさを感じさせる。
そして、その後ろを追走してきたチョクセンバンチョーの走りは荒々しく、己の力を芝に叩きつけるような短距離ウマ娘の走り方。どこまでも無駄なく効率的で洗練された走り方ではなく、多少の不利はねじ伏せてでも己の走り方を貫き通すスタイル。ギンシャリボーイとは逆に、教科書から外れたような走り方のほうが彼女にとっては力を出し切れるのだろう。むろん、その「多少の無駄」はハンデとして付きまとい、彼女の適性距離を押し下げている。マイルやスプリントレースでも通用するような加速力とトップスピードを有してこそいるが、無駄なく走れれば、二〇〇〇メートル以上のクラシックレースでも通用するスタミナがあるはずだ。現に、模擬レースでの走りには彼女のスタイルから見ても無駄に力を消費しているように感じられる部分はあった。
そして、その走りを改善するコツも思い浮かんでしまった。
「はぁ? 何言ってんだアンタ」
クールダウンも終わった後、そのアイデアを伝えるとチョクセンバンチョーはめんどくさそうな様子でそう答えた。見ようによっては凄まれているようにも見えるかもしれない。けれども、彼女のトレーナー曰く別にそんなことはないらしい。ただ、切れ長のツリ目と上背のせいでどうしてもそう見えてしまいがちなそうだ。
「だいたいそんな細かい改善で変わるって……アンタ、トレーナーかよ?」
「……まあ、実際そうだけども」
トレーナーとしての仕事は一旦休止しているとはいえ、トレーナー資格を持ってるのは事実だし、実のところ、ハリボテエレジーとして走るようになってからも同じレースで走ったりして縁のできたウマ娘を中心にフォームの改善やトレーニング方法の相談に乗ったりもしている。
「そうだったな……クソッ、なんか調子狂うな」
「一応それで一回走ってみてもらえないかな。きっと、前より調子良く走れると思う」
「わーったよ。トレーナー、ちょっと走ってくるぞ」
チョクセンバンチョーは彼女のトレーナーに一声かけると練習コースに駆け出していった。わたしがアドバイスしたのはレース中盤での走り方だ。すっかり日も落ちて、照明に照らされるようになったコースをチョクセンバンチョーが少しゆっくりしたペースで走る。まだ、前のフォームとの違いはあまりない。だが、徐々に速度を上げていくうちに違いがはっきりしていく。模擬レースでの走りと比べて、体がブレにくくなっている。それはそのまま、無駄の無さにつながっている。
「……確かに前より楽に走れるな。力が分散せずに加速できている気がする」
コースを一周して戻ってきたチョクセンバンチョーは、渋々といった様子で効果を認めた。
「うん、これならスタミナの消費も少なくなるし、これから先、レースの距離を伸ばしていくときにも対応しやすくなるんじゃないかと思う」
そう、このアドバイスの最大のポイントは彼女のレーススタイル――天性のパワーをトップスピードを生かして最終直線で他のウマ娘を差し切る走り――を今よりも長い距離のレースでもできるようにするために、レース中盤でのスタミナの浪費を抑えることにあるのだ。
皐月賞、芝二〇〇〇メートル。
東京優駿、芝二四〇〇メートル。
菊花賞、芝三〇〇〇メートル。
彼女がこの先、クラシック路線を目指していくのならレースの距離は伸びていくことになる。現状の彼女はマイラー――それも、去年の朝日杯フューチュリティステークスでは三着以下を大きく引き離しながらも最終直線で体力が尽きてギンシャリボーイを捉えきれなかったことを考えると、スプリンター寄りのマイラーであり、レースの距離延長は大きな課題であるはずだ。だからこそ、こういったフォームの改善は必要になる。
「アンタもクラシックを目指すんだろ、敵に塩を送ってどーすんだ」
「まあほら、どうせなら相手は強いほうがいいじゃない。ギンシャリボーイもそう思うでしょ?」
「そうですね、チョクセンバンチョーさんが強くなって悪いことはありません」
ギンシャリボーイがおっとりした様子でそう返すと、「……ケッ」とチョクセンバンチョーが小石を蹴飛ばして踵を返した。
「……ったく、どいつもこいつものんびりしたツラしやがって……次のレースでは全員まとめてぶち抜いてやる」
立ち去っていくチョクセンバンチョーの背中を眺めながらギンシャリボーイがこてり、と小首を傾げた。
「……そういえば、ハリボテエレジーさんの次走はもう決まってるんですか?」
「私は若葉ステークスですね」
わたしが次に出るレースはクラシック級限定のオープン戦・若葉ステークスだ。
「僕は弥生賞、チョクセンバンチョーさんはスプリングステークスに出ますから……お互い何事もなければ次にレースで相まみえるのは皐月賞ということになりますね」
「そうですね。……皐月賞かぁ」
ギンシャリボーイの言葉に、思わず空を仰ぐ。GⅡ弥生賞、GⅡスプリングステークス、そしてオープン戦の若葉ステークス、どれも皐月賞のトライアル競走として指定されたレースであり、前哨戦となるレースだ。
それはつまり――クラシック競走を目指す、世代のトップクラスのウマ娘たちが集う大舞台の一つ。
模擬レースでギンシャリボーイ、チョクセンバンチョーと十分に勝負ができたことから考えても、その大舞台を、そしてその先にあるクラシックレースを目指せるだけの力がわたし――ハリボテエレジーにはあるのだろう。自分の中の、トレーナーとしての部分はそう判断している。
けれども、トレーナーではない、ハリボテエレジーでもあるわたし自身にとってはそこへの出走が現実的な選択肢となるようなところまで来ているというのは、まだすこし信じられないような気持ちがしていた。
「一生に一度のクラシック、正々堂々と競い合いましょう」
「……ええ」