[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ   作:ターレットファイター

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[有馬記念にて・可能性の果て]その1

 

 中山レース場・芝二五〇〇メートル

 GⅠ・有馬記念

 

 パドックからスタンドを見上げると、どのフロアにも観客が鈴なりに連なっていた。

 有馬記念、トゥインクル・シリーズの一年を締めくくる冬のグランプリ。日本ダービーと並んで、トゥインクル・シリーズで最も注目を集めるレースの一つだ。

 それだけあって、パドックの時点から観客たちの注目度は高い。

 視界に人の顔が入れば否応なしに意識してしまう視線。無数の視線が自分に向けられている、という感覚。

 一人ひとりの声は小さくても、それが何千何万という単位で集まればけして無視できないものになるざわめき。

 そしてそれらが合わさって織りなされる「場の空気」。

「観客、多いですね……」

 レースに向けて集合合図がかかり、パドックから地下バ道に入ると同時に思わずほっとため息が漏れてしまう。自分で思っていた以上に、プレッシャーを感じていたらしい。

 隣で、桐生院さんが苦笑する。

「タキオンさんのトレーナーとして来たときとはやっぱり違いますか」

「ええ。それに、ジャパンワールドカップのときとも全然」

 トレーナーも付き添いや引率役としてパドックには出るから、有馬記念のパドックに出るのもこれが初めてではない。タキオンのトレーナーとしてパドックに出たときも、グランプリで一番人気を背負うウマ娘を担当するとこんなに目を向けられるんだと思ったのをよく覚えている。

 だがやはり、レースの主役はウマ娘であり、そのなかでも上位人気のウマ娘に多くの注目が集まる。

 そして、主役と脇役では向けられる視線の数も質も段違いだった。

 ――ギンシャリボーイ、チョクセンバンチョーに次いでの三番人気、単勝式応援券の倍率は六.三倍。

 最低人気でほとんど注目されていなかったジャパンワールドカップのときとは異なり、今回は久々の上位人気。

 朝日杯、それに若葉ステークスに神戸新聞杯と上位人気の一角としてメインレースに臨むのはこれまでにも経験してきたから、カチカチになることこそなかったとはいえ、それでも緊張するものは緊張するのだ。

「エレジーさん」

 地下バ道の終点。

 本バ場へと登っていくスロープの手前で桐生院さんが足を止める。

「ありがとうございます。ここまで連れてきてくれて」

「いえ」

 桐生院さんの言葉に、ゆるく首を振る。

「ここまで連れてきてくれたんです。桐生院さんと、タキオンが」

 地下バ道を出たらもう、トレーナーにできることは何もない。本バ場に出たら、トレーナーにできるのはその結末を見届けることだけだ。

 けれども、地下バ道に来るまでに、トレーナーが担当ウマ娘にできることはたくさんある。トレーナーが向ける信頼が与える影響は、トレーナー自身が思っているものよりも遥かに大きい。それは、トレーナーとしてここに立っていたときには思いもしなかったことだった。

 出口のスロープを登り始めてから、言い忘れた言葉があるのを思い出して足を止める。

「――行ってきます」

 桐生院さんがにっこりと微笑んで手を振った。

「――いってらっしゃい」

 

 

 

「やあ、エレジーくん」

 地下バ道の出口、西に大きく傾いた陽光が降り注ぐスロープにタキオンは立っていた。

「久しぶり、タキオン」

 タキオンと並んで地上へのスロープを登りながら、タキオンの様子を伺う。

 ジャパンワールドカップのときから一ヶ月。

 打ち上げのあと、トレーナー室で出くわしたときと比べてタキオンの身体は格段に仕上げられていた。タイツの上からもうかがえる太もものハリ、全身からにじむ気迫。そして、三年間、担当トレーナーとして体調を管理してきたおかげで見えてきた、ちょっとした所作からうかがえる彼女の調子の善し悪し。

 どれを取っても、GⅠにふさわしくきっちり仕上げてきていることが容易に伺えた。

「タキオン。一つ聞きたいことがあるんだけど」

 だからこそ、タキオンに聞きたいことがあった。

「どうして、急に現役復帰を――それも、トゥインクル・シリーズに戻ることにしたの?」

 ――可能性の種は芽吹いた。もう、わたしが教えられることはないよ

 トレーナー室での別れ際にタキオンが口にした言葉から考えれば、わたしがジャパンワールドカップに勝ったことが、GⅠを制覇したことがタキオンの一連の動きのきっかけになっていたことは容易に想像できる。タキオンがサブトレーナーとしてできることはもうない、と安心して競技者としての道に戻ることにした、そう考えることもできた。

 だが、それでは急に現役に戻ることを――復帰宣言から一ヶ月ほどしか時間のない有馬記念に出ることも、ドリーム・トロフィー・リーグへの移籍ではなくトゥインクル・シリーズへの復帰を選ぶことも説明がつかない。結果的にきっちりと仕上げられているとはいえ、この短期間で仕上げるのは容易ではないのだ。ジャパンワールドカップの結果をもってサブトレーナーに専念する必要はないと判断したとしても、普通に考えたらドリーム・トロフィー・リーグに移籍するか、トゥインクル・シリーズに残るにしても来年の春のGⅠ戦線からの復帰ということになる。

「簡単さ」

 タキオンはわたしの質問に、あっさりと、そして簡潔な答えを返した。

「君が出てくるからだよ」

「わたしが?」

「ああ、そうだ。言ったじゃないか、わたしは君に――君の足に眠る可能性に期待している。その可能性を引き出すためだったらなんでもやる、プランBをやったっていい。――君だって、アグネスタキオンに対してはそうじゃなかったかな、モルモット君」

 あまりにも懐かしいタキオンの呼びかけに、コクリと頷く。

 タキオンの瞳は、呼吸も忘れるほどに魅せられる色に染められると同時に――

「わたしと君は鏡みたいな存在だ。向かい合って初めて、本当の自分の姿に気付く」

 ――静謐に燃え盛る、炎の色をしていた。

「つまりだね、君は私の――可能性(ライバル)だ」

 地下バ道のスロープを登りきると、スタンドからの歓声がわたしとタキオンを包み込んだ。

 西日に照らされたターフには、チョクセンバンチョーとギンシャリボーイ。タキオンとともに、芝コースへ入る。

「追いついてみせるよ」

 タキオンが薄く笑う。

「ああ、待っているとも。だが、追い越させはしないよ」

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