カチャチャカと、ボウルの上で
トップアスリートとして日夜ターフを駆けるウマ娘達にとって、食事とはトレーニングと同等に、あるいはそれ以上に気を使うもの。
人の何倍もの身体能力を持ち、それ故に食欲も旺盛な彼女たち。本能のまま食べ過ぎれば、たちまち栄養バランスが崩れて『太り気味』になってしまうし、その度に保健室や何故か神社にまで駆け込みだすトレーナーの姿が毎年ちらほら……いや、割と結構な頻度で見られる。
最近では「ナンデモナオール」なる怪しいドリンク剤がショップで売られ始め、ソレを手にしたとあるメジロのお嬢様は“これで憂いは消え去りましたわ”と言わんばかりに好き放題たい焼きをパクパクと頬張っていたが、あれはあれで大丈夫なのか。
これ以上なく幸せ顔なウマ娘の後ろ、これまたなんとも言えない表情で青汁とカップケーキ両手ににじり寄ってくるトレーナーの姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
閑話休題。
そんなトレセン学園が保有する調理施設は、学生食堂やカフェテリアだけでなく、生徒が利用する調理実習室においても非常に充実した設備が取り揃えられている。
本職パン屋に置いてあるような巨大ベーカリーオーブンや、溶けた飴細工やチョコレートを冷やしながら加工する
極めつけは入り口の防護扉。調理場から漂ってくる美味しそうな匂いに誘われ、味見と称して襲来する幾人もの食いしん坊ウマ娘達のパワー(1200 SS+)に晒されてきた扉は、改良に改良を重ねられ、いまやその強度は核シェルターに匹敵するほどだとか。これならばたとえどんな、何毛の怪物が押し寄せて来ようとも大丈夫だろう。
「まず卵黄、砂糖をボウルに入れ、白みを帯びるまですり混ぜます。よく混ぜ合わせておかないと、あとで牛乳を加える際に卵黄が凝固してしまうので注意深く」
そんな絶対聖域となった調理場にて2人。銀色に輝く調理台で肩を並べ、隣から響く少女ーーーエイシンフラッシュの柔らかな声に倣い、泡立器を踊らせる。ボウルの中、初めは疎ら色だった卵黄も混ぜるごとにきめ細かな美しい黄金色へと変わっていく。
「次に薄力粉を加えて混ぜます。混ぜすぎると粘りが出てしまいますので、粉が見えなくなる程度に軽く素早く」
トゥインクルシリーズでの3年を終え、今やその次の舞台であるドリームシリーズへと歩を進めた私たち。並み居る強豪達の実力は以前の比ではなく、毎日が挑戦の日々だ。
それでも、右も左も手探りだった
そうして出来た空き時間は、決まって調理場へと足を運び、フラッシュからお菓子作りを習っている。
どちらから言い出したことでもない。製菓店の娘として、幼い頃から慣れ親しんできたフラッシュにとって良い気分転換になると思ったし……何より、あの夜に交わした約束。彼女の引退後、2人で歩む道を考えれば今から準備を始めることに早すぎることはないと思えたのだ。
そういう背景もあってか、調理場に訪れる時の彼女はいつも上機嫌で、大変であろう講師役にも積極的に従じてくれる。
学生用調理室で開かれる秘密のお菓子作り教室。たった二人きりで行う理由は、先に述べたつまみ食い犯侵入防止と、あとはーー
「沸騰直前まで温めた牛乳を少しずつ加え、こしながら鍋に移します。熱くなりすぎると膜が張ってしまうので注意して。一度に入れすぎても卵黄が固まるので、混ぜながら少しずつ、少しずつ………うん、上手♪ やっぱり筋がいいですね、トレーナーさんは」
「フラッシュの教え方が上手いからだよ」
今も丁度タルトケーキに使うカスタードクリームの作り方を教わっているところ。
タルト生地の方は、先ほど型取ったものをオーブンにて焼成中で、焼き上がりにはもう少し時間がかかる。
フラッシュと自身の手にそれぞれ握られた銀白色のボウル。まず先に工程の一つ一つを口頭で習い、そして実際にフラッシュが作る姿を目で見ることで、自分もそれを
“やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ”と、昔の偉い人は言ったけれど、なるほど彼女の教え方はとても理に適ったものだと思えた。
