[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ 作:ターレットファイター
[デビュー戦に向けて]その1
トゥインクル・シリーズに出走するウマ娘にとっての初陣であり、ここで勝てるかどうかはレースに出走するウマ娘にとってその後を決める大きな分岐点となる。
ここで勝利することができれば次は勝利数でクラス分けされた条件戦、あるいはそれよりも上のクラスとなるオープン戦や条件戦へ。
ここで勝てなければ一勝を収めるまでは未勝利戦へ。未勝利戦でも勝てないレースが続けば――大半のウマ娘はそこで引退。
メイクデビュー戦も未勝利戦もそこから勝ち上がれずに終わるウマ娘のほうが多い。
現に、トレーナー補として、他のトレーナーを補助するサブトレーナーとして面倒を見てきたウマ娘たちも、勝ち上がってトゥインクル・シリーズで栄光を掴んだ娘のほうが圧倒的な少数派なのだ。
だから――メイクデビュー戦直前の本バ場へ続く地下バ道の雰囲気は、他のレースとは違って独特の雰囲気に包まれる。
初陣を前にした熱気。目の前のレースに向けて、ウマ娘たちの間から闘志が発散される。
トレセン学園に入学するウマ娘は日本中のウマ娘のおよそ五パーセント。全員が、徒競走に関しては地元では負け知らずの強豪たちだ。走りに自信があるからこそ、トレセン学園を進路に選び、トゥインクル・シリーズでの栄冠を夢見る。
そして――勝てなかったら、というほんのわずかな不安。
トレセン学園に集うのは徒競走に関しては地元では負け知らずの強豪たち。必然的に、ただの強豪ではいともたやすく埋もれてしまう。トレセン学園に入学すれば、そういった自分より遥かに強い強豪たちがいることを否応なしに突きつけられる。後にクラシックやシニア級GⅠで活躍したウマ娘であっても、それは変わらない。
トレーナー補として、あるいはトレーナーとしてこれまでに何度も目にしてきた光景だ。
「さて、エレジー君。調子はどうかな?」
「……うん、大丈夫」
傍らに立つタキオンの問いかけに、静かに頷いてみせる。本当のところは、ほかのウマ娘たちと同じように不安な気持ちは湧いてきていた。けれども、それを表には出せない。表面上だけは自信ありげに振る舞うしかない。今まで見てきたウマ娘たちと同じだ。トレーナー補になったばかりの頃はなかなかそれに気付けなくて苦労したし、不安ならそう言ってくれたほうが励ませるのにと思っていた。けれども、現にその立場になってみると確かにこう振る舞うしかない。
「……タキオンはメイクデビュー戦のとき、不安になったりしたの?」
「私かい? いやぁ、そんな事は全然なかったね。むしろ、早く終わらせて、研究を進めたいとじれったく思っているくらいだったよ」
「……まあ、タキオンならそうだよね」
タキオンの答えに、思わず肩の力が抜ける。
三年間トレーナーとして接してきてわかったことだが、このウマ娘にとってレースでの勝敗など、研究のための過程に過ぎないのだ。名高い一族の「最高傑作」と呼ばれ、それだけの才があることを自覚していた彼女にとってメイクデビュー戦とは勝って当たり前のレース。すでに意識はその先へ向いていたのだろう。逆にそこまで自信満々に返されると、なんだか不安に思っていたことが馬鹿らしく思えてしまうくらいだ。
「なあに、そこまで硬くなることはないさ。君の可能性の果てはこんなところじゃないんだ」
タキオンの隣に立つ桐生院さんも頷く。メイクデビュー戦までの数ヶ月の間に、こういうときはわたしとの付き合いが深く、併走相手もできるタキオンが普段のトレーニングの様子や指導を行い、桐生院さんはトレーニングメニューの決定や出走レースの選定など経験が必要な分野を受け持つという形の役割分担が成立していた。
「……うん。ありがとう」
そう言って頷くと、タキオンは「うん、それでいい」と言って笑みを浮かべた。
地下バ道の出口までやってくると、タキオンと桐生院さんは足を止める。
「さあ、行ってくるんだ」
トレーナーがついてこれるのはここまで。ここから先の本バ場へ出れるのは、出走するウマ娘だけだ。
「うん……そういえば、いつもとはあべこべだね」
今までは、ここで足を止めるのが
「ふふ、そのとおりだね」
愉快な冗談を聞いたように、タキオンが笑みを浮かべる。
「でも、これからは私が君を見送る場所になるさ。さあ、行きたまえ、トレーナー君……じゃなかったな、ハリボテエレジー君」
だが、これからは、
「――うん、行ってくる。いってきます」
小さく手を降って、地下バ道のなかと比べてまばゆいばかりの光に満ちた本バ場へ踏み出す。吹き付けてきた風が、未だにウマ耳の生えない頭を撫でる。
「――広い」
本バ場の空は抜けるように青く、そして広かった。