前回の続き
ジャックの戦闘シーンを書きました。
戦闘が始まり、緋月が大江山の鬼を足止めしている途中、その被害が辺り一帯に吹き荒れる中、
「ひぃいいいいいっ。結界が壊れりゅぅのですぅ~~~っ!?」
「しゅ、酒呑童子様ぁっ、お戯れもほどほどになされませっ!!」
一応、常人ではない人が二人。
聖十字架で必死に結界を張っているクラウディアと、その結界の中で、実はさっきから必死に呼びかけている陽晴だった。
「フッ、我もちょくちょくダメージを受けているぞ!」
「ああ、愛しの君! 許しておくんなまし! わっち、楽しくって!」
「このお茶目さんめ! 許す!」
「許さないでください! 遠藤様! 危うく拘束が解けるところだったのですよ!」
少し離れた場所には、地面に縫い付けられている九尾の狐姿の玉藻の前(ジャックと契約している方ではない)がいる。
卿が超重力場で押さえつけ、陽晴が権能の行使を封じながら調伏中なのだ。
なのだが……
緋月が散弾のように放った小石の一つが後頭部に直撃して意識が一瞬飛んだり、緋月が放った衝撃波にぶっ飛ばされたり、ぶっ飛ばされた鬼に衝突されて挽肉になりかけたりなどなど、事故で何度も重力魔法が解除されそうになったのは事実である。
……緋月さん、どさくさに紛れて我の血肉食べたいとか思ってない? 思ってないよね? ねぇ? と問いただしたい気がしないでもない。
深淵卿モードだからノリで許しちゃうけどね!
「そ、それより我が姫よ!」
「わ、我が姫……」
「陽晴さん! そこでポッとしてはいけません! 貴女までおかしくなったら常識人の枠が減ってしまうのですよ!」
「ハッ、そ、そうですね!」
聖女と巫女、親睦が深まっているようで何より。
緋月が再び鬼共の相手をし始めると同時に、卿の問いかけの内容を察した陽晴が難しい顔になりながら口を開いた。
「……申し訳ございません。やはり玉藻の前の格が高すぎます。〝縛り〟を奪えそうにありません。ジャック様がやりたいことがあるようなので、拘束を続けています」
そう、〝三尾の気狐〟にそうしたように玉藻前の使役を試みているのだが、どうやら無理のようだ。
――すみません葛之……陽晴さん。私の分体が迷惑を……
そう謝るのは、ジャックと契約している方の玉藻の前。
そんな彼女は、ジャックから離れて陽晴とクラウディアの結界維持に協力していた。
陽晴の肩に乗り、小さい体の周囲にはいくつもの印を浮かび上がらせていることから、多数の術式を行使しているのが分かる。
口にしなかったが、陽晴の守護存在たる葛之葉と玉藻前の相性が悪い、というのもあったりする。
実は、葛之葉は玉藻の前を〝傍若無人な性悪女狐〟と毛嫌いしている節があり、玉藻の前も葛之葉を〝面白みのない目障りな性悪女狐〟と蔑んでいる節がある。
まるで、自由奔放な陽キャフリーター女子と、真面目なエリートキャリアウーマン……みたいな感じの対立だ。
それでも、嫌悪感を抑えて接してくれているが、思わず、陽晴を葛之葉と呼び掛けるぐらいにはまだ慣れていない。
「シィィイイイ…………」
そんな中、短い裂帛の息を吐きながら、戦場を滑るように駆け抜ける人影の正体はジャックだ。
その手と足には、普段なら身に着けていないであろう〝籠手〟と〝スケート靴〟を装着している。
明らかに場違いな様相のものを身に着けているジャックだが、これはれっきとした武器なのだ。
魔具〝オデット〟
氷の魔女「オデット」の魂を宿していると言われるスケート靴。
装着者は氷の力を操る事が可能になり、極寒の大地でも凍える事が無くなるというものだ。
これは元々、ベヨネッタが所持していた物だったが、プレゼントと称してジャックに譲った物である。
オデットはその見た目の通りにスケート靴として用いるもので、相手を凍りつかせるという特性を持っているが攻撃にはさして向かない。
更に、地面を凍らせることによりどこでもスケートができるようになるので機動力の確保にも向いているが、制御が難しく、癖の強い魔具なのだ。
だが、
「シィヤァッ!」
慣れてしまえば問題ない。
今も、ジャックは滑りながら加速をつけ、そのまま宙に飛び上がり、拘束されている九尾に向け連続で踏みつけていく。
もちろん足に着けているのは、滑るためのブレードがついたスケート靴なので、鮮血を迸らせながら表皮に食い込んでいった。
更に、オデットには凍り付かせる特性もあるので……
パキィンッ!
