[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ 作:ターレットファイター
[神戸新聞杯に向けて]
トレセン学園の秋は、クラシック三冠・トリプルティアラの最後の一冠と、そこに向かうトライアルレースの季節だ。
春のクラシックレースで実績を残したウマ娘は夏の休養やトレーニングを終え、本番に向けてレースの感覚を取り戻すために、そして実力が確かであることを示すために、春のクラシックには間に合わなかったものの、夏の間に勝ち上がってきたウマ娘は残された最後の一冠に向けて実力を示し、弾みをつけるために、そして何らかの理由で春や夏を棒に振らざるを得なかったウマ娘はなんとか最後の一冠に間に合わせるために、それぞれの理由でトライアルレースに挑むことになる。
「――怪我、大丈夫なんですか?」
「うん、まあ。念のためギブスをつけているけど、もうほぼ治ったようなものだから」
レジンキャストの気遣わしげな視線に、ギブスに包まれた腕を軽く振って見せる。実際、若葉ステークスで転倒した際に折れた骨も、もうくっついていた。
「神戸新聞杯には間に合うよ。練習もそろそろ再開できるし」
実際のところは、怪我の間は最低限のもの以上のトレーニングはできなかったから、今から頑張っても菊花賞までに体を仕上げられるか怪しいところがあるが、それはあくまで口にしない。
「だといいんだけど……」
けれども、間に合うのか微妙なことは隠せないのか、レジンキャストの表情は曇ったままだった。
「むしろごめんね。前みたいにはトレーニングに付き合えなくなっちゃって」
「いえ、それは別にいいんです。ハリボテさんの怪我が治るまでって約束でしたから」
「治ったら併走とかでも手伝えたんだけどねー」
そうやってわざと笑ってみても、レジンキャストはニコリともせず、わずかにうつむいたまま、固く拳を握りしめていた。
「……それで、用事ってどうしたの?」
「はい」
「……九月いっぱいで退学することにしました」
トレセン学園の秋は、最後の一冠に向かっていく季節である。
同時に、クラシック級を中心に生徒の数がガクリと減る季節でもある。
クラシック三冠・トリプルティアラ最後の一冠へのトライアルレースが開催される季節であると同時に、最後の未勝利戦が開催される季節なのだ。
最後の未勝利戦が終わった段階で、未だに勝つことができてない生徒は選択を迫られることになる。
格上挑戦の不利を呑んで、一勝クラスの条件戦で戦い続けるか。
転属しローカル・シリーズでの活躍を目指す、あるいはそこで二勝を挙げてトゥインクル・シリーズへの道を繋ぐか。
障害試験を受験し、クラシック期以降でも未勝利戦が開催されている障害競走へ転向するか。
サポート科など、レース以外の場でトゥインクル・シリーズへ関わる道を選ぶか。
――はたまた、トレセン学園を退学し、レースの世界から去るか。
彼女は、それらの選択肢のうち一番最後の「レースの世界から去る」という選択をしたらしい。
私と競り合ったメイクデビュー戦でクビ差の二着、その後の未勝利戦でも概ね五着以内。
メイクデビュー戦の縁からときどきアドバイスに応じていたこともあって、退学する前に挨拶に来てくれたらしい。
「それで、退学後は……?」
「地元の高校に編入することになりました」
「そう……。転校先でも元気でね」
「……ありがとうございます」
ある種、型通りのやり取りが終わると沈黙が降りる。
どうしても、こういうときに掛けられる言葉は限られる。本人がなんだかんだで納得して、さっぱりした様子ならそれなりに励ましの言葉もある。けれども目の前のレジンキャストの表情は、まだトゥインクル・シリーズに未練が残っていることをありありと示していた。
そうなると、今の私の生半可な慰めは逆効果になりかねない。
どうしたものか、と言うべきことを考えているうちにぽつりとレジンキャストが口を開いた。
「一回戦っただけでしかも先着も出来なかったあたしが言うのも変な話だけですが……でも、ハリボテエレジーさん――あなたは、強いと思ってます」
それは、負けたなりの誇り、あるいは負けたからこその夢。
「だから、頑張ってください、神戸新聞杯」
それに対して、わたしが言えることなど一つしかない。
「ありがとう。頑張るね」
「今のクラシックはギンシャリボーイとチョクセンバンチョーの二強になってますけど――ハリボテエレジーがあの二人に勝ったらあたしだって自慢できますから。『あたしがメイクデビュー戦でギリギリで負けたハリボテエレジーはあんなに強いウマ娘だったんだ。一回だけ、一瞬だけだけど、あのハリボテエレジーとゴール前で競り合ったことがあったんだ』って自慢できますから」
トレーナー補をやっていたときや、担当のついていないウマ娘の担当教官をやっていた頃に、勝ち上がれずにトレセン学園を去るウマ娘を見送ったことは何度もあった。けれども、そんな夢を託されたことはなかった。
「そうだね。――レジンが自慢できるように、頑張るよ」
「うん、頑張って」
不意に、レジンキャストが窓の外に目を向けた。窓の外では、練習コースで次のレースに向けて走り込みをするウマ娘たちの姿があった。
「――あたしも走ってみたかったな、クラシック」