[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ   作:ターレットファイター

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[有馬記念にて・可能性の果て]その2

 

 

 

 

 スタンド前で奏でられたGⅠファンファーレが風に乗ってかすかに響く。

 ゲート裏、出走前最後のウマ娘たちが、発走直前の準備運動を打ち切り、係員に誘導されて黙々と奇数番から順にゲートに収まっていく。

 ギンシャリボーイ、チョクセンバンチョー、アグネスタキオン、そしてハリボテエレジー(わたし)

 ゲートに収まると、ウマ耳カチューシャに触れ、わずかに位置を直す。スカートの裾を払い、深呼吸をする。

 一瞬だけ、レース場が静寂に包まれる。

 音をたててゲートが開いた。地面を蹴り、ゲートから放り出されたような勢いで前へ飛び出す。視界の端に、ギンシャリボーイとチョクセンバンチョーの背中が映る。

 第四コーナーを周り、スタンド前へ。場内実況とスタンドのざわめきがコースの外からどっと押し寄せてくる。先頭集団にギンシャリボーイとチョクセンバンチョー。アグネスタキオンは中団内側、そしてわたしは中団の後ろのほう外側。トレーニングの甲斐あって、前よりもコーナーで速度を落とさずに走れている。

 ペースは遅くもなく、かと言って速過ぎもしないミドルペース。形成された隊列に変化もなく、淡々と第二コーナーを周り、向正面の直線に差し掛かる。

 先頭のチョクセンバンチョーが足を芝に振り下ろすたびに芝が宙を舞う。筋力をそのままターフに叩きつけるようなフォーム。クラシック級のときの模擬レースに比べてそのフォームは格段に洗練され、体幹がブレることもなくなり、筋力が無駄なく推進力に変換されているのが見て取れた。

 そして少し距離をあけてギンシャリボーイ。以前と変わらない、隙のない整ったフォーム。中長距離を走るウマ娘ならかくありたい、そう思わされるフォームはクラシック級の頃から変わっていなかった。

 そしてタキオンの姿は――バ群に邪魔されて見えない。バ群の向こう、内ラチ沿いの一群のなかを走る栗毛の髪でかろうじてタキオンがそこにいると認識できるだけだ。

 向正面半ば、斜め前の中団が動く。中目をついて、真っ白な勝負服の裾が翻る。遠くどよめきが聞こえる。栗毛のウマ娘の身体が低く沈む。

 第三コーナー。直線半ばで動き出したタキオンがバ群を抜けて、内ラチ沿いに中団先頭に躍り出た。トレーニング中に幾度となく双眼鏡越しに観察した、見慣れたフォームで白衣をひらめかせて、西日を浴びてタキオンが駆ける。

 三年前のときのような――シニア級の有力ウマ娘としてマンハッタンカフェとの競り合いの末に有馬記念を制したときの光のような加速ではない。この三年間――タキオンが、わたしのサブトレーナーを務めていた間に、彼女の競技者としてのピークは過ぎていた。復帰初戦になったチャレンジカップでのタキオンは五着。三年前ならば確実に先頭に躍り出た先行ウマ娘を捉えられていたであろう位置から加速して届かなかった。

 だからこそ、タキオンはここで仕掛けたのだろう。ピークを過ぎ、以前のような末脚勝負には賭けられない。だからこそ、仕掛けどころを早めたのだろう。

 タキオンが動いたことで、じわりとレースの流れが早まった。

 わたしが仕掛けるのは第四コーナー。

 それより早ければ最終直線にはたどり着けない。コーナリングがいくらか改善できたと言っても、トップスピードでコーナーを曲がれるほどには上手ではない。

 それよりも遅ければ、中山の短い直線ではギンシャリボーイとチョクセンバンチョーを――そしてたぶん、アグネスタキオンも捉えられない。

 第三コーナーを回り、第四コーナーへ。向正面から仕掛け始めたタキオンがギンシャリボーイに並ぶ。

 第四コーナー。スタンドの歓声が正面から押し寄せてくる。

 ――ここだ。

 ぐいと力を込めて地面を蹴る。

「曲がれ、曲がれ、曲がれ――」

 全身に、力が満ちる。

「曲がれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 腰につけたつけしっぽが風に揺れる。ウマ耳カチューシャの回りで渦巻く風の音が聞こえる。中団に集まっていたバ群が視界から消える。

 コーナーを曲がり切る。正面には、西日を浴びて輝くターフと超満員のスタンド。

 ――かつてのわたしが憧れて、そして諦めた舞台(ユメ)

