[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ   作:ターレットファイター

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[有馬記念]―シニア級・12月後半
[有馬記念に向けて・可能性に魅入られて]


 

 ――トレセン学園練習コース・芝外周二五〇〇メートル。

 内ラチが猛烈な速度で流れ去ってゆく。

 内ラチの向こうには先頭を走るギンシャリボーイとチョクセンバンチョー。

 そしてその先には照明が焚かれた計測スタンドと夕焼け空の残光を宿して橙色から藍色へのグラデーションに染まった空。

 トレーニングに勤しむウマ娘もはけてくる時間帯の空の色だ。

 先頭まではおよそ十バ身。今もじりじりとその距離は開きつつある。だが、今はそれでいい。

 まずチョクセンバンチョーが、そしてそれを追ってギンシャリボーイが直線を向く。それと同時に、大きく息を吸って強く踏み込む。猛烈な加速に体の軸がブレる。阪神レース場で転んだ時の記憶が頭をよぎる。

「曲がれェッ!」

 体を傾け、加速しながらコーナーを曲がる。黄昏時の空の色に染まる最終直線が目の前に広がる。前をゆく二人との距離が縮まる。

 五バ身、四バ身、三バ身――

「来たなハリボテッ!」

 ギンシャリボーイとチョクセンバンチョーのギアが上がる。

 ――二バ身。

 チョクセンバンチョーは左右に体を揺らしながら走り、ギンシャリボーイはスシ・ウォークで低く地を駆ける。

 ――一バ身、なかなか距離が縮まらない。

 それでもじりじりと、距離が縮まっていく。

 ――並んだ。それと同時に、視界の隅をゴール板が通り過ぎていった。

「残せた、か……?」

「差し切った、とは思いますが……」

「クソッ、残せたとは思うが自信がねぇな……。クビ差ハナ差ってところだろうな……」

 三人で並んでペースを落としながら揃って首をかしげる。最後の最後、ギリギリのところで差し切った感触はあったが自身をもって言い切れない。写真判定でなければ決着はつけられない。

 もちろん、模擬レースで写真判定の装置なんて使ってないから、着順をつけるとすれば三人同着――勝ち負けがつかなかったということになる。

「負けるのも嬉しかねぇがケリつけられんのも気持ち悪ぃな……もう一本やるか?」

「ええ、喜んで。――エレジーさんはどうでしょう?」

 外ラチの方をちらりと見ると、ギンシャリボーイのトレーナーは静かに首を振り、チョクセンバンチョーのトレーナーは両腕で大きくバッテンを作った。

「……いや、この時期にもう一本やるのは二人共完全にオーバーワークになる」

 模擬レースをやることを見越してトレーニングは軽めにしていたととはいえ、本番も近い時期にもう一本やるのは流石に疲労などを考えたら良くないだろう。

「そンなもんか。……それじゃ、次にこうやるときは中山だな」

「さすがに本番前に一緒に練習できるのは今日が最後だろうしね」

 全員、次走は有馬記念――およそ二週間後に迫ったシニア級GⅠ戦線最終戦、レースでの実績に加えファン投票の結果によって出走枠が決定される冬のグランプリレースだ。

「そういえば有馬記念の人気投票、ハリボテエレジーもランクインしてたそうじゃねえか、おめでとう」

「ああ。僕も嬉しいよ」

「ありがとう。ちょっとびっくりしたよ」

 数日前に締め切られたばかりのファン投票の結果はギンシャリボーイが一位、チョクセンバンチョーは僅差の二位、そしてハリボテエレジーは――なんと三位にランクインしていた。中間投票時は上位一〇〇位にも入っていなかったのを考えたら、驚異的な票の入り方だ。