「いいえ。この教え方も、私がまだ幼いころ父にして貰ったものなんです。まだテーブルにも背が届かなかった私によく見えるように……屈んで膝の上でゆっくりと」
「優しいお父さんだな」
「はい。その父からも、トレーナーさんには今のうちにしっかり菓子作りの基礎を教えておいて欲しいってお願いされているんですよ?」
「そ、そうか……」
嬉しそうに微笑む彼女に期待されていることへの嬉しさを覚える反面、緊張でヒヤリと冷汗が浮かぶ。
初めて教えて貰う相手がフラッシュでよかった。もし仮にあのお父上を隣にしていては、緊張で卵一つ碌に割れなかった自信がある。
「……甘い」
出来上がったクリームを一口。市販のシュークリームを買いでもしなければ手に入らなかった味が、自分自身の手で作り上げられたことに感動を覚える。
しかし、この段階でもフラッシュが作ったものに比べれば風味や舌触りに違いがあり、完成度の差は正に雲泥のそれ。全く同じ食材、全く同じように作業したつもりでも、これほどの差が現れることに、改めて製菓の世界の厳しさと奥深さを味わった気がする。
「私も人に教える機会には恵まれなかったのですから、とても新鮮な気持ちです」
「来週末からは『夕春チョコレート・コンテスト』の募集が開始するんだろう?」
「はい、ミホノブルボンさんと一緒に応募する予定です。その他にもニシノフラワーさん、トーセンジョーダンさん、サクラバクシンオーさん達も協力を申し出てくれていて……複数人での共同制作ですから、こうしてトレーナーさんと一緒に学んだ、“人に教える技術”も役立てられればと思います」
「ああ、楽しみにしてるよ」
けれど気負いすぎないようにな、と。そう囁く言葉に花のような笑顔を咲かせるフラッシュ。誰よりも責任感が強く、同時に勝利への志も高い彼女の作品だ。きっと此度のコンテスト例年より遥かに華やかなものになるだろう。
そんな確信や信頼が伝わっているのか、クリームを混ぜる彼女は、鼻歌さえ聞こえて来そうな程に上機嫌でーー
「……」
けれどどうしたのか、途中ふと何かを思うようにその顔を俯かせると
「それに、今のうちにこうして学んでおけば……いつか子どもたちにも、上手に教えることができますから」
「それは、ご近所の?」
「いいえ、そうではなく」
途切れてしまった言葉を追うように、彼女への方へと振り返る。
その瞬間“しまった”と、自らの無警戒を呪った。
ぶつかり合う視線と視線。淡い桜色に染まった頬。揺れる黒髪の合間から覗く表情はとても恥ずかしげで……けれど隠しきれない、熱を帯びたようにアツく潤んだ瞳は、まるで何かを期待するような。待ちきれないと焦がれるようなーー深く熱い情熱の色に満ちていて。
「〜〜っ!」
ボッ、と火がついたように赤くなった顔を隠しながら天井を仰ぎ見る。
ああ、またやられた。
この広い調理室にたった二人でいる、もう一つの理由。それが
半年前のあの夜、互いの将来を誓い合って以来……。いいやその後、御父君から掛かってきた電話で何ごとかを相談してからは、こと恋愛面のアプローチに関しては輪をかけて
全身全霊の徹底マーク。新しい勝負服になってからは独占力も増し増しになって来たような。レース中は決して”かかり”などしないのに、その勢いたるや逃げウマすら序盤に遠く置き去ってしまいそうなほどだ。
それは周りに同級生がいても変わらず、寧ろ二人きりでいる時よりも大胆になるため、彼女の在学中にあらぬ噂が立たないか、いつも心配だった。
『う、ウマドル的にそういうのNGだから!!』
その
そんな彼女の逃げる先。猛スピードで自身へと迫ってくる
爆走する彼女達を注意しようと駆け出す我らが学級委員長サクラバクシンオー。「なんだ祭りか」とその場のノリで駆け出す陽キャ爆逃げコンビ、ダイタクヘリオスにメジロパーマー。祭りだと聞いていれば黙っていられないキタサンブラックまで加わって、
生徒会は今日も今日とてその後処理に追われ、まさかその騒動の発端が成績優秀かつ模範生徒で知られる
まあ、それは良いとして
「フラッシュ。今のトレセン学園でそういう発言は……」
「はい……」
しょんぼりと。悲しげに耳をたたむ彼女の姿に胸を痛めながらも、理性をフル稼働させては気持ちを落ち着かせる。