「――――!?」
傷をつけた個所が瞬時に凍り付いていく。
もちろん、この氷には魔力が付与されているため、妖魔であろうとも凍えるような痛みを感じるはずだ。
痛みを感じたのか、悲鳴のようなものを上げる九尾の狐。
だが、それで終わるほどジャックは甘くなかった。
シャアッ! シャアッ! シャアッ!
最後の一撃を入れ、飛び上がった場所の反対側に着地したジャックは勢いを殺すことなく、コーナーを描いて九尾の狐、その横っ腹に接近していく。
しかし、今度はオデットで攻撃するつもりはなく、鋭い爪の付いた〝籠手〟で攻撃するようだ。
スケート靴のブレードを地面に食い込ませ、更に加速したジャックは爪を突き出して九尾の狐の表皮を突き破る。
そのまま下に振り下ろし傷をつけたならば、その場所を掘削するかのように爪を振り回し始めた。
妖魔という幻想的な存在であるためか、血など流れることなく、裂かれた腹から臓物が零れ落ちることもない。
「――――!!」
痛みにもだえた九尾の狐は、ジャックを振り払おうと力を入れるが、
「させません!」
――少し黙っていなさい私!
そこは、現代最強の陰陽師と自身の本体による妨害で防がれてしまった。
後に残ったのは無防備に這いつくばる
そんな当ててくださいと言わんばかりの九尾の狐に向かって、籠手に魔力を込めることで爪を自身の身長ほどに巨大化させたものを背中側に逸らした状態から反動をつけ、力任せに振り下ろす――!
「
「――――!?」
そんな掛け声とともに振り下ろされた爪は、九尾の狐の胴体を半分ほど両断した。
凄まじい激痛に、空間が振動するほどの叫び声を上げる九尾の狐。
やがて、痛みが治まってくると、それほどまでの傷をつけてきた矮小な存在であるジャックを睨みつける。
必ず殺す、と。
その殺気の濃密さは、まさしく、歴史に語り継がれる大妖怪の姿だった。
しかし、
「
そう言ったものはそこで終わっていたなら、という希望的観測の話になるが。
更に片腕の爪を巨大化させたジャックは、先ほどの叩きつけたのとは逆に、今度はすくい上げるようにして爪を振り抜いた。
それにより、家一軒ほどの大きさの九尾の狐の巨体が浮き上がる。
「――!?」
「な!?」
「ぬぅ! 我が術を解除しておいて正解であったな!」
あまりの光景に、九尾の狐と陽晴は驚愕した声を上げ、遠藤……否、アビスゲートが納得した声を上げる。
何故なら、大妖怪である
一応、事前にアビスゲートが重力魔法を解除していたという要因もあるが、それでも十分おかしい筋力だろう。
そして、空中という身動きの取れない場所に浮いたのならば……
――やっちゃえご主人様!
