[パッチワーク・オブ・ドリーム]ハリボテエレジー育成シナリオ 作:ターレットファイター
[朝日杯FSに向けて]その1
朝日杯フューチュリティステークス、阪神レース場・芝一六〇〇メートル。
――通称、クラシックへの登竜門。
ホープフルステークス、阪神ジュベナイルフィリーズと並んで三つしかないジュニア級GⅠレースであり、このレースで上位に入賞した多くのウマ娘が翌年のクラシック路線でも活躍したことから、その異名の通り翌年のクラシック路線を占うレースの一つとなっている。
故に、このレースで勝てば翌年に開催される皐月賞・日本ダービー・菊花賞のクラシックロードの有力候補に躍り出ることになる。
それだけに、地下バ道には来たるべきレースに向けての緊張感と発散される闘志で張り詰めた空気が満ちていた。出走できるのはトゥインクル・シリーズ一年目、ジュニア期のウマ娘だけだから全員同期生でお互い顔見知りだが、他のレースのときのようにおしゃべりに盛り上がったりする和気あいあいとした雰囲気は少ない。トレーナーと話す他には知り合い同士で互いに二言三言、言葉を交わす程度で地下バ道は静まり返っている。
わたしは、どのクラスにも籍を置いていないから同期とのウマ娘との交流もないので今回に限らずそういった挨拶やおしゃべりにも縁がない。大きく遅れて入学する形になった関係で年齢も大きく違うから、向こうにとっても話しかけにくいのだろうし、もともとトレーナーをやっていたからこちらから話しかけたらレース前なのに相手を変に緊張させることにも繋がりかねない。だから、誰かに話しかけられるようなことがなければ前のレースと同じように桐生院さんに送り出されたあとは黙って本バ場に向かうだけのつもりだった。
「ハリボテエレジーさん」
しかし、前二回と違って今回は話しかけてくるウマ娘がいた。足を止めて振り返ると、話しかけてきた栗毛のウマ娘はすっと頭を下げる。うなじのあたりできっちりと切りそろえた髪と、黄色いネクタイを締めたスーツスタイルの勝負服が真面目そうな雰囲気を醸し出していた。
「はじめまして。ギンシャリボーイです。よろしくおねがいします」
「こちらこそよろしくおねがいします」
新聞記事が三強の一角と書き立てていたウマ娘の挨拶に、私も軽いお辞儀で返す。
ギンシャリボーイがなにか言おうとしたところで、横から黒鹿毛のウマ娘が割って入ってきて、じろりとわたしを睨みつけた。
「あんたがハリボテエレジーか?」
白いストライプの入った紫のジャケットの上から羽織った長ランには「直線番長」の刺繍。
「チョクセンバンチョーだ。……ぜってぇ負けないからな!」
わたしとギンシャリボーイに順々に指を突きつけて一方的にそう宣言すると、三強のもう一角――チョクセンバンチョーは言うべきことは終わったとばかりに、さっさと背を向けて去っていった。即座にギンシャリボーイが頭を下げる。
「同期がご迷惑をおかけしました……」
「いや、ギンシャリボーイさんは関係ないでしょう。それにわたしも一応同期ですから……」
レース前にこうやって威嚇したり宣戦布告したりするウマ娘は少なくない。そういったウマ娘の宣戦布告がストレスにならないようにするのもトレーナーの仕事だから、ああいったウマ娘の挑発には慣れていた。それに、いきなり因縁をつけてきたのはチョクセンバンチョーであってギンシャリボーイはわたし共々宣戦布告をされたにすぎない。そう返すと、ギンシャリボーイは「あ、ギンシャリでお構いなく」と言ってから困ったように頬を掻いた。チョクセンバンチョーの宣戦布告で少し緊張が緩んだのか、表情がわずかに柔らかくなっている。
「どういうわけか一方的に敵視されてるというか、なにが気に入らないのかちょくちょくああやって因縁をつけてくるんですよ。食堂でご飯を食べてても勝手に張り合ってきますし……」
「ライバル視されてますね……」
「ライバル、ですか?」
わたしの指摘に、ギンシャリボーイは意外そうに目を見開いた。
同期のウマ娘での「あいつにだけは負けられねぇ!」とライバル視して競い合うのは割とよくあることだった。トレセン学園に入学してレースの世界を目指すウマ娘となれば、ウマ娘全体の平均よりも負けん気が強い。そして、そういったウマ娘たちがあつまって同じ学校に通い、寮生活を送るともなれば負けられない相手の一人や二人できても不思議ではない。条件戦からGⅠ戦線常連まで、そういった関係はどこでも見られるものだった。チョクセンバンチョーの振る舞いも、そういったものの一部だろうと指摘すると、「そうですか、そんなに意識されていたんですね」とギンシャリボーイが表情を緩めた。どうやら、チョクセンバンチョーがやたらと絡んでくる理由がわからず困惑していたらしい。
「ええ。新聞でも三強だなんだと書き立てられていましたし……それに、同期ですからどうしても気になるのでしょう。そうやって競り合う相手がいるウマ娘は強くなりやすいですよ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
トレーナーとしての習慣で出てきたアドバイスに頷いたギンシャリボーイが「……ハリボテエレジーさんも三強の一角でしたよね」と首をかしげる。わたしが頷くと、ギンシャリボーイの表情がすっと引き締まる。緩んでいた雰囲気が、一瞬でレース前の緊張感を帯びた。
「ハリボテエレジーさん――わたし、負けませんからね」
「こちらこそ。――負けませんよ」
というわけで、ハリボテエレジーの同期はギンシャリボーイ・チョクセンバンチョーになります。ジャパンワールドカップの設定だとハリボテエレジーは6歳牡馬、ギンシャリボーイとチョクセンバンチョーは4歳牡馬で世代が違うんですが、世代差を考慮するとシニア期のジャパンワールドカップにギンシャリボーイとチョクセンバンチョーが出てこれないのでこの辺りはちょっとごまかしてます。
というわけで、次回発走です。