[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ   作:ターレットファイター

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[夢の終わり・見えてしまった夢]その1

 

「……何を言ってるんだい、トレーナー君?」

 それが、トレーナー転向の話をしたときのタキオンの第一声だった。

「私はだね? 君の脚に眠る可能性に期待しているんだ。それがね? トレーナー補たる私に話もなく勝手に引退しようとするなんてどういうことだい?」

「だから今相談しようとしてるんだけど……」

 わたしの言い訳に、「ならば、だ」とこれ以上ないほどにむくれた表情でタキオンは腕を組んだ。

「わたしは、君が引退してトレーナーに戻るなんて許さないよ」

「そんなこと言ったら、タキオンだって無期限の活動休止を宣言してたよね? 私に相談もしないで」

 タキオンはわたしがデビューした直後、去年の夏に突如としてトゥインクル・シリーズでの活動を無期限休止することを発表していた。タキオンはそのときに事前に一切相談しないで、いきなり活動休止を決めていたのだ。

 タキオンが秘密主義で、相談もせずに何かを決めるのは月桂杯のときもプランBのときもずっとそうだったし、もう慣れてしまった。けれども、それについてタキオンからこうも言われたら多少はカチンともくる。タキオン自身も自覚はあるのか、わたしの指摘に気まずそうに目をそらした。

「……それとこれとは別だよ」

 そう呟いてから、タキオンは「……いや、別ではないな」と首を振った。

「そうなの?」

「ああ。なにせ、本腰を入れて君のサポートをするためだからね。トゥインクル・シリーズで走りながらでは君のトレーニングのサポートに専念できない。ならば、わたしが活動を休止してわたしも君のサポートに専念したほうがいいだろう、わたしも、桐生院くんも」

「タキオン……」

 でも、なんだかんだで考えなしにそういうことをやるわけではないものね……そっか、そんなにわたしの走りに……と少しホッとしかけた瞬間、タキオンはボソリととんでもない爆弾を放り込んだ。

「……まあ、このところ本格的に脚の調子がおかしかったのもあるが」

「ちょっとまって、脚の調子がおかしいってどういうこと!? ちょっと脚を見せて!!」

 クラシック期のときにタキオン自身が語っていたように、タキオンの脚は比類ないスピードと引き換えに繊細さを抱えるガラスの脚だ。そうでなくても、トゥインクル・シリーズを走るウマ娘にとって脚の調子がおかしいというのはちょっと体調が悪いどころの話ではない。下手をすれば競技者生命にも直結する怪我や屈腱炎の兆候という可能性だって十分にあるのだ。

 大慌てで脚の触診を始めようとしたわたしから逃げるようにタキオンが素早く後退さる。

「……大した不調ではない。軽い屈腱炎さ。しばらく休養しておけば問題ないよ」

 タキオンはちょっと鬱陶しそうにそう言ってひらひらと手を振ると、真剣な表情でわたしの顔を覗き込んだ。

「それよりも、問題は君のことだ」

 窓の外から差し込む日差しが、タキオンをオレンジ色に染め上げる。

「わたしは、君に……君の脚に眠る可能性に期待しているんだ。ヒトとしての脚とウマ娘の脚、その両方を兼ね備えた脚がどこまで行けるのか……」

 タキオンの目が、涙を堪えるように潤んだタキオンの目が、夕焼けにきらきらと光る。よく見ると、その目の下には隈ができていた。

「だからね、頼むよ。君の脚の可能性を引き出すためだったら――君がたどり着く、限界速度の果てを見届けるためだったらなんだってする、必要なデータを得られるんだったら、こんどこそ本当にプランBをしても構わない」

 その目を染める色は、狂気的な欲望に取り憑かれた悪魔のような色であり――

「だからね……引退するなんて、やめてくれ。君の背中に乗っているいろんな想いのなかに、わたしの想いも入れて欲しいんだ」

 ――レースに無邪気に目を輝かせる少女のような、なにかに夢見る色をしていた。

「なあ、エレジーくん……いや、トレーナーくん。

 ――君が見た夢は、どんな夢だったんだい?」

 

 ――その日、夢を観た。

  ハリボテエレジー、わたしと同じ名前をしたウマが、夢の中でもレースを走っていた。向こう正面から発走し、第三コーナー、第四コーナーを曲がるレースで彼は、馬群の最後方に陣取っていた。

 速度は十分。レース中盤までは狙い通りの位置で後半へ向けて脚を溜める。そして、終盤にかけてスピードを上げ、ゴール前では先頭に立つ。そういう目論見なのだろう。馬群の最後方で控えたまま、妙に丸っこい胴体をしたそのウマは向こう正面の直線を駆けていく。

 第三コーナー――レースが終盤に入る曲線の入口。そのウマもじわりと速度を上げた。

 どこからか、人々の声なき声が聞こえてくる。それはレース場の観客席から響いてくる、勝ちウマ娘投票券を買った人々の「差せーっ!」といった声とよく似た声。観客席から投げかけられる、声援とも、観客自身の祈りともつかない声。

 その瞬間、ダンボールの破れる音が響いた。

 丸っこい胴体をしたウマがころりとあっけなく倒れる。

 ウマの体が真ん中から真っ二つに引きちぎられ、前後の足がターフに投げ出される。

 そして、そのウマの体の中には――二人のヒトが入っていた。

 




次回、12/15の投稿は冬コミの新刊の入稿で作者が忙しいためお休みします。次回投稿は来週12/20を予定しています
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