 チョクセンバンチョーとギンシャリボーイが呆れたようにため息をついた。

「そりゃあお前……無敗の最強のウマ娘サマに初めて土を付けたジャイアントキラーだからな」

「クラシック級になってからは一八〇〇メートル以下では無敗で、三冠ウマ娘を押さえて一番人気になっていた短距離王者にマイル・短距離で初めて土を付けた伏兵でもあるね」

 ピキリ、とう空気にヒビが入った音が聞こえた気がした。ニコニコしながらチョクセンバンチョーがギンシャリボーイの肩を叩く。

「おうおう、今なら朝日杯のときのようにはやらせないぜ?」

 ギンシャリボーイもニコニコしながらチョクセンバンチョーの肩を叩き返した。妙に力が入っているのか、バシバシとえらくいい音がした。

「いいね、ジャパンワールドカップでは決着がつかなかったし、一六〇〇メートルで模擬レースするかい? 負ける気はしないよ」

「おいおい、ジャパンワールドカップのときは俺様が先着してるのを忘れたのか? 受けて立とうじゃねぇか」

 あ、ダメだこれ。

 模擬レースが灰色の決着に終わったせいもあるのか、明らかにギンシャリボーイとチョクセンバンチョーのスイッチが入ってしまっている。どう考えても、この状態で二人に模擬レースをやらせたらバチバチに白熱したマッチレースを繰り広げて、有馬記念に向けての調整に悪影響が出る。その闘志は本番に向けて残しておいてほしい。

「ギンシャリ、バンチョー、ステイステイ! 今はレース前!」

「「勝ち抜けしたやつは黙ってろ!!」」

「あっ、ハイ」

 割って入ると同時に、二人から凄まじい眼光で睨み返された。毒気を抜かれたように、ギンシャリボーイがため息をつく。 

「……まあ、ジャパンワールドカップでの借りは有馬で返そう、バンチョー」

「ああ、そうだな。……有馬といえば、お前のトレーナーも出るそうじゃねぇか」

 チョクセンバンチョーの言葉に、思わず首を傾げる。

「桐生院さんは有馬に出ようがないと思うけど?」

「アグネスの方だ馬鹿!」

「ほら、タキオンさんの復帰会見あったじゃないですか」

 ギンシャリボーイの言葉にああ、と手を打つ。なんとなく、タキオンはタキオンというイメージだったせいでタキオンがサブトレーナーでもあることを半ば忘れていた。

 ジャパンワールドカップの翌日、タキオンは突然、トゥインクル・シリーズへの復帰を宣言、中京レース場で開催される芝二〇〇〇メートルのGⅢ・チャレンジカップを復帰初戦に有馬記念を目指すことを発表していた。

「……エレジーさんはなにか聞いてません?」

「ううん。なにも聞いてない」

「なにもないんですか? 復帰するってときに聞いたりは……」

「それが、ジャパンワールドカップのあと全然連絡が取れないんだよね」

「おいおいおい、流石に俺でもトレーナーに一報くらいは入れるぞ、なんもないとか大丈夫なのかよ?」

「まあ復帰するって書き置きはもらったし、会見もしてるから大丈夫だと思う。タキオンなら自分でトレーニングのメニューも組めるしね」

「いいのかよ、それで……」

 チョクセンバンチョーが呆れたような表情になる。普通なら良くはないのだが、ことタキオンに関して言えばまあ、ないことではない。長期休養からの復帰にしたって、休養の理由も重い故障ではないし、ジャパンワールドカップに向けてのトレーニングで併走相手をしたりとわたしと同程度のトレーニングはこなしていたから急な復帰でも問題ないはずだ。

「まあ、僕らより詳しいであろうエレジーさんがいいって言ってるなら大丈夫なんじゃないかな。それに、どのみちクリスマスの中山で会うことになるだろうし」

「それもそうだな」

 チョクセンバンチョーはそう言って肩をすくめると、「そんじゃあな。今度は負けねぇぞ」と言い残して外ラチを飛び越える。いつの間にかコースを一周して、スタンドの前まで戻ってきていた。

 ギンシャリボーイも柵の切れ目からコースの外に出ようとしたところで、足を止めた。

 スタンドの照明を背に振り返ったギンシャリボーイの瞳の奥に、強い光が宿る。

「ああ、そうだ。ハリボテエレジーさん」

 その光は、強い意志を秘めた、勝負に燃える色のようであり――

「あなたは――僕の(ライバル)だ。中山で会いましょう」

 ――そして、狂気的な欲望にとりつかれた、悪魔のような色をしていた。

 

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