あの夜には告白紛いのことまで言ってのけた自分。普段同僚からは“イタリアの伊達男が憑依したのでは?”などと揶揄される自分であってもやはり照れるものは照れる。
彼女の気持ちが嬉しく思わない筈がない。叶うことなら応えたいとも思っている。
がしかし、こと昨今のトレセン学園においてトレーナーとウマ娘間での色恋沙汰というのは一切
きっかけは今年の夏始め。中等部の教室で起きた出来事。
DS「芭蕉の句にはーー」
ガラッ
T 「スカーレットォ!!」
DS「っ!?いまさら何よぉ!」
T 「俺が悪かったっ!」
DS「っ、バカぁっ!寂しかったぁ!!」
ガラッ
AT「この泥棒猫」
DS「
V「授業しろよ」
本人達の名誉のために名前は伏せるが、いつもは授業中に寝ている
実は以前から割と世間で囁かれていた『トレセン学園って婚活お見合い会場なのでは?』という噂に、いよいよ言い訳が出来なくなってきたため、これを危惧した理事長代理・樫本理子は、急遽トレーナーおよびウマ娘間における恋愛関係の一切を禁ずる方針を発表した。
この新規定はトレーナーとウマ娘双方に多大な波紋を及ぼし、マチカネフクキタルなどはこの世の終わりとばかりに奇声と共に神社へと駆け込み、その他大勢のウマ娘達もやる気が突如絶不調にまで落ち込み、レースに出走できなくなる者も。
特に変わった様子を見せないゴールドシップペアなどもあれば、逆に一切動揺する様子も見せない自身のトレーナーの姿に、かえって落ち込むスマートファルコンやセイウンスカイなどの姿もあった。
そして、コレをまるでチャンスと言わんばかりに他男性トレーナーとの温泉施設の視察を始める桐生院葵トレーナー。「ハピミちゃん目ぇ怖っ!?」と同級生に驚かれるハッピーミークの姿があったとかないとか。
問題の渦中となったDSトレーナーについては、その後CTとの関係も発覚したりとドロドロな展開を見せもしたが、そこは我らが理事長。年々人手不足が深刻化するトレセン学園において貴重な存在であるトレーナーを蔑ろにする筈はなく、極めて寛大な処置をーー
『極刑!!遺言は簡潔にな!!』
などということもなく。
愛するウマ娘達の純情を弄ぶなど言語道断。
多感なるこの時期において彼女達の将来を惑わす存在など我が校には不要と怒りの炎が飛んだ。
懲戒免職に至らなかったのはせめてもの救いか、しかし今や彼は遠いアラスカの地にて青い空を眺めていることだろう。
「でもトレーナーさんは、そんな無責任な人じゃないですよね。私との将来のことだって……ちゃんと真剣に考えてくれていますよね?」
「それは、そうだが」
なおも、ズズイっと。身を乗り出しては自らの正当性を訴えかけてくるフラッシュ。息を飲むような真剣な顔だが、ここでいう正当性とはつまり公然の場でイチャつきたいという願望に他ならない。
いかん。話題を変えなければ。
このまま逃げたところで確実に差し切られる。
そう直感するトレーナーは、話の
そこで目に止まった、手の中のボウル。
「そういえば、この前ボーノさんに聞いたんだが」
「……?ヒシアケボノさん?」
ヒシアケボノ。彼女もまたこの調理室を利用する『料理巧者◎』のウマ娘であり、同じ趣味を共有する者として、よく話をする機会があった。ボーノさんとは彼女の友人も呼んでいる愛称である。
「フラッシュも、ボーノさんと料理の話題で盛り上がったんだろう?確か……まだ入学して間もない頃に」
「ああ……」
懐かしいですね、と微笑みながら追憶に耽る。
アレは、そう。ヒシアケボノさんにオリジナルの料理レシピを教えて貰った時だったか。
一つを一つの工程を大切にメモにとるフラッシュに対し、レシピ通りに作るだけではなく、料理には何より大切な隠し味、愛情を注ぐことが必要なのだと教えてくれた彼女。
なるほど確かにと、一度は納得しながら、その際フラッシュが返した言葉がーー
「『ーーそれで、愛情は何gいれれば?』」
「ま、まだ子どもだったんです。トレーナーさんにも会ってませんでしたし……それにその、日本語にも……不慣れでしたから」
くっく、と笑うトレーナーに、顔を真っ赤に俯かせながら、珍しくも言い訳を並べるフラッシュ。頭の固さを体現するような過去の自分の発言が恥ずかしくて仕方がないのだろう。誰しも一つはそういう思い出を持っているものである。