「
デビルハンターの独壇場だ。
玉藻の掛け声と共に、足元に魔方陣を浮かび上がらせ飛び上がったジャックは、九尾の狐の傍に到達し、爪を連続で振り回す。
右腕を振り上げ、左腕を振り上げる。
まるでお手玉をするように振り回される巨大化した爪は、易々と九尾の肉体を切り裂いていき、美しかった毛並みをボロボロにしていった。
空中でいいようにされている九尾はもはや戦意が失われていた。
「
〆の一撃として放たれた両腕の爪を同時に振り下ろす攻撃により、九尾は土煙を上げながら地面に激突する。
もう立っていられないほど、全身がボロボロで、元は上質な素材で作られたであろう襤褸雑巾といった方がいい状態になってしまう。
「
地上に降り立ったジャックが、今度は魔剣ファフニールをその手に召喚して突きの構えのまま突進しようとするが、ガクンッと体勢が崩れてしまう。
その時、九尾は一瞬だけ歓喜に包まれた。
せめて一矢報いようと、瀕死の体を酷使して放った幻覚。
それには、情を沸かせるものを見せたのだ。
美女の姿をした自身が「もうやめて」と泣きついてくる光景。
今までこれを食らって耐えれた者は一人しか――
「うざったらしいんだよ!!」
「――!?」
しかし、そんな考えとは真逆に、ジャックは少しだけ体勢を崩したもののそのまま突きを繰り出して九尾の頭蓋を貫いた。
凄まじい一撃に、頭部にあった魂がぐちゃぐちゃにされる。
存在が消滅していく瞬間、九尾の頭の中では疑問が飛び交っていた。
何故、あれを食らって耐えられる?
何故、容赦の欠片もせず殺しにかかれた?
何故……
そう考える九尾に、ジャックは吐き捨てるように告げた。
「生憎のところ、美女は大抵地雷だと思ってるんでね」
そして、九尾の狐はまた殺されたのであった。
だが、今度は陰陽師などではなく、悪魔と人間の血を継いだデビルハンターに。
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「ふ! 流石我が
「てめぇ! 何を言ってやがる!」
「なに、貴様よりも面白いものがあっただけのことよ」
「貴様のようなずるずると引き摺るような男に比べてな!」
「「「「「フハハハハハ!!」」」」」
「だぁっ! うるっせぇんだよてめぇ!」
大嶽丸と相対する卿達が大嶽丸を横目に、ジャックの勝利を称賛する。
そんな卿に苛立たしげに声を上げる大嶽丸をさらに煽っていく卿達。
卿から飛び出した分身体が、更にその身から分身体を生み出しているので人数が増えて余計にうるさい。
なお、卿の現在の〝香ば深度〟はレベルⅢだ。
以前は最終深度Ⅴにならないと分身体から分身体を生み出せなかったが、度重なるアビスゲート化と死闘により、今ではレベルⅢでも数に制限はあるものの出せるようになっているのだ。
大嶽丸が緋月との会話を邪魔されて咆える。
剣、槍、矢……氷の武具を生み出す権能が、九尾を押さえていた卿の本体を正確に狙い、掃射される。
「「「深淵に呑まれよ――〝絶禍〟!!」」」
それを黒く渦巻く重力場の中へと呑み込んで防ぎ、
「「「奈落に沈め――〝禍天〟!!」」」
「ぐぉっ!?」
大嶽丸には分身体三人がかりで超重力場を与えて、先ほどまで存在していた九尾と同じく地面に縫い付ける。
「鬱陶しいと言ってるだろうがぁっ」
だが、その程度の拘束では鬼神には足りないようだ。
〝飛行自在〟の権能は、そもそも重力干渉の権能であるが故に、普通に中和して立ち上がってくる。
