[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成   作:ターレットファイター

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[デビュー戦に向けて]
[デビュー戦に向けて]ージュニア級・7月 その1


 新バ戦(メイクデビュー戦)

 トゥインクル・シリーズに出走するウマ娘にとっての初陣であり、ここで勝てるかどうかはレースに出走するウマ娘にとってその後を決める大きな分岐点となる。

 ここで勝利することができれば次は一勝クラスや二勝クラスの条件戦、あるいはそれよりも上のランクであるオープン戦や条件戦へ。

 ここで勝てなければ一勝を収めるまでは未勝利戦へ。未勝利戦でも勝てないレースが続けば――大半のウマ娘はそこで引退。

 メイクデビュー戦も未勝利戦も基本的に九人立てのレースだから、そこから勝ち上がれずに終わるウマ娘のほうが多い。

 現に、トレーナー補として先輩トレーナーのもとや専属のいないウマ娘の立ちを働いていた間に見てきたウマ娘たちも、勝ち上がってトゥインクル・シリーズで栄光を掴んだ娘のほうが圧倒的な少数派なのだ。

 だから――メイクデビュー戦直前の本バ場へ続く地下バ道の雰囲気は、他のレースとは違って独特の雰囲気に包まれる。

 初陣を前にした熱気。目の前のレースに向けて、ウマ娘たちの間から闘志が発散される。

 トレセン学園に入学するウマ娘は日本中のウマ娘のおよそ五パーセント。全員が、徒競走に関しては地元では負け知らずの強豪たちだ。走りに自信があるからこそ、トレセン学園を進路に選び、トゥインクル・シリーズでの栄冠を夢見る。

 そして――勝てなかったら、というほんのわずかな不安。

 トレセン学園に集うのは徒競走に関しては地元では負け知らずの強豪たち。必然的に、ただの強豪ではいともたやすく埋もれてしまう。トレセン学園に入学すれば、そういった自分より遥かに強い強豪たちがいることを否応なしに突きつけられる。

 トレーナー補として、あるいはトレーナーとしてこれまでに何度も目にしてきた光景だ。

「さて、エレジー君。調子はどうかな?」

「……うん、大丈夫」

 傍らに立つタキオンの問いかけに、静かに頷いてみせる。本当のところは、ほかのウマ娘たちと同じように不安な気持ちは湧いてきていた。けれども、それを表には出せない。表面上だけは自信ありげに振る舞うしかない。今まで見てきたウマ娘たちと同じだ。トレーナー補になったばかりの頃はなかなかそれに気付けなくて苦労したし、不安ならそう言ってくれたほうが励ませるのにと思っていた。けれども、現にその立場になってみると確かにこう振る舞うしかない。

「……タキオンはメイクデビュー戦のとき、不安になったりしたの?」

「私かい? いやぁ、そんな事は全然なかったね。むしろ、早く終わらせて、研究を進めたいとじれったく思っているくらいだったよ」

「……まあ、タキオンならそうだよね」

 タキオンの答えに、思わず肩の力が抜ける。三年間トレーナーとして接してきてわかったことだが、このウマ娘にとってレースでの勝敗など、研究のための過程に過ぎないのだ。名高い一族の「最高傑作」と呼ばれ、それだけの才があることを自覚していた彼女にとってメイクデビュー戦とは勝って当たり前のレース、すでに意識はその先へ向いていたのだろう。逆にそこまで自信満々に返されると、なんだか不安に思っていたことが馬鹿らしく思えてしまうくらいだ。

「なあに、そこまで硬くなることはないさ。君の可能性の果てはこんなところじゃないんだ」

「……うん。ありがとう」

 そう言って頷くと、タキオンは「うん、それでいい」と言ってからむくた様子でわたしの肩をつつく。

「だいたいだ、桐生院くんには自分は大丈夫だからハッピーミークの出るレースの方に言って欲しい――だなんて言ったんだろう。そう宣言したのなら、しっかり勝ってきたまえよ」

「あはは……そうだったね」

 確かにそのとおりなのだ。少なくとも、地下バ道に入るまでは、桐生院さんにそう宣言できるくらいには自信があったのだ。

 地下バ道の出口までやってくると、タキオンは足を止める。

「さあ、行ってくるんだ」

 トレーナーがついてこれるのはここまで。ここから先の本バ場へ出れるのは、出走するウマ娘だけだ。

「うん……そういえば、いつもとはあべこべだね」

 今までは、ここで足を止めるのが(トレーナー)で、本バ場へ出ていくのはアグネスタキオン(ウマ娘)だった。

「ふふ、そのとおりだね」

 愉快な冗談を聞いたように、タキオンが笑みを浮かべる。

「でも、これからは私が君を見送る場所になるさ。さあ、行きたまえ、トレーナー君……じゃなかったな、ハリボテエレジー君」

 だが、これからは、(ハリボテエレジー)が本バ場へ出てゆき、それをアグネスタキオン(トレーナー)が見送ることになるのだ。

「――うん、行ってくる」

 タキオンにそう頷きかえすと、地下バ道のなかと比べてまばゆいばかりの光に満ちた本バ場へ踏み出す。吹き付けてきた風が、未だにウマ耳の生えない頭を撫でる。

「――広い」

 本バ場の空は抜けるように青く、そして広かった。

 


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