英雄の証
「ルドルフ、タイムは申し分無いわ。」
「はい。」
ジャパンカップが終わって以降、ルドルフの走りには更なる磨きがかかった。
彼女の走りはただ前を急ぐ訳でもない、ただ直線でがむしゃらに走るだけではない。番手に控えて脚を貯めながら、コーナーから最終直線までの間に先頭を仕留め、リードを広げる。
欧州型の好位抜出。ルドルフの走りは完成の域にある。『派手さ』こそ無いが最も強力な勝ちパターンであり、これを体得した彼女にかなうものは居ない。
これからは彼女の時代になるだろう。しかし、ルドルフには何か言い表し難い違和感がある。ジャパンカップでの敗北が堪えたのだろうか。しかしその敗北が彼女に更なる進歩をもたらしたことは確かだ。データでは表せない何かがそこにあると分かっているのに、私はそれを掴むことすらままならない。
『彼ならば』と、そう思いながら唇を噛むことが増えてきた。
「あの、おハナさん。次のメニューに移ってもよろしいですか?」
「待ちなさい。」
歯が唇を裂き、血の味が広がった。
「今日はここまでにしましょう。有馬記念まではあとわずか、疲れを残さないように。」
「いえ、私はまだ走れます。」
そう言葉を発したルドルフの目は鋭く、私を射殺さんとするかのように妖しい輝きを放っていた。
これが年下の少女がしていい顔なのだろうか。レースという厳しい世界に身を置く以上、それに執着する気持ちがあるということは理解できなくもない。しかし、ルドルフは無敗でクラシックを制覇した三冠ウマ娘であり、実績も実力もウマ娘の頂点に達していると言える。
異常なほどの勝利への執着。三冠を取って尚、彼女が欲するものは一体何だろうか。
「何を思い詰めているの?今の貴女ならばミスターシービーにも、カツラギエースにだって勝てるわ。」
「いいえ、私はまだミスターシービーには勝てません。」
「何を言っているの?ジャパンカップの着順は貴女のほうが上なのよ?」
「
思ってもいなかった言葉がルドルフの口から出てきた。次走の有馬記念はグランプリとも呼ばれ、ファンによる投票によって出走ウマ娘が決定する。ファン投票1位はミスターシービーであり、ルドルフは2位につけている。無論それらがレースに影響を与えることはない。
「私は『全てのウマ娘の幸福』を願っています。しかし、現実ではどうでしょうか。」
ルドルフは静かに続けた。
久方ぶりの三冠ウマ娘となったミスターシービーの人気は依然として根強く、今年の三冠ウマ娘であるシンボリルドルフの人気を上回っている。
ミスターシービーの派手なレースぶりと飾らない姿は多くの人々を魅了した。それに対してシンボリルドルフにはミスターシービーの偉業に水を差したとして冷やかな目を向けられ、実力を疑問視されていた。
現にシンボリルドルフに土をつけたカツラギエースはひとつ上の『シービー世代』であり、ジャパンカップを終えてシンボリルドルフの実力を疑問視する声は大きくなった。
「全てのウマ娘の幸福のために、私はウマ娘の象徴でなくてはいけない。愛され、そして夢と勇気と感動を与える、そんな存在でなくてはいけない。」
「ヒールであってはいけないんです。」
「英雄の証をレースで示さなくてはいけない。だから私は『勝ち方』を極めたい。」
「勝つのは当然、と言ったような口ぶりね。」
「はい、必ず勝ちます。」
彼女は貪欲に勝利を求め続ける。
双眸にゆらめく炎はその決意の表れなのだろう。身を焦がすかのようなその激情に私は少しだけ危うさを覚えた。
推薦されたり捜索に書かれたりしてないのにみんなよく見つけて来るよね