[完]エイシンフラッシュ怪文書   作:パン de 恵比寿

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私情により投稿時間がかなり空いてしまったのでリハビリも込めて執筆
勘とかリズムとか色々忘れてて焦るorz


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『完璧なスケジュールを。正しい行いを』

 

 

 それが、私たちの結んだ約束(ルール)だった。

 

 

 

 

 

 近づく年の暮れ。

 行き交う人々の関心はもうすぐ訪れる聖夜へと向かい、街を歩けば何処かからとクリスマスソングが聞こえてくる季節。街路樹は煌びやかなイルミネーションに飾られ、冬の夜の澄んだ冷たい空気へと溶け入る様に淡い光の帯が照らし出している。

 

 そんな栄耀も遠く忘れるように、古びた簡易式ストーブの温もりだけを頼りに一人机へと向かう男性トレーナーの姿があった。

 時刻は既に午後10時まわり、トレセン学園に所属する生徒は勿論のこと教員達も大方が帰宅している時間。学園内でも明かりが灯っているのも、このトレーナー室を含めごく僅か。降り積もる雪を窓の外にしんと静まり返った冬の夜は、普段なら気にしない様な時計の音が妙に大きく聞こえ、まるで世界から取り残されたような不思議な寂寥感を覚えた。

 

 疲れのたまった目元を抑え、気合を入れなおすように手に持ったペンをグッと握りなおす。

 

 

『GⅠ 有マ記念』

 

 年末の中山を舞台にしてファン投票により集結した選りすぐりの強豪達が鎬を削る夢のグランプリ。自身が担当するウマ娘……エイシンフラッシュが次に出走する試合であり、レースに向けての最終スケジュール調整に追われているところだった。

 シニア級最後の関門。それは同時に、このトゥインクルシリーズを……フラッシュと共に歩んできた3年間を締めくくる、最後の舞台でもある。

 

 そう。泣いても笑っても。どんなに抗おうとも、これで“最後“なのだとーーー

 

 

「……っ――」

 

 胸の内を搔き乱されるような感情の波に、またペンの動きが鈍る。

椅子に深くもたれ天井を見上げれば、無機質な蛍光灯の明かりだけがぼやりと輝いていた。

 

 分かっていた筈だった。この終わりも。

 計画を立てるということは、予め終わりを定めるということ。ただ延々と続くだけの旅路では備えるべきものも見えず成長も望めない。だからこそ誰よりも、何よりも多くの準備を事前に重ね、完璧な計画を作り上げる。それが私達にとっての日常であり、戦い方であった。

 

 今でも目を閉じれば鮮明に思い浮かぶ。まだメイクデビューを果たす前。波打つ芝生の上、ターフを風と共に颯爽と駆け抜けていく彼女の姿を。流れるような漆黒の髪。閃光を思わせるような鋭い末脚。その美しくも力強い走りに見惚れ、どうかその走りがより輝けるものになるようにと、がむしゃらに挑み続けてきた3年間だった。

 

 それは決して平坦な道のりではなく、万事が計画通りだったと語り合う私たちではあったけれど、多くの困難を越え、その度に重ねた計画修正の果てにようやく辿り着いた結果であった。

 互いの体調、今の実力に足りていない物。ソレを補うためにどのようなトレーニングを追加すべきか。何を削るべきか。目には見えない不確かな要素の一つ一つを対話を通して洗い出しては、スケジュールの中へと落とし込んでいく。思い返せば私達の日常はその繰り返しで……けれどそのために必要不可欠な、お互いを理解しようという心。他のトレーナー達ならば七面倒と考えるその行為の中にも、私達だけにしか見えない大切な時間があったのだ。

 

 

 だからこそ分かる。確信が持てる。

今の彼女ならばきっと、この先もより多くのレースで功績を残し、より多く人を魅了する輝かしきウマ娘へと成長してくれるだろう。その道のりを側で支え共に歩めるトレーナーの立場が、どれほど幸福で誇らしいものであるかも。

