[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ   作:ターレットファイター

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[若葉S]―クラシック級・3月後半
[若葉Sにて・大舞台へ]


 

 トライアル指定競走とは、本番に向けた前哨戦としての意味の他に、優先出走権を獲得するためのレースという意味合いもある。

 これまでの勝利数で出ることのできるレースが分けられている条件戦とは異なり、オープン戦ではメイクデビュー戦・未勝利戦で一勝を挙げ、さらに一部のレースでは指定されている出身地やクラシック級などの条件さえ満たしていればどんな戦績のウマ娘でも出走登録をすることができる。

 けれども、一度に同じレースに出ることができるウマ娘の人数はレースごとに定められているから、クラシック競走のように人気の高いレースでは出走登録数が定員を越えることがある。そうなると、基本的に成績順で出走可能の判断がなされ、出走登録したなかで成績が下位のウマ娘はそのレースに出走できないことになる。

 だが、優先出走権があればそうした成績順での出走制限とは関係なく、そのレースに出ることができる。デビューが遅れたり、なかなかレースに慣れられず勝ち上がるのが遅れた、あるいはジュニア級で怪我をしてそこから復帰するのに時間がかかったなどの理由でレースでの実績が十分ではないウマ娘にとっては、ここで優先出走権が獲得できるか否かはほぼそのまま皐月賞に出れるか否かに直結してくるのだ。

 だからこそ、若葉ステークスに向かう地下バ道の雰囲気は、朝日杯のときと比べてあまり後がない、ピリピリした空気が流れていた。

「さて、エレジーくん、調子はいかがかな?」

 タキオンのときは同じ皐月賞のトライアル競走でも弥生賞のほうだったが、どちらにせよ雰囲気は変わらない。それで慣れていたつもりでも、やはりトレーナーとして地下バ道を歩くのと、ウマ娘として――レースに参加する一員としてここを歩くのとではいろんなものが違っていたらしい。タキオンに促されるままに軽く屈伸をすると、知らず知らずのうちにこわばっていた背中の力が抜けた。

「ありがとう、タキオン。調子は……うん、大丈夫そう」

「それはよかった。ならば、もう少しリラックスしたまえ。適度な緊張は走りに良い効果を与えるが、あまり緊張しすぎたら万全のパフォーマンスを発揮できなくなる」

「そうですよ。大丈夫、エレジーさんの末脚なら十分勝機はあります。模擬レースのときの感覚を活かせれば行けるはずです。ほら、少し深呼吸しましょう」

「そうですね。――ありがとうございます」

 桐生院さんに促されて深呼吸をして、肩を回す。地下バ道の出口は気がつけばもうすぐそこだった。

「――行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「行ってきたまえ。待ってるよ」

 出口のスロープを上り、地上に出るとスタンドの歓声が聞こえてきた。

「――そういえば、あの子が出てたのもこのレースだったっけ」

 わたしが小学生の時、初めて身近に接したウマ娘。ダンボウルカイツブリもトレセン学園に進み、若葉ステークスに出走していた。若葉ステークスまでの彼女の戦績は五戦ゼロ勝。今になって考えてみると、若葉ステークスへの出走は「クラシック競走のトライアル競走として指定されたレースに限り、未出走ウマ娘・未勝利ウマ娘の出走を認める」というルールを使い、優先出走権獲得に賭けてのものだったのだろう。

 皐月賞への優先出走権が与えられるのは上位二人のウマ娘。

 彼女は八着で優先出走権を得られず、その後のレースでもはかばしい成績を収められずに引退している。もしここで勝つことができれば、あるいは二着で皐月賞での優先出走権を得られていたら、その後も変わっていたのだろうか。ボロボロで彼女がトレセン学園から帰ってくることもなかったのだろうか。もちろん、若葉ステークスでの結果が変わって、皐月賞に出ることができたとしても結局力が及ばず、あのときと同じような状態で帰ってきてたかもしれない。クラシック競走に出ることができたとしても、上位人気に支持され、本番でも悪くない成績を収めたとしても、その後の成績が振るわないままに引退するウマ娘だって少なくはないのだ。けれども、ここでの一勝が分岐点になっていた可能性はあるのだ。今までに指導してきたウマ娘の中にも、最高の状態で僅かに及ばずに勝ちを逃したレースが分岐点になった子もいた。

 だからこそ――

「――勝ちたいな」

 勝って、皐月賞でギンシャリボーイやチョクセンバンチョーと競り合いたい。

 遠くで響くファンファーレを聞きながら、そんな気持ちが湧いてきた。

 そうなのだ、今日のレースは皐月賞に――ウマ娘として、人生に一度だけの大舞台につながっているのだ。

 ゲートに入ると深呼吸を一つして、前をじっと見据える。レース場が静寂に包まれる。

《若葉ステークス……今、スタァトしました!》

 ゲートの前扉が開いた。視界の端で、逃げウマ娘が先頭のポジションを取ろうと飛び出していく。まだペースは上げない。前目のポジションを取ることにこだわらず、前半のペースを上げすぎないようにすることだけに注力する。

 隊列が定まったあたりでのわたしのポジションは九番手あたり。

 わたしがやることは単純だ。中盤まではペースを上げず、暴走しないように努める。隊列の中でどこに陣取るのかは余りこだわらなくていい。

 大切なのはタイミングだ。ハリボテエレジー最大の武器である末脚をどこで発揮するか、どこからポジションを押し上げていくかのタイミングだ。

《――一〇〇〇メートルを通過、タイムは……六一秒五、これは遅い!》

 ペースが遅い。先頭を逃げるウマ娘が緩めたペースを誰もつつかなかった結果、前目につけたウマ娘が体力を温存できるペースになっている。仕掛けるのが遅ければ、逃げ切る前方集団を捉えきれない可能性が高い。

 前よりも、「前へ、もっと前に、もっと速く!」という声は小さくなっている。そのお陰で、ずっと落ち着いてタイミングを計れた。

 ――第四コーナーを曲がり切る少し前、先頭のウマ娘が直線を向くかどうかのタイミング。団子状に密集したバ群の外側、他のウマ娘に進路を塞がれる心配のない位置。

「――ここ!」

 力を込めて、スパートを掛ける。

 その瞬間、これまでにないほどの力が溢れ出した。

 まるで吹っ飛ばされたかのような加速。当然、わたしの体はそれについていけない。大外にそれていくことすらできない。

 あっさりと世界がひっくり返り、ダンボールが潰れる音と――

 

 ――痛みとともに、肩から嫌な音が響いた。

 

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