 同級生が挑もうとして、でもそのためのチケットすら手に入れられなかった舞台、メイクデビュー戦で競り合ったあの子が行きたかった場所、指導者として関わった何人ものウマ娘たち――ウマ娘ではなかったがゆえに、勝ち上がることができなかったがゆえに、色んな理由でレースを志しながら、夢見た舞台で活躍することをできなかったたくさんの少女たちの立てなかった舞台(ばしょ)

 ヨレながらも先頭を死守するチョクセンバンチョー、それに競りかけるアグネスタキオン、上体を低く沈め、スシウォークへ移行するタイミングを伺うギンシャリボーイ。

 ――わたしがここまで追いかけてきた、わたしの憧れ(ライバル)

 ここが、わたしが立ちたかった場所だ。

「行くよ、『ハリボテエレジー』ッ!」

 

 

 

《――四コーナーを回って先頭はやはりチョクセンバンチョー、追ってアグネスタキオンが並ぼかけんとする勢い!》

 第四コーナーを回りきる。内ラチ沿いには特攻服を翻らせるチョクセンバンチョー、後ろにはギンシャリボーイ、そしてはるか後方には――ハリボテエレジー。(アグネスタキオン)が、その可能性に魅入られたウマ娘。

《アグネスタキオンが並ぶ! さあ直線を向いてここからがトゥインクル・シリーズ一年間の締めくくり中山の大舞台!》

 ヨレながらも先頭を死守していたチョクセンバンチョーに並ぶ。内ラチ沿いを駆けるチョクセンバンチョーの視線が突き刺さる。

 クビ差、ハナ差――チョクセンバンチョーを抜き去った。紛れもなく先頭に躍り出る。目の前に広がるのは西日に輝くターフとゴール前の急坂のみ。

「まだだ、まだ――」

 だが、まだ終わらない。まだレースは――限界速度へのトライアルは終わっていない。

 ――来た。

 一つ一つは言葉としては聞き取れない、だが間違いなくそこにある歓声が――無数の声の集合体の叫ぶ名前が変わってゆく。

 見なくてもわかる、ライバル(可能性)が、ターフの上でライバルとして競り合いたいと願ったウマ娘がやってくる。

《ハリボテエレジーが上がってきた! 来たエレジー! やはり豪脚ダンボールの脚!》

「――タキオンッ!」

 太極図の髪飾りが――混ざり合う陰陽が視界の隅で揺れている。汎用勝負服の――なりきりセットの白いスカートが翻る。風の中でバタバタと揺れるつけしっぽが、風の中でもピンと立って揺るぎもしないウマ耳カチューシャが並ぶ。目の前に金色に染まった中山の急坂が立ち上がる。

《残り二〇〇メートル先頭チョクセンバンチョーに変わってアグネスタキオンとハリボテエレジーが並ぶ!》

 傍目から見たらウマ娘の格好をしただけの、なりきりセットでウマ娘のコスプレをしただけにしか見えない成人女性が――だが、紛れもなく光り輝く可能性を体現したウマ娘が隣を走る。

「行くぞ、モルモットくん―――!!」

《坂を登る! トゥインクルシリーズ史上初、空前絶後の師弟対決!》

 中山の急坂で、全身の筋肉が悲鳴をあげる。心臓が躍動する。限界が近づく。

 視界の隅で、大外から低く黒い風が――四肢を躍動させ、手足すべてを使って駆ける黒鹿毛のウマ娘が突っ込んでくる。異形の走りで、新たな可能性が吹き荒れる。

 内側からも、一度は姿を消した番長が追い上げてくる。

《残り一〇〇メートル、限界速度の果てか! ヒトの脚に眠る可能性か! 外から三冠ウマ娘も飛んできている! 内で応戦するは短距離王者!》

「超えろ、超えろ、超えろ――!!」

 中山の急坂で、全身の筋肉が悲鳴をあげる。心臓が躍動する。限界が近づく。

「この肉体に眠る可能性の果ては! ウマ娘が到達しうる速度は、思いを受け継いだウマ娘のたどり着ける果ては――!!」

《ギンシャリか、バンチョウか、ハリボテかタキオンか! コースの内外四人並んだ!》

 可能性が、光り輝く米が、漆黒の番長が、そして超光速の光が並ぶ。外ラチの向こうから押し寄せる歓声が頂点にたどり着く。視界の中でかろうじて認められる、鮮やかな色の塊になったゴール板が過ぎ去る。

 

 内外四人並んでゴールイン。

 

 掲示板の着差表示に「写」の文字が三つ並ぶ。

 

 ――表示が切り替わった時、一番上に表示された番号は、ハリボテエレジーのものだった。

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