 

 

 嗚呼。けれどその夢はーーー

 

 

『ウマ娘として誇りを貫けるか否か。それが、私がここで走る理由です』

『成すべきことをなしたなら、後は引退も視野に入れています』

 

 この旅を始める前、お互いに未熟だった頃に交わした会話。

彼女が普段大切に持ち歩いている分厚い手帳にビッシリと描かれた、今後10年間にも及ぶ計画……彼女が目指したいと願う夢の姿。

 

 そうエイシンフラッシュの夢は、ターフで走り続けることではない。

 

 遠い故郷(ドイツ)で働く彼女のご両親。マイスターの称号を持ち洋菓子店を経営する厳格な父。ウマ娘として華々しい活躍を残し、引退後も父を支える心優しき母。

エイシンフラッシュにとって幼いころより見上げてきたその姿こそが正しさの象徴であり、彼女の抱く憧れそのものだった。

 

 彼らの様に立派で、誇りある人になりたい。それが事ある度に語っていた彼女の口癖(ユメ)

寸秒刻みのスケジュール構築も。どこまでも自分に厳しいストイックな性格も、そうした両親への憧れから根差したものに他ならない。

 私自身も、彼女の両親と顔を合わせたのは僅か数度だが、それでも分かる。ただそこに居るだけで確かに伝わってくる彼らの誠実さ。人としての懐の深さ。

フラッシュが憧れるのも当然だと、言葉以上に納得してしまうものが其処にはあった。

 

 

 フラッシュと共に過ごす中で、自然と調べるようになっていたドイツの文化。

 

 『マイスター制度』

 製菓業に限らず、ものづくりに携わるうえで不可欠な、品質、技術、経営の知識を高水準の教育のもとで施すべく築かれたドイツ固有の養成制度。

その特徴はなにより技術者育成のために設けられた徹底したカリキュラムに在り、志願者は欧州諸国に止まらず、毎年日本からも数多くの職人が海を越え受講を望むほどだ。

最高峰たる『マイスター』ともなれば、日本で言うところの人間国宝……或いはそれ以上に長く険しい研鑽の果てにしか至れない神域とされている。

 

 『マイスター』を目指すうえで、年齢に早すぎるというものはない。

かの国の職人達はまず『徒弟(Geselle)』として就職しながら職業学校に通うか、若しくはワルツ(Walz)と呼ばれる放浪旅行を通じて専門知識や技術を習得し、次段階の『熟練工』となるべく資格試験を受ける。

熟練工試験に合格した後は、更に『ファッハシューレ(Fachschulen)』と呼ばれる高等職業学校で3~5年以上の技術研修を積み、その長い道のりを経て初めて『マイスター試験』を受ける資格を得るのだ。

 

 職柄によっては10歳の頃から徒弟としての奉公を始め、それから十数年以上もの下積みを必要とする場合もある。

 正に一生が勉強の時間。ワルツ期間中はいかなる理由があろうとも出身地より半径50キロメートル以内には立ち入れないという厳しい規定まであり、その道のりが如何に長く険しいかが窺える。

半端な迷いや未練を残していては到底歩めない道行き。あるいは彼女がこの日本で過ごした3年間でさえ“寄り道”だったと言えてしまうほどに……。

だからこそ彼女は徒に日本に残る時間を設けず、トゥインクルシリーズが始まる以前から『引退』という明確な終わりを定めていた。

 

 

 彼女の夢が、父と同じマイスターになることだったなら。

 故郷に戻り、父母の営むケーキ屋を手伝う未来を描いていたのなら。

 

 彼女をターフに縛り付け、競技(レース)の道を強要し続けることは、そんな彼女の夢を妨げることに他ならない。

 