更に、たかが人間風情でありながら一向に致命傷を与えられないどころか、そのふざけた言動(本人は至って真面目だが)に苛立ちは募るばかりで、ついに切れた鬼神は権能を全開にした。
「来たれぇいっ、陽を奪いし黒雲ッ!! 山を覆い、地を嵐と火で蹂躙しろぉ!!」
それは鬼神の呪言。
陽気を許さず、妖気で地上を覆う災禍の暗雲召喚の秘術。
月光が遮られた。
先程大嶽丸がこちらに来る際に発生していた暗雲が急速に発展。
瞬く間に夜空を覆う。
稲光が走り、風と雨が吹き荒れ始める。
「面倒だからよぉ。全部ぶち壊すぞ。そうすりゃあ、残んのは酒呑だけだろう?」
所詮は〝影法師〟により召喚された存在。
世界を超えるための繋がりは媒介と術のみで、当然、〝縛り〟はある。
明確な意思を持っていること自体が驚きなくらいだ。
つまり、その力が妖精界の本体に比べれば随分と減衰しているのは確か。
おまけに、先の陽晴とクラウディアの術による減衰もあるはずだ。
それでも、これなのだ。
伝説の鬼神は、制限されてなお天変地異を起こす。
それにより、戦場の呪縛が解けた。
大江山の鬼共も死霊も術者の命令を思い出したように動き始める。
暗雲からも暴風の竜巻が伸び、火の雨が降り注ぎ始める。
「オン キリキリ ウンハッタ!!」
幼くとも裂帛の気合いが込められた陽晴の声が、清冽な言霊となって鬼神の妖気を吹き祓った。
一瞬の停滞を妖魔達に強いる。
「クレア様! 天災からの守護をお願い致します!」
「っ、承知しました! 最強の聖女の名に賭けて戦場を守護しましょう! ――主よ、貴方は敵と恨み晴らす者とを鎮めるために、仇に備えて砦を設けられた。災いを退ける聖なる宮に、敬虔なる信徒をお招きください!」
聖十字架が今までにない輝きを放つ。
出し惜しみをやめた聖女全力の結界が、光のドームとなって広がった。
アーティファクトにより昇華したそれは、もはや本来の〝聖絶〟になんら劣らない効力を有する。
光の天蓋が、暴風と火雨、雷電までも阻み地上に届かせない。
「遠藤様! 酒呑童子様!」
「フッ、承知だ」
「よいでありんしょう」
前鬼(試験中)と後鬼(非公認)が、一時の我が姫を守らんと鬼共と相対する。
五本角の酒呑童子だけでなく、案の定、大嶽丸も既に再生している。
本来の能力というより、〝影法師〟による支援のせいだろう。
媒介を破壊しても、消滅していなければそれを通して再形成しているに違いない。
ならば、その術自体を破るのみ。
陽晴の刀印が空中に四縦五横と九字を切る。
そこから流れるように、緩く開いた右手の親指と人差し指を、左手の親指と中指を結ぶ印相――転法輪印を組む。
「緩くともよもやゆるさず縛り縄、不動の心あるに限らん。オン ビシビシ カラカラ シバリ ソワカ!」
すなわち、不動金縛法。死霊や動物霊などの障碍霊を呪縛し、調伏する秘法だ。
樹海の地面に蜘蛛の巣のように光の筋が走る。
陽晴を中心に伸びたそれは、問答無用に千の死霊に絡みついて動きを止め、鬼や九尾にすら光の縄となって縛りを与える。
だが、それだけで終わらないことは、更に上昇していく莫大な氣力が物語っていた。
「チィッ、馬鹿げてやがる! あの西洋の鬼といい、この小娘といい! 今の世はいったいどうなってやがる!!」
大嶽丸が憤怒の顔で、しかし、隠しようのない焦りを見せて雄叫びを上げた。
氷の武具が乱れ飛び、膂力絶大がもたらす純粋な破壊が繰り出されるが、
「クックックッ、闘争において力を温存した非礼は詫びよう!」
「だが、貴殿にくれてやるものは何一つない!」
「妖精界で大人しく酒でも飲んでいることだ!!」
