[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ   作:ターレットファイター

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[デビュー戦に向けて]その2

 

 東京レース第五レース・芝一八〇〇メートル

 新バ(メイクデビュー)戦。

 

 晴れ渡る空のもと行われるメイクデビュー戦。

 応援投票券の投票はわたしたちが地下バ道に入る直前に締め切られ、何番人気かはすでにわかっている。

 三番人気はオユマルネンド。

 一番人気はレジンキャスト。

 そして、ハリボテエレジーは二番人気。単勝応援券の倍率はおよそ三.五倍。一番人気のレジンキャストとは僅差だ。

 ファンファーレが鳴り響く。

 最後の音が青空に消えると、レース場を静寂が包み込む。向正面発走のせいか、トレーナーとして観戦する時にいつも聴いている場内実況の音声が聞こえない。

 ゲートが開く。同時に、隣の枠に入っていたレジンキャストの白い髪が翻り、弾丸のように飛び出していく。彼女は先頭に立ち、ゴールまで逃げ切るつもりなのだろう。

 それには付き合わず、他のウマ娘を先に行かせるように後ろにつける。

 ウマ娘・ハリボテエレジーの武器は切れる末脚だ。それを活かせる作戦は、後方から終盤に一気に追い上げる追い込み。そのために、終盤までは後方でスタミナを温存する。先頭集団から引き離されすぎない位置について、最終直線で一気に先頭へ躍り出る。

「――っ!」

 直線から第三コーナーに入った瞬間、内ラチ越しに先頭を追うウマ娘の姿が見えた瞬間、視界が揺れた。

 心臓が跳ねる。身体が熱くなる。己の意思に関係なく、脚に力が籠もる。

 ぐい、と身体が加速する。

 自分よりも前を走っていた、集団後方から前を伺っていたウマ娘たちが一瞬で視界の外へと吹き飛ぶ。

 ――早い!

 第三コーナーの時点ではまだコースの半ばくらい。仕掛けどころとしてはあまりに早すぎる。しかし、己の意思に関係なくハリボテエレジーの身体は加速する。

 ――「掛かり」、ウマ娘がレース展開との折り合いを欠いてむやみに前へ出ようとする状態。

 スタミナを浪費し、レース終盤、一番の勝負どころでの失速の原因となる。今までにもレースを見ていて幾度となく目にした光景が、指導していたウマ娘とともにいかにしてそれを克服するかに悩まされてきたそれが、今まさに自分に起きようとしている。

 そして何より、今ここで――コーナーで速度を出しすぎれば、小さく曲がることはできない。

 ――曲がれない!?

 直線に入るまでの間に加速したことで、内の最短距離どころかカーブを曲がることすらできない。どんどんと内ラチが遠ざかり、大外へと振られる。無理にでも曲がろうとした足が滑る。遠心力で身体のバランスが崩れる。

 一瞬、頭の中が真っ白になる。内に入れないどころではない、曲がれないどころではない。このままでは転倒してしまう。

 そうなれば――競走中止。このレースでは着順がつかないということになる。

 それどころか、ウマ娘の全速で走ったまま転倒すれば、命に関わる怪我すらもありえる。

「曲がれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 意識するよりも先に、その叫びがほとばしる。

 その瞬間、体が軽くなった。

 これまで強烈に身体を前に押し出していた力が消え去り、頭が冷える。そうだ、まだ仕掛けどころではない。速度を落とし、大外からコーナーの出口へと最短コースへ足を向ける。大外に振れているうちに、再び後方集団の後ろへと後退していた。内ラチ越しに、先頭を走るレジンキャストの姿が見える。バ群は縦長に伸びている。

 レジンキャストが第四コーナーを曲がり終え、直線を向く。二番手、三番手もわずかに遅れて直線に。そこからわたしが直線を向くまでの時間は一秒弱。

 直線を向いた。メインスタンドが近づいてくる。府中の坂を登る。

 ――行ける!

 強く踏み込むと、ウマ娘としての肉体は気持ちいいくらいに反応して身体を前に押し出す。第三コーナーで掛かったのとはまるで違う、心地よい感覚。

 前をゆくウマ娘たちの背中があっという間に迫り、そして視界から消えていく。バ群を形成していたウマ娘たちは一秒と経たずに姿を消し、前方には逃げ粘るレジンキャストのみ。

 

 それも、すぐに視界から消えた。

 

 

 


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