 夢を取り上げられ、彼女が信じる“正しい行い”さえも殉ぜられぬまま、そんな心で走り続けたところで、今まで通りの結果(実力)が出せないことなど目に見えていた。

それは私たちが信じ、歩み続けてきた戦い方さえも否定することに他ならないから。

 

 

 (だから……)

 

 

 自覚した途端、ペンを握る手からフッと力が抜ける。メモの上に零れ落ちた小さな雫が、じわりとインクを滲ませていく。

 

 

 そう、だから。選べる道なんて―――初めから決まっていたのだ。

 

 正直に明かせば、有マ記念に向けての準備などとうに終わっていた。

そもこれまで彼女と共に入念に練り上げてきた計画だ。こんな今更、ギリギリになって調整すべきスケジュールなど残されていよう筈もない。

 

 だから今、こうして自分が続けているのは。未練がましく、浅ましくも自身の手帳に書き連ねているのは、『その先』の計画。この終わりを否定しようと描く身勝手な夢。彼女が描くものに比べれば拙くて不鮮明な……酷く穴だらけの未来(計画)

 

 

 けれどそんな行為(悪あがき)さえも無意味なのだと……心が認めてしまった。

 

 見上げる蛍光灯の明かりが滲んでいく。眩い閃光に目が眩んでしまったかのように。

 どんなに願ったところで、彼女の歩む道が変わることはない。

 自信の手帳に描くこの未来が実現することも、終ぞ有り得ない。

 

本当は悲しくて仕方がなかった。どうしてと、叫び出したい気持ちで一杯だった。。

 

 それでも

 

『常に誇りある自分を』

 

 それでも私は、彼女のトレーナーだから。

エイシンフラッシュという……あの誇り高くも輝かしい少女の同走者であったから。

 

 ならば最後までその責務を全うしよう。

彼女が安心して故郷へと帰り、新たな夢へと旅立てるよう……せめて、笑って見送ろう。

 

 

 降り積もる雪の中、雲間に覗く微かな星だけが美しも寂し気に瞬いていた。

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

「toi,toi,toi――」

 

 大歓声に包まれた中山レース場。天気は絶好の快晴に恵まれ、年末最後の晴れ舞台を祝うかのように雲一つない澄み切った青空が広がっている。期待と熱気に溢れた人々の声は、遠く離れたこの地下競技路にまで届き、いかに多くの人々がこの後に走る彼女たちの姿を待ち望んでいるかが伝わってきた。

 

 その中で囁くように紡がれる魔を振り払うための呪文。レースに挑む直前の最後の願掛けを済ませるように、フラッシュの凛とした声が響いた。

 

「今日のレースはどの世代も一筋ではいかない人ばかりが揃っています。」

 

 その完璧にして圧倒的な走りから『女帝』とまで呼ばれたエアグルーヴ。

破天荒な活躍ながらもクラシック級にて数々の重賞を制覇し、この有マ記念に殴り込みに来たゴールドシップ。皆が皆、各世代の代表を名乗ってもおかしくない強豪揃いだ。

 思えば、私たちが挑むレースにはいつも強大な壁が立ちふさがり、その度に実力と挑戦を試されてきた。

そしてそれらを乗り越えてきたからこそ、今の私たちがあるのだ。

 

「今日このメンバーの中で一着を取ることができれば、私は栄誉あるウマ娘として素晴らしい“最後”を迎えることができるでしょう」

 

 自分に言い聞かせるような言葉。あるいは誰かへ言い残すような。

 

 深呼吸を一つ。一息吐く度にこれまで積み重ねてきたトレーニング風景が脳裏へと溢れ出す。

そう。私達にとってレースとはターフの芝生を踏むずっと以前から始まっているもの。此処に至るまでに必要だった努力。行うべき修練は入念に練り上げた計画の元、全て余すことなく果たしてきた。

 

 ならばもう何も恐れることはない。どんなレースであろうと。誰が相手であろうと、成すべきことは変わらない。

 願掛けは終わり、気概も十分。後は、ただ一片の誤差なく勝利を刻むのみ。

 