土遁術に足場を崩され、〝絶禍〟に攻撃を呑み込まれ、灼熱のブレードで四肢を何度も溶断される。
膂力は比べるべくもないのに、ひたすらに巧うまい。
いかにも人間らしい技巧の数々が、鬼神の進撃を完璧に止める。
「よう楽しませてくれんした。お前さんたち、続きは向こうでやりんしょう?」
もはや雄叫びも聞こえない。
大江山の勢力は、緋月の拳の一撃一撃で抉り飛ばされるようにして体積を失っていく。
そして、どの妖魔も――再生しない。
この場に満ちる清浄な氣の力が、陽晴の氣力が、〝影法師〟からの術的支援を打ち消しているのだ。
そこに、止めの一撃。
「奇一奇一たちまち雲霞を結ぶ。宇内八方ごほうちょうなん、たちまちきゅうせんを貫き、玄都に達し、太一真君に感ず――」
純白の狩衣と濡羽色の髪が翻る様は、言葉にできぬほど神秘的。
集中のため閉じていた陽晴の目が、カッと見開かれた。
「奇一奇一たちまち感通、如律令ッ!!」
天地の根源、元気を司る神仙――太一真君と交感する呪言が朗々と響く。
多大な神秘力を宿した陽晴の体から凄絶なまでの氣力が溢れ出した。
夜を昼に塗り替えるような輝きが戦場を席巻する。
それは邪気や瘴気を一掃する輝き。
今度こそ死霊が光の波にさらわれるようにして消えていき、再生能力をなくし、既に満身創痍となっていた大嶽丸達に致命的なダメージを与えた。
「諦めねぇぞぉっ、酒呑のぉ! 人間共ぉ!」
ホロホロと妖魔達が姿を消していく。
身のうちから転がり出た触媒たる遺骸の一部も、まるで高負荷でもかかっていたみたいに崩れていった。
それを最後として、あれほど押し込まれたように見えた祠付近の戦場が、遠くに鳴り響く銃声と喧噪を残して静まった。
「ふはぁっ、はぅ、ひぅ~」
パッと光が弾けて、神秘力を霧散させた陽晴がへたり込む。
やはり、相当力を使ったらしい。
凜々しかった目元がへにゃ~とへたれている。
「んふぅっ、はぁはぁ~――ぴぎゃぁ!?」
と、〝聖絶〟を解除したクラウディアもへたり込み――かけて、支えられなかった聖十字架に押し倒された。固い地面との間に顔面をサンドイッチされて、聖女らしからぬ悲鳴を上げる。
『今の陽晴ちゃんね! ククッ、流石はこの〝深淵アビス・正妻セニシエンタ〟ラナインフェリナが認めた女ね。序列五位の地位に恥じぬ働きだったわ! 誇るがいい!』
「翻訳しますと、陽晴ちゃんいっぱい頑張ってえらい! という感じなのです」
「あ、ありがとうございます、クレア様。でも、その、なんとなく分かりますので……まずは下敷き状態から抜け出しませんと」
フッ、自力でできたら苦労はしないのです……と情けなさで涙目になりながら、どうにか年上の威厳を維持しようとするクラウディア。
陽晴がよろよろしつつも懸命に聖十字架をどかそうとするが、純粋なパワーは幼女そのものなので「う~んっ、う~んっ」と頑張る声だけが虚しく響く。
そんな最強巫女と聖女の苦難に、意外にも真っ先に手を差し伸べたのは、
「何をしとるんね」
緋月だった。
片手でひょいと聖十字架を持ち上げる。
「あ、ありがとうございます、酒呑童子様」
「うぅ、感謝するのです」
普通なら直ぐに助けに来るだろう卿は、なぜかもたれる場所もないのに、いかにも何かに背を預けたような立ち姿で、腕を組んで見守り体勢を取り、フッと笑っている。
その理由は、どうやらこれらしい。
「……緋月」
「え?」
確かに聞こえた言葉の意味に、陽晴の直感が囁ささやいてハッと顔を上げる。
同じく、意味のある言葉として聞こえたクラウディアはきょとんとした顔だ。