そんな姿も可愛いと思いながら、しかし、ようやく、かつ久方ぶりに掴んだ反撃のチャンスだ。このまま攻めさせて貰らおうと意気込むトレーナー。
「それで?このクリームにはどれだけの愛情を入れればいいのかな?」
「もう、トレーナーさん…っ」
頬を膨らませてソッポを向いてしまう。いつも騎士然として、凛とした態度を崩さない彼女には珍しい。もしもフラッシュのファンやアグネスデジタルがここに居たら、間違いなく
しかし流石に揶揄い過ぎたか。謝る言葉を頭の中で探していると……
ふと、暫く何事かを考えるように沈黙していたフラッシュが、テーブル脇においてあった琥珀色の小瓶へと手を伸ばした。
「トレーナーさんへの愛情……」
バニラエッセンスの入った小瓶。蓋を開ければ特有の甘い香りが漂うそれを、意味ありげにトレーナーへと見せた後……ちょんちょんと。ほんの数滴だけ、カスタードクリームへと加える。
「………え?」
パチクリと、そのまま何事もなかったかのようにクリームを混ぜ始めてしまう彼女に、目を瞬かせる。
え……たったそれだけ……?
加えた量は僅か数滴。重さで言えば1gにも満たない量。
いや、今しがた入れる愛情は重さで測れないことを話したばかりだし、そもそもバニラエッセンスはそんなドバドバ入れるようなものではないことも知っているけど……
ガーンと。隠しきれないショックの表情。
そんなトレーナーの姿に、フラッシュはクスリとどこかイタズラげな微笑みをこぼすと、クリームの入ったボウルを手に持ったまま、トレーナーの方へと体を預けて来た。
「、っとと。フラッシュ?」
預けるというにはかなり大袈裟に。そのまま倒れ込んでしまいそうな彼女の体を慌てて支えて、抱え上げる。
さながら映画のワンシーンよう。『ローマの休日』にも出てきた、お姫様抱っこ。
腕の中に収まり、幸せそうな顔ではにかむ彼女。その細く、すらりとした手が頬へと触れる。
「感じて、くれていますか?」
「……?」
言葉と共に頬を肩へと擦り寄せ、益々身を預けてくるフラッシュ。あの過酷極まるレースを走り抜いているとはとても思えない、細くしなやかな手足。
照れているのか、その体は普段より少も少し熱っぽくて……。ボウルを持っていてもまだ軽い、両腕いっぱいに感じる彼女の体重……
(……ああ。なるほど)
「つまりは
「……はい♪」
両手を口元にふわりと微笑む彼女。
それが答えだと告白するように。
トレーナーさんへの愛情。
貴方へと注ぐ想いの丈。
それは、この身一杯の愛。
ボウルになんてとても収まりきらない。
「っ……」
またしても、顔を真っ赤にしてしまうトレーナーの姿に。想いが伝わったことを喜ぶように、まるでイタズラが成功した少女のように、無垢に微笑む彼女。
「全く……いつからそんな悪い子になってしまったんだい?」
「だって、今は貴方の腕の中ですから」
……ちゃんと、受け止めていてくださいね?」
「ああーーもちろん。」
絶対に離しはしないさ、と紡ぐ言葉に、首の後ろへと伸びる両腕。潤んだ唇が甘えるように重なる。カスタードなんかより遥かに甘い味が、口一杯に広がる。
誰にも邪魔されない二人だけの空間。タルトが焼き上がるのも、もう少し先。
幸せに蕩ける貌、熱い吐息が、耳元で囁いた。
「3人じゃ……足りないかもしれません」
「開けろ!うまぴょい警察だ!」
「28箇所のキス
バレンタインイベ見てたら書きたくなった話。
もう3ヶ月も過ぎてるんですがソレは……
自分の感性が人とズレてないか不安になる時って……あるじゃない?そんなアンケート
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泣いた
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笑った
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アグネスデジタルが死んだ
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エアグルーヴのやる気が下がった