 緊張と高揚を宿した足はパドックへと歩み出す。

 一歩一歩を踏みしめるように。この日本で過ごした日々の一つ一つを思い出すように、最期の舞台へと

 

 

「――…?」

 

 しかし途中、その表情が怪訝に揺れる。

迷いなく踏み出したはずの足は、しかしその意志に反するようにピクリとも動いてはくれない。

足取りに違和感を覚えた訳でもなく、調子が悪いわけでもないのに、まるで何かに縫い付けられたかのように地面から離れないのだ。

 

 ――どうして?

 ウォーミングアップから10分26秒後。それが自身の最も実力を発揮できる時間として、予め準備を行ってきた。この最期のレースを前に、些細な不備もあってはならないというのに

 

 

「……トレーナーさん」

 

 困惑と焦燥の表情を浮かべたまま。助けを請うように後ろへと振り返る。そこで見守ってくれているであろう彼の姿を求めて。

 けれど、気付く。今自分の胸の中に広がっていく感情。それが恐れや不安などではなく……燻るような期待に満ちていることに。

 いったい何に?自分でも分からない、尚も沸き立つ感情の波。

 瞳に映った彼の表情はいつもと変わらない。いいや、普段のレース前に比べれば少し落ち着きすぎているくらいだろうか。けれどそれも、共に計画を歩んできたからこそ浮かぶ、心からの信頼の表情だと分かった。

 

 

「フラッシュ」

 

 呼ばれる名前に瞳が揺れる。

 

 あるいは……私は何かを待っているのだろうか。

 彼が掛けてくれる言葉。彼が手渡してくれるかもしれない、『何か』を期待して。

 

 けれどその想いは――

 

 

「君と歩んできたこの三年間は……トレーナーである私にとっても何よりも得難く、素晴らしい日々だった。私が今まで出会ってきたウマ娘のなかで、君以上に己に厳しく自分の信念を貫き通せた人はいない」

 

 懐かしむように、噛みしめるように囁く彼。

その姿はデビュー前。私自身が“こうあって欲しい”と思い描いていた完璧なトレーナー像そのもので。けれどその瞳は、既にこの終わりを受け止めてしまっていた。

 

「だから同じ道を歩めた者として。その道の締め括りとして……どうか最後まで、君の走る姿をこの目に焼き付けさせてほしい」

「———…」

 

 向けられる眼差しに、言葉を失う。

悲哀や沈痛よりも強く、使命感に心が塗りつぶされていく。

 

 

 そうだ。此処まで歩んできたのだ。

 

『完璧なスケジュールを。正しい行いを』それが私たちの結んだ約束だった。

 

一度組んだ計画を、破り捨てることなんて許されない。他ならぬ私自身が彼に放った言葉。

ならば私もまた、彼のウマ娘として。共に歩んできたものとして、その期待に応えなくてはいけない。

 

 胸の内から溢れ出しそうな想いをぐっと飲み込んで、前を向く。

縛り付けられていた足は、嘘のように軽い足取りでレース場へと歩きだしていく。未練という鎖さえ引きちぎってしまったかのように。

 

 

 踊り出たターフの上。迎える大歓声。見上げたどこまで続くような青い空は、目の奥が熱くなるほどにただ眩しかった。

 

 

 

 

“エイシンフラッシュ!差し切ってゴーール!!

夢のグランプリを制したのはエイシンフラッシュ!年末最後の大一番を制し、栄光のセンターをセンターを手に入れました!!”

 

 

 

 

――本当は気づいていた。“最後”と呟くたびに苦しくなるこの胸も

――本当は、「違う」のだと叫び出したかった心も

 

 

 すべての想いは、明かせず、ずっと胸の奥に仕舞い込んだまま。

 こうして私たちの3年間は、終わりを告げてしまったのだ。

 

 

 

 

つづく




需要があったら続きます(笑
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