「夜々之緋月でありんす」
真名を許す。
ちょっと照れているのか、そっぽを向きながら言外に伝える緋月に、陽晴は嬉しく思う前に困惑した。
「未だ解決には至っておりませんが……」
「わっちと同格の鬼を祓ったではありんせんか。これ以上の試練は蛇足でありんしょう?」
ということらしい。
〝私はお前を祓える。生涯見張っているぞ〟という陽晴が緋月に突きつけた言葉は、なるほど、確かに大言壮語ではなかった。
酒呑童子が前鬼を担うに相応しい傑物であると、何より緋月の心が現時点で認めてしまったのだろう。
頑なに目を合わせない照れた様子の緋月に、陽晴もまた照れた様子で頬を染めた。
クレアの目が泳いでいる。
自分も真名を呼ぶことを許されたというのは分かるのだが、「なぁに、この雰囲気……」と場違い感ありありで居心地が大変悪そう。
「んんっ、それでは……」
「あい」
「緋月様……少し回復に努めますので、その間、守っていただけますか?」
「わっちは姫さんの前鬼でありんす。毅然としおし」
「そ、それでは、ごほんっ――緋月、わたくしを守りなさい」
「指一本、触れさせんと誓いんしょう」
本当に、なぁにこの雰囲気ぃ~という感じだった。
クラウディアが視線で助けを求めているので、隠形してそっと連れ出してあげる卿。
「知ってるわ! こういうのを〝てぇてぇ〟というのよね! てぇてぇなぁ!」
いつの間にか戻ってきていたラナの言葉が、良い意味で空気を壊した。
「ラナインフェリナ、戻ってきたのか?」
卿が小首を傾げる。
ラナはキリリッと雰囲気を変えて報告した。
「ええ、アビスゲート。おそらく疲弊しているだろうと思ってね。護衛の追加よ」
「我だけでは不十分だと?」
「念のためよ。……風が騒がしいわ。おそらく、仕掛けてくる」
「フッ、なるほど。道理で、少し風が泣いていると思った」
クラウディアが顔を覆っている。
香ばしい会話についていけない! もちろん、陽晴と緋月も!
だが、二人の懸念は的中しているらしかった。
通信が入る。
『こちら
『こちら
『こちら
更に、
『こ、こうすけぇ! なんか出てきたぁ! 泉から変なの出てきたぁ! 助けてぇ!』
エミリーからの救援要請も。
加えて、
「! させんよっ!!」
卿が何かに反応。
一瞬で陽晴の背後に出現すると間髪容れず小太刀を振るった。
そうすれば、何もない虚空にギンッと硬質な音を響かせて火花が散った。
姿は見えないが直感で回し蹴りを虚空に叩き込めば、微かに「ぐっ」と苦悶の声が。
「ッチ!」
〝竜魔人化〟を解除して、人間状態に戻ったジャックも反応して、ストーム&サイクロンを非殺傷レベルに魔力を減らして辺りにばらまく。
数メートル進んだ弾丸はバスッという音を立てた後、虚空から「がはっ」と苦悶の声が聞こえる。
果たして、何かはいた。
衝撃で姿が現われる。
それは黒尽くめの人だった。
黒子のような恰好で、顔にも覆面があり、そこには血色の五芒星が描かれている。
直前まで気が付かなかった隠形、こんな場所まで入り込まれていたことに誰もが息を呑む中、卿が陽晴を背に目を細める。
「〝影法師〟の術者だな?」
答えは――殺意と凶刃を以て返された。
デビルトリガー発動できなかった……。
今回ジャックが使っていたのは、オリジナル魔具である〝氷爪フロスト〟と、ベヨネッタで登場した〝オデット〟です。
オデットはベヨ姉さんのお古を使っています。
オデットにこんな攻撃力はないだって?
こまけぇこたぁいいんだよ!
次回予告
デビルハンターとアンブラの魔女