[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ 作:ターレットファイター
「……まったく、君のおかげで大変なことになったよ」
わざわざ待ち構えていたらしいアグネスタキオンは、わたしがトレーナー室に入るなりそう言ってため息をついた。
「君の走りのおかげで私まで今日一日尋問だ。おまけに、これまで溜め込んだ実験データを洗いざらい吐き出させられた挙げ句『さっさと論文を書け』だ……。まったく、そんな時間はないというのに……まあ、そのおかげでドーピングなどでもなく、私の試薬が無関係だと確認されたわけだが」
「あれ、タキオンの試薬は関係なかったの?」
「当たり前だ。ドーピングほどしらける行為はないからね」
給湯器に残っていたお湯で淹れた紅茶を受け取りながらタキオンは肩をすくめる。「ただの人間をウマ娘に変えられる薬など、どう考えてもドーピングだ。興味もないよ」
山盛りの砂糖を紅茶に注ぎながらタキオンはすっと私の顔を見上げる。
「まあ、それはいい。……トレーナー君、君はどうするつもりなのかな?」
「どうするって?」
「決まってるじゃないか、トゥインクル・シリーズへの出走だよ。会長に呼び出されたのもその件だろう?」
そう言うタキオンの目には、はっきりと期待の色が浮かんでいた。
その色から逃げるように、思わず目を伏せる。
「そうなんだけどね。……少し、迷ってるんだ」
「迷ってる? どうしたんだい?」
「……子供の頃は、トゥインクル・シリーズに出るのが夢だったんだ」
「ふむン?」
わたしが向かい側の椅子に腰を落とすと、タキオンは興味深そうに話の続きを促す。
「けれど、わたしはただのヒトの女の子だった。だから、トレーナーになったんだ」
そう、子供の頃はわたしも将来はウマ娘としてトゥインクル・シリーズに出るのだとずっと張り切っていたのだ。小学校に上がるくらいまではかけっこなら誰にも負けなしだった。
けれども、わたしにはウマ耳も、しっぽも、受け継いだ思いもなかった。
――タキオンのように、恵まれた脚もなかった。
小学生の時にはじめて出会ったウマ娘は、その存在をもってウマ娘とただのヒトの女の子の違いを教えてくれた。
ただのヒトの女の子では、どうあってもウマ娘の脚にはかなわないということを、彼女の背中に思い知らされた。
そして、進学先としてトレセン学園を選んだ彼女は――地元では敵なしという程度の脚ではとてもトゥインクルシリーズで活躍できないということをその戦績でもって教えてくれた。地元を出るときにはとても大きく見えた彼女の背中は、未勝利戦にすら勝てなかったという戦績とともに帰ってきたときにはしぼみきっていた。
――それでも、自分がウマ娘になれないのだとしても、たとえウマ娘だったとしても、ライブでセンターを飾れるような強豪になれるとは限らないのだとわかってもなお、わたしはウマ娘に関わる場所に行きたかった。
だから、トレーナーを目指したのだ。そのはずだったのだ。
「――それが急に実はウマ娘でした、しかも素質は抜群ですって言われてもね」
トレーナーとして、タキオンにこんな弱音を漏らしてもいいのだろうか、そんな迷いが一瞬だけ頭に浮かぶ。
けれども、言葉は止まらなかった。
「……子供の時見た夢に、わたしはまた手を伸ばしていいのかな、タキオン」
「ふぅン……君がそう言うなんてな……」
タキオンは目を細めて、じっとわたしを見つめるとぽつりとつぶやいた。タキオンの目が、狂気的な欲望にとりつかれた悪魔のような色を奥底にたたえた目が、正面からわたしへ向けられる。
「――『君と一緒に果てが見たい』」
「え?」
その言葉に、その目の底にある吸い込まれるような色に、どきりと胸が跳ねる。
「君の言葉だ。月桂杯のときに――それと、スカウトしたときに君が言った言葉だよ。そのままお返ししよう」
そう言ってタキオンは蠱惑的に微笑む。
「君のせいなんだ。君がそう言ったから――そのおかげで、諦めかけた夢をもう一度追いかけることになってしまった」
それは、巧妙に契約を迫る悪魔のような――あるいは、なにかキラキラ輝くものを見つけた無邪気な子供のような表情だった。
「だからね、トレーナー君。君がウマ娘になったのなら……その果てを私は見てみたいのさ」
「そっか……うん、ありがとう」
その言葉は、わたしの迷いを一瞬で吹き飛ばしてくれた。
「明日、会長に返事するよ」
速さの果てを目指すなら、タキオンが駆けてきた途を私も辿るだけだ。
「トレセン学園への編入入学をして、トゥインクル・シリーズを目指す」
「そうか。楽しみにしてるよ」
私の答えに、タキオンはほっとしたように笑みを浮かべた。
「タキオンこそ、ドリームトロフィーリーグ、頑張ってよ」
「あぁ……そうだったね」
わずかに面倒なことを思い出したような、迷いのある曖昧な相槌を打ってタキオンが腰を浮かせる。
「そういえば、トレーナー君……君が継承した想いは、どんな名前だったんだい?」
「……ハリボテエレジー」
それが、わたしの手の中に舞い込んだ夢の名前。
「それが、新しい私の名前だって」
そして、変則的な形で私のトレセン学園生活が始まることになった。
学籍上はトレセン学園の研究科――高校卒業後もトゥインクル・シリーズに残るウマ娘のために便宜上学籍を残しておくための学科に編入。授業は免除されるので、他のウマ娘たちが授業を受けている時間を使ってタキオンのトレーナーとしての業務を続けながらトレセン学園の生徒としてトゥインクル・シリーズを目指すという形だ。
「桐生院さん……いえ、桐生院トレーナー、よろしくおねがいします」
「こちらこそ、手作さん……いえ、ハリボテエレジーさん」
そして、選抜レースを待たずにスカウトしてくれた桐生院葵――同僚のトレーナーが私の専属に付くことになった。そして、彼女のサポートとしてサブトレーナーがもうひとり付く事になるとは聞かされていたが――
「……それでなんでタキオンがトレーナーのバッジをつけてるの!?」
「トレーナーじゃないよ、トレーナー補だ」
――それがタキオンだとは思ってなかった。
「どうして!?」
「サポート科の単位も取っていてね。実務経験を積むために、彼女の助手をさせてもらうことになったのさ」
わたしの疑問に、タキオンはしれっと答える。専属契約後はタキオンは落第しない程度の成績は確保するようになっていたから、学科に関しては彼女の自由にさせていた。なので、彼女がサポート科の内容までカバーしてるとは全く知らなかったのだ。
「えぇー……?」
「おや、学園一の問題児にしてクラシックレースとグランプリを含むGⅠを複数勝利、さらにURAファイナルズ制覇ウマ娘の指導は嫌かな? ハリボテエレジー君」
「そうじゃないけど……」
「なら決まりだ。よろしく頼む……ああそうだ、トレーナー君。ドリームトロフィーリーグへの移籍はなしだ。書類は後で取り下げておいてくれ」
「え!?」
「気が変わってね。そうだね……三年ぐらいはトゥインクル・シリーズで走ることにした。手続きを頼むよ」
そうして――私にとっての、ハリボテエレジーとしての「最初の三年間」が始まった。